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第49話 問いが増えると、見えるものが変わる

 問いが増えると、見えるものが変わる。


 昨夜の記録にそう書いてから、その言葉がずっと胸の奥に残っていた。


 最初に勇者学校へ来た時、私の問いは単純だった。


 人間の弱点は何か。


 勇者候補の戦力はどの程度か。


 教師陣の指導方針はどうか。


 貴族と平民の対立は利用可能か。


 聖剣適性の低いアレン・フォルクは、脅威ではないのか。


 魔族に家族を奪われたミナ・オルステッドは、接触危険対象か。


 ティナ・マールの距離感は、人間社会では普通なのか。


 ポルカ・リントの臆病さは、弱点か。


 クロード・レインハルトの貴族意識は、分断の種か。


 それらは、任務としては間違っていなかった。


 だが、今は問いが変わっている。


 アレンは何を見ているのか。


 ティナはなぜ、場を明るくできるのか。


 ミナが黙った時、何を守ろうとしているのか。


 ポルカの怖さは、どこで役に立つのか。


 クロードの責任感は、誰を支えられるのか。


 ベルトは、前に出ることで何を証明したいのか。


 エミリオは、誰かを支える時にどんな顔をするのか。


 ラウルは、走る以外に何を選べるのか。


 セシルの光札は、誰の不安を照らせるのか。


 問いが変わると、人の見え方が変わる。


 人の見え方が変わると、教室の風景まで変わる。


 朝の教室。


 以前なら、私はここを敵教育機関の一室として見ていた。


 今は、掲示板の前で迷った時の確認表を読む生徒がいる場所だ。


 机の上で弁当の包みを確認するティナがいる。


 窓側で静かに弓の弦を見ているミナがいる。


 後ろの席で寝たふりをしながら周囲を見ているアレンがいる。


 当番表をまっすぐ貼り直すクロードがいる。


 手帳に逃走経路と戻り道の違いを書いているポルカがいる。


 同じ教室なのに、もう同じには見えない。


「ルシェラ」


 ティナが私の机に小さな包みを置いた。


「はい?」


「朝の補給」


「お弁当ではなく?」


「朝用。昨日、遅くまで記録書いてたでしょ」


「なぜ分かるのですか」


「朝の顔」


 また顔。


 私は包みを見た。


 中には小さな焼き菓子が二つ入っていた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。今日、セフィナ先生の授業あるでしょ? 考えすぎる前に食べてね」


