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第十九話 兄弟

 「ロラーナが帰ったぞ〜! 無事に帰ったぞ〜!」

 

 ロラーナと一緒に城の中へ入ると、突然ばっと前に出て、声を張り上げて周囲に自分の無事を知らせ始めた。

 

 いや、確かにあの騎士の人は早く伝えてくれと言ったが、なんか違うと思うんだけど。

 それを口にしようとするが、ずいずいロラーナは前に進んで行く。

 

 しまいには二階にある大きな扉の前に立って、自分が生きているぞ、と主張し始める。

 

 次第に左右の扉と、入口を入って正面奥に見えた扉から、騎士やら身なりの整った人達が出てきて、大広間を埋め尽くしていた。

 

「あ〜、すいません。すいません。ちょっと、通して〜」

 

 彼女は勝手に突っ走って、よりによって一番目立つところに堂々と立っている。

 俺ははっとして、慌ててロラーナの元に向かうが、彼女は手を振って「私は生きているぞ〜!」と叫び続けていた。

 

「――何事だ? 騒がしいぞ」

 

 集まってきた人達の声で、騒がしかった大広間だったが、その重たい声は全員に聞こえたようで一気に場が静まり返る。

 そのタイミングで俺はロラーナの元に到着し、彼女の前に出て身を守ることにした。

 

「……お兄様」

 

 ロラーナの呟きは緊張しているような、いつもよりも声のトーンが低い。

 横の扉から現れたそいつが足を進めるたび、群がっていた人達は波が引くように分かれた。

 

「生きていたのか、ロラーナ」

 

 青い瞳に銀色の髪。端正な顔立ちはロラーナと似ている。

 ただ、ロラーナは太陽のように明るいのに対し、彼は月のように暗く鋭く、鋭利な刃物のように見えた。

 俺は見下ろすように現れた男に視線を送ると、彼もまた目を逸らさずに見つめ返してくる。

 

 俺もそいつも何も言わず、静かな時間だけが過ぎる。

 すると、右腕を掴まれるような感覚がして、目を向けると体を小さく丸めたロラーナが顔を覗かせていた。

 

「ロラーナ、生きていたことは喜ばしいことだ。だが――少し品位に欠けるのではないか?」


 彼女が兄と呼んだ男は、俺から目を離すとロラーナを見てそう言う。

 言葉をかけられた彼女の肩が一度跳ね、「申し訳ございません、ヘイザスお兄様」と消え入りそうな声で呟いた。

 

「まあいい。ちょうど兄弟で話をしていたところだ。お前も来い」

 

 そう言い残して、ヘイザスはどこかに行ってしまった。

 ロラーナに声をかけようとするが、彼女は緊張の糸が切れたようにその場にへたり込んでしまう。

 

「大丈夫か?」

「はい……多分」

 

 どんな時でも楽しそうにしている彼女は、今回は疲れ切ったように、頬がやつれて見えた。

 

「あの……兄弟の会議なんですが、ラグルさんも参加してもらってもいいですか?」

「ん? 俺もいいのか?」

「もちろんです。むしろ、護衛と言う形でいてもらえると助かります」

 

 家族で怯えるなんて恥ずかしい話ですが、と続けて、ロラーナは手すりを掴んで立ち上がる。

 

「行きましょう」

「おう」


 俺は、ロラーナに危険が迫らないように前を歩く。

 

「ロラーナ様……」

 

 貴族と思しき女性の声がした。

 後ろを歩くロラーナの足音が一瞬途絶えたが、すぐに歩き出した。

 軽く声の主に目を向けると、黒と白を基調とした服を身に纏った女性が見える。

 

 両手を胸の前で組み、ロラーナに向けられた視線は震えていた。

 

「いいのか?」

「はい……彼女には後で話に行こうと思いますので」


 背中を向けたまま声をかけると、すぐに返事が返ってくる。

 ロラーナの声はいつもよりトーンが低く、あまりこんな彼女の姿を見たくないと思った。

 

 ◇

 

「お兄様、お姉様……失礼いたします」

 

 赤と金が施された扉の向こうには、丸いテーブルが置かれており、そこを囲うように四人が座っている。

 そして、その背後には彼等を守るように立っている人物の姿もあった。

 

