↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏路地の隠れ家『BAR ZERO』。下戸の元情報屋が提供する極上の一杯は、追放された者たちを救い、悪党を密かに破滅へ導く  作者: tatsuya akaike


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/105

第75話「花と、鉄と、蜂蜜と」


婚礼の日が、やってきた。


その朝、店は、いつもと、まるで違う、華やぎに、包まれていた。閉店の札を、下げ、店内を、精一杯、飾りつける。裏路地の、小さなバーが、今日だけは、一組の若い夫婦の、門出を祝う、晴れの舞台へと、姿を変えていた。


アリシアが、魔法で、店じゅうに、色とりどりの花を、咲かせていた。カウンターにも、壁にも、天井から吊るした蔓にも。淡い光を放つ、幻想的な花々が、香り高く、咲き誇る。


「まあ……なんて、綺麗」


その光景に、息を呑んだのは、花嫁だった。ハーゲンの、孫娘。ミラという名の、はにかんだ笑顔の、優しそうな娘だった。隣には、緊張した面持ちの、若い花婿が、寄り添っている。


【SOMA】――零。いい二人じゃないか。飾らない、まっすぐな、幸せそうな顔だ。この店に、ぴったりの、あたたかい門出だな。


---


「ようこそ、ギルド・ゼロへ」俺は、二人を、迎えた。「今日は、あなたたちが、主役です。どうぞ、ゆっくり、楽しんでいってください」


ミラは、感極まった様子で、頭を下げた。


「こんなに、素敵な場所で、婚礼を挙げられるなんて」彼女は言った。「おじいちゃんから、話を聞いた時は、信じられませんでした。……本当に、ありがとうございます」


そこへ、地下から、ガルダが、上がってきた。手には、小さな包みを、二つ。


「二人に、祝いの品だ」彼女は、ぶっきらぼうに、包みを差し出した。「星霜鉄で、打った、対の、お守りだよ。……壊れやしない。この二人の、絆みたいに、な」


包みを開けると、そこには、淡く光る、星霜鉄の、小さな、星の飾りが、二つ。ルナが、首から下げているものと、よく似た、けれど、対になった、細工だった。


「わあ……!」ミラが、目を輝かせた。「あたたかい……光ってる」


「一生、離れないように」ガルダは、少し、照れくさそうに言った。「二人で、一つずつ、持っておきな」


---


そして、料理が、運ばれてきた。


ノアが、この日のために、腕によりをかけた、祝いの料理だった。大皿に、美しく盛られた、色鮮やかな一品一品。焼き上げた肉は、つやつやと輝き、旬の野菜は、宝石のように、彩りよく並ぶ。そして、蜂蜜を使った、祝いの菓子が、山のように、積まれていた。


「……食え」ノアは、いつものように、ぶっきらぼうに言った。だが、その料理の、一つひとつに、彼の、静かな祝福が、込められていた。「今日は、めでたい日だ。腹一杯、食っていけ」


花婿が、一口食べて、目を丸くした。


「うまい……! こんな料理、初めてです!」


その言葉に、ノアは、何も言わず、背を向けた。だが、その足取りは、どこか、軽かった。


ルナは、約束通り、花嫁の歩く道に、花びらを、撒いていた。嬉しそうに、一生懸命に。


「おめでとう! おめでとう!」


---


宴が、進み、店が、温かな笑い声に、包まれた頃。


店の扉が、静かに、開いた。入ってきたのは、一人の、美しい女性だった。その顔を見て、ハーゲンが、はっと、息を呑んだ。


「セレネ……!」


そう。声を取り戻した、あの歌姫、セレネだった。彼女は、優雅に、微笑んだ。


「お師匠さま。ご無沙汰しております」彼女は、深々と、頭を下げた。それから、花嫁の、ミラを見た。「あなたの婚礼のこと、お師匠さまから、伺いました。ぜひ、お祝いを、歌わせてください」


【SOMA】――零。おお。セレネが、来たか。声を取り戻した、あの歌姫が。師匠の、孫娘の婚礼に、駆けつけたんだな。


俺は、静かに、頷いた。セレネは、以前、約束してくれた。もう一度、歌えるようになったら、この店で、歌いたい、と。その約束を、こんな、素敵な形で、果たしに来てくれたのだ。


---


セレネが、店の中央に、立った。


ハーゲンが、そっと、あの笛を、構えた。俺に、贈ってくれた、あの古びた笛。今日は、この、大切な日のために、もう一度、師匠の指が、その笛を、奏でる。


優しい、笛の音が、店に、流れ始めた。


そして、セレネが、歌い出した。


半年間、封じられていた、あの声。今は、完全に、取り戻された、澄んだ歌声。それは、祝福に、満ちていた。新しい夫婦の、門出を、寿ぐ、優しい歌。聴く者すべての、心を、温かく、包み込んでいく。


店にいた、誰もが、聴き入った。花嫁のミラは、涙ぐみ、花婿は、その手を、そっと握った。ガルダも、ノアも、ヴァルドも、アリシアも、メイザも。みんな、静かに、その歌声に、聴き惚れていた。


【SOMA】――零。……見事だ。この歌には、魂が、宿っている。喪失を、乗り越えた者だけが、歌える、深い、優しさが。師匠の笛と、弟子の歌。二つが、一つに、溶け合っている。


