第二十四話 寝起きの悪い王女様
「真祖によってヴァンパイアにされるのは、特注品だぞ。アリシャ=グルーガ」
サリスの腕の中でぐったりする彼女に向かって、彼はそう言い放つ。
「さぁ、ロラーナ=ドラグーン。貴様のために、貴様が承諾して――人間をやめさせた。気分はどうだ?」
「私は……本当は……いえ、アリシャ=グルーガさんの命を――背負います」
「はははっ! 少しはマシな面構えになったじゃないか」
サリスがそう笑い、ロラーナはアリシャから目を逸らさない。
「なぁ、ヴァンパイアって太陽の光に弱いんだろ?」
「ラグル、お前はやっぱり――馬鹿か?」
「…………」
虚狼に手をかける。
「おほんっ……我は真祖だぞ? そのヴァンパイアが、普通なものか」
「つまり?」
「太陽も聖水も、祈りも効かない。殺すなら、銀の杭を胸に打ち込んで首を跳ねろ」
サリスの言うことが本当なら、アリシャも不死身に近い力を手に入れたと言うことになる。
「わ、私は……」
そうしている間にも、アリシャは目を覚ます。
サリスの手から離れて自分の足で立つ。
「ロラーナ姫……」
「アリシャさん、その……私は」
朦朧とする彼女に、ロラーナが近づこうとするとアリシャが手を伸ばした。
「――だめだ」
「え? ラグルさん? どうして……」
急いでロラーナの元に駆け寄ると、彼女を抱えて距離を取る。
アリシャのブラウンの瞳は血に染まっている。
赤い涙が床を汚し、歯が数本抜け落ちた。
唇と唇の隙間から、鋭い牙が見えて、獰猛な獣のようになる。
「ロラーナ姫……どうか、私に――血を分けてください――」
「――動くな」
アリシャを止めたのは、サリスだった。
「あ、あぁ……血が……」
顎まで伸びた髪が赤く染まり、アリシャは苦しそうに両手で顔を隠す。
半開きの口からは、唾液がしたたり、うめき声をあげながら苦しんでいる。
「これが、ヴァンパイア……」
「そうだ。お前が決断したからこうなった」
サリスはロラーナに見せつけるように、アリシャの髪を掴み強引に顔を上げさせる。
「見ろ、目を離すな。そして、背負え。それが、お前にとって王になると言うことなんだろ」
「あ……私……」
「サリス、もういいだろ?」
「貴様も甘い男だ。ラグル」
アリシャから手を離したサリスが、そう吐き捨てる。
「アリシャよ。お前の忠誠心、見せてみろ」
サリスがアリシャの背中を押すと、力なくロラーナに近づいてくる。
「下がって、ロラーナ」
「姫……私、あ……あぁぁ……」
「ラグルさん、大丈夫です。私は、アリシャさんを――信じます」
前に出たロラーナの肩を、アリシャが両手で掴む。
首筋にゆっくりと牙を近づけて、口を大きく開けた。
「アリシャさん、私の血を飲んでもいいですよ。だから、王になるために手伝ってくださいね」
ロラーナの言葉に反応するかのように、アリシャの動きが止まる。
肩を掴んだ手に力が入ったのか、ナイフのように尖った指先が、肉を引き裂いた。
それでも、ロラーナ=ドラグーンは動かない。
「あぁぁあアアアッッ!」
アリシャが雄叫びを上げるように叫ぶ。
「私は……あなたの剣に」
渇きを、欲望を抑えつけるように、肩から離した手で顔を覆う。
そして、震える体で片膝をついて、アリシャは再び忠誠を誓った。
「ほう、たいしたもんだ。アリシャよ。少しは認めなくてはならないな――褒美だ」
そう言って、サリスは自身の手首を爪で切り裂いて、しゃがんだアリシャの前に立つ。
「飲め――」
一言、サリスが言う。
アリシャは顔を上げ、真っ赤な舌で滴るサリスの血を飲んだ。
「主の血を飲むと言う行為、これで貴様は一人のヴァンパイアだ。しがらみも、束縛も消える」
