お見合い②
旦那様の縁談を兼ねた今回の顔合わせは、五日間の日程が組まれている。
この間に、五人の中から旦那様が気になる相手を見つけた場合は、後日、国王陛下主催のパーティーでその令嬢をエスコートすることになっている。
そこで両家の意思を改めて確認し、問題がなければ正式に縁談を進めるということらしいのだが……
「あなた、伯爵令嬢のくせに生意気なのよ⁉」
「上級魔法もろくに使えない、家柄だけが取り柄のあなたに言われたくないわ!」
五人一斉の顔合わせは、二日目にして早くもヒートアップしていた。
現在言い争っているのは、魔術師として名を馳せ、その功績によって侯爵位を授かったラースルーン家の令嬢、ミザリー・ラースルーン嬢と、『紅蓮の魔術師』の異名を持ち、国家魔術師として働いているアレス・ドリア伯爵令嬢だ。
二人とも、その実力と家柄を互いに誇示し合うせいで、顔を合わせるたびにこうして言い争いになっている。
そして、そんな二人の争いを呆れた様子で眺めながら紅茶を飲んでいるのが、リンドブルム伯爵令嬢。
身分の低さと気弱な性格のせいか、二人の言い争いを止めることもできず、あたふたしているのがグラハム子爵令嬢。
そして最後の一人、ロード伯爵令嬢はというと、そんな二人が争っている隙を狙って、すでに旦那様へ積極的にアプローチをかけている。
皆それぞれ好き勝手にやっていて、とても縁談の顔合わせとは思えない状態だ。
さて、旦那様はこの中で誰を選ぶのだろうか?
実力で言えば、やはりドリア嬢だろう。
学園を首席で卒業し、現在は国家魔術師としても功績をあげている。魔法を重視する旦那様の家にとっては、まさに欲しがりそうな逸材だ。
家柄だけを見ても、伯爵家なら十分に釣り合っている。
一方、ラースルーン嬢は実力こそ、この中では一番劣っているが、身分は最も高い侯爵家だ。しかも魔法の名家というだけあって、血筋を考えれば生まれてくる子供の魔法の才能も十分に期待できる。
何より、血筋を重視してリリスお嬢様の母君を娶った旦那様なら、喜びそうな相手だ。
……まあ、二人とも性格に少々難があるようだけど。
私個人としての一押しは、やはりグラハム令嬢だろうか?
少し気弱だけど、性格もおっとりしていて、外見も小動物のように可愛らしい。見ていると、ついつい庇護欲を掻き立てられてしまう。
そして何より、実はグラハム令嬢は『ローズ・エンペラー』の登場人物でもある。
と言っても、主人公であるローズのクラスの担任という、あまり物語に関わるような立場ではない。ゲーム中でも出番はそれほど多くなかったはずだ。
それでも、れっきとした登場人物なだけあって、この中では一番可愛らしいと思う。
属性も私と同じ水魔法だし、できれば是非とも仲良くなりたいところだ。
残る二人は……まあ、ないかな。
リンドブルム嬢は、そもそもこの縁談に興味を持っていない様子だし。
ロード嬢は、本人は隠しているようだけど、すでに婚約者がいることをしっかり把握している。
恐らく、旦那様との縁談が決まったら婚約を破棄するつもりなんだろうけど……そんな相手を、旦那様が選ぶとは思えない。
となると、やはり本命はラースルーン嬢とドリア嬢かな?。
「ねえ、二人はどう思う?」
私は一緒に茶菓子の準備をしているポアンとイルカに尋ねてみた。
「えーと、正直に言うと……どの方もあまり……」
「すみません、私もです……」
二人はしばらく考えたあと、申し訳なさそうに答える。
まあ、こんな状態を見せられちゃ仕方ないよね。
旦那様も自分に合う相手が見つからず、かなり頭を悩ませているみたいだし。
……と、言っているそばから、不穏な空気が――。
「……私はどちらかと言えば、エリー先輩が――」
「旦那様がそろそろ爆発しそうだわ。早く行きましょう」
私は何か言いかけていたイルカを遮ってそう告げると、険悪な雰囲気が漂う現場へ茶菓子を運びに向かったのだった。
――
それからも何とか一日を過ごし、二日目も何事もなく終わろうとしていた。
……しかし
――ズドーン!
後片付けをしていた頃、迎賓館の方から突然、爆発音が聞こえてきた。
「な、何事!?」
私は慌てて迎賓館へ向かう。
するとそこには、ラースルーン嬢とドリア嬢が、館の前で魔法を撃ち合っていた。
「この程度の魔法で、私に勝てると思っているの⁉」
「それはこちらの台詞よ!」
そう言うと、二人は再び魔法を唱え始めたので、私は慌てて二人の間に割って入った。
「ちょっと、すとーっぷ⁉ 止まってください!」
「はあ?あなた、何のつもりよ」
「そちらこそ、どういうつもりですか!ここはエトワール家の迎賓館ですよ?」
「ふん。どうせここは、もうすぐ私の所有物になるのよ。多少壊したところで、問題ないでしょ」
凄い暴論が飛んできた。
……いや、まだ旦那様が誰を選ぶかすら決まってないんだけど?
