表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏路地の隠れ家『BAR ZERO』。下戸の元情報屋が提供する極上の一杯は、追放された者たちを救い、悪党を密かに破滅へ導く  作者: akaike


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/51

第30話 第1章完結「BAR ZEROの一年」

 一年が経った。


 その日の朝、ルナがカウンターの端に何かを置いた。


 小さなノートだ。


 表紙に、一言だけ書いてある。


 「来てくれた全員の名前」


 俺はそれを手に取った。


 開いた。


 細かい字で、名前が並んでいた。


 アリシア・フォン・クレイヴン。


 ガルド・ラインハルト。


 ダリウス・クレイン。


 オスカー・ベイン。


 エレナ・クレスタ。


 ヴァルド・クロイス。


 ノア・ブラント。


 ……


 何ページにもわたって、続いていた。


 「全部書いた」とルナが言った。


 「いつ書いたんですか」


 「三ヶ月くらいかけて。少しずつ思い出しながら」


 「名前がわからない人は」


 「顔と来た日付と、飲んでいたものを書いた。名前がわかった人には名前も」


 俺はノートを閉じた。


 「ありがとうございます」


 「礼はいい。ここが気に入っているから書いた」


 ルナはシロを抱えて、掃除を始めた。


 俺はノートをカウンターの端に戻した。


 今夜も、ここに置いておく。


---


 昼前、ノアが厨房から出てきた。


 「今夜、何か特別なことをするか」


 「通常営業です」


 「一年だぞ」


 「そうですね」


 「何もしないのか」


 「来てくれた方に、いつも通りの一杯を出します。それが一番の祝い方だと思っています」


 ノアは少し考えてから、言った。


 「……わかった。俺は閉店後に、一皿作る」


 「ありがとうございます」


 「礼はいい。今夜だけは余り物ではなく、作るつもりで作る」


 ノアは厨房に戻った。


 アリシアが素材の部屋から顔を出した。


 「一年ですね」


 「そうです」


 「最初の夜のことを、今でも覚えています」


 「どんな夜でしたか」


 「雨で、泥だらけで、もう終わりだと思っていた。でも扉を叩いた。なぜ叩けたのか、今でもわかりません」


 「叩けたから、ここにいます」


 アリシアは少し間を置いてから、言った。


 「……ありがとうございます。零さん」


 「来てくれてありがとうございます」


 アリシアは素材の部屋に戻った。


---


 夕方、ガルドが来た。


 レンも一緒だった。


 「今日は何かあるのか」


 「一年です」


 「そうか」


 ガルドはカウンターに座った。


 レンが隣に座った。


 「師匠から聞きました。BAR ZEROが開いて一年なんですね」


 「そうです」


 「……最初から来ていたんですか、師匠は」


 「二日目からです」と俺は言った。


 「開店の翌日から来てくれました」


 レンがガルドを見た。


 「なぜ翌日に?」


 「噂を聞いた」とガルドが言った。「一日で信用を得た店があると」


 「初日に何があったんですか」


 俺は少し考えてから、答えた。


 「追い詰められた人間が来ました。一杯飲んで帰りました。次の日、その人間の人生が変わっていた」


 レンはしばらく黙っていた。


 「師匠も、そういう夜がありましたか」


 ガルドは少し間を置いた。


 「あった。剣が使えなくなった夜に来た。帰る時、続きを生きる理由が少し見えた」


 「今は使えますよね」


 「使える」


 「それがここのおかげですか」


 「ここに来たのは俺だ。おかげではない」


 レンはガルドを見た。


 ガルドは前を向いたまま、続けた。


 「ただ、ここがなければ来る場所がなかった。それだけだ」


レンはしばらく何も言わなかった。


 俺はグラスを磨きながら、二人を見ていた。


---


 夜になった。


 いつも通りに、店を開けた。


 最初の客は、オスカーだった。


 「一周年おめでとう!」


 「ありがとうございます」


 「今日は特別に祝いの酒を頼む!」


 「いつも通りの一杯をお出しします」


 オスカーが少し止まった。


 「……いつも通りでいいのか、今日は」


 「一年間いつも通りだったから今日があります。だから今夜もいつも通りです」


 オスカーはしばらく俺を見た。


 「……なんか、そう言われると納得するな」


 「ありがとうございます」


 「じゃあ任せる」


---


 ダリウスが来た。


 会員用の席に座った。


 「一年か」


 「そうです」


 「最初に来た時、ここがこうなるとは思っていなかった」


 「どうなると思っていましたか」


 「一ヶ月でなくなると思っていた。偵察のつもりで来た」


 「知っています」


 「知っていたのか」


 「来た時の目でわかります」


 ダリウスは少し間を置いた。


 「……今の俺の目は、どう見える」


 「偵察ではないですね」


 「そうだな」


 ダリウスはグラスを受け取った。


 「一年間、何があっても続けた。それは大したことだ」


