第98話「鉄が奏でる音」
その日、地下の鍛冶場から上がってきたガルダは、珍しく浮かない顔をしていた。
「鉄火のガルダ」。星霜鉄を打つ、伝説の鍛冶師だ。いつもは、豪快に笑い、鉄を打つ音を響かせている。その彼女が、太い腕を組んで、難しい顔で唸っている。
「零。……ちょいと、困ったことになった」彼女は、カウンターに、どっかりと腰を下ろした。「あたしにゃ、荷が重い依頼が、舞い込んでな」
【SOMA】――零。あの豪快なガルダが、弱音とは。よほどの、難物だな。
「聞かせてください」俺は、彼女に、冷たい水を出した。ガルダは、下戸ではないが、仕事の話をする時は、いつも素面だ。「あなたが困るとは、めったにないことだ」
ガルダは、ぐいと、水を呷った。そして、ぽつりと、切り出した。
「……鈴を、打ってくれと、言われた」
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「鈴、ですか」俺は、少し、意外に思った。
「ああ」ガルダは、頷いた。「それも。ただの鈴じゃねえ。この世で、いちばん、美しい音の鳴る鈴を、打ってほしいと。……そう、頼まれた」彼女は、ごつごつした手を、見つめた。「あたしは。五十年。剣ばかりを、打ってきた。人を、斬るための、鉄をな」
彼女の声には。珍しく。迷いが、滲んでいた。
「切れ味なら。刃の、反りなら。目を、つぶってでも、わかる」ガルダは、続けた。「だが。音だ。……美しい、音なんてもんは。あたしの、専門じゃねえ。剣に、音は、いらねえからな」彼女は、太い眉を、寄せた。「引き受けたはいいが。どう、打てばいいのか。皆目、見当がつかねえ」
【SOMA】――零。鉄火のガルダが、初めて挑む、未知の領域か。……これは、面白い。
俺は、興味を、惹かれた。だが、それ以上に。一つ、気になることが、あった。
「ガルダさん」俺は、尋ねた。「その依頼は。どなたから、来たものなんですか」
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「それがな」ガルダの顔が、少し、曇った。「小さな、女の子でな。……目が、見えねえんだ」
俺は、はっとした。
「その子は。目が、不自由でな」ガルダは、静かに言った。「だが。しっかりした、いい子だ。あたしの、鍛冶場の噂を、どこかで聞いて。わざわざ、訪ねてきた」彼女は、水のグラスを、見つめた。「『どうか。世界で、いちばん、きれいな音の鳴る鈴を、作ってください』と。……頭を、下げられた」
その光景が。目に、浮かぶようだった。
「あたしは。断れなかった」ガルダは、ぶっきらぼうに言った。「あの、まっすぐな目……いや。目は、見えねえんだが。あの、まっすぐな、想いを。無下には、できなかった」彼女は、ため息を、ついた。「だが。引き受けたものの。あたしにゃ。その子が。なぜ、そんな鈴を、欲しがるのかも。どんな音を、望んでるのかも。わからねえ」
俺は、静かに、頷いた。ここからは。俺の、出番だ。
「ガルダさん」俺は、言った。「その鈴を、打つのは。あなたにしか、できません」俺は、続けた。「ですが。その子の、想いを、探るのは。……俺の、得意分野です」
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俺は、情報屋の、伝手を使った。
その少女のことを。そっと。調べていく。ただし。詮索の、ためじゃない。ガルダが。その子のために。最高の鈴を打てるように。その子の、心を。知るためだった。
少女の名は。ミルカといった。歳は。八つ。生まれつき、目が、見えない。母親と、二人暮らし。貧しいながらも。健気に、暮らしている。
そして。俺は。一つの、事実に。行き当たった。
「……そういう、ことか」俺は、呟いた。
その夜。俺は。ガルダを。店に、呼んだ。そして。調べたことを。話した。
「ミルカちゃんは。目が、見えません」俺は、言った。「だから。彼女は。音で。世界を、感じているんです」俺は、続けた。「風の、音。鳥の、声。人の、足音。……そして。彼女の、亡くなったお父さんは。生前。いつも。小さな鈴を。持ち歩いていたそうです」
ガルダの、眉が。ぴくりと、動いた。
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「お父さんは。その鈴を、鳴らして。ミルカちゃんに。自分の、居場所を。教えていたそうです」俺は、静かに、語った。「『父さんは、ここだよ』と。……鈴の音は。ミルカちゃんにとって。お父さんそのもの、だった」
