視察
公爵家の屋敷にも人手が集まり始めると、旦那様も本格的に公務へ取り掛かるようになった。
騎士団を率いて周辺地域の調査を行い、人手不足で後回しになっていた町や村からの陳情に対応し、さらには徴税や領地運営の監督までこなしている。
その仕事量は、私がここへ来たばかりの頃とは比べものにならないほどだった。
私もメイドとしての仕事をこなしながら、旦那様の身の回りの世話や公務の補佐に追われる毎日を送っていた。
そして旦那様は今日、挨拶も兼ねて公爵領内にある近隣の町へ赴くことになってのだが……
「あの……旦那様。何故、私もご同行を?」
何故か私は旦那様と同じ馬車に乗せられていた。
「君は他の者とは違った視点を持っているからな。視察をしながら、気になったことがあれば遠慮なく教えてほしい。」
「は、はあ……」
そう言われても、私なんかの考えが役に立つとはあまり思えない。
「安心してくれ、政務の仕事をさせるようなことはしない。基本は傍にいてくれるだけでいい。」
「わかりました。キリアン様。」
私が返事をすると、何故かキリアン様は少しだけ眉をひそめた。
だが、それ以上は何も言ってこなかったため、私も深く考えず、そのまま馬車に揺られていた。
そして町へ着いてからは指示通り旦那様の隣に控え、公務の様子を見守っていた。
話の内容を聞くに、現在この町では特産品を見つけるために、様々な作物を育てているらしいが、あまり成果は出ていないらしい。
私も何か気になることはないかと注意深く見ていたものの、特に問題は見当たらず、結局、終始隣に立っているだけになってしまった。
それだけでは申し訳なく思い、せめてメイドとしてできることをしようと、旦那様が町長さんと話している間、お茶の用意を任せてもらうことにした。
公爵家のあるセントロールと違って、ここは小さな町だ。
上等な茶葉などあるはずがない。ならば、淹れ方で勝負するしかない。
「どこまで美味しく淹れられるか……ここは私の腕の見せどころですね」
そう気合を入れながら準備を始めた。
しかし――
「え……なにこれ……」
町長の奥さんから手渡された茶葉を見た瞬間、私は思わず固まった。
それは、公爵家で普段使われているものよりも、さらに上質な茶葉だった。
「あの、奥様……この茶葉はどちらで?」
「あ、すみません。この町で育てているのですが、やはり領主様にお出しするような代物ではありませんでしたね。」
奥様は申し訳なさそうに頭を下げた。
……どうやら、この茶葉の価値をご存じないらしい。
けれど、それも無理はない。
紅茶は、茶葉だけで味が決まるものではない。どれほど上質な茶葉でも、淹れ方ひとつでその香りや味わいは大きく変わってしまう。
一般の人が紅茶の正しい淹れ方を学ぶ機会など、そう多くはないだろう。
私だって、メイドになりたての頃は何度も失敗を繰り返したものだ。
それに、この町の水は少し鉱物分が多いようで、茶葉の香りや甘みを引き出すには、少々条件が悪いのかもしれない。
私は早速、お茶の準備に取りかかった。
途中、普段とは違う紅茶の香りに気付いたのか、奥様も様子を見に来たので、同じ茶葉を使っていることを伝えながら、淹れ方のコツも交えて作業を進めていく。
やがて紅茶が淹れ上がると、私は旦那様と町長さんのもとへ運び、一人ずつカップに紅茶を注いで静かに差し出した。
すると、立ち上る芳醇な香りに誘われたのか、二人は話を中断し、一斉にティーカップへ視線を向ける。
「……この紅茶は、初めて嗅ぐ香りだな。最近仕入れた新しい茶葉か?」
「……味もとても素晴らしいですな。さすがは公爵様、お持ちになる茶葉も一級品のようで。ですが、私のような者にまで振る舞っていただくのは、少々もったいない気が……」
「いいえ。この紅茶に使用した茶葉は、この町で採れたものですよ。」
「なんと⁉」
そう聞いた町長さんがマジマジと茶葉を見つめた。
「確かによく見れば、いつもの茶葉にも見えます。何故これほど違うのでしょう?」
「淹れ方に問題があったのだと思います。この茶葉はとても上質ですが、少し癖がありますので。」
「そういうことですか。しかし、淹れ方だけでここまで変わるものなのでしょうか?」
「いや、彼女の腕前もあってのことだろう。彼女は一流のメイドだからな。」
「なるほど。さすがはキリアン様。素晴らしいメイドをお抱えで。」
「ああ。私の自慢のメイドだからな。」
キリアン様が誇らしげにそう言うものだから、私は思わず頬が熱くなる。
真正面からそんなことを言われると、流石に照れてしまうので、誤魔化すように一礼すると、私は話題を変えた。
「ところで、キリアン様。この茶葉をこの街の特産品として売り出してみてはいかがでしょうか? これほどの品質でしたら、貴族の間でも流行するかもしれません。」
そうなれば、一足先に王都へ向かったお嬢様も、このお茶を召し上がる機会があるかもしれないし。
「確かにな。これほどの品質なら、貴族の間でもたちまち評判になるだろう。よし、そうと決まれば、この茶葉を屋敷でも取り入れよう。王家主催の晩餐会の折にも振る舞えば、良い宣伝になるはずだ。」
そう言うと、キリアン様はその場にあった茶葉をすべて買い取り、今後も公爵家で継続して買い上げることを約束した。
帰り際、町長さん夫婦が何度も頭を下げながら見送ってくれる姿が、馬車の窓から見えていた。
やがて町が見えなくなり、私が窓から視線を戻し、ふと前を見ると、キリアン様がなにやらじっとこちらを見つめていた。
「あの、どうかしましたか?」
「いや、やはりエリーを連れてきて正解だったと思ってね。」
「ご期待に応えられたのなら何よりです。」
「いや、期待以上だ。」
キリアン様は穏やかに微笑む。
「これからも、是非私を支えてほしい。」
「勿論です。」
それは、メイドとしてこの上なく光栄な言葉だった。
私は自然と笑みを浮かべながら、大きく頷いた。
「あと、それとなんだが……」
すると、先ほどまでの堂々とした態度とは打って変わって、どこか言いづらそうに視線を逸らした。
「馬車の中には私たちしかいない。だから、いつものように名前で呼んでほしい。」
そう言って、キリアン様は少し照れくさそうに頬を掻いた。
いつもの呼び方というと……『旦那様』ということだろうか?
確かに外では立場上『キリアン様』と呼んでいる。
……仕方ないとはいえ、やはり旦那様も慣れない呼ばれ方をされると気になるのかもしれない。
まあ、確かに普段と違う呼ばれ方をされると、少し落ち着かないものだよね。
「わかりました、旦那様。」
私が旦那様に言われた通り呼び直すが、何故か旦那様は一瞬動揺を見せると窓に視線を移した。
そして、それ以降屋敷に帰るまで馬車の外を見続けていたのだった。




