第77話「それぞれの、はじまり」
その騒ぎは、あっけなく、収まった。
前の夜、シロが、地下への入口を、じっと、見つめて、落ち着かない様子だった。ダンジョンを、誰よりも、よく知る、始まりの守護者。そのシロが、かすかな、異変を、感じ取っていた。念のため、俺は、三ツ星に、地下を、調べに行ってもらった。だが、異変の正体は、地下水脈の、ちょっとした、揺らぎだった。魔物が、湧いたわけでも、あの岩に、何かあったわけでも、なかった。シロも、もう、落ち着いている。
「なーんだ。取り越し苦労かよ」ガイが、拍子抜けした顔で、店に、戻ってきた。「まあ、何もなくて、良かったけどな」
【SOMA】――零。良かったな。大事なくて。だが、みんな、少し、気を張ったんじゃないか。こういう時こそ、一息、つくべきだ。
俺は、その言葉に、頷いた。そして、思いついた。
「今日は、店を、早めに閉めましょう」俺は言った。「そして、みんなで、一杯、やりませんか。特に、理由も、なく。ただ、集まって、話をするだけの、夜です」
その提案に、店にいた、みんなの顔が、ぱっと、輝いた。
こうして、その夜。ギルド・ゼロの、みんなが、集まった。
住人の、ルナ、ヴァルド、ノア、アリシア。地下から、ガルダ。二階から、メイザ。そして、暁の三ツ星、ガイ、ティナ、コルム。剣と鍛冶に励む、レンも。もちろん、シロも、みんなの、真ん中に、丸くなっている。
カウンターに、テーブルを、くっつけて。大きな、一つの、輪を作る。俺は、その真ん中に、一本の、酒を、置いた。
透き通った、美しい酒。地の文で、俺だけが知っている。新政。前の世界の、日本は秋田の、古い酒蔵の酒だ。長い歴史を持つ、老舗の蔵。だが、その若い当主は、古いやり方を、守るだけでは、なかった。蔵に、代々伝わる、伝統の技を、大切にしながら。同時に、新しい、挑戦を、続けた。多彩な、個性を持つ酒を、次々と、生み出していった。伝統と、革新。多くの、違う個性が、一つの蔵に、集う。まるで、この、ギルド・ゼロの、ようだった。
「さあ、みなさん」俺は、それぞれの、グラスに、酒を注いだ。ルナには、果実の水を。「今夜は、無礼講です。ゆっくり、楽しんでください」
「「「乾杯!」」」
明るい声が、店に、響いた。
酒が、進むにつれ。話は、自然と、昔のことに、なっていった。
「そういえば、なあ」ガルダが、ノアを見て、にやりと笑った。「あんた、この店に来た時、『この店が嫌いだ』って、言ったんだって?」
ノアが、ぐっと、詰まった。
「……誰から、聞いた」
「零から、さ」ガルダが、笑った。
ノアは、ばつが悪そうに、頭を掻いた。
「……あの頃は、バーってものが、嫌いだったんだ」彼は、ぽつりと、言った。「親父が……酒で、身を持ち崩して、死んだからな。バーなんて、人を、駄目にする場所だと、思ってた」彼は、店の中を、見回した。「……でも、この店は、違った。ここは、人を、駄目にしない。人を、立ち直らせる場所だった」
その言葉に、みんなが、静かに、頷いた。
【SOMA】――零。ノアも、変わったな。あの、とげとげしかった料理人が。今は、この店の、みんなの腹を、満たしている。
「わたしなんて」アリシアが、くすりと、笑った。「零さんに、初めて会った時、全てを、失っていました。冤罪で、宮廷を、追われて。行く当てもなく」彼女は、懐かしそうに、目を細めた。「そんな時、この店で、一杯の、モクテルを、いただいたんです。星屑のような、綺麗な、飲み物でした。……あれで、わたしは、救われた」
「ああ、あれか」ヴァルドが、低い声で言った。「俺も、似たようなものだ」彼は、腕を組んだ。「所持金が、尽きて。行き場もなく。この店に、たどり着いた。俺は、零に、こう言ったんだ。『守らせてくれ』と」
「覚えていますよ」俺は、微笑んだ。「あの時のあなたは、まるで、雨に濡れた、大きな犬のようでした」
「……犬とは、失礼だな」ヴァルドが、むっとした顔をした。だが、その口元は、笑っていた。みんなが、どっと、笑った。
「わたしは」メイザが、酒を、傾けながら言った。「ふらっと、この店に、来ただけ、だったんだけどねえ」彼女は、しみじみと言った。「気づいたら、こんな、立派な、作業場を、もらって。アリシアさんと、魔法薬を、作ってる。人生、わからないもんだ」
「メイザさんの、腕は、本物です」アリシアが、微笑んだ。「あなたと、組めて、わたしも、心強いんですよ」
「照れるねえ」メイザが、笑った。
三ツ星の、三人も、話に、加わってきた。
「俺たちなんて、最初は、本当に、ダメダメでしたよね」ガイが、頭を掻いた。「初めての、依頼で、ヘマして。コルムなんて、魔法、失敗して、自分で、転んでたし」
