第二話 クソジジイ
震える声でそう言った少女。
名前は……えっと。
「名前、なんだっけ? え〜と」
「ロラーナです」
「あ、ロラーナね。覚えたよ」
それで、何者かって?
ハリシェス村の住人だけど。
「俺はただの村人、かな?」
「ありえません」
「ありえます」
「――ありえません!」
そんなに否定しなくてもいいじゃないか。
本当に村人だよ? さっきまで、畑を耕してたし。
夏になったら、美味しい野菜むしゃむしゃするんだ。
てか、そんなにカリカリしてさ。
「あ、もしかしてカルシウム足りてないんじゃない?」
「――はあっ!?」
お人形さんみたいな顔立ちで、そう凄まれると胃が締め付けられちゃうな。
「――クソッ! 全員、撤退だ!」
俺がロラーナと言い争いをしていると、謎の男達のリーダーと思しき男がそう声を張り上げた。
あっ、いなくなった。
「お祝いパーティーに来いよー!」
とりあえず手を振っておく。
「命を救ってくださり、大変感謝致します」
ロラーナは丁寧に、自分の血で汚れたドレスのスカートの端を指で摘みながらお辞儀をする。
なんか、お姫様みたい。
と、治療はしたけど、ちゃんと全部治ってて良かった。
「たくさん怪我してたから、治って良かったね」
「それもですが。今のも……」
「あの人達は友達?」
「…………」
喧嘩かな〜?
「喧嘩したなら、仲直りできるといいね」
「そうだと……いいんですが」
余程、心に傷を負ってしまったのか、声が尻すぼみになって目を伏せてしまう。
「とりあえず、お家に入ろう」
玄関を開けて、ロラーナを手招きする。
「お邪魔、します」
「――ダメだぞ! ペットは!」
「うるせぇ! クソジジイは黙ってろ!」
「ペット……」
「あのジジイ、頭イカれてきてるから気にしないでくれ」
「おじいさんにしてはちょっと、若くないですか?」
そうか? ただのジジイだぞ?
怪訝そうに見つめていると、ジジイの口元が嬉しそうに歪みやがった。
「ふぉっ、ふぉっ! お嬢さん、いい子じゃの」
ロラーナに褒められたせいで、調子に乗ったじっちゃんは自身の腰を魔法で治して立ち上がった。
「おい……ジジイ……」
「なんじゃ?」
「軟弱者って言ってなかったか? 治癒魔法に頼る奴は」
「ホホホッ! 忘れてしもうた」
ジジイの顔面に、拳を突き出した。
「――ちっ!」
「何するんじゃ! 頭が吹き飛ぶじゃろ!」
「一度、本気で殴ってみたくなった」
「あの……」
「どうした、ロラーナ」
「……離していただけると」
殴った時の余波で、ロラーナに被害が出ないように彼女を抱きしめるように抱えていた。
俺の胸の間から見せた彼女は、耳まで真っ赤で小刻みに震えている。
「そうか、ジジイが怖かったんだな」
「ち、違います」
「ジジイのくせに、色目使いやがって」
「ラ、ラグル! や、やめろっ! やめるんじゃ!」
村長だからって、調子に乗ってんじゃねーぞ。
「ラ、ラグルさん! だめです!」
ロラーナが腕から抜け出して、慌てた様子で両手を広げると、ジジイを庇うように俺の前に立った。
「いいのか? ロラーナ。このジジイは痛めつけないと、調子に乗るぞ」
「ぼ、暴力はだめですよ」
「――お嬢ちゃん、ラグルと結婚してくれんか」
「はい、えっと……ええっ!?」
「ふぉっふぉっ、どうか村で行き遅れたボンクラをもらってくれんかの?」
弾けるように振り向いたロラーナは、銀色の髪からはみ出た耳まで真っ赤になっていた。
てか、めっちゃ血で汚れてる。
「そ、そそそれは! 流石に急すぎません!?」
「うちの孫はのう、そういうことに興味がなくて困っておるんじゃよ。のっ! そこをなんとか」