「考えすぎる前提なのですね」


「うん」


 即答だった。


 否定できない。


 今日はセフィナ先生の歴史授業がある。


 そして、昨日先生は言った。


 問いがあると見えるものが変わる。


 問いが強すぎると、見たい答えだけを拾ってしまう。


 これは危険な授業の予感がする。


 私は焼き菓子を一つ食べた。


 甘い。


 少し安心する。


 ティナはそれを見て満足そうに頷いた。


 アレンが後ろから言う。


「完全に餌付けされてるな」


「餌付けではありません。支援です」


「自分で言うのか」


 ティナが笑う。


「支援だよ。ルシェラ、糖分ないと難しい顔がさらに難しくなるから」


「難しい顔の段階があるのですか」


「ある」


 ミナが短く言った。


「ミナまで」


「今日は、少し重い顔」


「分類されています」


 アレンが頷く。


「顔の役割希望調査でもするか」


「しません」


 ポルカが小さく手を挙げる。


「顔の危険度分類なら、少しできます」


「しなくていいです」


「尋問前、記録前、失言前、抱え込み前、空腹時」


「やめてください」


 教室に小さな笑いが起きた。


 私は少し不服だったが、悪くない空気だった。


 こういう笑いの中にいることにも、少し慣れてきた。


 午前の授業で、セフィナ先生はいつものように穏やかな表情で教室に入ってきた。


 そして、黒板に大きくこう書いた。


 ――問いと記録。


 やはり来た。


 私は背筋を伸ばす。


「昨日、ディアさんたちが作った掲示を見ました」


 セフィナ先生はにこりと微笑んだ。


 教室の視線が、少しこちらへ向く。


「迷った時の確認表。とても興味深いものでした。今日は、それを歴史の読み方にもつなげて考えてみましょう」


 セフィナ先生は、黒板に二つの文を書いた。


 一、魔族は村を襲った。


 二、黒角隊は独断で村を襲った可能性がある。


 教室の空気が少し変わった。


 ミナの肩がわずかに動く。


 私は彼女の方を見そうになり、止めた。


 見すぎない。


 必要なら気づく。


 難しい。


 ティナはミナの隣で、静かに座っている。


 アレンは私ではなく、黒板を見ていた。


 セフィナ先生は、声を落ち着かせたまま続ける。


「この二つの文は、似ているようで違います。一つ目は断定です。二つ目は、対象を限定し、さらに可能性として表現しています」


 先生は二つ目の文に線を引いた。


「歴史を読む時、私たちは問いを持ちます。誰が、なぜ、いつ、どこで、何をしたのか。けれど、問いが強すぎると、自分が欲しい答えだけを拾ってしまいます」


 私は息を詰めた。


 黒角隊。


 オルステッド村。


 父上の手紙。


 血晶石。


 破損碑。


 点が線になりかけた時、私は急いで結論にしたくなった。


 ミナのために。


 自分のために。


 魔王城の責任を整理するために。


 だが、先生は言っている。


 問いが強すぎると、見たい答えだけを拾ってしまう。


「たとえば、『魔族はすべて悪である』という問い、あるいは前提を持って資料を読むと、魔族が悪である証拠ばかりが目につきます」


 教室が静まる。


「逆に、『魔族にも事情があったはずだ』という問いが強すぎても、被害を受けた人間の痛みを軽く扱う危険があります」


 私は胸の奥が痛くなった。


 その危険は、私にある。


 魔族側の事情を知っているから。


 父上が和平を試みたと知っているから。


 黒角隊が命令に背いたと知ったから。


 だからこそ、ミナの痛みを理屈で整理したくなる危険がある。


 ミナは黒板を見ていた。


 表情は変わらない。


 でも、机の上の指が少しだけ強く握られている。


 セフィナ先生は続けた。


「大切なのは、問いを一つにしないことです」


 黒板に、先生は複数の問いを書いた。


 ――誰が行ったのか。

 ――命令系統はあったのか。

 ――被害者は何を失ったのか。

 ――加害者側に記録は残っているのか。

 ――記録されなかった声は何か。

 ――現在の私たちは、それをどう扱うのか。


「問いを増やすと、簡単な答えから遠ざかります」


 セフィナ先生は微笑んだ。


「ですが、その分、人を雑に扱いにくくなります」


 人を雑に扱いにくくなる。


 昨日の私の記録に近い。


 私は思わず羽ペンを止めた。


 セフィナ先生の言葉は、たまにこちらの記録を読んでいるのではないかと思うほど刺さる。


 いや、読まれてはいない。


 たぶん。


 読まれていたら危険すぎる。


「今日は、北境のある事件について、複数の問いを立ててもらいます」


 教室に緊張が走る。


「ただし、結論は出しません。問いを作るだけです」


 結論を出さない授業。


