第69話「北へ、運ぶ」
ついに、その日が来た。
地下の鍛冶場で、北部への防具が、すべて、打ち上がったのだ。ガルダが、レンとともに、寝る間も惜しんで、鍛え上げた、星霜鉄の防具。盾と、鎧。若い兵たちの、命を守るための、鎧だった。
その仕上がりを見に、リーナ将軍が、店を訪れた。
俺は、完成した防具の一つを、彼女の前に、運ばせた。ガルダが、誇らしげに、それを掲げる。淡く、星の光を帯びた、鎧だった。
「これが……」リーナは、その鎧を手に取り、息を呑んだ。「軽い。こんなに、軽いのに、この、頑丈さは」彼女は、指で、鎧の表面を、なぞった。「それに、この、温かみのある光。まるで、生きているようだ」
「アリシアさんの、防護の魔力も、宿っています」俺は言った。「とっさの一撃を、和らげます。ヴァルドさんが、若い兵の動きに、合わせて、形も、工夫しました」
リーナの手が、わずかに、震えていた。
「……これなら」彼女は、絞り出すように言った。「あの子たちを、守れる。本当に、守れる」
【SOMA】――零。リーナ将軍、感極まっているな。二十年、部下を守れなかった悔いを、抱えてきた人だ。この鎧が、どれほど、心強いか。
俺は、静かに、頷いた。だが、仕事は、まだ、終わっていない。
「将軍。問題は、ここからです」俺は言った。「この防具を、北部の砦まで、どう届けるか」
大量の、星霜鉄の防具。それを、王都から遠く離れた、北部の国境まで運ぶ。道中には、盗賊や、魔物も、出る。価値のある星霜鉄を狙う者も、いるだろう。輸送には、確かな護衛が、必要だった。
「護衛なら、わたしの部隊を、出す」リーナが言った。
「いえ」俺は、首を振った。「将軍の兵は、北部の守りに、必要です。ここは、ギルド・ゼロが、責任を持って、お届けします」俺は、続けた。「作ったものを、最後まで、送り届ける。それも、仕事のうちですから」
俺は、護衛の人選を、考えた。頭の中で、SOMAが、それぞれの適性を、並べていく。
「ガイさん、ティナさん、コルムさん」俺は、居合わせた三ツ星に、声をかけた。「北部への、輸送の護衛を、お願いできますか」
「任せてくれ!」ガイが、即答した。「俺たちの作った防具、じゃないけど。この店の、みんなで作ったものだ。責任持って、届けるよ」
「ティナさんは、道中の、危険の察知を」俺は言った。「コルムさんは、いざという時の、防御と牽制を。ガイさんは、正面からの、対処を」
三人が、頷いた。あの村を救い、縦穴から人を助けた、経験がある。彼らは、もう、頼れる冒険者だった。
「それと、レンさん」俺は、若い剣士を、見た。「あなたにも、同行を、お願いしたい。あなたが打った防具です。その使い心地を、届ける相手に、あなた自身の口で、説明してあげてください」
「はい!」レンが、力強く、頷いた。「俺の打ったものが、誰を守るのか。この目で、見てきます」
そして、俺は、ヴァルドを見た。
「ヴァルドさんは……店に、残ってください」
ヴァルドが、静かに、頷いた。彼は、その意味を、わかっている。この店の、地下の、さらに奥。守るべき秘密がある限り、この店の守りを、手薄には、できない。剣聖に匹敵する、元・騎士団副団長。彼が店にいることが、何よりの、守りだった。
「わかった」ヴァルドは、短く言った。「留守は、任せろ。だが、道中、何かあれば、すぐに、報せろ。俺が、駆けつける」
「頼もしい限りです」俺は、微笑んだ。
護衛は、三ツ星と、レン。道案内と、道中の情報は、ダリウスが手配した、詳しい地図。そして、リーナ将軍も、途中の街まで、同行することになった。
「わたしも、北部へ帰る道だ」リーナは言った。「そこまでは、一緒に行こう。この目で、防具が、無事に運ばれるのを、見届けたい」
出発の前夜。俺は、旅立つ者たちに、一杯を出した。
