第二十話 ロラーナの罪
「……嘘、、ポタポタ村が? 嘘ですよね? 兄様!」
取り乱したようにロラーナが大きな声で叫んで、机を叩いて立ち上がった。
「嘘ではない。アリシャ=グルーガという騎士からの連絡で赴いた他の騎士達が、確認している」
「アリシャさん! アリシャさんは無事なんですか!?」
ありえない。
俺とロラーナが村を出た時は、間違いなく何もなかった。
あったとすれば、すれ違った騎士達が何かをしたのだろう。
「自分の事より他人の心配とか、さすがロラーナちゃん――我が妹だぜぇ!」
オッドアイの男が口を開き、俺は彼に目を向ける。
一番、臭い――血の匂いが染みている。
「グリシュ兄様……王族たるもの、自分の命より民を優先するのが普通ではないですかっ!」
「カーッ、カカカッ! ねーよ、そんなの。てかよ、ヘイザス兄さん。こんなまどろっこしいことしてないで、死刑でいいだろ。なっ! なっ!」
グリシュ? イゴールが裏組織と繋がってると言ってたような。
「俺さぁ〜。家族を一度拷問してみたかったんだよなぁ! ウヒ、ヒィッ!」
ナイフを取り出して、グリシュは何度もその腹を舐める。
「はぁ、うるさいな。グリシュ」
「ああ? なんだ? ニヒト兄さんは、ロラーナの味方をするのか?」
「お前は脳味噌まで、血で出来てるんじゃないか?」
「うるせーな。兄弟じゃなければ、殺してるぞ。陰険クソ眼鏡が」
「なんとでも言えばいいさ。なぁ、ロラーナ――俺の元に来ないか」
黒い縁の眼鏡をかけた男、ニヒトが優しくロラーナに問いかける。
「大丈夫さ。グリシュのように、自分の快楽を満たすためには殺さない。人のためになって死のう。最近さ――新しい薬ができたんだ。ちょっとチクッとするだけさ」
「カーッ! 相変わらず殺し方が、気持ち悪いっ!」
「グリシュは黙っててくれ。ほら、言ったじゃないか自分の命より、民の命って」
酷い兄弟だと思う。
ロラーナには誰も味方がいないのか。
「なぁ、お前らさ。なんでロラーナだけを攻めるんだ?」
「アアッ! 王族の問題に口を出すつもりか、テメーよっ!」
「いや、口頭で聞いた話で証拠も何も見せないじゃないか。俺さ、頭悪いんだけど、それはおかしいと思う」
グリシュを見据えながらそう言うと、彼の背後に立っていた従者が、二本の剣を引き抜いた。
豊満な胸が揺れ、口元を隠していても女性だということが分かる。
主の合図を待つように、武器を構えて俺を見た。
「ふむ、確かに証拠が必要か。ニレシア、連れてきてくれ」
正面に座っているヘイザスが、背後の従者に命じると溶けるようにそいつは姿を消した。
今の魔法、見たことがあるような。
少しだけ既視感を覚えて思い出そうとするが、彼は一人の女性を連れてきた。
「アリシャさん……」
彼女の瞳には光がない。
どう見ても、何かされたと言うのはすぐに分かった。
「アリシャ=グルーガ。ポタポタ村がどうなったか説明しろ」
「……はい。ポタポタ村はロラーナ=ドラグーンによって――滅ぼされました」
生気のない彼女の声が、俺の鼓膜を揺らした。
「そんな……」
ロラーナの声は震えていた。
「――ふぁ〜、さっきからうるさい。我は眠いのだ。少しは静かにしろ」
空気を読めないサリスは、呑気に欠伸をしながらポケットから這い出てくる。
「ん? なんだここは?」
サリスはコウモリ姿のまま俺の肩まで登ると、部屋全体を見渡すように顔を動かしている。
てか、爪、立ってるから。地味に痛いから降りてくれない。
「ほう、なんとなく分かったぞ。アリシャの奴、何かしでかしたんだな。精神支配の魔法は、犯罪者を奴隷にするためによく用いられるからな」
自信満々にサリスが口を開いた。
まったく違うんだけどな。アリシャにかけられた魔法以外はさ。
「悪いことをしたのなら、仕方ない。しっかりと裁かれろ」
「なんだぁ〜。このコウモリは?」
「ほう、中々いい匂いだ。貴様からは生きの良い血の匂いがする。これは――」
サリスはグリシュに近づいて、鼻を動かしてそう言うと、彼は舌打ちをした。
次の瞬間に、彼の背後にいた従者が剣を振るうとサリスが縦に割れた。
「うぜぇ。コウモリ如きが、人のこと覗いてんじゃねーっての」
縦に裂かれたサリスは机の上でまったく動かない。
グリシュはつまらなさそうにサリスの死体をナイフで突き刺して、床に捨てた。
「――サリスさん!」
「ロラーナちゃんは、みすぼらしい男をたらし込んだだけじゃなくて、薄汚い動物までペットにしていたのねぇ〜」
ロラーナが椅子から降りると、サリスの元に近づく。
レイラは蔑むようにロラーナを見て、薄っすら笑みを浮かべると、机に両肘をついてわざとらしく祈りを捧げるそぶりを見せた。
「これは、グリシュ兄様に感謝ね。汚物が一つ消えた――」
「――ほう、女。我を侮辱するか?」
レイラの従者ですら、反応することができなかったらしい。
丸太のように太い体躯をした、大男は地面に打ち倒されていて、彼女の喉元には獣のような爪が突き立てられていた。
息を詰まらせるレイラに、サリスは爪をゆっくりと這わせると赤い液体が果物の汁のように流れる。
喉元を伝うたびに、レイラの呼吸音が荒くなる。
「なっ、何を……私が誰だか――」
「――知らないな」
「サリス、それ以上は死んじゃうからだめだよ」
「……まあ、よい。ラグルがそう言うのだから、今回は堪えてやろう。ああ――ついでにアリシャの魔法も解いておいた。我に感謝するがいい」
サリスがそう言った瞬間、レイラを除いた全員の視線がアリシャに向けられた。
「あざーっす」
俺は、サリスにお礼を言ってから、軽く手を叩くとアリシャが目の前に現れる。
「あれ? 私は――ロラーナ姫! 村が! ポタポタ村が、騎士に襲われました! どうか、どうか助けてください!」
アリシャが跪いて、ロラーナの両腕を掴む。
鍛えられた握力でその腕をがっしりと掴み、少しロラーナの表情が痛みで歪む。
「はい、お兄様達から聞きました。私に任せてください」
痛いはずなのに、ロラーナの声はいつもと変わらない。
アリシャを落ち着かせるために、彼女はゆっくりと話しかけた。
「カーッ! つまんねぇの! 全部おじゃんだわ」
「せっかく、検体を一つ増やせたんですが。ふむ、残念です」
全員が好き勝手に、言葉をロラーナに浴びせ、さすがに少し苛ついてきた。
とりあえず、殴るか?
そう思うと、ヘイザスから無機質な声がした。
「つまり、ロラーナに冤罪をかけようとした人物がいた。そう言うことでいいな? お前達」
引き際が早い。
ガタガタと震えているレイラ以外の二人の兄弟は頷いて、席を立った。
「では、会議を終了しよう」
そう言うと、ヘイザスも部屋から出て行く。
レイラは意識を取り戻した大男に担がれて、部屋には俺を含めた四人だけが取り残された。
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