第10話 寮生活は共同占領ではない
勇者学校の寮は、校舎の東側にあった。
白い外壁、赤い屋根、広い中庭。
窓辺には花が飾られ、入口には「女子寮」と書かれた木札が掛かっている。
見張り台はない。
防壁もない。
堀もない。
入口の扉には鍵があるが、魔王城の地下宝物庫と比べれば、ないに等しい。
私は建物の前で立ち止まり、しばらく観察した。
「ルシェラ? どうしたの?」
隣でティナが首を傾げる。
「防備が薄いですね」
「寮だよ?」
「はい。居住区です。だからこそ防備が必要では?」
「いやいや、ここ学校だから。戦場じゃないから」
「勇者候補の育成施設である以上、敵襲の可能性はあります」
「初日から敵襲の心配しないで!」
ティナが慌てて両手を振る。
ポルカが後ろで小さく頷いた。
「でも、言われると気になってきました……窓、多くないですか? 侵入経路、多くないですか? 僕、男子寮ですけど、今から不安になってきました……」
「ポルカは男子寮でしょ。ここで不安にならなくていいの」
「不安に男女の区別はありません」
「そこだけルシェラさんと息合うのやめて!」
ティナがまた困った顔をした。
ポルカはこのあと男子寮へ向かうらしいが、私たちが女子寮の入口まで行くのを「道を覚えるため」と言ってついてきていた。
実際には、一人で別の寮へ行くのが不安なのだろう。
怖がりだが、情報収集への意欲はある。
道を覚えるという名目も悪くない。
「それにしても、共同生活ですか」
私は女子寮の入口を見上げた。
「共同生活っていうか、寮生活ね」
「同じ居住施設に複数の生徒が集まり、食事、睡眠、生活空間を共有する」
「そうそう」
「つまり、共同占領に近いですね」
「近くない!」
ティナは即座に否定した。
「寮は占領しないの! 住むの!」
「ですが、一定範囲の部屋と設備を複数名で管理し、規則のもとに行動するのでしょう」
「そうだけど、言い方!」
「共同駐屯」
「もっと違う!」
「集団居住任務」
「寮生活!」
人間界の言葉は難しい。
意味は近いはずなのに、言い方によって拒否される。
私は心の中で修正した。
寮生活。共同占領ではない。共同駐屯でもない。たぶん。
「じゃあ、あたしはこっちだから」
ポルカが女子寮の入口の前で足を止めた。
「僕、男子寮に向かいます。もし夕食の時間までに食堂にいなかったら、道に迷ったか、心が折れたか、先生に捕獲されたと思ってください」
「捕獲されないよ」
「ポルカ」
私は彼を見る。
「男子寮へは、この道を戻って右、噴水の手前を左です。途中に案内板があります」
「覚えてくれてるんですか!?」
「はい。移動経路の把握は重要です」
「ありがとうございます! ルシェラさんが味方だと生存率が上がる気がします!」
「味方」
その言葉に、少し引っかかった。
私は敵情視察のために来た。
この学校の生徒たちは、本来なら観察対象だ。
しかし今、ポルカは私を味方と言った。
気軽に。
何の契約もなく。
私はどう返すべきか一瞬迷った。
「無事に到着してください」
「はい! 全力で生きます!」
ポルカは大きな鞄を抱え、男子寮の方へ小走りに去っていった。
数歩進んだところで、もう一度振り返る。
「右でしたっけ!?」
「戻って右です!」
ティナが叫ぶ。
「あっ、はい! 戻って右! 戻って右! 僕は戻って右!」
ポルカは呪文のように繰り返しながら去っていった。
ティナは苦笑する。
「ポルカ、ほんと怖がりだよね。でも、なんか放っておけないんだよなあ」
「弱い個体を群れで保護する習性ですか」
「友達だからだよ」
友達。
ティナはまた、簡単に言う。
だが、少しずつ分かってきた。
人間界では、その言葉がいろいろな行動の理由になるらしい。
放っておけない。
助ける。
同じ席に座る。
一緒に移動する。
友達だから。
便利で、曖昧で、強い言葉だ。
「さ、行こう! 寮母さんに部屋を教えてもらわないと」