 勇者学校は、本当に難しい。


 配られた資料は、北境の古い被害記録の抜粋だった。


 オルステッド村そのものではない。


 別の村。


 ただし、同じ時期、同じ地域。


 黒角隊の関与が疑われる事件に近い資料。


 直接ではないが、遠くもない。


 セフィナ先生は、ミナへの負荷を考えているのだろう。


 完全に避けない。


 だが、いきなり中心には触れない。


 段階を作る。


 グレイン先生と同じだ。


 教師たちは、やはり生徒を壊さないように進めている。


 私は資料を読む。


 村落名。


 襲撃時刻。


 被害。


 生存者証言。


 黒い火。


 北西へ逃げた影。


 公式記録では「魔族小部隊」とある。


 だが、命令系統は不明。


 黒角隊かどうかも不明。


 セフィナ先生は言う。


「この資料を見て、答えではなく問いを書いてください」


 問い。


 私は羽ペンを持つ。


 最初に浮かぶ問い。


 黒角隊の関与はあるか。


 しかし、それだけではない。


 私は昨日の確認表を思い出した。


 問いを増やす。


 人を雑に扱わないために。


 私は書いた。


 ――この襲撃を行ったのは、魔王軍正式部隊か、非正規集団か。

 ――被害者側の証言に共通する「黒い火」は、どの部隊の特徴と一致するか。

 ――王国側記録は、なぜ「魔族小部隊」とまとめているのか。

 ――襲撃された村に、軍事的価値はあったのか。

 ――被害者の名はどこまで記録されているか。

 ――加害者側の記録は存在するか。

 ――この事件を「魔族の襲撃」とだけ呼ぶことで、何が見えなくなるか。

 ――逆に「黒角隊の独断」と呼ぶことで、何が軽く扱われる危険があるか。


 最後の問いを書いた時、胸が痛んだ。


 黒角隊の独断。


 それは、魔王城の責任を軽くする言葉にもなり得る。


 父上は逃げなかった。


 命に背いた者たちだが、止めきれなかった責任は上に立つ者にもあると言った。


 だから、私も逃げてはいけない。


 ミナの方を見る。


 今度は、見る必要があった。


 彼女は資料を見つめ、ゆっくり書いていた。


 セフィナ先生が机の間を歩く。


 ティナは眉を寄せながら、一生懸命問いを書いている。


 アレンは短い文をいくつも並べている。


 クロードは王国側記録の書式に関する問いを書いている。


 ポルカは「なぜ村人は逃げられなかったのか」「安全な道はあったのか」「誰が警告できたのか」と、かなり実用的な問いを並べている。


 ミナの紙は、少しだけ見えた。


 ――この村の人たちは、何を知らないまま死んだのか。

 ――誰かがもっと早く気づけたのか。

 ――私なら、どう記録してほしいか。


 私は目を伏せた。


 重い。


 だが、ミナの問いだった。


 誰かに与えられた答えではない。


 自分で作った問い。


 授業の終わりに、セフィナ先生は数人の問いを読み上げた。


 名前は出さない。


 問いだけを読む。


「『この事件を魔族の襲撃とだけ呼ぶことで、何が見えなくなるか』」


 私の問いだった。


 私は少し背筋を伸ばす。


「良い問いです。大きな言葉は、細かな違いを隠します。ただし、大きな言葉が必要な時もあります。複数の事件をまとめて見る時です。だから、使い方が重要です」


 先生は次に別の問いを読む。


「『逆に黒角隊の独断と呼ぶことで、何が軽く扱われる危険があるか』」


 これも私だ。


 セフィナ先生は少しだけこちらを見た気がした。


「これも重要です。細かく分けることで見えるものがあります。しかし、分けることで責任が薄まる場合もあります。問いは、常に別の問いと一緒に持つ必要があります」


 私は深く頷いた。


 次に先生は、ミナの問いを読んだ。


「『私なら、どう記録してほしいか』」


 教室が静かになる。


 ミナは顔を上げない。


 セフィナ先生は、とても静かに言った。


「これは、歴史を書く側に立つ問いです。被害を受けた人を、数字や地名だけにしないための問いでもあります」


 ミナの指が少し震えた。


 ティナが隣で、そっと机の下に手を伸ばした。


 ミナは、その手を拒まなかった。


 授業後。


 教室はいつもより静かだった。


 重すぎるわけではない。


 だが、それぞれが何かを持ち帰っているような静けさ。


 私は自分の問いを書いた紙を見つめていた。


 そこへ、アレンが来た。


「お前の問い、二つ読まれてただろ」


「分かりましたか」


「分かる」


「なぜ」


「お前っぽい」


「どのあたりが」


「両方見ようとして、自分で自分を追い詰めてるところ」


 鋭い。


 私は少し黙った。


 アレンは紙をひらひらさせた。


「俺はこれ書いた」


 見せられた紙には、短い問いが並んでいた。