ガルダは。黙って。聞いていた。
「ですが。その鈴は。お父さんが、亡くなった時に。一緒に。弔われてしまった」俺は、続けた。「ミルカちゃんは。お父さんの、鈴の音を。もう、二度と。聞けなくなった」俺は、彼女を、見た。「だから。彼女は。探しているんです。あの、優しかった、お父さんの鈴の音に。少しでも、近い。美しい音を」
ガルダの。ごつごつした手が。ぎゅっと。握られた。
「……そういう、ことだったのか」彼女は。絞り出すように。言った。「あの子は。ただ。きれいな音が。欲しいんじゃ、ねえ。……亡くした、父親を。もう一度。感じたいんだ」
【SOMA】――零。ガルダに。火が、灯ったな。
そうだった。ガルダの、目に。さっきまでの、迷いは。もう、なかった。代わりに。鉄火のガルダの。あの、燃えるような。職人の、闘志が。宿っていた。
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「零」ガルダは。立ち上がった。「あたしは。打つ。……あの子のために。最高の、鈴を」彼女の声は。力強かった。「剣なら。斬れ味が。すべてだ。だが。この鈴は。違う。……あの子の、心に。届く音を。打たなきゃ、ならねえ」
その日から。ガルダは。鍛冶場に。籠もった。
俺も。時々。地下に、降りて。様子を、見た。ガルダは。何度も。何度も。鉄を、打っては。鈴を、鳴らし。首を、振っていた。「違う」「まだ、違う」と。剣を打つ時とは。まるで、違う。繊細な、手つきで。彼女は。音と。向き合っていた。
ある時。俺は。彼女に。一つ。提案をした。
「ガルダさん。星霜鉄を、使ってみては、どうですか」俺は、言った。「あの鉱石は。ルナちゃんの飾りのように。同じ源のものと。澄んだ音で。共鳴します」俺は、続けた。「もしかしたら。あの、特別な鉄なら。ミルカちゃんの、心にも。まっすぐ、響く音が。鳴るかもしれません」
ガルダの、目が。光った。
「……星霜鉄か。なるほどな」彼女は、ニヤリと、笑った。「さすがだ、零。試してみる、価値は、ありそうだ」
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それから。さらに。幾日かが、過ぎた。
そして。ある夜。ガルダが。地下から。上がってきた。その顔には。やり遂げた者の。清々しい、笑みが、浮かんでいた。
「できたぞ、零」彼女は。手の中の、小さな鈴を。そっと。差し出した。
淡く光る。星霜鉄の、鈴。ガルダが。ちりん、と。鳴らして、みせた。
その、音色に。俺は。息を、呑んだ。澄んでいて。どこまでも。優しい。まるで。聞く者の。心の、奥にまで。染み渡るような。温かな。音だった。派手さは、ない。だが。その、一音、一音に。ガルダの。込めた想いが。宿っていた。
「……見事です」俺は。心から。言った。
「ふん」ガルダは。照れくさそうに。鼻を、鳴らした。「五十年。剣ばかり、打ってきた、あたしがな。まさか。鈴一つに。こんなに。手こずるとは。思わなかったぜ」彼女は。その鈴を。愛おしそうに。見つめた。「だが。……これは。あたしの、打った、どんな剣よりも。誇れる。一品だ」
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数日後。ガルダは。ミルカを。店に、招いた。その、鈴を。手渡すために。
小さな、ミルカは。母親に、手を引かれて。おずおずと。やってきた。ガルダは。膝を、折り。その小さな手に。そっと。鈴を、握らせた。
「嬢ちゃん。約束の、鈴だ」ガルダは。いつもの、豪快さを。少し、抑えて。優しく、言った。「鳴らして、みな」
ミルカは。おそるおそる。その鈴を。振った。
ちりん――。
澄んだ、音が。店に。響いた。その瞬間。ミルカの。見えない瞳から。ぽろぽろと。涙が。あふれた。
「……とうさんだ」彼女は。震える声で。言った。「とうさんの、鈴と。おんなじ。……ううん。もっと。もっと。あったかい、音」彼女は。その鈴を。胸に。ぎゅっと。抱きしめた。「これで。いつでも。とうさんが。そばにいてくれる」
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その光景に。店にいた。皆が。目頭を。押さえた。ルナが。もらい泣きを、している。ノアも。ヴァルドも。静かに。見守っていた。コハクが。ミルカの、肩に。そっと。とまった。
