イベント回収②
街へ行くことが決まると、私は外出用の服へ着替え、素性を隠すためのローブを二人分用意した。
そして片方を旦那様へ渡し、自分もローブを羽織る。
旦那様は「別に隠す必要はない」と言っていたが、この人はお嬢様と同じく無駄に顔が良く、貴族らしい雰囲気もある。
そんな人がギルドへ入れば、間違いなく目立つだろう。
そうなれば、冒険者たちも緊張してしまうかもしれない。
私は「普段のギルドの様子を見てもらいたいんです」と説明すると、旦那様も納得したように頷いてくれた。
最初は馬車を使う予定だったのだが、目立たないようにするなら馬車も使わない方がいいだろうと、旦那様の提案で、普段通り二人で歩いて向かうことになった。
「そういえば旦那様は、セントロールの街を見て回るのは初めてですか?」
街へ向かう道中、私はふと気になって尋ねる。
「ああ。私はエトワール家の次期当主として迎えられた男だからな。引き取られてからは、王都の屋敷でほとんど鍛錬と勉学漬けだった。その後はすぐ学園へ通うことになったから、こちらへ来たのも……あの時くらいだ。」
あの時というのは、お嬢様と顔を合わせた時のことだろう。
しかし、それは少し寂しい。
……よし!
「では、せっかくですし、街のお店も見て回りませんか?」
「いや、しかし、あまり時間をかけるのは――」
「依頼を受けるわけではありませんし、急ぐ必要もありません。それに、次期領主になるのなら、市場の様子を知っておくのも大切ですよ。」
私がそう言って説得すると、旦那様は少し考えた後、小さく頷いた。
それから街へ着くと、私はギルドへ向かいながら、旦那様に街を案内していく。
私は街を案内する口実として市場調査と言ったのだが、旦那様は本気で視察するつもりらしく、周囲の様子を真剣な表情で見回しながら、ゆっくりと街を歩いていた。
一応ローブを羽織っているので顔は隠れているのだが、それでも時折覗く顔立ちだけで、すれ違う女性たちが思わず足を止めて見惚れている。
中には振り返る人までいた。
……これが人気攻略キャラの魅力か。恐るべし。
ただ、旦那様がそれを不快に思わないか少し不安になる。
私は横目でそっと様子を窺った。
幸い、旦那様はそんな視線など気にも留めず、市場調査に集中していた。
「……やはり、資料で見るのと、実際に見て回るのでは違うな。」
旦那様がぽつりと呟く。
「街の賑わいや、人々の表情までは資料では分からなかったが……皆、生き生きしている。」
そう言って、旦那様はどこか嬉しそうに周囲へ目を向けながら、その後も真剣な表情で街を見て回っていた。
やがてギルドが見えてくると、旦那様がふと立ち止まる。
「懐かしいな。君と街で出会ったのも、この辺りだったな。」
そう言って、旦那様はギルド近くの通りへ視線を向けた。
そこは、私が飛び出し、旦那様と初めて言葉を交わした場所だ。
確か、ギルドへ用事のあったアリサを待っている間に出会ったんだっけ?