「寮母」
「寮の管理人さん」
「居住区管理責任者ですね」
「寮母さん」
「はい。寮母さん」
私は言い直した。
成長している。
女子寮の扉を開けると、木と石鹸の匂いがした。
魔王城の廊下は、古い石と魔力灯と鉄の匂いがする。
この寮は、ずいぶん柔らかい匂いがした。
入口の広間には、数人の新入生が集まっている。
壁には掲示板。
寮の規則。
食堂の時間。
浴場の利用時間。
門限。
掃除当番。
緊急時の避難経路。
私は真っ先に避難経路を確認した。
「ルシェラ、そこ見るんだ」
「重要です」
「まあ、大事だけど」
「避難経路が三つあります。正面玄関、裏口、非常階段。ただし二階西側の窓からも降りられそうです」
「降りないでね?」
「緊急時には選択肢に入ります」
「できれば入れないで」
ティナが私の袖を引いた。
広間の奥から、丸眼鏡をかけた年配の女性が出てくる。
柔らかそうな灰色の髪をまとめ、腰には鍵束を下げていた。
「新入生の皆さんですね。ようこそ女子寮へ。私は寮母のメリッサです。困ったことがあれば遠慮なく言ってくださいね」
穏やかな声。
だが鍵束の量が多い。
寮の全ての入口と倉庫を管理しているのだろう。
油断できない。
「これから部屋割りを発表します。一部屋二人から三人です。基本的には同じクラスの生徒同士で組んでいます」
一部屋二人から三人。
想定より距離が近い。
睡眠中の警戒難度が上がる。
私は内心で少し緊張した。
ノノは言っていた。
初対面の相手に忠誠を誓わせない。
友人を人質と呼ばない。
寝る前には戸締まりを確認する。
父上も言っていた。
生存率に関わる。
部屋割りが読み上げられる。
「ルシェラ・ディアさん、ティナ・マールさん、ミナ・オルステッドさん。二階、東側の三号室です」
「やった! ルシェラと同じ部屋!」
ティナが嬉しそうに跳ねた。
私はその横で、少しだけ固まる。
ティナと同室。
それはよい。
友人関係の観察、いや、友人との生活を学べる。
問題はもう一人。
ミナ・オルステッド。
対魔族感情を持つ弓の女生徒。
彼女と同室。
潜入任務上、かなり危険度が高い。
少し離れた場所にいたミナも、こちらを見ていた。
表情は変わらない。
だが、目は静かに私を測っている。
「よろしく、ミナ!」
ティナが明るく声をかける。
「……よろしく」
ミナは短く返した。
その声は冷たくはない。
ただ、距離がある。
私は姿勢を正した。
「よろしくお願いします、ミナ」
「うん」
短い返答。
観察力あり。
感情を表に出さない。
油断ならない。
だが、同室になった以上、敵対的に接するわけにはいかない。
友人関係、あるいは同級生関係、あるいは共同居住関係を適切に築く必要がある。
「では、各自荷物を持って部屋へ向かってください。夕食は六の鐘からです。浴場は七の鐘以降。門限は八の鐘。魔法の使用は、許可された区域以外では禁止です」
寮母メリッサの説明を聞きながら、私は心の中で置き換えた。
夕食――補給。
浴場――衛生維持施設。
門限――夜間警戒規定。
魔法使用禁止――暴発防止および内部治安維持規約。
理解しやすい。
「ルシェラ、また変な変換してる顔してる」
「顔に出ていますか」
「うん。なんか、寮を軍事施設として見てる顔」
「寮は軍事施設ではないのですか」
「ないよ!」
「勇者学校の施設なのに?」
「ないってば!」
ティナの否定を受け、私は修正した。
寮。軍事施設ではない。少なくとも表向きは。
二階の三号室は、廊下の東側にあった。
扉を開けると、三つのベッド、三つの机、三つの小さな収納棚が並んでいた。
窓からは中庭が見える。
部屋は清潔で、日差しがよく入る。
魔王城の私室よりずっと狭い。
だが、不思議と窮屈ではなかった。
「わあ、けっこういい部屋!」
ティナが真っ先に入って、窓を開けた。
春の風が入り込む。
「ベッド三つ! 机三つ! あ、窓から中庭見える!」
「窓からの侵入も可能ですね」
