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お守り

「えーと、という訳で、引き続き専属メイドをやらせてもらうことになりましたのでこれからもよろしくお願いします。」


 そう言って改めて挨拶すると、集まった屋敷の皆から拍手が上がり、私は少し照れくさくなりながら頭を掻いた。

 本当なら、今日は契約終了の日だったため、お別れの挨拶をする予定だったのだけれど、昨夜になって旦那様から専属メイドの延長を頼まれ、再び皆と働くことになった。

 正直なところ、私としてはかなり複雑な気持ちだった。

というのも、お嬢様はもうすぐ王都へ引っ越す予定なのだが、次の期間は最長二ヶ月との事。

 そうなれば、私だけがこの領地に残ることになる。


 本音を言えば断りたかった。

 だが、この十日間で旦那様の仕事がどれほど忙しいかは十分に理解している。

 待遇も良いし、お嬢様からも既に了承を得ているという話だったので、断る理由もなかった。

 そして何より――


「駄目だろうか?」


 ……と、旦那様はまるで助けを求めるような目で頼んできた

 私は前世の頃から、こうして誰かに頼られると断れない性格だったので結局、複雑な気持ちは胸の内にしまい込み、笑顔を作って了承したのである。


 ……まあ、お金も貰えるし、二か月だけだ。

 学園へ入学する頃には、お嬢様のところへ戻れるだろう。


 お嬢様もそのつもりで契約期間を二か月にしたはずだしね。

 そう考え、私は納得することにした


「先輩、まだ一緒に働けるんですね!」

「私も嬉しいです!」

「あはは、ありがとう。」


 ポアンとイルカが目を輝かせながら歓迎してくれる。

 赤と青の対照的な髪色をした二人のメイドは、空いた時間によく仕事を教えていたこともあり、すっかり懐いてくれていた。

 まだ十四歳の、愛らしい後輩たちである。


「今日は、一日かけて王都から使用人たちが到着する予定ですので。エリーには新しく雇った使用人たちの案内を頼みます。」

「かしこまりました。」


 私はレジンさんに返事をすると早速仕事を始める。

 部屋の準備は既に終わっているので、午前中は普段通り掃除を行い、そして午後からはレジンさんから受け取った名簿を片手に、続々と到着する使用人たちを迎え入れていく。


 今回集められた使用人の多くは、領内の街で募集された者たちで、全員同じ馬車に乗り合わせてやって来ている。

 新たに雇われた者もいれば、王都の屋敷で働いていた使用人の中から志願して来た者もいた。

 レジンさんが自ら選んだだけあって、旦那様目当てのような貴族令嬢はほとんどおらず、大半が既婚者か平民の女性である。


 そのためか、皆礼儀正しく、人当たりの良い者ばかりだった。


 使用人たちへの部屋の割り振りを終えると、その場はイアンとポルカに任せて、私は次に、王都から到着した公爵家の騎士たちを兵舎へ案内することにした。


 兵舎は屋敷から少し離れた場所にあり、馬小屋や訓練所の位置なども併せて案内していく。

 とはいえ、騎士たちの多くは元々この領地に所属していた者たちらしく、大半は既に勝手知ったる様子だった。

 そのため、軽く説明を受けると、それぞれ自由に目的地へ向かっていく。

 そして、その中に見覚えのある顔を見つけた。


「あ、もしかして、ディル?」


 私が、思わずその名を口にすると、名前に反応した騎士がこちらを振り返った。

 そこにいたのは、およそ二年ぶりに再会するディルだった。


「お前、エリーか?」

「うん、久しぶりね。」


 私は挨拶を交わすと、ディルのもとへ歩み寄った。


「なんだ、リリスお嬢様からキリアン様に乗り換えたのか?」

「そんなわけないじゃない。お嬢様を馬鹿にした旦那様の専属メイドをぶん殴ってやめさせた代わりに今、私が臨時で専属メイドをしているの。」

「ハハハ、お前らしいな。」


 そう言って笑うディルは、本邸で数少ない気軽に話せる相手で、公爵家が王都へ移るまでは、何かと交流があった騎士だ。


