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100回婚約破棄された悪役令嬢、101回目はグーパンで真ルートを開きます  作者: あゆと


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007 罪の下には、生贄がありました

「動かせば、次の起動が始まります」


 私がそう告げた瞬間、祈りの間の空気が止まった。


 台の上には、二枚の木札。


 王太子エドワード。

 アリシア・ヴァルトハイム。


 その下には、赤い古代文字。


 罪の承認。


 王妃マーガレット陛下は、台を見ていた。

 近衛騎士は剣の柄に手をかけている。

 ライナス様は、床に薄く走る線を見ていた。


 そして大司教ウルリッヒだけが、私を見ている。


 もう、笑っていない。


「アリシア嬢」


 大司教の声は低かった。


「恐怖に囚われて、古い儀礼を歪めてはなりません」


「恐怖だけではございません」


 私は扇を伏せた。


「その台が動いた後を、知っております」


 これ以上は語らない。


 眠らされて。

 声を塞がれて。

 ここへ運ばれた。


 台の木札が置かれた瞬間、私の名は床へ沈み、声も足も奪われた。


 思い出すだけで、喉が冷える。


 けれど今、私は立っている。


 自分の足で。

 王妃陛下の前で。

 近衛と、隣国の目を連れて。


「これは証拠ではございません」


 私は言った。


「仕掛けです」


 台の布が、かすかに揺れた。


 誰も触れていない。


 神官の一人が反射的に手を組みかける。


「動くな」


 近衛騎士が押さえた。


 神官の顔が青ざめる。


 その一瞬、大司教の視線が神官へ走った。


 黙れ。


 そう命じる目だった。


 王妃陛下も見た。

 ライナス様も見た。

 私も見た。


「神官を離しなさい」


 王妃陛下が命じる。


「互いに目配せさせてはなりません」


「はっ」


 近衛が動く。


 祈りの間の空気が、さらに冷えた。


 台の下の文字が脈打つ。


 罪の承認。


 その赤い文字が、薄く浮き沈みしている。


 時間がない。


 ここで問答を続ければ、台が勝手に進む。


「王妃陛下」


「何です」


「白い灰を探してください」


 大司教の目が、かすかに細くなった。


 やはりある。


「教会の聖灰でございます。古い儀礼の前に、場を清めるためのもの」


 私は大司教を見た。


「この祈りの間を仕上げるために、持ち込まれているはずでございます」


 王妃陛下は、すぐに命じた。


「教会関係者の所持品を確認。白い灰を探しなさい」


「はっ」


 ほどなく、神官の祭服から銀の小箱が出てきた。


 中には、白い灰。


 焦げた紙に似た匂い。

 古い香木。

 かすかな金属の匂い。


 間違いない。


 あの灰だ。


 五十六回目。


 逃げ込んだ古い礼拝堂で、同じ灰が床にこぼれた時、隠れていた古代文字が赤く浮いた。


 あの時は意味が分からなかった。


 今なら分かる。


 これは、清めの灰ではない。


 隠れた祭壇を起こす灰だ。


「台には触れず、足元へ少量だけ」


 私は言った。


「危険ではないのですか」


 王妃陛下が問う。


「危険です」


 私は即答した。


「ですが、台を動かすよりはましでございます」


 大司教が一歩出る。


「王妃陛下。古い儀礼へ不用意に灰を撒くことは」


「清めの灰なのでしょう」


 王妃陛下が遮った。


「ならば、清めなさい」


 大司教は黙った。


 近衛騎士が、銀の小箱から白い灰をほんの少し取る。


 祈りの間にいた全員が、息を止めた。


 灰が、黒い石床へ落ちる。


 その瞬間。


 床が赤く光った。


 細かった線が、一気に走る。


 台の下から。

 王太子殿下の木札へ。

 私の木札へ。

 そこから祈りの間の中央へ。


 そして、夜会場の方角へ。


 見えない糸が、すべて繋がっていく。


 近衛騎士が一歩下がった。

 神官が顔を青ざめさせた。

 王妃陛下の表情が、初めてはっきりと変わる。


 赤い線の中心で、文字が割れた。


 罪の承認。


 その四文字の下から、別の文字が浮かび上がる。


