アリサside 決戦準備
雷龍の雷が落ちるのを見届けた俺たちは、少し足を速め、その日のうちにウォールナット城まで戻ってきた。
城に到着したのは夜も遅い時間だったが、領都に入った際に俺たちの帰還が伝えられていたこともあってか、城では使用人たちが総出で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、公爵様、カーライル様、リオン様」
「ああ、ただいま」
「して、こちらの美しい女性は?」
「まさか……」
俺が女性を連れて帰ってきたことで、何やら妙な勘違いをした使用人たちがざわめき始める。
これ以上余計な誤解が広がる前に、俺はリリイを紹介することにした。
「彼女はSランク冒険者のリリィだ。雷龍との戦闘経験がある冒険者で、今回の討伐に協力してもらうため、わざわざエトワール領から来てもらった」
「リリィです。よろしくお願いします」
そう紹介すると、リリィは丁寧に一礼する。
やはり、その洗練された所作を見る限り、彼女はどこかの令嬢なのだろう。
「そうでございましたか。まさか、このような美しい女性がSランク冒険者とは……。色々と聞きたいことはありますが、何分もう遅い時間ですので、詳しい話は明日にいたしましょう」
「ああ、ありがとう」
使用人の言葉に甘え、その日は食事を済ませると、早々に休むことにした。
そして翌日。
俺は騎士団長をはじめ、以前の戦いで実際に雷龍と戦った者たちを集め、作戦会議を開いた。
「では、今のところ雷龍による被害は出ていないんだな?」
「ええ。ですが、時折聞こえてくる咆哮や雷鳴に、住民たちは怯えています。不安を訴える者も少なくありません」
「ああ、あれか。あんなの見せられたら、そりゃビビるよな」
「一刻も早く雷龍を討伐して、民の不安を取り除かないとな……」
リオンとカーライルの言葉に、俺も頷く。
「では、本題の雷龍討伐についてだが、まずは戦闘経験のあるリリイから説明してもらうとしよう。頼めるか?」
「はい」
リリイは短く返事をすると席を立ち、一礼してから話を始めた。
「まず雷龍の生態についてですが、雷龍は体内で雷を生み出すのではなく、鼻先にある角を避雷針代わりにして外から雷を集め、体内に蓄える習性があります。そのため雨の多い場所を好み、特に空腹になると、雷を求めて雨雲の多い場所へ移動するようです。そうして蓄えた雷を使って獲物を襲います。そして最も厄介なのが、あの雷は魔法によって生み出されたものではないため、魔法に対する防御が一切通用しないということです」」
リリイの説明に周囲がざわつく、特に戦闘経験のある騎士達はその事に身に覚えがあるようだ。
「なるほど。あの頑丈な親父が負けたのも、それが原因か」
「はい。あの時、我々は雷龍の雷対策として魔法耐性を重視した防具で挑んでいましたから」
「ならば今回は、魔法耐性よりも動きやすさや物理防御を重視した装備のほうがよさそうですな」
リリイの説明を聞き、皆がそれぞれ思いついた意見を口にしていく。
「君が以前、角を切り落としたのもそれが理由か?」
「はい。ですが、問題なのは雷だけではありません。雷龍の鱗はオリハルコンにも匹敵する強度を持っています。まともな攻撃では、傷をつけることすら難しいでしょう。さらに、たとえ傷を負わせたとしても、雷龍は驚異的な回復力を持っており、瞬く間にその傷を再生してしまいます。それが、以前私が雷龍を倒せなかった理由です」
「オリハルコン級の鱗でも脅威なのに瞬間的な回復力も…… そんなものに傷をつけられるのか?」
「普通に攻撃していては難しいかと」
「なら、どうやって倒せばいいのだ?」
その問いに、リリイは一本の指を立てた。
「一点集中です」
「一点集中だと?」
「はい。雷龍の頭部か胸部、その急所を覆う鱗一枚に攻撃を集中させ、一気に破壊します。そして鱗が剥がれ、急所が露出したところへ、再生する前にさらに強力な一撃を叩き込む。それが最善かと思われます」
「なるほど、そういうことか……。ならば、武器よりも魔法兵器を使ったほうがいいか?」
「オリハルコン並みの鱗を破壊するとなると、魔弾砲を使用する必要があるかと」
「いや、あれは発射までに時間がかかります。それに、飛行する雷龍の一点を正確に狙うのは難しいでしょう。たとえ一撃目で鱗を破壊できたとしても、再生する前に同じ場所へ二撃目を当てるのは困難です」
リリイのもたらす情報をもとに、会議は白熱していく。
そんな中、俺は何か言いたげな表情を浮かべるリリイに気づき、声をかけた。
「リリイ、何か言いたいことでもあるのか?」
「え? いえ、それは……」
「ん? 何かあるなら言ってみろよ」
「そうだぜ。この二ヶ月、一緒に旅をしてきたんだ。今さら遠慮するような仲でもないだろ?」
リオンとカーライルにも促され、リリイはしばらく迷うような素振りを見せる。
やがて意を決したように顔を上げると、ゆっくりと口を開いた。