セレネの歌声と、ハーゲンの笛。師弟の、音色が、婚礼の宴を、この上ない、幸福で、満たしていった。


---


歌が、終わると。店は、割れんばかりの、拍手に、包まれた。


「セレネ……立派に、なったな」ハーゲンが、笛を下ろし、涙を、ぬぐった。「お前の歌を、また、聴けるとは。……生きていて、よかった」


「お師匠さまの、笛のおかげです」セレネも、涙ぐんだ。「あなたが、教えてくれた歌を。わたしは、これからも、歌い続けます」


その、師弟の姿を、花嫁のミラが、幸せそうに、見つめていた。


俺は、この、幸福な光景を、カウンターの中から、静かに、眺めていた。そして、頃合いを見て、みんなに、あの、黄金色の酒を、配った。


ミード。蜂蜜の酒。人が、いちばん最初に、出会った酒であり。新しい夫婦の、幸せの始まりを、祝う酒。


「では、皆さん」俺は、グラスを、掲げた。「この、いちばん古くて、いちばん温かい酒で。新しい夫婦の、門出を、祝いましょう」


---


「ミラさん。そして、花婿さん」俺は、二人に、語りかけた。「この酒は、蜂蜜から、生まれます。蜂は、力を合わせて、甘い蜜を、作ります。どうか、お二人も、力を合わせて。この蜜のように、甘く、温かい、家庭を、築いてください」


俺は、グラスを、掲げた。


「お二人の、末永い、幸せを願って。乾杯」


「「「乾杯!」」」


店じゅうに、明るい声が、響いた。グラスが、触れ合い、澄んだ音を、立てる。花嫁と花婿は、幸せそうに、寄り添い、その、蜂蜜の酒を、口にした。


「……甘い」ミラが、微笑んだ。「幸せの、味がします」


その言葉に、店にいた、誰もが、温かく、微笑んだ。


【SOMA】――零。いい婚礼だ。金も、権力も、ない。だが、ここには、本物の、幸せがある。人の、温もりがある。それを、生み出したのは、お前と、この店の、みんなだ。


---


宴が、いちばんの、盛り上がりを見せる中。俺は、ふと、店の、隅を見た。


ルナが、花嫁のミラに、近づいて、何か、話している。ミラが、優しく、微笑んで、ルナの頭を、撫でていた。ルナの首の、星霜鉄の飾りと、ミラが受け取った、対のお守りが、同じ、淡い光を、放っている。


その光景を見て、俺は、静かに、思った。


この店は、いつも、誰かの、人生に、寄り添ってきた。傷ついた人。過去を抱えた人。道に迷った人。俺は、その一人ひとりに、一杯の酒を、差し出してきた。そして今日、この店は、一組の若い夫婦の、いちばん幸せな瞬間に、寄り添っている。


痛みにも。喜びにも。この、裏路地の、小さなバーは、これからも、様々な人の、様々な夜に、静かに、寄り添っていくのだろう。


一杯の酒とともに。


「おにーさん!」ルナが、駆け寄ってきた。「今日、すっごく、楽しいね! みんな、笑ってる!」


「ええ」俺は、微笑んだ。「こういう夜も、いいものですね」


---


夜が更けるまで、婚礼の宴は、続いた。


やがて、花嫁と花婿が、帰る時が来た。二人は、俺と、店のみんなに、何度も、頭を下げた。


「この日のことは、一生、忘れません」ミラが、涙ながらに、言った。「わたしたち、幸せに、なります。……必ず」


「ええ」俺は、頷いた。「時々、また、遊びに来てください。今度は、ただの、お客として」


ハーゲンも、俺の手を、固く、握った。


「本当に、ありがとう」老楽師は、声を震わせた。「妻に、報告するよ。孫が、こんなにも、温かい人たちに、祝福されて、嫁いでいったと。……あいつも、きっと、喜ぶ」


一行が、去った後。店に、静けさが、戻った。だが、その静けさは、いつもとは、違う、幸福な、余韻に、満ちていた。


俺は、カウンターの中から、まだ、花の香りが、残る店を、見渡した。


【SOMA】――零。今日は、最高の一日だったな。この店が、誰かの、人生でいちばん幸せな日を、作った。裏路地から、世界を動かす。お前は、そう言ったな。だが、世界を動かすより、こういう夜の方が、ずっと、尊いのかもしれん。


俺は、内心で、深く、頷いた。その通りだった。誰かの、幸せな一日を、作れたなら。それ以上の、喜びは、ない。


ルナが、眠そうに、目をこすっていた。その首で、星霜鉄の飾りが、今日の幸せを、映すように、いつまでも、優しく、光っていた。


夜が、更けていく。裏路地の、小さなバーは、今日、一組の夫婦の、幸せの、始まりを、見送った。花と、鉄と、蜂蜜と。そして、たくさんの、笑顔とともに。


---


≪第75話・了≫


次話――婚礼の宴は、大成功に終わった。ギルド・ゼロは、もはや、鉄や薬だけでなく、人の「幸せ」までも、生み出す場所になっていた。そんなある日、俺は、ふと、この一年の、歩みを、振り返る。裏路地の小さなバーから始まった、この物語。気づけば、たくさんの人と、出会い、たくさんの縁が、生まれていた。そして、店に、また一人、新しい客が、扉を叩く。その手には、一枚の、古びた、地図が握られていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。