第二十三話 ロラーナの決断
「サリス……さん」
アリシャに抱きしめられたロラーナが、彼女からそっと離れると、サリスを真っ直ぐに見据えて彼の名前を呼んだ。
まだ、手が震えているのは、サリスの冷たい言葉に動揺しているのかもしれない。
それか、諦めてしまうのか。
ロラーナが王になることを放棄するのなら、竜石をさっさと誰かに渡して、俺はハリシェス村に連れて行こうと思っている。
だけど、体の震えとは違い、サリスを見据えた青い瞳には揺るぎが一つもない。
「私は臆病です。兄のように、人を殺すような決断を下すこともできません」
「ほう、なら諦めるのか?」
「諦めません。王になると、ラグルさんにも言いました。だから、どんなことがあっても、この王都ドラグニルの王になります」
「兄弟を殺すことになっても?」
サリスは、ロラーナが言葉を発するたびに、たたみかけるように言う。
ロラーナの頬を汗が伝い、床に落ちた。
これは、彼女にとっての戦いなんだと思う。
顔は強張っていて、体も小刻みに震えている。
上ずりそうな自身の声を、唾を飲み込んで押さえつける。
ロラーナとサリスの戦い。
ここで口を挟めば、ロラーナはダメになる。
だから、敢えて何も言わない。
「――殺しません。戦いになっても殺しません」
「なら、今回の騎士達はどうする?」
「捕まえて、法によって裁いてもらう」
「甘ちゃんだな。そんなんじゃ、王にはなれない」
サリスに王になれないと言われた時、ロラーナの眉がわずかに吊り上がる。
「甘ちゃんでいいです。絶対に王になります」
「無理だな」
「無理じゃありません。甘ちゃんでもいいんです。それでも王になるんです」
「はぁ……まるで子供の癇癪だ」
サリスは呆れたように、そう言った。
「なら、ロラーナ=ドラグーン――問おう」
重たい声でサリスが、問いかける。
「――なぜ王になる」
「民を、そして兄弟を、誰もが争わず、苦しまない世界にするために――」
「――王とはなんだ」
「民の命と国の行く末を背負う者」
「――そなたが思う、偉大なる王とは」
「みんなが笑顔で暮らせる世界を創る者――」
サリスが口を閉じた。
そこから、ロラーナも口を閉ざす。
彼女の荒い息遣いだけが、異様に響く。
しばらくして、サリスが爪先で数回床を叩くと、盛大に息を吐いた。
「底抜けの馬鹿だ。お前はっっッ!」
サリスの怒声が部屋に隙間なく広がった。
「そんな理想論を振り回して、どうやって王になれると言うのだ!」
「なれます! なります! 私一人の力だけじゃ無理かもしれません。でも、私を王にすると言ってくれた――騎士が現れました!」
ロラーナが俺を見た。
「ラグルさんにはご迷惑かもしれませんが、どうか私のわがままにお付き合いください」
ロラーナ=ドラグーンは俺に向かって、深々と頭を下げた。
この辺が落とし所か。
「サリス、そういうわけだ。俺は彼女が思う偉大な王になるまでずっと一緒らしいからな」
「くだらない」
「それにさ、お前も見たいんだろ? 平和な世界?」
「戯言だ――」
「黒月のコーランド……じっちゃんがどうして腑抜けになったのか知りたいと言ったよな」
「…………」
サリスが黙る。
「それは、きっと彼女みたいな存在が増えたからだよ。多分、きっと」
自信ないけど、そうだと思う。
「時代だよ。きっとさ――サリス。だから、彼女が思い描く世界に答えがあると思うんだ」
「……はぁ〜、馬鹿が二人揃うと手がつけられん」
「いいじゃないか、馬鹿でも。お前にとっては瞬きくらいの時間かもしれないけど――そうやって人間は営みを続けて、変わっていくんだよ」
だからさ。
「ロラーナを王にするの――手伝ってくれないか?」
俺は彼に右手を差し出した。
一瞬、サリスは握り返そうとしたが、手で跳ね除ける。
「ふんっ! 馬鹿だ子供だ、と言ったが、誰も手伝わないとは言ってないだろ」
手を跳ね除けたサリスは、そう言葉を吐き捨ててそっぽを向く。
「ロラーナ姫……私もあなたの剣とさせてください」
アリシャがベッドから立ち上がる。
「アリシャさん、でもあなたは騎士に裏切られて……」
「――辛いです。思い出すと、今でも震えが止まりません。でも……ポタポタ村を救ってくれたロラーナ様を王にすることが、死んでしまった村人達への手向けになると思っています」
アリシャが一歩近づいて、膝をつく。
「アリシャ=グルーガ。私の命が尽きようとも、必ずや――ロラーナ様を王にしてみせる」
彼女の姿は王に忠誠を誓う騎士、そのものだった。
これで話がまとまるかと思ったが、サリスが横から口を挟んでくる。
「反対だ」
「――え?」
アリシャが反応する。
「お前みたいな力のない騎士はいらぬ。むしろ、足手まといだ」
「サリスさん――!」
「ロラーナ、思い出せ、敵の術中にハマって傀儡になっていたろうに。さぁ、最初の決断だ。アリシャの申し出を断れ」
「ロラーナ……様。いいんです。サリス殿の言っていることは事実……」
せっかくきれいにまとまろうとしてたのに、サリスが台無しにしやがった。
「じー、じー、じー」
「なんだ? 文句あるのか? ラグル」
「いや、サリスは元王なのに、一人の女性を守りながらロラーナを王にすることもできないんだなって思ってさ」
「――なっ!?」
おっ、乗っかってきた。
「もしさ〜、そう思うなら、導くのが王様なんじゃない? 村長のじっちゃんも言ってたぞ」
嘘だけどな。
「くっ! なんだ!? なら、この女はヴァンパイアにでもなるか!? そしたら、人間では到底及ばない力を手に入れるぞ?」
「――なります」
「アリシャさん!?」
サリスの物言いにアリシャが飛びつくと、ロラーナはそれを止めに入る。
「少しでも、私に可能性があるなら。サリスさん――私をヴァンパイアにしてください!」
「……本当に、ここには馬鹿しかいないのか?」
「お前も、馬鹿だけどな」
そう返すと、サリスに睨まれる。
「アリシャ=グルーガと言ったか? ヴァンパイアになると言うことは、二度と人間に戻れないんだぞ?」
「存じています」
「そこまでして、この小娘に忠誠を誓うのか?」
サリスがロラーナを指差しながら言う。
「小娘じゃないもん! でも、アリシャさん。私のためを思ってくれてありがとうございます。だから――」
「――ロラーナ姫。私はあなたに命を捧げると、誓いました。そこに揺るぎはございません。臣下とは王に似るものでございます」
「アリシャさん……でも……」
「お願い致します。どうか、私めにもロラーナ姫を支えさせてください」
ロラーナは決断に迫られている。
助けを求めるように、目を向けるがサリスも俺も何も反応しなかった。
「……分かりました。アリシャ=グルーガ……さん。あなたの命、しかと――いただきます」




