エリーの休日①
旦那様の専属メイドとして働き始めて、早一か月。 今日は月に一度の休暇の日だ。
なんでも、お嬢様が私の休暇を月に一度必ず設けるよう契約していたらしく、今日は完全な休暇となっている。 そのため、メイド服を着ることすら禁止されていた。
確かに、この一か月は旦那様に同行して各地を調査して回り、目まぐるしい毎日を過ごしていた。 だから休みをもらえるのはありがたい。
……けれど、いざ休みになると、何をしていいのか分からない。
働いていないと、どうにも落ち着かないのだ。
お嬢様のもとにいた頃は、紅茶を淹れる練習をしたり、アリサやカリーナたちと街へ出掛けたりして過ごしていた。
けれど今は二人もおらず、公爵家には専属の料理人や使用人がいるため、気軽に厨房を借りるわけにもいかない。
……そうなると、やることが思い浮かばない。
なので私は、久しぶりに元の屋敷へ顔を出すことにした。
「ただいま戻りました~」
私は一か月ぶりとなる屋敷の扉を、何故か少し緊張しながら開けた。
中はしんと静まり返り、人の気配はない。
恐らく、お嬢様たち三人はすでに王都へ向かったのだろう。
私は誰もいない屋敷をゆっくりと見て回る。
まだ一か月しか経っていないというのに、誰もいないせいか、まるで何年も帰っていなかったような、不思議な懐かしさを覚えた。
……そして気が付けば、私はいつもの癖で掃除を始めていた。
例え誰も使っていない屋敷だろうと手を抜くつもりはないと、徹底的に掃除をするつもりだったが、やはり人が住んでいないのとまだ空き家になってから日も浅いので特に汚れているという事はなく。
掃除は昼前には終わっていた。
そして、再び暇になった私は、せっかくだからと誰もいない庭へ出て、そのまま芝生に寝転がった。
「暇だ……」
流れていく雲を眺めながら、小さく呟く。
今頃、アリサたちは何をしているのだろう。
やっぱり王都での生活を楽しんでいるのかな。
それとも、お嬢様と一緒にまた何か騒動を起こしているのだろうか。
たった三か月。
……それなのに、その三か月がとても長く感じる。
旦那様は優しいし、使用人たちも親切だ。
仕事にもやりがいがあり、不満なんて何一つない。
それでも、やっぱりお嬢様が恋しかった。
「我慢よ、エリー・トワイト。この我慢がお嬢様と再会した時の喜びを何倍にもしてくれるのよ。だから我慢、我慢!」
私はそう自分に言い聞かせると、大きく伸びをした。
「よし、せっかくの休みだし、午後は街へ行ってみようかな。」
気持ちを切り替え、私は街へ向かうことにした。
―― キリアン視点
落ち着かない……。
私は机に積まれた書類へ目を通し、黙々と仕事をこなしていたが、どうにも気持ちが落ち着かない。
原因はやはりエリーが不在の事だろう。
この屋敷に来てからは、エリーが常に私の隣にいて、書類を整理し、お茶を淹れ、必要な物を何も言わずとも用意してくれていた。
しかし今日は、エリーの休日だ。
メイドとしての仕事は他の使用人たちが交代で務め、公務の補佐はレジンが担当している。
普段は一人でも何の問題もなくこなしていたはずなのに、今となっては、どれだけ彼女に支えられていたのかを思い知らされる。
……たった一日傍にいないだけでいないだけで、これほど調子が狂うとは。
仕事自体は滞りなく進んでいる。
それなのに、何かが足りない。
どうやら私は、仕事を手伝ってくれるメイドとしてだけではなく、エリーという存在そのものを、いつの間にか当たり前のように傍に求めていたらしい。
エリーに会いたい……。
そう考えた途端、私は自然と席を立っていた。
「机に向かってばかりでは体が鈍る。少し外の空気を吸ってくる。」
「かしこまりました。」
レジンは引き留めることなく一礼する。
私はそのまま執務室の扉へ向かい、取っ手に手を掛けた。
「キリアン様。」
「……何だ?」
「ちなみに、本日エリーは屋敷にはおりませんぞ。」
「なんだと⁉」
思わず大きな声を上げてしまい、私は慌てて一つ咳払いをした。
「……べ、別に私は散歩に行くだけで、エリーを探しに行くわけではない。」
「もちろん存じております。」
「……ちなみに、どこへ行ったのだ?」
「はい。ここにいると仕事をしてしまいそうだと言って、元のお屋敷へ戻られました。」
「そうか……」
出来ることなら訪ねたい。
だが、あそこはリリスの屋敷だ。
本人が不在とはいえ、どこに誰の目があるか分からない。軽々しく足を運ぶわけにはいかない。
私が諦めて席へ戻ろうとした、その時だった。
コンコン――。
執務室の扉がノックされると思わず振り返った。
「キリアン様、お茶をご用意しました。」
「……入れ。」
扉の向こうから聞こえてきたのは、エリーではない別のメイドの声だった。
入ってきたのは、普段エリーがよく面倒を見ている二人の新人メイドだ。
二人は丁寧に紅茶を淹れ、私の前へそっと差し出した。
一口含む。
「……」
「あの……お口に合いませんでしたでしょうか?」
「いや、悪くない。」
実際、不味いわけではない。
エリーに教わっているだけあって、新人にしては十分に美味しい紅茶だった。
……だが。
普段からエリーの淹れた紅茶を飲んでいるせいか、どうしても物足りなさを感じてしまう。
「やはり、先輩みたいには上手く行きませんね。」
「そりゃそうでしょ、先輩はお嬢様に飲んでもらえるようにすっごい練習したって言ってたし。」
確かに、あの気難しい義妹に認められる紅茶を淹れようとすれば、並大抵の努力では足りなかっただろう。
あの紅茶を淹れられるようになるまで一体どれだけ練習したのか……
そう考えると、私はエリーのことを何も知らないのだと気付かされる。
「そういえば、さっき買い出しに行ったときに街でエリー先輩を見かけましたよ。」
「……本当か?」
「はい。男の方と一緒にカフェへ入っていくところでした。」
「男だと⁉」
思わず大声を上げてしまい、執務室の空気が一瞬静まり返る。
声を荒げた私に、新人メイドたちは揃って頷いた。
「はい。とても格好いい方でしたよ。」
「もしかしたら、エリー先輩の婚約者だったりして。」
「年齢を考えれば、おかしくはないよね。」
「い、いや、そんなことは……」
思わず否定しかけたが、その先の言葉は出てこなかった。
……いや、そんなはずはない。
そう思いたい。
だが、エリーは貴族の令嬢だ。
年齢を考えれば婚約者がいても何ら不思議ではない。むしろ、いない方が珍しいくらいだろう。
私には、それを否定できる理由が何一つなかった。
……と、とりあえず、帰ってきたら本人に聞いてみよう。
そう自分に言い聞かせながら仕事へ戻ったものの、その日の執務内容は、後になって思い返してもほとんど記憶に残っていなかった。