「やめろ、ジジイ。ロラーナが困ってるだろ」
「お主のためじゃ、ラグル」
「はいはい」
「何処に行くんじゃ?」
「風呂沸かしてくる。ロラーナも、汚れたままじゃ嫌だろ?」
たく、色目使ったと思ったらじっちゃんは余計なことしか言わねぇ。
木でできた浴槽に、魔法を使って水を入れる。
その中に手を入れて、少し待つと白い湯気が立ち昇る。
「こんなもんか」
じっちゃん達がいる部屋に戻ると、二人は真剣な表情で話をしていた。
「ほう、ほう。お嬢さんを王都に届ければ、お金がたくさんもらえると」
「ええ、今はあまり持ち合わせがありませんので、後で必ず」
「ちなみに、この村をもう少し発展させたいのじゃが」
「それでしたら、私が掛け合ってみます。ところでここは王都から、どの辺なんですか?」
俺の存在に気づかず、じっちゃんは地図を広げて説明をしていた。
「暁の大地……黄昏の森。つまり、ここは禁忌の森の中……ありえない」
「禁忌の森? なんだそれ?」
「あ、ラグルさん」
「すまんのう。こやつは森から出たことが無くてな。馬鹿なんじゃよ」
「大きなお世話だ。てか、風呂沸いたぞ。それとこれ、新しい服」
ロラーナに差し出すと、彼女は丁寧に受け取った。
「これは……」
「母親のだよ」
「それって……つまり」
「気にしなくていい」
だって、母親も父親も俺が五歳の時に。
顔すらほとんど覚えてないんだ。
「何から何まで……必ずこの恩は返します! あっ――痛!」
「足、大丈夫か?」
「あの、いえ……これは」
「んっ、じっちゃんが好きで集めてるゴミクズ」
「骨董品じゃ! 失礼な!」
ロラーナは足の指にぶつかった平たい痛のようなものを手に取った。
「すまんのう。こう、昔の遺物を集めるのが趣味での」
「そうなんですね。これは……なんでしょう?」
「バルバトいわく、昔の人間が遠くの人と話しをするのに使っていたらしいのじゃ」
じっちゃんがロラーナに説明する。
「これで……魔法でも使ってたんでしょうか」
「どうかのぅ〜」
「じっちゃんが、ガラクタばかり集めてくるから、部屋が狭くて、捨てていい」
「ダメじゃ! 嫌いになっちゃうもん!」
きもっ!
「本当だ……たくさんありますね。これはコップですか?」
俺がじっちゃんに嫌悪感を感じていると、ロラーナが棚に飾ってあった、透明なコップのようなものを手に取った。
「恐らくのう」
「これなんか、翼が生えてドラゴンみたいですね」
隣に置いてあった、模型をじっと眺める。
「凄いですぅ〜。ロマンです!」
「ほぅ! よい目をしている。ワシの弟子にしてやろう!」
「よろしくお願いします! 師匠!」
と、ロラーナとじっちゃんがひとしきりふざけて、手に持っていた板を棚に置いた。
「では、お風呂をお借りしますね」
ペコリと頭を下げて、ロラーナは浴室の方へ消えていく。
「なぁ、じっちゃん。さっきの禁忌の森ってなんだ?」
「外の世界に興味がない、お前には話してなかったが人間に恐れられる領域なんじゃよ。ここはのう」
「ほへ〜。てか、人間って、俺達も人間じゃん」
「ん? 人間じゃないぞ?」
「は?」
初耳なんだが。
「ラグルはハーフだから、半分は人間じゃがの」
嘘だろ。
「おぬしは馬鹿じゃからの。ゴンタとハナコが百五十年生きてるのに、子供のままじゃぞ? 不思議に思わんかったか?」
ずっとそんな感じだったから、それが普通だと思っていた。
言われてみれば確かに……。
「人間じゃないなら、なんだよ?」
「――魔族じゃ」
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