第二十五話 痴話喧嘩
「えっと……ラグルさん、ごめんなさい。この子はリズアラ、私の幼馴染なんです」
部屋に入ってくるなり攻撃を仕掛けてきた女性は、リズアラと言うらしい。
青黒くなった右手の指先を、反対の手で隠して、今も俺を睨みつけていた。
とりあえず、話しかけてみるかと思い口を開くが。
「リズアラね、よろしく。てか、めちゃくちゃ強いんだね」
「ふぃっ!」
そっぽを向いてしまう。
「リズアラ仲良くしてね? ラグルさんは私達の味方なの」
「……私は反対です。この凹凸の無い顔の人間が姫に近寄ると考えるだけで悍ましい!」
なんか、めっちゃ悪口言われてない?
いいよね? これはさすがに言い返していいんだよね?
言っちゃうよ? 俺、言っちゃうからね?
「あのさ――」
「――こらっ! そんな酷いこと言っちゃだめだよ!」
俺より先にロラーナが、怒ってくれた。
「ロラーナ姫――」
リズアラがロラーナの名前を呼ぶが、”姫”と言う単語を聞くと、ロラーナの表情が沈む。
「騎士でもなんでもない、ただの野良人間に警護を任せるなど、信用できません」
「でも、俺に勝てなかったけどな」
よし、言ってやった。
反射的にリズアラに俺が言い返すと、彼女は誰から見ても分かるくらい顔が真っ赤に染まった。
少し細い瞳を、ナイフのように更に細め、わずかに体勢を低くする。
「――まだ、終わってません」
ロラーナの幼馴染は、どうやら獣らしい。
少しだけ、躾をする必要が有るかと思い、俺も軽く構えた。
「二人ともダメ! リズアラも言うこと聞いて」
ロラーナが間に入って、俺とリズアラを交互に見てそう言った。
「それに、リズアラは手も怪我したでしょ?」
「これくらい問題ありません」
「もう、分からず屋なんだから。どうしたら、素直に認めてくれる?」
「私が死んでも、認めることはないです」
ロラーナも頑固だけど、この子も頑固。
ちょっときっぱり言うしかないかな。
俺は構えを解いて、背中を向けたロラーナの奥に視線を向けた。
「君は、ロラーナを死なせる気なの?」
「それはどう言う意味ですか?」
「俺がめちゃくちゃ、めちゃくちゃ、めちゃ〜くちゃ、手加減したの気づいてる?」
あんまり女性にこんなことは言いたくないが、下手に拗れてロラーナが危険に晒されるのは嫌だった。
だから、俺は今日から鬼になります。
再び口を開く。
「リズアラ程度の強さじゃ、ロラーナは守れないよ。そこで意地になって突っぱねてもいいけど、その行動でロラーナが危険に晒されてもいいの?」
「なら、私があなたより強いことを証明すれば、いいんですね」
「俺は構わない。仮に君が負けたら、ちゃんと認めて」
「いいでしょう」
「もう! 二人とも勝手に決めて!」
一度、完膚なきまでに倒すしかないだろう。
「ロラーナ、戦える場所とかない?」
「騎士達が訓練に使う場所はありますが……」
「案内して欲しい……っとその前に――」
治癒の文字を彼女の右手に刻む。
「これは治癒……神官……いや、あの強さで? どう言うつもりですか?」
「負けた時の言い訳にされたくないからさ。先に俺とロラーナは行ってるから、本気の装備で来なよ」
こっちが優位だと、見せつけるようにリズアラに言葉を放つ。
「……後悔しないでよ」
リズアラは俺達に背を向けて、部屋の外に出て行く。
「なんか、リズアラってロラーナ並みに頑固だね」
「酷いです! 私は頑固じゃありません!」
「嘘だ〜! 昨日はサリスにたくさん食いついてたじゃん!」
「そうですけど……でも、リズアラも王位継承の話をしてから、ずっとピリついてて……」
ロラーナは下を向いてしまう。
「それだけ、ロラーナのことが大切なんだよ。てか、リズアラには王位継承での争いについて話したの?」
「はい……彼女は幼馴染で、私の専属のメイドさんなんです。巻き込みたくないと思って、こっそり伝えたら……」
「逆効果だったんだね。そりゃ、そうだよ。あの頑固さはロラーナと同じ一級品だもん」
「むうっ! でも、逆に心配かけちゃって……」
「後悔してる、か。あの子が心配しなくなるくらい、俺の強さを見せれば、少しは変わるかもよ」
ロラーナがふっと顔を上げると、困ったように笑う。
「お手柔らかにお願いしますね。ラグルさん。リズアラも、私にとってとても大切なんです」
「分かってるよ。ちゃんと手加減するから。そして、認めてもらおう」
俺がそう言うと、ロラーナはゆっくりと頷く。
「あっ、ロラーナはアリシャを持ってって」
「アリシャさんですか?」
そこで寝てるからと指をさすと、指先をなぞるようにロラーナが振り向いた。
「あ、白いコウモリ。なんか、アリシャさんらしいですね」
「サリスみたいに、ポケットにしまっときなよ」
ロラーナは彼女を両手で包むように持ち上げて、指先で頭を数回撫でる。
そのまま、ドレスの脇に隠されたポケットにアリシャを入れた。
「なんか、アリシャさんには申し訳ない気がしちゃいますね」
そうはにかみながら、言う。
「大丈夫でしょ。サリスなんてあんなに激しく動いても起きる気配ないし」
「そうかもしれないですけど……」
「かといって放っておけないから、今回は我慢してもらおう」
ロラーナにそう言って、俺は部屋の入口に向かう。
彼女もそれに合わせてくっついてきて、俺達は騎士の訓練場に向かうことにした。