「ちょ、ちょっと、ガイ!」コルムが、顔を、赤くした。「それは、言わない、約束じゃ!」
「あはは! でも、今の、コルムは、すごいよ!」ティナが、笑った。「この前の、輸送のときも、盗賊、魔法で、蹴散らしてたじゃない!」
コルムは、照れながらも、少し、誇らしげだった。かつて、自信なさげだった、少年の、成長が、そこに、あった。
【SOMA】――零。いい光景だな。みんな、それぞれ、痛みや、迷いを、抱えて、この店に、たどり着いた。そして、今は、こうして、笑い合っている。
俺は、その、賑やかな輪を、カウンターの中から、静かに、眺めていた。心の中に、温かいものが、広がっていく。
そこへ、ルナが、俺のそばに、やってきた。
「おにーさん」彼女は、にこにこ、しながら、言った。「あたしね、この店に、来て、よかった」彼女は、星霜鉄の飾りを、そっと、握った。「スラムにいた頃は、一人ぼっちだった。名前も、自分で、つけたんだ。でも、今は……こんなに、たくさんの、家族が、いる」
その言葉に、俺は、胸が、熱くなった。
「ええ」俺は、優しく、言った。「みんな、ルナの、家族ですよ。この店の、みんなが」
ルナは、嬉しそうに、笑った。そして、みんなの、輪の中へと、駆けていった。
「そういえば、零」ガルダが、俺を見た。「あんた自身の、話は、あんまり、聞かないねえ」彼女は、酒を、傾けた。「あんた、どこから、来たんだい? どうして、こんな、店を、開いたんだい?」
その問いに、店が、少し、静かになった。みんなが、興味深そうに、俺を、見る。
俺は、少し、考えた。前の世界のこと。銀座の、小さなバー。情報屋だった、日々。……そして、この店の、いちばん深い、秘密のこと。
【SOMA】――零。どうする。いつもは、はぐらかしてきた。だが……今夜の、この面々なら。
俺は、シロを、見た。みんなの真ん中で、丸くなっている、白い守護獣。シロは、静かに、俺を、見返した。まるで、「お前が、決めろ」と、言うように。
俺は、決めた。
「……少し、長い話に、なります」俺は、静かに、言った。「そして、この店の、いちばん大切な、秘密の話でも、あります」俺は、みんなを、見渡した。「今夜、ここにいる、みなさんを、信じて。打ち明けようと、思います」
店の空気が、変わった。ガルダも、メイザも、レンも、三ツ星も。何か、ただならぬものを、感じて、居住まいを、正した。
一方で、ルナと、ヴァルドと、アリシアは。静かに、頷いた。彼らは、もう、知っている。この、秘密を。
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「俺は、この世界の、人間では、ありません」俺は言った。「遥か遠い、別の世界から、来ました。前の世界で、俺は、小さなバーを、営んでいました」
新メンバーたちが、息を、呑んだ。
「そして……この店の、地下のダンジョン」俺は、続けた。「あの、いちばん深い場所。第三層の、封印された扉。その奥には、俺の、元いた世界へと、繋がる、『ゲート』が、あるのです」
「ゲート、だと……!?」ガルダが、目を、見開いた。「異世界への、扉……!?」
「あたしは……それを、聞いて、いいのかい」メイザが、声を、震わせた。
「ええ」俺は、静かに、頷いた。「あなたたちは、もう、俺の、家族ですから」
【SOMA】――零。……言ったな。長年、隠してきた、秘密を。だが、それでこそ、信頼だ。
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俺は、月に一度、そのゲートを通って、前の世界へ、買い出しに行っていることを、話した。棚に並ぶ、珍しい酒。ノアが使う、調味料。ルナへの、土産の菓子。その多くが、前の世界から、運んだものだと。
「道理で……!」ガイが、手を、打った。「マスターの出す酒、この世界じゃ、見たことない、ものばっかりだと、思ってた!」
「じゃあ、あの、甘い菓子も」ティナが、目を、輝かせた。
「ええ。前の世界の、ものです」俺は、微笑んだ。
「でも」コルムが、おずおずと、尋ねた。「そんな、大切な扉。誰でも、通れるんですか」
「いいえ」俺は、首を振った。「ゲートを通るには、守護者である、シロの、許可が要ります」俺は、シロを、見た。「そして、二つの世界を、知る者でなければ、通れない。……今、このゲートを通れるのは、俺だけ、なのです」
シロが、小さく、鳴いた。まるで、その言葉を、肯定するように。
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「だから、これは」俺は、真剣な顔で、続けた。「決して、外に、漏らしてはいけない、秘密です。もし、この扉の存在が、悪しき者に、知られれば。二つの世界の、均衡が、崩れかねない」俺は、みんなを、見渡した。「重い、秘密を、背負わせて、しまいます。それでも……俺は、あなたたちを、信じたい」