「はい。その雷龍への最後の一撃ですが、私に任せていただけないでしょうか?」
「なんだと?」
「それは、どういうことだ?」
リリイの言葉に、騎士団長たちがざわめく。
俺は一度、手を上げて皆を制した。
「詳しく話を聞かせてくれ」
「はい。実は私、火力不足で雷龍を倒せなかったことを悔やみ、この一年、一撃必殺の技を身につけるため修練を重ねてきました。ですので、最後の一撃にはその技を使わせていただきたいのです」
そう言って、リリイは鞘に収めた剣を前へと差し出す。
「しかし、それで本当に雷龍を倒せるのか?」
「それは分かりません。師からはお墨付きをいただいていますが、実戦で使うのは初めてですので」
「分からないって……。それに、もし仕留めきれなければ、貴殿に危険が及ぶのではないか?」
「はい。この技は、魔力のすべてを剣に注ぎ込んで放つものです。そのため発動までに時間がかかるうえ、一度使えば、しばらくはまともに動くこともできなくなります」
その言葉に、騎士たちは口をつぐむ。
失敗すれば、彼女自身の命が危険に晒される。
それほど危険な大役を、わざわざ領外から助力に来てくれた彼女一人に任せていいものなのか――。
誰もが答えを出せずにいる中、俺は口を開いた。
「……分かった。では、我々は彼女の援護に回ろう」
「閣下、それほど危険な役目を彼女一人に委ねてもよろしいのですか?」
「ああ。彼女はここにいる誰よりも強い。その彼女でも駄目だというのなら、どのみち我々に打つ手はない。ならば、彼女を信じよう」
「ルイス様……」
俺の言葉に、リリイは少し驚いたように目を見開く。
だが、すぐに真剣な表情へと戻ると、力強く頷いた。
「分かりました。その期待に応えられるよう、全力を尽くします」
その後も会議は続き、雷龍討伐の決行は明日と決まった。
会議を終えると、明日の決戦に備えて英気を養ってもらうため、騎士たちには普段より豪華な食事と酒を振る舞い、討伐後の褒賞についても話をした。
そして、皆が寝静まった頃。
俺は一人、城の庭園を歩いていた。
あれほど強かった父でさえ敗れた雷龍に挑むのだ。やはり、不安がないと言えば嘘になる。
本来なら、公爵である俺が自ら討伐に赴くべきではないのだろう。
だが、武人であるウォールナット家の当主として、それはできない。
そして、それは弟たち二人も同じだ。
だからこそ、俺は二人の同行を止めなかった。
ならば、絶対に負けるわけにはいかない。
雷龍を討ち、全員でここへ帰ってくる。
それが、当主である俺の役目だ。
星空を見上げ、改めてそう決意していると、ふと見覚えのある人影が目に入った。
俺はその人物に気づき、ゆっくりと歩み寄る。
「眠れないのか?」
「ルイン様……」
噴水の縁に腰掛けていたリリイが、俺を見上げる。
「今日はありがとう。君の情報のおかげで、何とかなりそうだ」
「まだ始まってすらいませんよ。勝負はこれからです」
そう言って、リリイはどこか儚げに微笑んだ。
そういえば、こんな夜更けに二人きりで話すのは初めてだ。
月明かりが噴水の水面に揺らめき、その淡い光が彼女の横顔を照らしている。
その姿は、いつにも増して美しく見えた。
「やはり、君でも不安か?」
「はい。何せ相手は、あの雷龍ですから……。以前は、おじょ……お師匠様が傍にいてくださったので、どこか安心していたのだと思います。本来、私には雷龍を討伐できるほどの実力はありませんから」
「だが、困っている俺たちに手を差し伸べてくれたのは君だ。俺は、その方ではなく君が来てくれてよかったと思っているよ」
そう言って微笑むと、リリイの表情から、ほんの少し不安が和らいだように見えた。
「ところで、君の師というのは、以前話していたもう一人の仲間のことか?」
「はい。あの方がいてくださったなら、きっとこれほど悩むこともなかったのでしょうが……」
「それほど強いのか?」
「ええ、もちろんです。おじょ……お師匠様は、その……とてもお強い方です」
妙に歯切れの悪い言い方が少し気になった。
だが、それ以上にほんの一瞬、師のことを誇らしげに語った彼女の表情を見て、なぜか胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
「そうか。もし雷龍を倒せたら、その時は盛大な祝勝会を開くつもりだ。その時にぜひ、君のことをもっと聞かせてくれ」
「ええ、ぜひ。私も皆様三人の関係について、もっと詳しく聞かせてください」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
どうやら、あの誤解はまだ解けていないらしい。
だが、楽しそうに微笑む彼女を見ていると、そんなことはどうでもよく思えてきた。
月明かりに照らされたその笑顔に、俺は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。




