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第二十二話 王の資質

「う〜、ぐすん……ぐっすん! ち〜んっ! ラグルしゃん、ありと〜」

 

 洪水……いや、大洪水。

 元から溜まってた涙のせいで、ロラーナの顔面は大惨事になってしまった。

 鼻をかんだシュール紙が机の上で山を作って、今も手を伸ばして取ろうとしている。

 

「落ち着いてくれ……」

「はひぃ〜んっ!」

 

 鼻をかみながら喋るなよ。

 なんとかロラーナを泣き止ませようとすると、右のポケットがもぞもぞと動き出す。

 サリスが起きたらしい。

 

「ほう、ラグルはさっそく女を泣かせることを覚えたのか」

 

 視界の隅に浮いているコウモリを鷲掴みにして、床に投げ捨てた。

 何回かバウンドして、壁に激突するような音がする。

 

「オイッ! 何しやがるっ!」

 

 サリスが人の姿になってズシズシと、こっちに近寄って来るのを横目に見る。

 

「ん? ああ、サリスいたのか。ハエかと思った」

「ああんっ!」

 

「ザリスざ〜ん、聞いてくださいよ〜! ラグルさんが〜」

 

「やめろ! 来るな! 鼻水が垂れてるっ! 殺すぞっ!」

 

 サリスはゾンビのように追いかけてくるロラーナから、逃げるように広い部屋を駆け回る。

 そんな騒がしさのせいか、アリシャがムクリと上半身を起こした。

 

「私……」

「アリシャさ〜ん」

 

 サリスを捕まえられなくて諦めたロラーナは標的を変えたようである。

 ドタドタと走って、飛びこむように抱きつく。

 ぐりぐりと頭を押し付けるロラーナを、サリスは肩を大きく上下させ、横目で見ている。

 

「とんだ、女だ……我を一瞬たりともビビらせるとは……な」

 

 今日は疲れてる人が多いらしい。

 やつれた表情のサリスが、俺の横に並ぶ。

 

「ところで、ロラーナを王にするんだろ? どうするつもりだ?」

 

 なんだよ。聞いてたんじゃないか。

 

「分からん。でも、王にする」

「ほう……それは、あの女を好いてるからか?」

「それも分からん。でも、嫌いじゃないしほっとけない」

「そうか、我は傍観させてもらうとするぞ。ラグル」

 

 傍観? 馬鹿言ってんじゃないよ。

 

「そんなのダメに決まってる。働け」

「はっ?」

「俺に負けただろ?」

「ぐぅっ!」

 

 とは言っても、サリスの力を使うのはいささか卑怯な気がする。

 横で悔しそうに俺を睨みつける彼は、自身を王と言っていた。

 

 つまり、彼の知識を使えば簡単に王になれるかもしれない。

 それはさすがに、卑怯過ぎる。

 でも――聞いちゃうもんね。

 

「なぁ、どうやったら王になれるんだ?」

 

「王に? あぁ、簡単だぞ? 気に入らない奴らを皆殺しにすればいい。そしたら、勝手についてくる奴はついてくる。敵になるなら、殺せばいいからな」

 

 ああ、聞いた俺が馬鹿だった。

 

「……そうか」


 俺とサリスが今後のことについて話していると、アリシャが寝ているベッドの方から、ロラーナの驚いた声が聞こえてきた。

 

 

「――騎士達が!? ありえない!」

「私もそう思いました」

「本当に……本当に村の人達を騎士がっ!?」

「落ち着いてください、ロラーナ姫」

 

 俺とサリスが二人に近づくと、それに気づいたロラーナが慌てて俺達の元に寄ってくる。

 充血した目を見開き、唇を震わせて、絞り出すように声を上げた。

 

「ラグルさん……ポタポタ村を襲った犯人――王国の騎士です」

 

 ロラーナからそれを聞いた時、あまり驚きはなかった。

 今も鮮明に思い出すことができる。

 騎士達の後ろ姿。

 

 俺が口を開く前に、サリスが先に言う。

 

「分かりきったことを、わざわざ言うでない。ロラーナ」

「サリスさんは、気づいていたんですか?」

「当たり前だ。オツムが豆粒のラグルですら気づいていたぞ」

 

 どうして俺は誰かしらに、かなりの頻度で悪口を言われなければならないんだ? それだけは納得できない。

 

「まぁ、犯人はアリシャの隣にいた男だろうな」

「ヘイザス兄様が……ありえません」

「と、思いたいだけだろ? ロラーナ」

 

 サリスは容赦なく言葉で突き刺す。

 

「時に、権力は人格を変える。それは、どんなに優しくても、聖母でもそうだ」

「…………」

「ロラーナよ。ヘイザスは良い兄だったか?」

「はい……」

 

 サリスがいつになく真剣に、ロラーナに問いかける。

 俺は二人の会話に耳を傾けた。

 

「どうしてそう思う?」

 

「ヘイザス兄様は、合理的で冷静。それでも、民のためなら決断を躊躇することはありませんでした。それによって救われた村や国はいくつもあります」

 

「そこには、命を奪う決断もあったのだろう?」

「…………」

 

「つまり、命を奪うことには慣れている。そうだな、ロラーナ」

 

 サリスの言葉にロラーナは口を閉ざしてしまい、さすがに助け舟を出そうと俺は口を開きかけた。

 

 だが、サリスがそれを手で制止し、再びロラーナに問いかける。

 

「何人――殺した? 人間を?」

「それは……存じていません……」

 

「一人を殺したら、殺人者。大量に殺せば英雄か?」

 

「そんなこと――」

 

「――そんなことあるだろ? 虐殺者という英雄。それは世界を一時的に平和にするかもしれないが、騒乱を巻き起こす」

 

 震えるロラーナを、アリシャが抱きしめる。

 

「王になるということは、そういうことだ。仮に王になる器があるなら、間違いなく、ヘイザス――お前の兄だ」

 

 サリスがロラーナを見下ろすように、そう言い放つ。

 

「そして、そういう人間はな。どんな手を使ってでも人を殺す。身内だろうと。恐らく、ロラーナが死ねば、ギャーギャーうるさかったあの女が標的になるだろうな」

 

「レイラ……お姉様が」

 

「崩しやすいところから攻めるのが、攻城戦の定石だぞ」

 

 少しの沈黙。誰も声をあげない。

 サリスが息を吸う。

 

「ラグルは王にすると言った。ロラーナ=ドラグーン、貴様は本当にそのつもりがあるのか?」

 いつもお手に取っていただきありがとうございます!

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 毎日投稿いたしますので、よろしくお願い致します。

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