「安心しなさい。ちゃんと抑えてるわ」
アレス嬢が自信満々に言い放つ。
絶対に抑えてない。
この人、無自覚に暴走するタイプだ。
「それに、この女の魔法程度、どうってことないでしょ」
「……言ったわね」
アレス嬢の挑発に、ミザリー嬢が再び魔法を唱えたので私は慌てて避難する。
「お前ら、何をやってる⁉」
「あ、旦那様」
するとそこへ、騒ぎを聞きつけた旦那様が慌てて駆けつけてきた。
「お前達、いい加減に――」
「ウイングアロー!」
しかし、旦那様の存在に気づいていないミザリー嬢が、無情にも風の中級魔法を放った。
アレス嬢は迫りくる魔法を軽々と弾き飛ばす。
――だが。
弾かれたウイングアローは、そのまま近くにいたグラハム嬢へ向かっていた。
「危ない!」
私は咄嗟に飛び出すと、グラハム嬢を突き飛ばした。
「エリー⁉」
その直後、私は飛んできた魔法を紙一重で避ける。
――ズドォン!
ウイングアローはそのまま迎賓館の壁へと突き刺さり、壁の一部を派手に吹き飛ばした。
「あ、あなた……」
「エリー、無事か?」
「……いてて。はい、大丈夫です」
幸い、アレス嬢に弾かれたことで威力も勢いも多少は削がれていたらしく、直撃は免れ、肩を掠めただけで済んだ。
だが、その傷を目にした瞬間、旦那様は、二人を鋭く睨みつけた。
「お前ら……どういうつもりだ?」
「わ、私は悪くないわ!魔法を使ってきたのはミザリーよ!」
「それを言うなら、魔法を防いだのはアレスじゃない!」
この期に及んでまで責任を押し付け合う二人。
さすがの旦那様も怒りを露わにし、周囲の温度が急激に下がり始めた。
「……もういい。お前ら全員、帰れ」
「え?ですが、まだ、お相手を――」
「聞こえなかったか?帰れと言ったのだ」
その瞬間、周囲が旦那様の氷の魔力によって凍り付いた。
旦那様から放たれた凄まじい魔力に圧倒され、誰一人として言葉を発することができない。
そんな中、旦那様が再び私の方へ視線を向けた。
「きゃっ⁉」
そして次の瞬間、不意に身体が浮き上がる。
私は何故か、旦那様に抱きかかえられていた。
「このまま医務室に向かう。」
「あの、旦那様……怪我したのは腕なんで、全然歩けるんですけど?」
しかもかすり傷だから、私の魔法ですぐに治る。
しかし私の言葉には答えず、旦那様は私を抱きかかえたまま、そのまま医務室へ向かっていく。
そして医務室に着くと、なぜか医師を控えさせ、自ら私の治療を始めた。
「全く、君はまた無茶をする」
「ハハ……すみません。つい、身体が動いてしまって」
「笑い事じゃない。君を心配する人がいることを、少しは考えろ」
「……申し訳ございません」
そう言われると、何も言えなくなってしまう。
旦那様だったからよかったものの、これがお嬢様……もしくはアリサだったら、最悪の場合、あの場は血の海になっていたかもしれない。
「……まあいい。とにかく、無事でよかった」
「ありがとうございます。それより旦那様の方こそ、よろしかったのですか? ご縁談の方は断ってしまって」
今回の縁談は、公爵様からの命令だ。
勝手に断ってしまって、本当によかったのだろうか?
私が尋ねると旦那様はしばらく黙り込んだ。
「……ああ、そうだな。どうやら、私も決断せねばならないようだ」
「……え?」
その言葉の意味を尋ねようと口を開きかけたところで、突如、部屋の外から足音が聞こえてきたかと思うと、私を心配したポアンとイルカ、そしてグラハム令嬢が勢いよく部屋に入ってきた。
「エリー先輩、大丈夫ですか⁉」
「怪我をしたって聞きました!」
「エリー様、申し訳ありません!私のせいで――」
「だ、大丈夫だから、とりあえず皆、落ち着いて――」
可愛い女の子たちに囲まれ、思わず鼻血が出そうになるのを、私は必死にこらえる。
こんな状況で鼻血なんて出したら、また旦那様が心配するだろう。
旦那様は、そんな私が三人に囲まれている姿を確認すると、小さく微笑むと、静かに医務室を出ていった。