《このすず。あったかい、おとがする。……やさしい、ひとのおとだ》
俺は。その言葉に。微笑んだ。コハクにも。ガルダの、想いが。聞こえたのだろう。
ミルカの、母親が。ガルダに。深く。頭を、下げた。
「ありがとう、ございます」彼女は。涙ながらに。言った。「この子が。こんなに。喜ぶ姿を。久しぶりに。見ました」
「なあに」ガルダは。ぶっきらぼうに。だが。優しく。言った。「いい、仕事を。させてもらった。……礼を言うのは。こっちの、方だ」
その夜。ガルダは。カウンターで。上機嫌だった。俺は。彼女のために。特別な、一杯を。用意した。
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透明な。日本酒だ。地の文で。俺だけが。知っている。獺祭。前の世界の。日本の、酒だ。この酒には。一つの、物語がある。かつて。傾きかけた。小さな酒蔵が。あった。皆が。当たり前と、していた。造り方を。捨て。ただ、ひたすらに。米を。磨いた。磨いて。磨いて。磨き抜いた。時には。米の。八割近くを。削り落とすほどに。常識を。覆す。無謀とも、言える、挑戦。だが。その先に。彼らは。今までにない。澄んだ、味わいの。酒を。生み出した。伝統の。その先へと。踏み出した。職人たちの。魂の、酒だった。
俺は。その酒を。冷やして。ガルダに、差し出した。
「これを、あなたに」俺は、言った。「この酒はね。ある、酒蔵が。当たり前を、捨てて。ひたすらに。米を、磨き抜いて。生み出したものです」俺は、続けた。「誰もが。無理だと、言った。だが。彼らは。伝統の、その先へと。挑んだ。……今日の、あなたのように」
ガルダは。その、澄んだ酒を。ひとくち。含んだ。
「……ほう」彼女の。目が。見開かれた。「澄んでる。……どこまでも、な。雑味が。まるで、ねえ」彼女は。しみじみと。味わった。「これが。磨き抜いた、先の、味か」
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「あたしも。今回。剣という。当たり前を。捨てて。音を。打った」ガルダは。ぽつりと、言った。「五十年の。職人の、意地が。じゃまを、するかと。思ったが。……いや。逆だったな」彼女は。ニヤリと、笑った。「五十年、鉄と。向き合ってきたからこそ。あの子のための。音が。打てたんだ」
「ええ」俺は。微笑んだ。「あなたの、五十年が。あの鈴の。一音、一音に。宿っていました」
ガルダは。満足そうに。獺祭を。飲み干した。
「零。世話に、なったな」彼女は。立ち上がった。「お前が。あの子の、想いを。教えてくれなきゃ。あたしは。ただの、きれいな鈴を。打って。終わっていた」彼女は。俺を、見た。「あの子の、心に、届く、鈴は。打てなかっただろう」
「いいえ」俺は。首を、振った。「打ったのは。あなたです。俺は。ただ。少しだけ。手がかりを。お渡ししただけ。……あの鈴は。鉄火のガルダにしか。打てないものでした」
ガルダは。豪快に。笑った。そして。地下の、鍛冶場へと。戻っていった。また。新しい。鉄を。打つために。
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その夜。俺は。カウンターの中で。静かに。水のグラスを。傾けた。
思えば。この店の、仲間は。皆。それぞれの。得意を。持っている。ガルダの。鍛冶。ノアの。料理。アリシアの。魔法。ヴァルドの。剣。……俺一人では。決して。できないことを。彼らは。やってのける。
俺の、役目は。その、想いを。繋ぐこと。誰かの、願いを。それを叶えられる。仲間へと。橋渡しする。それも。この、カウンターから。できることの。一つだった。
【SOMA】――零。いい、仲間を。持ったな。
「ええ」俺は。静かに、微笑んだ。「本当に。……自慢の、仲間たちです」
夜が。更けていく。裏路地の、小さなバーは。今夜も。誰かの、想いと。それを叶える、誰かの手を。そっと。繋いでいく。一杯の酒と。仲間たちの。確かな、技とともに。
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**≪第98話・了≫**
次話――ガルダの打った鈴が、一人の少女に、父の温もりを届けた。仲間たちの、それぞれの物語が、店を、彩っていく。そんなある日。二階の作業場から、魔法使いのアリシアが、思い詰めた顔で降りてきた。「零さん。……少し、相談が。わたしの、昔の教え子のことで」。彼女の過去に、関わる相談だった。