サリスがそう言っている間も、アリシャは血を貪るように飲む。
「ロラーナ=ドラグーンに忠誠を誓ったのだ。我の束縛は不要であろう――」
◇
夜の警護はサリスとアリシャに任せて、朝からは俺の番。
「起きろ、ロラーナ」
「むにゅにゅ〜」
と、いつものように目が覚めない。
「ロラーナ姫、可愛いです〜」
ヴァンパイアとなったアリシャは、サリスの血を飲んでから吸血衝動が落ち着いたらしく、今はいつもの感じに戻っている。
横から顔を覗かせたアリシャは、寝言を言うロラーナを見てくねくねさせながら悶え苦しんでいた。
「てか、アリシャは眠くないの?」
「ろら〜にゃん……はっ! 私ですか。少し眠いですけど、まだ、はい、大丈夫です」
俺が起きると、サリスはそそくさとコウモリに姿を変えて、今は俺の右ポケットの中にいる。
いつの間にかベッド代わりとなったポケットが、モゾモゾと動く。
寝返りでもうってるのだろうか、俺らの会話に反応することはない。
「と、言っても、夜もありますし……名残り惜しい、とても名残り惜しいですが、寝ますかね」
アリシャがそう言って、ポンッと音を立てると純白のコウモリ姿になった。
どこに行くのかと目で追うと、ベッドのすぐ横の棚の上で丸まるように寝てしまう。
「――起きろ〜。お〜い」
ロラーナは揺すっても、声をかけても、返ってくるのは変な声だけだった。
「寝起きが悪い、王ってどうなんだろ」
その後、何回も体を揺すって、声を繰り返して、それこそ、太陽が一番高いところに来て、ようやく。
「ふぁ〜……よく寝た。あれ? ラグルさん? なんか疲れた顔してないですか?」
「ロラーナは、王になる前に早く起きる訓練した方がいいんじゃないか?」
「ん? そんなに寝てないと思いますよ」
自覚すらしていないらしく、俺は諦めたようにベッドから離れた。
「さっ! ラグルさん! キビキビ動きましょう! キビキビ!」
ばっと立ち上がったロラーナは、着替えるために衣装室の方へと向かっていく。
――トントントン
すると、扉がノックされた。
「ロラーナ様、そろそろ朝になりましたので、起きて――」
部屋に入ってきた人物と目が合った。
驚いた拍子に肩にかかった茶色い髪が跳ねて、白いフリルのついたカチューシャが前にずれる。
「――――!」
踵の部分が高く、動きづらそうな靴なのに、部屋に入ってきた人物は何も感じさせない動きを見せた。
一歩、二歩と踏み込んだと思えば、四本の指先を揃えた腕を突き出してくる。
俺はわざと前に出て、喉元に力を込めた。
「なっ――!」
急所に打撃をくらわせて、そこからたたみかけようとしたのだろう。
ダメージを一切受けていない俺を見て驚いた声を上げて後ろに飛び退いた。
「指、大丈夫?」
指先を庇うように押さえた女性にそう声をかけると、苦虫を噛み潰したような顔をして、自身のスカートをたくし上げる。
そこに手を突っ込んで、現れた左手には鉤爪のような物が装着されていた。
彼女の黒い瞳が揺れた瞬間、獣のように飛び出してくる。
――速い。
だけど、遅い。
顔を狙ってきた一撃を、頭を逸らして避ける。
「あの〜。俺さ、ロラーナの友達な――」
俺が言葉を言い終える前に、女性が再び攻撃を仕掛けてきて、後ろに飛ぶように下がった。
すると、女性は爪先で地面を軽く蹴る。
先端から飛び出た剣先が、俺の瞳の前で揺れた。
まるで躍るような剣撃は素直に綺麗で、鋭い。
恐らくロラーナの知り合いなんだろうから、傷つけるわけにいかないよな……困った。
彼女の攻撃をいなしながらそう考えていると。
「ラグルさんお待たせ〜! って、リズアラ?」
ようやくロラーナが着替えを終えて出てきてくれた。




