第十八話 初めてがいっぱい
「おお〜、これが王都か!」
「えへへ! 凄いでしょ〜! たくさん楽しいところあるんですよっ!」
門を過ぎて真っ先に目に入ってきたものは、大勢の人が行き交う姿。
そして、人々の活気のある声だった。
「ここは毎日お祭り騒ぎなんです」
「凄い……な」
「あは! 初めてラグルさんの驚いた姿を見ました!」
村では絶対に目にすることのない光景はうるさいのに、子供の頃に初めて見たものに心が躍るようだ。
見ているだけで、楽しい気分にさせてくれる。
「出店とかたくさんあるんですよ! あっ! 甘々林檎!」
俺が興味深く周囲を見ていると、横に立っていた彼女は、そう言って跳ねるようにどこかに走って行く。
「おじさん! 二つください!」
「らっしゃい! お嬢ちゃんべっぴんだから、安くしちゃる!」
「わ〜い! ありがとうございます!」
ああやって物を買うのか。
「銅貨一枚だけど、半銅貨でいいぞ!」
「半銅貨……あっ、金貨しか入ってなかった。こうなったら!」
「お、お嬢ちゃん……うちじゃ金貨は――」
「――釣りはいらね〜! 取っときな!」
「ちょ! 待って……あ! お客さん!」
ロラーナが俺の手を握る。
「ラグルさん! 目立っちゃったんで、逃げますよ!」
「そうなのか?」
「そうです! あむ! ウマッ! 行きますよ」
俺とロラーナ、その場から駆け出した。
「ん? 後ろからついてくるぞ?」
「目を合わせちゃダメです! 今は急いで逃げましょう」
「分かった」
「――ひゃいー!」
俺はロラーナを抱えると口から細い声が漏れるが、そのまま一気に飛び上がった。
民家と思しき屋根に着地して、さらに高く飛ぶ。
「これでいいか?」
「ぜぇぜぇ……いいんですけど、びっくりするんで一声かけてください」
「それは、悪かった」
「いえいえ、元々は私が目立つことをしたのが悪いので……」
「お金を払うことは目立つのか?」
そんなことしてたら、買い物を一つするだけでも大変なのではないだろうか。
そう考えている間も、ロラーナは乱れた呼吸を整えている。
「普通に払えれば良かったのですが……お財布に金貨しか入ってなくて」
「金貨はだめなの?」
「一枚、金貨があれば一般家庭が一年は生活できます」
「え!? あんなので!?」
「そうです。それをあの場で取り出してしまったせいで……恥ずかしいですが、王都の暗い部分の人達に目をつけられてしまいました」
「なるほどね。さっき俺達を追い回していたのが――」
「――生活がままならない方達。私のお金を目当てに、襲おうとしていたんだと思います」
華やかに見えた世界の裏には、闇が存在する。
村ではなかったこと。
少しだけさっきの人達に同情するような、そんな気持ちにさせられた気がした。
「ラグルさん」
「なに?」
「彼らに同情して、深入りしちゃだめですよ?」
「それはどうして?」
「もし、一人だけを助けてしまえばその人はラグルさんがいなければ、生活できなくなるかもしれません」
それは確かに困る。
一度考えるように下を向いてから、彼女に目を向けると、いつになく真剣な表情で俺を見ていた。
ロラーナの唇が震えて、小さく口を開く。
「他の人から妬まれて、さらにトラブルになるかもしれません」
「分かったよ。ロラーナ」
「はい! ラグルさんが素直で良かったです。これご褒美ですよ〜」
ロラーナはそう言って、二つ買った甘々林檎を一個渡してきた。
棒に刺さった真っ赤な林檎には、蜂蜜のような液体に包まれている。
試しにかじって見ると、包んでいたものがパリっと砕ける。
甘さと林檎の酸味が口に広がり、これまで食べたことない美味しさが口一杯に広がった。
「へへへっ! また、ラグルさんの驚いた顔もらっちゃいました」
「ああ……これは旨い」
村で食べたお菓子と比べると、高級肉と筋張った肉くらいの違いがあるぞ。
やべー、村に帰れねーわ。
うめぇ!