 「来てくれた方がいたからです」


 「俺も来てよかった。次の一年も、続けるか」


 「続けます」


 「そうか」


 それだけだった。


---


 夜が更けた頃、リーナ将軍が来た。


 変装なしで、カウンターに座った。


 「一年か」


 「そうです」


 「最初に来た夜を覚えているか」


 「もちろんです」


 「俺は覚えていない」


 少し止まった。


 「細かいことは覚えていない。ただ、帰る時に笑っていた。その感覚だけが残っている」


 「そうですか」


 「帰り道、護衛が驚いていた。将軍が笑っていると。十四年間、笑っていなかった。それを俺は知らなかった。笑い方を忘れていたことも、知らなかった」


 将軍はグラスを受け取った。


 一口飲んで、目を細めた。


 「今夜は何を出してくれた」


 「ボウモアです」


 「また潮の香りか」


 「将軍に合う酒なので」


 「毎回同じでいいのか」


 「毎回、少しずつ違います。今夜は一年の夜なので、一番いい状態で用意しました」


 将軍はもう一口飲んだ。


 「……確かに、違う気がする」


 「出す夜によって変わります」


 将軍はグラスを置いて、俺を見た。


 「来年も続けるか」


 「続けます」


 「そうか」


 将軍は立ち上がった。


 「また来る」


 「お待ちしています」


---


 深夜、閉店後。


 五人が集まった。


 ノアが皿を持ってきた。


 「今夜だけは、余り物ではない」


 蒼天亭の看板デザートだった。


 ただし、いつもより手が込んでいた。


 「今夜だけの版だ」とノアが言った。「来年また作る時は、また変わっている」


 「毎年変わるんですか」とルナが言った。


 「変わらなければ料理人ではない」


 全員で食べた。


 シロが俺の膝の上に乗った。


 「今日はここにいてくれるんですか」


 シロは耳を動かした。


 ルナが「いるって言ってる」と言った。


 「そうですか」


 食事が終わった後、ヴァルドが口を開いた。


 「一年の間、三ヶ月ここを離れた」


 「そうですね」


 「それでもここは続いていた」


 「続いていました」


 「……ガルドがいてくれた」


 「そうですね」


 ヴァルドは少し間を置いてから、言った。


 「来年は離れない」


 「お願いします」


 ノアが立ち上がった。


 「来年も料理する。カルが蒼天亭でもっと育ったら、あっちに任せる部分が増える。ここに集中できる」


 「それはいいですね」


 アリシアが言った。


 「ルナさんの魔法も、来年はもう少し上がります」


 ルナが顔を上げた。


 「ほんとに?」


 「毎日練習しています。今の三倍は感知の精度が上がります」


 ルナはシロを見た。


 「シロと同じくらいになれる?」


 「シロとは違う形の力になると思います。でも、きっと使い道がある」


 ルナは少し考えてから、頷いた。


 「じゃあ来年が楽しみだ」


---


 深夜の最後に、俺はカウンターに炭酸水のグラスを一つ置いた。


 「一年間、ありがとう」


 誰に言ったのか、自分でもわからなかった。


 ここに来てくれた全員に、かもしれない。


 シロが膝から降りて、グラスの隣に座った。


 ルナが「どういたしまして、って言ってる」と言った。


 「そうですか」


 (SOMA)


 ――零。


 「なんですか」


 ――謎の手紙の差出人から、今夜返事が届いた。


 俺は手を止めた。


 ――「近いうちに伺う。準備をしておいてほしい」とある。そして。


 「そして?」


 ――「BAR ZEROがある限り、世界はまだ大丈夫だと思っている」


 俺はしばらく、その言葉を考えた。


 大丈夫かどうかは、俺が決めることではない。


 ただ。


 「来てくれた方に、一杯出すことはできます」


 ――そうだな。それだけで、たぶん十分だ。


 グラスを磨いた。


 一年目が終わった。


 カウンターは同じ場所にある。


 グラスは同じ棚に並んでいる。


 俺は同じように立っている。


 扉は、今夜も開いている。


---


≪第30話・了≫


〜第一章・完結〜


第二章予告――「BAR ZEROが適切な場所だと思っている」と書いた人物が来る夜。その顔を見た瞬間、俺はSOMAに確認した。「この方は、本当に一人で来ているのか」。SOMAが答えた。「一人だ。ただし、その人物が抱えているものは、一人分ではない」


---





【あとがき】


最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


第一章、これにて完結です。


第1話で「営業していますか」と扉を叩いてくれた少女から始まり、一年間、この店に来てくれた全員がいてくれたから、今夜があります。


もし「続きが読みたい」「この店に来てみたい」と少しでも感じてくださったなら、ブックマーク・★評価をいただけると、第二章を書く力になります。


コメントで「一番好きな場面」を教えてもらえると嬉しいです。作者が飛び上がって喜びます。


第二章もどうぞよろしくお願いします。




「扉は、今夜も開いている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