「ディルは、こっちに志願してきたの?」

「ああ。王都は……というより、屋敷の人たちとあまりうまくいってなくてさ。」


 ディルは苦笑しながら頬を掻く。

 まあ、元々こちらにいた頃から、ディルは相手によって態度を変えたり、陰で何か言ったりする使用人たちが苦手だと言っていたしね。

 そう考えると、むしろこちらへ来られて良かったのかもしれない。


 私は改めて二年ぶりに再会したディルへ目を向けた。

 以前より随分と鍛えたのだろう。体つきが一回り大きくなり、良い筋肉の付き方をしている。

 私もこの二年で鍛えたし、今度手合わせでもしてみようかな?

 そんなことを考えながらディルの姿を眺めていると、ふと胸元に見覚えのあるアクセサリーが目に留まった。


「あれ? それって……」

「ああ、二年前にお前から貰ったお守りだ。」


 私が指差すと、ディルは首から外して見せてくる。

 それは二年前、ディルにお守りが欲しいとねだられて作ってあげたものだった。


 時間も経っているため、端の方は擦り切れ、紐も色褪せている。

 それでも、大切に使ってくれていたことは十分に伝わってきた。

 こんなに大事にしてもらえていたのなら、作った甲斐があったというものだ。


「こんな古いの、もう効果なんてないんじゃない?」

「はは、そうかもしれないけど、なんか捨てるのも申し訳なくて……」


 まあ、その気持ちは少しわかる。

 特にお守りの類は、何となく罰が当たりそうな気がするしね。

 ……よし!


「じゃあ、新しいのを作ってあげようか?」

「本当か?」

「うん、別に難しい材料で作ってるものじゃないからね。」


 お嬢様やアリサたちに作ったものは、お嬢様の仕事について行った際に手に入れた特別な素材を使っているため、今は同じものを簡単には用意できない。

 だが、ディルに作ったお守りは市販の材料だけで作ったものだ。材料さえ買えば、すぐにでも作り直せる。


「そうか。じゃあ悪いけど――」

「こんなところで何をしている?」


 その瞬間、背後から低い声が響いくと、私は弾かれたように振り返る。

 するとそこには、厳しい表情で腕を組む旦那様の姿があった。


「だ、旦那様……」

「こんなところで油を売っている暇があるのか?」

「申し訳ございません。」


 私が何かを言うより早く、ディルが片膝をついて頭を下げた。


「お前は?」

「はい、新しくこちらに配属されることになった、ディル・スケールと申します。」

「そうか、ならさっさと兵舎に行って荷物を降ろしてこい。」

「はっ、申し訳ございません。」


 ディルは言い訳もせずに、謝罪の言葉を述べるとすぐに兵舎の方へ向かった。

 彼が去り、この場に残るのは旦那様と私だけになると、私も頭を下げる。


「申し訳ございません。私が彼を引き留めてしまいました。」

「……あの男とは仲がいいのか?」

「仲がいいというほどではありませんが、彼がこの地にいた頃に何度か話をしていました。」

「そうか、それで、さっきは何の話をしていたんだ?」

「え?まあ、昔私があげたお守りがボロボロになっていたので、作り直してあげようかという話を――」

「お守り……」


 旦那様は眉間に皺を寄せたまま黙り込む。

 ……?

 お守りの何が気になったのだろう。


「なら、私にも作ってもらえないだろうか?」

「え? は、はい。それくらいお安い御用ですけど?」

「そうか。なら、今日のことは不問にしよう。」


 そう言うと、旦那様はいつもの笑みを浮かべ、その場から去っていった。


 ……本当に何だったのだろう。


 旦那様なら、私のお守りなんて必要ないと思うのだけれど。

 まあ、頼まれたのなら仕方がない。


 ……それに、仕事をさぼっておしゃべりしていたのも事実だし、気を引き締めないと。


 私は両手で頬を軽く叩くと、気持ちを切り替えて仕事へ戻った。

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