「あら〜、ロラーナちゃん。無事だったのですねぇ〜」

 

 向かって左に座っていた女性が、ゆっくりと目を明けてこっちを見た。

 

「レイラお姉様……」

 

「ん〜、ちょっと台本を練り直さないとですわぁ~。せっかく――あなたが死んだから、信者達から金を巻き上げようとしていたのに、残念。あー、残念! さっきヘイザス兄様から、帰ってきたと聞いて、本当に最悪な気分にさせられましたよ。ねぇ、ロラーナちゃん?」 

 

 レイラと呼ばれた人物は、神官のような服を身に纏っている。

 すっと、目を伏せた時は女神のように美しく、聖女と呼ばれてもおかしくなかった。

 

 ただ、途中から急に早口になると、悪鬼のように目を見開いてロラーナに言葉を叩きつけたのだ。

 何も言い返せず、身を強張らせて小さく震えるロラーナは、名前を呼ばれると躊躇するように口を開こうとする。

 

「ロラーナ」


 名前を呼ぼうとする意思よりも先に、口が開いたと思う。

 俺の声に反応したロラーナは、顔をこっちにゆっくり向ける。

 

「ラグルさん……どうしたんですか?」


 用事があったわけじゃなくて、このレイラと呼ばれた姉に返事を返す必要がないと思っただけだ。

 

「なんもないよ。名前を呼んだだけ」

「…………」

 

「へぇ〜、あなた……王族の会話に口を挟むの?」

「ああ、それはすまなかった。ロラーナが困ってるから、彼女を助けたんだ」

 

「ふ〜ん、あなたが……ロラーナの」

 

 俺は頷いて返事を返す。

 

「みすぼらしいです〜。貧乏、底辺――なぜ? なぜ、そんな金貨一枚以下の価値しかないあなたが口を開くの。ああ……アアッ!」

 

 レイラの柔らかい声が酷くしゃがれると、その奇声は部屋の中に響き渡る。

 ガラガラとして、うるさくて、耳に張り付いて嫌になる。

 

 はぁ、とため息をこぼして、一歩前に出るとロラーナの手を掴んだ。

 

「え?」


 彼女を抱き締めるように顔を自分の胸に隠す。

 最初は動揺したように、何度も逃げようと試みたが、ロラーナは諦めたように手を下ろした。

 

「一応さ、ロラーナに守って欲しいと頼まれたわけだ。そして、俺は約束した――守るって。だから、心に傷を付けようとするのも許さないよ」

 

 久しぶりに一気に喋ったら、口がカラカラになってしまったじゃないか。

 テーブルにある飲み物、飲んでいいかな? ダメだよね……。

 なんか、そんな雰囲気じゃないし。

 

 全員の視線が俺に集中する。

 

 レイラと呼ばれた女からは、完全な殺意が。

 ヘイザスは何を考えているか分からない。

 

 眼鏡をかけた知的な男は、はぁっとため息を吐いて興味なさそうにしている。

 

 一人だけ、青と金色のオッドアイの男は楽しそうにニタニタと笑っていた。

 

「レイラ、やめろ」

「……ヘイザス兄様がそう言うなら」

「ロラーナも中へ入れ」

「はい……」

 

 軽い兄弟喧嘩だったのかもしれないが、ゴンタとハナコだってここまで殺意を飛ばすことはない。

 

 部屋に入ると、座っているロラーナの兄弟の背後に立っている人物達が俺に殺意を向けた。

 

「さて、始めようか。兄弟の不始末は俺達で処理しないとな」


「ちげーねぇ」

 

 ヘイザスの言葉にオッドアイの男が、そう言った。

 

「兄さん、僕は研究があるから早く戻りたいんですが?」

 

 眼鏡をかけた男がそう言う。

 

「そうね、妹の不始末。私達で処理すべきよね。できれば、悲劇――とてもとても惨たらしいのがいいわ。兄様」

 

 レイラは鼻で笑いながら言う。

 

「あの……不始末って」

 

「ポタポタ村が壊滅した」

 

「――え?」

 

「お前が村から出てくる姿を――騎士が目撃している」

 

 俺達の横を通り過ぎた、騎士達。

 まさか――

 

「ここまで言えば分かるな――ロラーナ」

 いつもお手に取っていただきありがとうございます!

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