すまん、じっちゃん。俺は都会の人間になるわ。
「え!? もう食べちゃったんですか!?」
棒だけになった甘々林檎の棒を見せると、ロラーナは驚いたように声を上げた。
「このお菓子、私、好きなんですよ。だから、気に入ってもらえて嬉しいです!」
「表面だけじゃなくて、中にも蜂蜜みたいなの入ってるんだな!」
「ふふふっ! あれは蜂蜜じゃなくて、飴って言うんですよ。本当はこうやってペロペロって舐めるんです」
ロラーナが食べ方を実演してくれる。
美味しそうに食べている、彼女の手元から目が離せなくなっていた。
「じー」
「ラグルさん? はっ!? あげませんよ!?」
くそっ、ダメだったか。
「てか、あのお店の人は大丈夫なのか?」
「あ〜、多分。入口の近くでしたし、騎士の方達もいるんで大丈夫だと思いますが……」
手に持っていた甘々林檎が、ロラーナの心を現すようにわずかに前に傾いた。
「ご迷惑をかけたので、後で謝りに行かないと」
「なら、俺も行く。そして、甘々林檎買って」
「なんだかラグルさん、子供みたいですね」
「王都に来て良かったよ」
「あはは、まだ何も堪能してないですよ? これからです」
「そうなのか? ロラーナ、いろいろ教えてくれ」
「はい、もちろんです。とりあえず、今日は一旦、お城に行きましょう」
甘々林檎を舐めたり、時折齧ったり。
ロラーナは子供のように頬張っている。
絵本に出てくるようなお姫様とは程遠く、親しみやすさが彼女にとって魅力なのかもしれない。
◇
「到着で〜す!」
「これがお城!? デカい!」
これを見たら、我が家なんて犬小屋みたいなものじゃないか。
マジ、王都ってすげー。
「オイッ! お前らここがどこか――」
城を守る衛兵が、怒鳴りながらこっち寄ってきた。
「ロラーナが手を広げて、騒ぐから怒られたじゃないか」
「え!? 私のせいなの!? だって、ここ自分のお家だよ!」
「――ロラーナ姫!? よくご無事で!」
「衛兵さん、いつもお疲れ様です! それと、立ってください」
ガシャガシャと音を立てながら走ってきたこの騎士は、ロラーナの前に到着すると、すぐさま膝を着く。
ロラーナが鎧の体を持ち上げようとするが、騎士は微動だにしなかった。
「ロラーナ姫、私のようなただの一騎士に、そのようなお言葉はもったいなさ過ぎます!」
顔全体を覆った兜のせいで、表情は見えないが声からロラーナを好いていることが分かる。
「しかし、人気者なんだな」
「えっへんです! でも、もっとみなさんと普通に話したいのに少し……いえ、今はラグルさんがいますから大丈夫です」
「大変差し出がましいのですが、こちらの方は姫様のご友人でしょうか?」
兜の目の部分にある隙間から、殺気が漏れている。
「はい! 命の恩人で、お友達のラグルさんです! はっ! そう言えば、コーランドさんとの約束があるから、お友達じゃ……」
「まだ、あれ気にしてたの? 友達でいいよ。それと、騎士のあんた、殺気はやめてくれ?」
「殺気……?」
「くっ! 命の恩人と知らず、大変失礼致しました!」
「いいよ。それだけ、ロラーナを大切に思ってくれてるんでしょ?」
「衛兵さん、いつも私に優しいんですよ。お菓子くれますし」
なんか、ロラーナ、餌付けされてないか?
「姫がお亡くなりになったと聞いて、一部の騎士は王都を去ろうか考えていたところです。その、もしよろしければ……みんなに顔を見せていただけると、喜ぶと思います」
「みなさん……分かりました! ラグルさん、中へ急ぎましょう!」
ロラーナはそう言うと、城の中へ駆け足で入って行く。
「ご友人――」
「ん? なんだ?」
「ロラーナ姫をどうか、守ってやってくれ」
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