 ――誰が見落としたのか。

 ――見落とした理由は何か。

 ――見えていたのに言わなかった人はいるか。

 ――言えなかったなら、なぜか。

 ――今なら誰が言えるか。


 アレンらしい問いだ。


 見ること。


 言うこと。


 言えない理由。


 彼自身の武器と傷が混ざっている。


「アレンらしいです」


「評価か?」


「感想です」


「ならいい」


 ミナが近づいてきた。


 珍しい。


 自分から私とアレンのところへ来るのは。


「ルシェラ」


「はい」


「さっきの問い、ルシェラ?」


「どれですか」


「黒角隊の独断って呼ぶことで、何が軽く扱われるか」


「はい。私です」


 ミナは少しだけ目を伏せた。


「ありがとう」


 その言葉は予想外だった。


「なぜ礼を?」


「その問い、必要だから」


 ミナは静かに言う。


「黒角隊が独断だったって知った時、少しだけ楽になりそうだった。でも、楽になったら、家族の死がどこかに行きそうで怖かった」


 私は息を止めた。


「でも、あの問いがあるなら、軽くしないでいられる」


「……はい」


「ルシェラは、魔族側の事情も見る。でも、こっちの痛みも消さないようにしてる」


 胸の奥が痛む。


 ミナはまだ知らない。


 私が魔族側そのものだということを。


 魔王の娘だということを。


 それを知ったら、この言葉はどうなるのだろう。


「ミナ」


「うん」


「私は、間違えるかもしれません」


「うん」


「問いを増やしても、見落とすかもしれません」


「うん」


「その時は、言ってください」


 ミナは少しだけ私を見た。


「言う」


 短い。


 だが、約束のようだった。


 ティナが後ろから来て、少し明るい声で言った。


「今日の授業、頭使ったね。お茶しよ」


「授業後すぐお茶ですか」


「こういう日は必要!」


 アレンも頷いた。


「今日は糖分いるな」


「アレンが言うと説得力が増してきました」


「お前のせいだ」


 昼休み。


 中庭で、私たちはお茶と焼き菓子を囲んだ。


 セフィナ先生の授業のあとだからか、皆少し静かだった。


 ポルカは自分の問いを読み返しながら、ぽつりと言った。


「逃げ道がなかった人のことを考えると、怖いです」


 クロードが言う。


「僕は、王国側記録がなぜ簡略化されたかを書いた。だが、簡略化にも理由がある。すべてを書けば、記録が膨大になりすぎる」


「でも、消える人がいる」


 ミナが言った。


「そうだ」


 クロードは頷いた。


「だから、消してよいわけではない。記録の形式と、消える人の問題を分けて考える必要がある」


 クロードも、問いが増えている。


 以前なら、公式記録を守る側に立っただろう。


 今は、その必要と危険を両方見ようとしている。


 ティナが焼き菓子を割りながら言った。


「私、難しいことはまだよく分からないけど、名前が残ってるといいなって思った」


「名前」


「うん。村の数とか、死んだ人数とかだけじゃなくて、誰がいたのか。何が好きだったのか。そういうの」


 ミナが静かにティナを見る。


 ティナは少し慌てた。


「あ、ごめん。変なこと言った?」


「ううん」


 ミナは首を振った。


「それ、いいと思う」


 ティナはほっとしたように笑った。


 名前。


 また名前だ。


 敵ではなく、名前を持つ同級生。


 被害者ではなく、名前を持つ人。


 記録は、名前を残せるのか。


 あるいは、名前を消してしまうのか。


 私は父上の言葉を思い出す。


 オルステッド村の名は、私も記憶している。


 その生徒に伝えよ。


 お前の家族の死を、魔王城は知らなかったことにはしない。


 名前を覚えること。


 知らなかったことにはしないこと。


 それは、同じ方向にあるのかもしれない。


 放課後、私はセフィナ先生に呼ばれた。


 歴史準備室。


 本と資料が積み重なった部屋で、先生は私の提出した問いの紙を手にしていた。


「ディアさん」


「はい」


「今日の問い、とても良かったです」


「ありがとうございます」


「ただ、少し心配もあります」


 心配。


 私は背筋を伸ばした。


「あなたは、いくつもの側面を同時に見ようとしています。それは大切な力です。でも、自分がどこに立っているかを忘れると、問いに潰されます」


「どこに立っているか」


「はい」


 セフィナ先生は穏やかに言った。


「問いを増やすことは大切です。でも、問いを増やしすぎると、自分が何を感じているのか分からなくなることがあります」


 私は言葉に詰まった。


 自分が何を感じているのか。


 ミナの痛み。


 魔族側の事情。


 父上の責任。


