アリサside 誤解
――ルイス視点
雷龍討伐のため、俺たちが旅立ってから早二ヶ月。
ようやく、ウォールナット領へと戻ってきた。
ここまでの道中、様々なことがあり、中でも特に問題だったのがリリイとの関係だ。
雷龍討伐に協力してもらうため、俺たちは討伐実績を持つ冒険者を求めて、エトワール領まで足を運んだ。
そこで出会ったのが、S級冒険者のリリイだ。
だが、リリイが女性だったことでリオンと一悶着あった。
二人の仲は険悪で、リオンは女性であるリリイの実力を信用せず、リリイ自身も男ばかりの中に女一人
ということもあって、俺たちとは少し距離を取っていた。
だが、それも話し合いとちょっとしたきっかけを経て、今では四人で上手くやれている。
ところが、ここに来て別の問題が起こっていた。
俺はそっと後ろを振り返る。
そこには、俺たちの後ろを歩きながら、こちらを微笑ましそうに見守るリリイの姿があった。
「なあ、兄貴。そろそろ誤解を解くべきじゃないか?」
「そうだぜ。いつまでも誤解されたままじゃ困る。」
「うーん……」
リオンとカーライルにそう言われ、俺は一度足を止めると、後ろを歩くリリイへと振り返った。
「なあ、リリイ。せっかくだから、もう少しこっちに来ないか? いつ魔物に襲われるかも分からないし」
「大丈夫です。背後は私にお任せください。皆様のお邪魔はしませんから」
そう言って、リリイは俺たち三人の邪魔にならないよう、少し離れたところを歩いていた。
こうなった原因は、つい先日のことだった――。
被っていた仮面が割れ、リリイの素顔が露わになった瞬間、俺たち三人は言葉を失った。
リリイは、今まで出会った女性の誰よりも美しい顔立ちをしていのだ。
これほどの美貌なら、これまで男たちからどれほど言い寄られてきたのか、想像するのは難しくない。
そう考えれば、彼女が俺たちを警戒し、素顔を隠していた理由にも頷けた。
そして、俺たちもまた、それまでと同じように接することが難しくなっていた。
つい彼女を女性として意識してしまい、実力では俺たちを遥かに上回るというのに、戦闘では無意識に彼女を守るように立ち回ってしまう。
普段は女性の扱いに慣れているカーライルでさえ、何を話せばいいのかと俺に相談してくるほどだ。
特にリオンは、彼女に助けてもらったこともあってか、まともに目すら合わせられなくなっている始末だった。
そんな俺たちの変化を、男の態度に敏感な彼女が見逃すはずもなく、次第にこちらの雰囲気を察し、以前のような警戒心を覗かせるようになっていた。
このままでは、せっかく縮まった彼女との距離が、また開いてしまうかもしれない。
問題は、そんな時に起こった。
「リリイを意識するな?」
その日は陽も沈み、野営することになったため、彼女が水浴びに行っている間に、俺は二人にそう提案した。
「いや、そんなこと言われてもなあ……」
俺の言葉に、カーライルが眉をひそめながら頭を掻く。
「あんな美人を意識するなってのは難しいぜ?なんせ、女嫌いのリオンですらこのざまだ」
「は、はあ?このざまってなんだよ?」
「なんだ? 気づいてないとでも思ったのか?リリイのこと、意識してるのバレバレだぜ?」
「なっ⁉」
そう指摘され、リオンが顔を真っ赤にする。
確かに、リオンがここまで分かりやすいとは思っていなかった。
幸い、リリイ本人にはまだバレていないようだが、時間の問題だろう。
「まあ、リオンの気持ちも分かるぜ。リリイは他の女とは違うからな」
カーライルの言葉には、俺も同感だった。
彼女は容姿もそうだが、性格もこれまで出会ってきた女性たちとはどこか違う。
しばらく一緒に旅をしていて気づいたが、立ち居振る舞いを見る限り、恐らくどこかの令嬢なのだろう。
だが、俺たちが公爵家の人間だと知っても態度を変えることはなかった。
それどころか、自らは仮面を被り、素性を隠そうとしていたくらいだ。
家柄や身分をひけらかすこともなく、俺たちの身分に媚びることもない。
そういったところも、俺たちが彼女を意識してしまう理由の一つなのだろう。
おまけに剣を振るう姿も華麗で、その姿がより一層彼女を魅力的に見せている。
「だが、このままいけば明日にでもウォールナット領に着く。この先は、雷龍討伐に向けて今まで以上に連携を深めていかないといけない。意識して距離を取っている場合じゃないんだ」
「だから、違うって言ってるだろ!そこまで言うなら、証明してやるよ!」
「証明?」
そう聞き返すと、ムキになったリオンは、ちょうど水浴びから戻ってきたリリイのもとへズカズカと歩み寄っていった。
「あら、リオン。険しい顔をしてどうかしましたか?」
リリイが髪を拭きながら首を傾げると、リオンの顔が赤くなる。
しかしリオンは邪念でも振り払うように首を大きく横に振ると、リリイに向かって指を指した。
「お、おい、リリイ。言っとくが、うぬぼれるなよ。俺たちはお前なんかに興味はないからな」
「は?」
「お、おい、リオン。また誤解を生むような言い方をするな。話がややこしくなるだろ」
俺が小声でそう指摘すると、リオンも自分の失言に気づいたのか、慌てて言葉を訂正する。
「え?あ、ち、違う! えーと……つまり、俺たちは女性自体に興味がないんだ」
「女性に興味がない?」
リリイが怪訝そうに聞き返すと、リオンは大きく頷いた。
それを見た彼女は、神妙な面持ちで何やら考え込む。
「……なるほど。つまり皆様は、その……男性同士、ということでしょうか?」
「え?」
その瞬間、何故かリリイの表情が生き生きとし始めた。
「い、いや、それはちが――」
「いえ、皆まで言わなくても大丈夫です。そうですか、皆様も……フフフ」
そう言ってリリイは顔を逸らし、口元を覆いながら、何やら意味ありげな笑みを浮かべる。
「どうやら私、誤解していたようです」
いや、現在進行形で誤解しているのだが……。
「いや、それは――」
「私たち、気が合いそうですね。これからはもっと仲良くしていきましょう」
そして再びこちらを振り返った彼女は、それはもう美しい笑顔を浮かべていた。
あまりにも嬉しそうなその顔を前に、俺たちは訂正するタイミングを完全に失ってしまった。
……そして、現在に至る。
彼女は今も俺たちの関係を誤解したまま、邪魔をしないようにと、こうして距離を取っているようだ。
悪意がない分、以前よりも厄介かもしれない。
ただ、これをきっかけに彼女と打ち解けられたのも事実だ。
以前のような遠慮もなくなり、その分、戦闘での連携も格段に良くなっている。
もしここで誤解を解けば、せっかく縮まった距離が、また離れてしまうかもしれない。
「……誤解されたままなのは不本意だが、関係が良くなっている以上、今はこのままでいいだろう……それにもう、そんなことを言っている場合でもない」
そう呟き、俺は遠くにそびえる山へと目を向ける。
その瞬間、轟音と共に、山頂へ一筋の雷が落ちた。
「……あそこですね」
「ああ。あそこに雷龍がいる」
その光景を目にした他の三人も、表情を引き締める。
「とりあえず、我らの一度城に戻ろう。そして状況を確認した後、しっかりと準備を整え、万全の状態で雷龍に挑む。いいな?」
「はい!」
「了解!」
「おう!」
皆の返事を確認すると、俺たちは雷鳴の轟く山を背に、そのまま城へと向かった。