しばらく、沈黙が、流れた。
そして、ガルダが、静かに、口を開いた。
「……水くさいねえ、零」彼女は、ふっと、笑った。「そんなの、言われるまでも、ないよ。あたしらは、家族だ。家族の、秘密を、守るのは、当たり前だろう」
「その通りだ」ヴァルドも、頷いた。「俺は、この扉のことを、ずっと前から、知っている。だが、誰にも、話したことはない。これからも、命に、代えても、守る」
「あたしも!」メイザが、力強く、言った。「あたしを、信じて、話してくれた。その信頼に、応えるよ」
「俺も、です!」レンが、続いた。三ツ星の、三人も、大きく、頷いた。
みんなの、まっすぐな瞳が、俺を、見ていた。そこには、一片の、迷いも、なかった。
【SOMA】――零。……いい仲間を、持ったな。お前が、信じた通りだ。この面々なら、この秘密を、託せる。
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俺は、胸が、熱くなるのを、感じた。
前の世界で、俺は、誰も、信じなかった。信じられなかった。情報屋という、仕事柄。人を、疑い、弱みを、握り、孤独に、生きてきた。誰かに、心を、開くことなど、なかった。
だが、この世界では。俺は、こんなにも、多くの人を、信じている。そして、信じられている。それが、どれほど、温かく、心強いことか。
「……ありがとう、みなさん」俺は、深く、頭を下げた。「あなたたちに、話せて、よかった」
「やだなあ、おにーさん」ルナが、笑った。「あたしたち、ずっと前から、家族なのに」
その言葉に、店じゅうが、温かい、笑いに、包まれた。
「零。改めて、礼を言わせてくれ」ヴァルドが、頷いた。「お前が、この店を、開いてくれて。俺たちは、救われた。そして、こうして、秘密まで、分かち合える」
「そうだよ! マスター!」レンも、力強く、言った。
「零に、乾杯!」ガイが、グラスを、掲げた。
「「「零に、乾杯!」」」
みんなが、俺に、グラスを、掲げてくれた。
俺は、少し、照れくさく、なった。下戸の俺は、酒を、飲めない。だから、俺は、いつもの、水の入った、グラスを、掲げた。
「……ありがとう、みなさん」俺は、言った。「俺の方こそ。あなたたちが、いてくれて。この店は、こんなにも、温かい場所に、なりました。……こちらこそ、乾杯です」
グラスが、いくつも、触れ合って、澄んだ音を、立てた。
その夜、店は、いつまでも、笑い声と、温かな語らいに、包まれていた。ノアが、次々と、酒に合う、つまみを、作り。ガルダと、ヴァルドが、昔の、武勇伝を、語り合い。アリシアと、メイザが、魔法の、話に、花を咲かせ。三ツ星と、レンが、これからの、夢を、語り合う。
夜も、深まった頃。俺は、ふと、店の光景を、見渡した。
ここには、様々な人が、いる。元・騎士。元・宮廷魔法師。伝説の、鍛冶師。天才、料理人。薬師。若い、冒険者たち。そして、スラム出身の、少女。誰もが、違う、過去を持ち。違う、痛みを、抱えて、生きてきた。
だが、今は。この、裏路地の、小さな店で。一つの、大きな、家族のように、笑い合っている。
【SOMA】――零。これが、お前の、作った場所だ。バーテンダーとして。そして、ギルドの主として。お前は、居場所を、失った人たちの、新しい、居場所を、作った。
俺は、内心で、深く、頷いた。前の世界で、俺は、情報を、扱ってきた。人の、弱みを、握り、世界を、裏から、動かしてきた。孤独な、生き方だった。
だが、この世界では、違う。俺は、人の、心に、寄り添い。人と、人を、繋いできた。その結果が、この、温かな輪だった。
「おにーさん!」ルナが、また、駆け寄ってきた。眠そうな、目を、こすりながら。「今日、すっごく、楽しいね!」
「ええ」俺は、心から、微笑んだ。「本当に、楽しいですね」
一杯の、酒から、始まった、この店。それが今、たくさんの、笑顔の、集まる場所に、なった。それ以上の、幸せは、なかった。
夜が、更けていく。裏路地の、小さなバーは、今夜、家族のような、仲間たちの、笑い声で、満たされていた。それぞれの、はじまりを、抱えた者たちが。今は、同じ、輪の中で。同じ、夜を、分かち合いながら。
≪第77話・了≫
次話――賑やかな一夜は、ギルド・ゼロの、絆を、改めて、深めてくれた。だが、楽しい時間ほど、早く過ぎるもの。翌朝、店に、一通の、正式な書状が、届く。差出人は、王城。「近く、建国祭が、催される。ついては、ギルド・ゼロにも、特別な役割を、担ってほしい」。国を挙げての、大きな祭りに、裏路地のギルドが、関わろうとしていた。