「侵入しないの!」
ティナが振り返って叫ぶ。
ミナは静かに部屋へ入り、一番壁際のベッドに荷物を置いた。
彼女は窓際を避けた。
弓を扱う者としては、窓際の方が外を確認しやすいはずだが、睡眠時に外から狙われることを考えたのかもしれない。
私は入口と窓、ベッドの配置を見比べる。
最も安全なのは、壁を背にし、入口と窓の両方を確認できる位置。
つまり中央のベッド。
だが、中央は左右から挟まれる。
友人関係構築には有効だが、警戒上は不利。
「ルシェラ、ベッドどこにする?」
「入口と窓の動線を考慮すると」
「好きなとこでいいよ」
「では、中央にします」
「じゃあ、あたし窓側!」
ティナは即決した。
不用心だ。
だが、彼女には窓から見える中庭が魅力的なのだろう。
ミナはすでに壁側。
結果として、ティナが窓側、私が中央、ミナが壁側となった。
私は荷物を机の上に置く。
父上の乾燥果実。
ノノのお守り。
通信石。
教科書。
筆記具。
身分証。
制服の替え。
そして、ノノが忍ばせた小さな裁縫道具。
中には微細な防御魔法用の糸が入っている。
有能。
私は荷物を整えながら、ふとミナの荷物に目を留めた。
弓。
矢筒。
制服。
教科書。
それから、魔族対策用の銀糸。
聖水の小瓶。
魔力感知符。
対魔族用の護符。
かなり本格的だ。
私は視線をすぐに外した。
見すぎると不自然だ。
だが、心はざわつく。
同室の相手が、魔族対策道具を持っている。
当然だ。
ここは勇者学校。
ミナは魔族に家族を奪われた生徒。
彼女にとって、魔族対策は自然な備えなのだ。
私は魔族だ。
その事実が、部屋の中で急に重くなる。
「ミナ、それ魔族用?」
ティナが遠慮なく聞いた。
私は内心で少し驚く。
ティナは距離が近い。
時に、踏み込みも早い。
ミナは荷物を整理する手を止めた。
「うん」
「そっか。国境の方の出身だっけ?」
「近い」
「大変だったんだよね」
「……うん」
それ以上、ミナは言わなかった。
ティナも、珍しく深く追及しなかった。
部屋に少しだけ沈黙が落ちる。
私は何か言うべきか迷った。
魔族全てが人間を傷つけたいわけではない。
そう言いたくなった。
だが、それはルシェラ・ディアとして不自然かもしれない。
それに、今ここで言っても、ミナの傷を軽く扱うことになるかもしれない。
私は黙った。
ノノの教えは正しい。
一旦、黙る。
ミナがこちらを見る。
「ルシェラは、魔族が怖くないの?」
問いは静かだった。
だが、鋭い。
私は慎重に答える必要がある。
怖いか。
魔族を。
私は魔族だ。
父上もノノも、魔王城の者たちも魔族だ。
怖い、とは言えない。
だが、怖くない、と言い切るのも、人間としては不自然かもしれない。
「知らないものは、怖いと思います」
私は答えた。
「ですが、知らないまま怖がり続けるのは、危険だとも思います」
ミナの目が少し細くなる。
「危険?」
「相手を見誤るからです」
言いながら、父上の言葉を思い出す。
見る前に、決めつけるな。
「怖がる理由があるなら、その理由も知らなければならないと思います」
ミナはしばらく私を見ていた。
ティナも黙っている。
私は言いすぎただろうか。
やがてミナは、小さく言った。
「変わってるね」
「よく言われます」
「そう」
ミナはそれだけ言って、荷物の整理に戻った。
拒絶ではない。
受容でもない。
保留。
私はそう判断した。
関係性、保留。
接し方に注意。
しかし、完全な敵対ではない。
夕食の時間まで、私たちは荷解きを続けた。
ティナは持ってきた服を広げすぎて、早々に収納棚から溢れさせた。
「えっ、入らない! なんで!? 家では入ったのに!」
「圧縮方法に問題があります」
「ルシェラ、荷造り得意?」
「遠征準備は得意です」
「遠征?」
「長期移動用の荷物管理です」
「じゃあお願い!」
私はティナの荷物を整理した。