 古い契約文字。


 王家の紋章にも似ている。

 教会の印にも似ている。

 けれど、どちらでもない。


 私は、その文字を知っている。


 何度も死んで。

 古文書を漁って。

 教会の地下で断片を拾って。


 ようやく読めるようになった文字だ。


 王妃陛下が、低く問う。


「アリシア嬢。読めますか」


「はい」


 喉が乾く。


 怖い。


 怖いに決まっている。


 けれど、ここで言わなければ、また終わる。


 私は扇を伏せた。


「罪人ではございません」


 祈りの間が静まり返った。


「処刑でもございません」


 王太子殿下はいない。

 聖女リリス様もいない。


 それでも、二人の名はここにある。


 私を罪に落とすために、使われている。


 私は、床に浮かぶ文字を見た。


「生贄、と書かれております」


 空気が凍った。


 誰も動かなかった。


 大司教の顔から、血の気が引いた。


 ほんの一瞬。


 けれど、その一瞬を全員が見た。


「この儀式は、私を裁くためのものではございません」


 私は続ける。


「罪人として切り捨て、生贄として固定するためのものです」


 近衛騎士の誰かが、小さく息を吐いた。


 王妃陛下は、大司教を見た。


「大司教」


 声は静かだった。


 けれど、祈りの間の空気を裂いた。


「この文字を、あなたは読めますか」


 大司教は答えない。


「読めないのですか」


 沈黙。


「それとも、読めるから黙っているのですか」


 大司教の指が、祭服の袖の中でわずかに動いた。


 神官の一人が、また手を組みかける。


 近衛騎士が押さえた。


「動くな」


 王妃陛下は、大司教から目を逸らさない。


「説明なさい」


 大司教は床の文字を見下ろした。


 もう、慈悲深い微笑はない。


「古代文字の解釈を、異端の知識で歪めてはなりません」


 やはり、そこへ逃げる。


「では」


 王妃陛下が即座に返した。


「正しい読みをお示しなさい」


 大司教は沈黙した。


 今度の沈黙は、祈りの間全体へ落ちた。


 誰も、それを慈悲とは思わない。


 答えられない沈黙だ。


 ライナス様が、低く言った。


「清めの灰で、生贄が出たか」


 大司教は、そちらを見ない。


 私は床を見る。


 赤い線は、祈りの間だけで終わっていない。


 夜会場へ伸びている。


 王太子の宣言。

 聖女の涙。

 神官の祈り。

 眠り香。

 封印布。

 銀鈴。

 祈りの間。

 罪の承認。


 すべて、生贄の文字へ繋がっていた。


 断罪は入口でしかなかった。


「大司教猊下」


 私は静かに言った。


「清めたつもりで、祭壇を起こしましたね」


 大司教の目が、私を射抜く。


 初めて、殺意に近いものが見えた。


 怖い。


 けれど、慣れている。


 何度も、その目の先で死んだ。


 今回は、まだ死んでいない。


 王妃陛下が命じる。


「銀の小箱を封印。灰は王妃預かり。木札も押収。台には触れず、近衛で囲みなさい」


「はっ」


「祈りの間にいた教会関係者は全員分けて監視。互いに話させてはなりません」


「はっ」


 王妃陛下は、床の文字を見た。


「王太子をここへ」


 祈りの間がさらに冷える。


「それから、聖女リリス嬢も」


 大司教の眉が、初めてはっきりと動いた。


 効いた。


 王太子の言葉。

 聖女の涙。


 その二つを道具にしたなら、本人たちにも見せなければならない。


「大司教」


 王妃陛下の声は低い。


「これは、私とアリシア嬢だけで聞く話ではなくなりました」


 大司教は何も言わない。


 けれど、その沈黙は余裕ではない。


 逃げ道を数える沈黙だ。


 私は扇を閉じた。


 これで、やっと一つ剥がれた。


 罪ではない。

 罰ではない。

 断罪でもない。


 生贄。


 大司教ウルリッヒは、それを知っていた。


 だが、まだ言っていない。


 ならば次は、言わせる。


 もう、言わせない戦いは終わった。


 次は、あなた様の番でございます。

お読みいただきありがとうございます。

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