琥珀色の、どっしりとした酒。地の文で、俺だけが知っている。ラガヴーリン。前の世界の、スコットランドのアイラ島で造られる、重厚な酒だ。長い年月をかけて、じっくりと、熟成させる。潮と、煙の、力強い香り。飲めば、体の芯まで、どっしりと、温めてくれる。まるで、揺るがぬ、大きな岩のような、安定感のある酒だった。旅立つ者の、背中を、静かに支えてくれる、そんな一杯だと思った。
俺は、グラスに注ぎ、旅立つ四人に配った。
「これは、長い時間をかけて、熟成させた、どっしりとした酒です」俺は言った。「潮と、煙の、力強い香り。飲めば、体の芯から、温まります。揺るがぬ、大きな岩のような、安定感がある」
ガイが、一口飲んで、ふう、と息を吐いた。
「……効くな。腹の底が、据わる感じだ」
「あなたたちの、道中が、この酒のように、揺るがぬもので、ありますように」俺は言った。「必ず、防具を、届けて。そして、必ず、無事に、帰ってきてください」
「おう!」四人が、力強く、頷いた。
その夜、店は、旅立ちを励ます、団欒に包まれた。
ノアが、旅の携行食を、大量に、用意していた。日持ちする、干し肉と、堅焼きのパン。そして、それとは別に、出発前の腹ごしらえにと、温かい、煮込みを出した。骨つき肉を、ほろほろになるまで煮込んだ、力の出る一皿だ。
「道中、ひもじい思いは、させん」ノアは、ぶっきらぼうに言って、携行食の包みを、四人に、手渡した。「腹が減ったら、これを食え。俺の飯だと思って」
ガイが、その包みを、大事そうに、受け取った。
「ノアの飯が、あれば、百人力だ」
ルナが、心配そうに、レンの袖を、握った。
「レンおにいちゃん、気をつけてね」
「ああ、大丈夫だ」レンは、優しく、ルナの頭を撫でた。「すぐ、帰ってくる」
ルナは、自分の星霜鉄の飾りを、そっと、握った。
「これね、みんなのこと、守ってくれるように、お願いしとくね」彼女は、真剣な顔で言った。「岩さんの、赤ちゃんだから。きっと、届くよ」
飾りが、ルナの手の中で、淡く、光った。まるで、旅の無事を、祈るように。
翌朝、護衛隊が、出発した。
星霜鉄の防具を積んだ荷馬車。その前後を、三ツ星と、レンが固める。リーナ将軍も、馬上から、俺に、頷いた。
「店主。恩に着る」リーナは言った。「この防具は、必ず、あの子たちを、守る。……お前は、剣を持たずに、戦場の若者を、守るんだな。いつか、言った通りに」
「ええ」俺は、頷いた。「俺の、できるやり方で」
一行は、朝日の中を、北へと、進んでいった。俺は、カウンターの中から、その背中を、見送った。地下で鍛えた鉄が、遠い北の若者の、命を守りに、旅立っていく。
【SOMA】――零。この店の力が、また、遠くへ、届こうとしているな。裏路地の炉から、国境の砦まで。会ったこともない、若い兵たちの、命へと。
俺は、内心で、頷いた。俺は、ここを、動かない。カウンターの内側で、彼らの、無事な帰りを、待つ。それが、俺の、役目だった。
数日後の夜。店の扉が、開いた。
疲れた様子の、だが、満足げな顔の、三ツ星とレンが、帰ってきた。
「ただいま、マスター!」ガイが、笑顔で言った。「防具、無事に、届けたよ! 道中、盗賊も出たけど、コルムの魔法と、ティナの察知で、蹴散らした!」
「北部の兵士たち、みんな、泣いて喜んでました」レンが、感慨深げに言った。「若い兵が、俺の打った鎧を着て、『これで、生きて帰れる』って。……俺、鍛冶を、やっててよかった」
その言葉に、俺は、静かに、頷いた。
一杯の酒から始まった、この店。それが今、鉄を打ち、人を育て、遠い戦場の若者の、命を守るまでに、なった。裏路地の、小さなバーから、確かに、世界が、少しずつ、動いていた。
「おかえりなさい」俺は、四人に、温かい一杯を、差し出した。「よく、やってくれました」
≪第69話・了≫
次話――北部への防具は、無事に、届けられた。その働きは、リーナ将軍を通じて、王都の、さらに上へと、伝わっていく。そして、ある日。店に、これまでで、最も高貴な客が、忍びで、訪れる。その正体を知って、俺は、静かに、身構えた。ギルド・ゼロの名は、ついに、この国の、頂へと、届こうとしていた。