服を種類ごとに分け、使用頻度で並べ、非常時に必要なものを手前に配置する。
ティナは横で感心していた。
「すごい! 軍隊みたい!」
「……」
「え、あ、褒めてるよ?」
「ありがとうございます」
危ない。
軍隊みたい。
事実だ。
魔王軍式である。
ミナもこちらを見ていたが、何も言わなかった。
やがて六の鐘が鳴り、食堂へ向かう時間になった。
女子寮の生徒たちが廊下に出てくる。
にぎやかだ。
誰かが部屋を間違え、誰かが制服のリボンを探し、誰かが早速友人を作っている。
ティナは私とミナを引っ張るようにして食堂へ向かった。
「ご飯ご飯! 勇者学校の食堂、楽しみだったんだよね!」
「補給施設ですね」
「食堂!」
「食堂」
私は言い直す。
食堂は広かった。
長いテーブルがいくつも並び、奥の配膳口から料理の匂いが漂ってくる。
パン、スープ、焼いた肉、野菜、果物。
人間界の食事。
魔王城の食事より香辛料が穏やかで、色合いが明るい。
私は盆を受け取り、料理を載せた。
ティナは嬉しそうにパンを二つ取る。
ミナは必要最低限。
私は栄養配分を考え、肉、野菜、スープ、パンを均等に選んだ。
「ルシェラ、食べ方まで真面目だね」
「食事は活動効率に影響します」
「おいしいから食べる、でいいんだよ」
「おいしいから」
「そうそう」
私たちは同じテーブルについた。
周囲にも新入生たちが座っている。
男子寮から来た生徒たちも食堂に集まっていた。
少し離れたテーブルに、アレン、ポルカ、クロードの姿がある。
ポルカは無事に男子寮へ辿り着いたらしい。
よかった。
いや、よかったという表現で正しいのだろうか。
味方の生存確認。
いや、友人候補の無事。
私はスープを一口飲んだ。
温かい。
人間界のスープは、魔王城のものより優しい味がする。
父上が心配していたほど熱くもない。
「どう? おいしい?」
ティナが身を乗り出す。
「はい。補給として優秀です」
「味は?」
「優しいです」
ティナが少し驚いた顔をして、それから笑った。
「そっか。よかった」
なぜだろう。
彼女が喜ぶと、こちらも少し安心する。
食事の途中、ティナが自分の皿から焼き野菜を一つ私の皿に載せた。
「これ、おいしいよ。食べてみて」
私は固まった。
食糧の譲渡。
補給線の共有。
かなり高度な信頼行為。
だが、ノノに言われている。
お弁当のおかずを分けられた時、「補給線の共有」と呟いてはいけない。
これは弁当ではなく食堂の夕食だが、同じ原理が適用される可能性が高い。
私は慎重に言った。
「ありがとうございます」
「うん!」
よし。
正解。
私は焼き野菜を食べた。
甘い。
少し焦げた香りがする。
「おいしいです」
「でしょ!」
ティナが嬉しそうに笑う。
私は心の中で静かに記録した。
食糧を分けられた場合、ありがとうで十分。
追加で感想を述べると相手が喜ぶ。
人間関係は、食事で進む。
その時、食堂の別の席で「魔族」という言葉が聞こえた。
近くの男子生徒たちが話している。
「国境の村じゃ、まだ魔族の残党が出るらしいぞ」
「怖いよな。勇者学校に入ったからには、いつか戦うんだろ」
「魔族なんて、見つけたら即討伐だろ」
ミナの手が止まった。
ティナも気づいた。
私はスープの表面を見つめる。
胸の奥が冷える。
即討伐。
人間にとっては、自然な言葉なのかもしれない。
魔族は敵。
そう教えられているのだから。
けれど、私はここにいる。
同じ食堂で、同じスープを飲んでいる。
ミナが小さく息を吐いた。
「……魔族は危険だよ」
彼女の声は低い。
私に向けたものではない。
自分に言い聞かせるような声だった。
「私の村も、魔族に襲われた」
ティナの表情が曇る。
「ミナ……」
「だから私は、ここで強くなる」
ミナはそれ以上言わなかった。
私は言葉を探した。
魔族全てが襲ったわけではない。
そう言いたい。
だが、ミナの村を襲った魔族がいたことも事実なのだろう。
その痛みに、私は何を言える。