 黒角隊の罪。


 人間側の記録。


 王国の立場。


 同級生としての私。


 魔王の娘としての私。


 それらを全部見ようとすると、確かに自分がどこにいるのか分からなくなる。


「ディアさんは、問いを作るのが上手です。でも、時々、自分を裁くために問いを増やしているようにも見えます」


 胸が、強く痛んだ。


 先生は何も知らないはずだ。


 私の正体を。


 魔王の娘であることを。


 なのに、どうしてそういうことを言うのだろう。


「問いは、人を雑に扱わないための道具です。自分を壊すための刃にしないように」


 私は、しばらく答えられなかった。


 ようやく、頭を下げる。


「覚えておきます」


「ええ」


 セフィナ先生は微笑んだ。


「それと、今度の授業で、名前の残し方について扱います。興味があれば、準備を手伝ってくれますか」


「名前の残し方」


「はい。記録に名前が残る人、残らない人。その違いについてです」


 私は少し考え、頷いた。


「手伝います」


「ありがとう」


 準備室を出る時、私は廊下でアレンと鉢合わせた。


「また呼ばれてたのか」


「はい」


「何言われた?」


「問いを増やしすぎると、自分が何を感じているか分からなくなる、と」


 アレンは少し黙った。


「刺さったな」


「はい」


「顔に出てる」


「顔面管理」


「今日は無理だろ」


 私は少しだけ息を吐いた。


「アレン」


「何だ」


「私は、自分を裁くために問いを増やしているように見えますか」


 アレンはすぐには答えなかった。


 珍しく、言葉を選んでいる。


「たまに」


「そうですか」


「でも、それだけじゃないだろ」


「それだけではない?」


「お前は、誰かを雑に扱わないためにも問いを増やしてる。そっちは、悪くないと思う」


 私はアレンを見る。


「では、自分を雑に扱っている可能性は?」


「ある」


 即答だった。


「即答ですね」


「そこは嘘ついても意味ないだろ」


 アレンは廊下の窓へ視線を向けた。


「お前、人のことは細かく見るくせに、自分のことは任務とか責任とかで雑にまとめるからな」


 何も言い返せなかった。


 痛い。


 だが、たぶん正しい。


「じゃあ、自分にも問いを立てればいいんじゃないか」


「自分に?」


「ああ。『自分は何を感じたか』とか、『今、責任以外で何を怖がっているか』とか」


 アレンは少し照れたように顔を背ける。


「まあ、知らんけど」


「いえ」


 私は静かに言った。


「有用です」


「評価するな」


「感謝です」


「なら、まあ」


 その夜、私は記録を書いた。


 ――セフィナ先生の授業「問いと記録」。問いがあると見えるものが変わるが、強すぎる問いは見たい答えだけを拾う危険がある。

 ――問いを一つにしないこと。魔族をすべて悪と見る問いも、魔族にも事情があったはずだという問いも、片方だけでは危険。

 ――ミナ「私なら、どう記録してほしいか」と問いを書く。重要。

 ――ティナ、名前が残っているといいと発言。記録における名前の重要性。

 ――セフィナ先生より、問いを増やしすぎると自分が何を感じているか分からなくなる、自分を裁くために問いを増やすなと指摘。重要。

 ――アレンより、自分にも問いを立てればいいと助言。


 私はそこで手を止めた。


 そして、いつもの記録とは別に、一行書いた。


 ――私は今日、何を感じたか。


 少し考える。


 答えはすぐに出なかった。


 問いを作るのは得意だ。


 だが、自分の問いに答えるのは苦手らしい。


 しばらくして、ゆっくり書いた。


 ――ミナの痛みを軽くしたくないと思った。


 もう一行。


 ――でも、魔族側の事情も消したくないと思った。


 さらに。


 ――その両方を持つ自分が、少し怖かった。


 私は羽ペンを置いた。


 自分にも問いを立てる。


 これは、かなり難しい。


 でも、必要なのかもしれない。


 自分を任務や責任で雑にまとめないために。


 私は胸元のお守りに触れた。


 父上。


 問いが増えています。


 人間を見る問い。


 魔族を見る問い。


 歴史を見る問い。


 友人を見る問い。


 そして、自分を見る問い。


 問いが増えると、見えるものが変わります。


 それは良いことでもあり、怖いことでもあります。


 でも、もう問いを一つに戻すことはできません。


 私は、人間の弱点だけを見に来たはずなのに。


 今は、名前と痛みと役割と、自分の怖さまで見ようとしています。


 この任務は、最初に思っていたよりずっと難しいです。

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