エリーの休日③
この世界は元々乙女ゲームの舞台だった影響なのか、喫茶店だけは妙に現代的な造りをした店が多い。
私たちは数ある店の中から、近くにあった店を選ぶと、そのテラス席へ腰を下ろしていた。
「いやあ、それにしても、あのキリアンが専属メイドとはねえ……。あいつとは何度かパーティーで顔を合わせたことがあるけど、女には全く興味がないって感じだったんだけどな。随分と丸くなったもんだ。」
タイラーさんはそう言いながら、見た目の軽い性格とは裏腹に、優雅な仕草で紅茶をすする。
「それとも、あんたがそれほど有能ってことか?」
「それで、お嬢様のお話とは何でしょうか?」
「ハハ、本当にリリスお嬢様のことになると目がないんだな。」
私が他愛もない話をしてなかなか本題に入ろうとしないタイラーさんの言葉を遮って尋ねると、彼はカップを降ろすとようやく話を進めた。
「ああ、実は最近王家では、レオンハルト殿下やクオーツ殿下がリリス嬢に会いに行ってることが目下等の噂になっていてな。殿下も国王たちも否定しないから、貴族の派閥が少し揺れ始めているんだ。」
噂かあ……。
恐らく、これを流しているのは殿下だろうね。
このやり方には覚えがある。
ゲームでも似たようなイベントがあったのだ。
主人公であるローズの実力が認められ始め、周囲からの評価が変わっていく中で、嫉妬をしたレオンハルトが言い寄る男子を牽制するため、敢えて自分とローズの仲を匂わせる噂を流していた。
今、殿下方がお嬢様に夢中になっていることは、私から見ても明らかだ。
乙女ゲームでの王子たちの性格を考えれば、今回も同じように、少しずつ外堀を埋めようとしているのだろう。
……もっとも。
お嬢様が、そんな程度のことで心を動かされるはずもないのだけれど。
「と言っても、今のところは噂の段階だけどな。だが、もし万が一、王子がリリス嬢と結婚することになれば、血筋を重視する貴族派からすれば面白くないだろう。だからこそ、その話を聞いた公爵様も少し危機感を持ち始めたらしく、リリス嬢をどこかの貴族へ嫁がせる方向で動こうとしているみたいだ。」
まあ、お嬢様の心はともかくエリスを妃にしたい公爵からすれば、当然の判断だろう。
「候補に挙がっているのは、年の離れた女好きの貴族や、帝国でも評判の悪い皇子だ。正直、ろくな相手ではない。」
タイラーさんはそこで一度言葉を切った。
「それで、本題なんだけどな。あんたのお嬢様の相手に、うちの主人はどうだ?」
「主人というと……クオーツ殿下ですか?」
そう尋ねると、タイラーさんは頷いた。
「ああ。クオーツ殿下なら付き合いも長いし、顔も性格も悪くはない。公爵様は渋い顔をするだろうが、殿下はリリス嬢と結婚できるなら、王位継承権を放棄してもいいと言っている。そうなれば、公爵様も首を縦に振るかもしれない。おまけに、あんたのところのお嬢様も、妃になることには興味がなさそうだしな。」
「なるほど。確かに、それはお嬢様にとってもいいことかもしれませんね。」
私がそう答えると、タイラーさんは口調を弾ませて話を続けた。
「だろ?でも、うちの殿下はああ見えて純愛志向でさ。政略結婚みたいなのは嫌がるんだよな。おかげで婚約の話も進まないし。だから、もしよければ殿下とリリス嬢の仲を取り持つのを手伝ってくれないか?もし上手くいったら、お前もそのままリリス嬢について行けるようにするからさ。」
タイラーは自信ありげに提案してくる。
なるほど、確かにその提案は悪くない。 貴族として生まれたのなら、いずれはどこかへ嫁ぐことになる。 そう考えれば、どこの馬の骨とも分からない相手より、以前から付き合いのあるクオーツ殿下なら、縁談の相手としては申し分ないだろう
……ただ、それは、普通の貴族令嬢なら、の話である。
「じゃあ――」
「ですが、お断りします。」
「……へ?」