私は魔族だ。
けれど今は、人間の少女としてここにいる。
ルシェラ・ディアとして。
「ミナ」
気づけば、私は口を開いていた。
「あなたが強くなりたい理由は、覚えておきます」
ミナがこちらを見る。
「何、それ」
「私は、同じ部屋で生活する相手のことを、知らないままでいたくありません」
ミナは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を伏せた。
ティナが空気を変えるように明るく言う。
「じゃ、じゃあさ! 同じ部屋記念に、あとでお茶でも飲もうよ! 寮の談話室にお湯あるって聞いたし!」
「茶会ですか」
「そんな大げさじゃないけど」
「友好関係強化のための小規模会談」
「お茶!」
「お茶ですね」
ミナは小さく息を吐いた。
笑ったわけではない。
けれど、断りもしなかった。
「……少しなら」
「やった!」
ティナが嬉しそうに笑った。
私は少しだけ安心した。
食事を終え、寮へ戻る。
談話室で簡単なお茶を飲み、ティナが家の話をし、ミナが少しだけ国境の町の話をした。
私はあまり話さなかった。
魔王城の話をすれば、危険だからだ。
代わりに、辺境で魔法研究者の養女として育ったという設定を思い出しながら、慎重に答えた。
嘘が増えていく。
まだ初日なのに。
夜。
自室に戻ると、ティナはすぐに眠そうになった。
「明日から授業かあ……楽しみだけど、緊張するね」
「はい」
「ルシェラ、ミナ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
灯りが落とされる。
部屋が暗くなる。
窓の外には、人間界の月。
魔族領で見る月と、同じはずなのに、少し違って見えた。
私はベッドに横になった。
中央のベッド。
右にティナ。
左にミナ。
友人と、対魔族感情を持つ同級生。
この配置は、潜入任務として危険なのか、有益なのか。
まだ分からない。
しばらくして、ティナの寝息が聞こえ始めた。
早い。
警戒心が薄い。
しかし、安心しているとも言える。
ミナはまだ起きている気配がした。
私も眠れなかった。
知らない部屋。
知らない匂い。
知らない生活音。
魔王城ではない天井。
ルシェラ・ディアとしての初めての夜。
私は小さく身を起こした。
音を立てないように窓へ向かう。
鍵を確認する。
閉まっている。
次に扉。
鍵を確認する。
閉まっている。
父上。
戸締まりは確認しました。
心の中でそう報告する。
ベッドに戻ろうとした時、ミナの声がした。
「……何してるの?」
静かな声。
私は振り返る。
暗がりの中、ミナがこちらを見ていた。
「戸締まりの確認です」
「そんなに心配?」
「生存率に関わります」
「変なの」
「よく言われます」
ミナは少しだけ黙った。
そして、小さく言った。
「でも、ありがと」
「何がですか」
「確認してくれて」
私は答えに迷った。
戸締まり確認は、父上からの指示であり、自分のためでもある。
だが、ミナはそれを部屋全体の安全のためと受け取ったのかもしれない。
「同室ですので」
私はそう答えた。
ミナは「そっか」とだけ言い、再び横になった。
私はベッドへ戻る。
同室。
同じ部屋で眠る者。
共同占領ではない。
共同駐屯でもない。
寮生活。
ティナは友人。
ミナは、まだ分からない。
だが、同じ部屋で眠る。
それは、少なくとも敵同士の距離ではない。
私は胸元のお守りに触れ、心の中の報告書に今日の記録を書いた。
――女子寮、防備は薄いが居心地は悪くない。
――友人ティナ、食糧共有を行う。ありがとうで対応可能。
――ミナ・オルステッド、対魔族感情強。接し方に注意。
――寮生活は共同占領ではない。
――ただし、同じ部屋で眠る相手の戸締まりは確認した方がよい。
そこまで考えたところで、ようやく眠気が来た。
人間界一日目の夜。
敵地にしては、ずいぶん静かだった。