私が即答すると、予想外だったのか、タイラーさんは一瞬固まった。
「な、なんで? 今、お前もいい話って言ってたじゃないか?」
「いい話でも、本人が望まないのであれば、私は話を進めません。」
「だから、お互いが両想いになれるように、俺たちで仲を取り持とうって話をしているんじゃないか。」
少し興奮気味に話すタイラーさんに対し、私は一度紅茶を口に含み、間を置く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、お嬢様に自由に過ごしてほしいんですよ。損得で誰かとの仲を進めようとするのではなく、お嬢様が自由に過ごしていく中で、恋を見つけてほしいのです。」
そもそも、お嬢様ならその気があれば自ら動くでしょう。
それをしないということは、今は誰かと恋をすることに興味がないということだ。
そう告げると、私は残った紅茶を飲み干し、席を立った。
「では、用事がありますのでこれで」
「ま、待て。あんたはそれでいいのかよ。結婚できなかった令嬢が将来どうなるか、お前も貴族令嬢なら知ってるだろ?」
もちろん知っている。だが――
「お嬢様が、それを望むのなら本望です。」
「⁉」
「では、私はこれで――」
最後はカーテシーで挨拶をすると。そのまま屋敷へと戻っていった。
それから私は屋敷でお守りを作り始めたが、思った以上に時間がかかってしまった。
完成した頃には、すでに陽も沈み切り、幼い子供なら眠りにつくような時間になっていた。
あらかじめレジンさんに伝えていた時間よりも遅くなってしまったこともあり、私は慌てて本邸へ戻る。
「ただいま戻りました。」
夜も更けているため、起こさないよう少し声を落として挨拶しながら、私は屋敷の扉を開けた。
「ずいぶん遅かったんだな。」
すると、何故か旦那様の声が返ってくる。
目の前を見ると、そこには腕を組み、私を見下ろす旦那様が玄関の前に立っていた。
「え?だ、旦那様⁉ あ、申し訳ありません。」
「今日は何をしていたんだ?」
「へ?え、えーと、屋敷の掃除をしたり、街に買い物に出かけたり――」
「男と、二人でお茶を飲んでいたという話を聞いたぞ?」
「え? まあ、そうですね。」
そう言われると、確かにその通りだ。
とはいえ、当然ながら下心なんてものは全くない。
そもそも、なんで旦那様はそんなことを知っているんだろう?
「相手は誰だ?」
「護衛のタイラー様です。」
「タイラー……それで、何の話をしていたんだ?」
「いや、さすがに内容を話すのはちょっと……」
流石に旦那様と言えど、今日の話は教えられないだろう。
「そうか……もういい。」
そう言うと、旦那様は振り向き、そのまま歩いていく。
……というより、何故、不機嫌なんだろう?
私、何かしたかな?
首を傾げながら、部屋へ戻っていく旦那様の背中を見送る。
……あ、そういえば
「旦那様。」
「なんだ?」
私は慌てて駆け寄ると、振り向いた旦那様にお守りを差し出した。
「これは……」
「以前言っていたお守りです。本当なら、もっと早く帰る予定だったんだけど、作るのに時間がかかってしまって。」
これが原因ではないと思うけど、とりあえず遅くなった理由として渡しておいた。
実際、間違ってはいないしね。
でも、旦那様は何も言わず、ただ無言でお守りを見つめている。
やはり、気に入らなかっただろうか?
「あ、気に入らなかったら、捨ててもらって結構ですよ。」
ぶっちゃけ安物だし、市場の方がもっといい物が売っていると思う。
「いや、大切にする。ありがとう、エリー。」
そう言った旦那様は、いつものように微笑んだ。
「気に入ってもらえたのなら、何よりです。」
どうやら、これで機嫌は直ったようだ。
しかし、主人の機嫌を損ねるとは、お嬢様のメイドとしてはあるまじき行いだ
また明日から、もっと精進しよう。