「会ったのはあれっきりだったが、王都に帰った後も不思議と印象に残っていたよ。」
まあ、馬車の前に急に飛び出してきたメイドに魔法を教えるなんてまずないからね。
「あの時は馬車の前に飛び出した上に魔法まで教えていただいて、ありがとうございました。」
「いや、私も楽しい時間だったからな。」
そう言うと、旦那様は再び歩き出し、私もその後に続く。
やがてギルドの前まで来たところで、今度は私が立ち止まった。
「あ、一つ言い忘れていましたが、私はギルドでは“ノゾミ”という名前を名乗っていますので。」
「ノゾミ? その名前はどこから来たんだ?」
「適当です。」
前世の名前だと言っても分からないだろうし、私は適当に誤魔化しておく。
「……そうか。まあいい。いつか、その名前の意味を話してくれることを期待しておこう。」
そう告げると、旦那様は少しだけ不満そうな顔をしながら、ギルドの扉を開けた。
ギルドの中は喧騒に包まれており、その騒がしい空気に、旦那様はわずかに眉を顰める。
「……騒がしいな。」
「まあ、ギルドですから。」
「まあいい。とりあえず、ギルドマスターに挨拶をしよう。」
そう言うと、旦那様は真っ直ぐ受付へ向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「キリアン・エトワールだ。最近この街を任されることになった。ギルドマスターに挨拶をしたい。」
そう言って、旦那様が紋章入りの身分証を見せると、受付嬢は目を見開き、慌てた様子で奥へと駆けていった。
旦那様はその間、じっとギルドに併設された酒場の方へ視線を向けていた。
「どうですか?ギルドは?」
旦那様にギルドの印象を尋ねる。
「やはり、騒がしいのは嫌いだ……だが……」
キリアンは周囲に耳を傾ける。
「今回の、魔物討伐で奥までいったんだけど、先月と比べてウルフの動きが活発になってる気が――」
「東にある森だが、比較的安全だし子供たちに薬草を摘ませるにはちょうどいいかもな。」
「……皆、私が思っていたより真剣に取り組んでいるんだな。」
「そりゃそうですよ、冒険者は常に命のやり取りをしていますからね。」
そう考えると、冒険者というのは過酷な職業だ。
それでも多くの人が冒険者になるのだから、やはりそれだけの魅力があるのだろう。
その後、旦那様はギルドマスターが来るのを静かに待っていた。
すると突然、酒場の方から怒鳴り声が響いてきた。
「なんだとてめえ!ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
「ふざけてんのはてめえだろうが!」
男二人が立ち上がり、互いの胸ぐらを掴み合う。
二人は酒場でよく口論している顔馴染みで、周囲も止めるどころか面白がって囃し立てていた。
せっかくギルドへの印象が変わりつつあったのに、旦那様は再び険しい表情を浮かべる。
……仕方ない。
私は仲裁へ向かうことにした。
「待て、どうするつもりだ?」
「仲裁してきます。」
「危険だ。」
「大丈夫ですよ。二人とも顔見知りですから。」
旦那様の制止を受け流しながら、私は言い争う二人へ近づいていく。
すると、旦那様もその後を追うようについてきた。
「あのー、すみません。何を騒いでいるんですか?」
「なんだてめえ……って、ノゾミじゃねえか。」
「お前が男連れとは珍しいな。そいつ、お前の男か?」
「違います。この方は、この街を新しく任されることになったキリアン・エトワール様です。」
そう紹介すると、旦那様はローブを外し、皆へ顔を見せた。
「なんだ、新しい領主様か?」
「随分若いな。」
「見て、あの人すごく綺麗……。」
「ギルドの男連中とは別の生き物だわ。」
周囲の視線とざわめきに、旦那様の表情が徐々に険しくなっていく。
これ以上機嫌を悪くされる前に、私は話を進めることにした。
「それで、何の話をしていたんですか?」
「せっかくだ、領主様にも聞いてもらおうじゃねえか!」
「ああ、どっちの言い分が正しいか決めてもらおうぜ!」
「……いいだろう。」
そう言われると、旦那様も渋々頷いた。
「それで、一体何を揉めていたんだ?」
「ああ。もし魔物に襲われている村があった場合、村人の救出と魔物の討伐、どっちを優先するべきかって話をしてたんだよ。」
「な、何?」
予想外の内容だったのか、旦那様が思わず声を上擦らせる。
「そんなもん、村人の救出に決まってるだろ! 人の命より大事なもんなんてねえ!」
「何言ってやがる! そこで魔物を逃がして被害が広がったらどうするつもりだ⁉」
「だからって、助けられる命を見捨てていい理由にはならねえだろうが!」
「……なら、救出と追撃に分かれて動けばいいんじゃないか?」
旦那様がそう口を挟むと、二人は揃って鼻で笑った。
「ハッ、それは戦力に余裕のある貴族の考えだな。」
「俺たち冒険者は、いつだって大人数で動けるわけじゃねえ。だから、その場でできることには限界があるんだよ。」
「その中で、何を優先するのが一番得策かって話をしてんだ。」
「む、むう……」
そう言われた旦那様は、本気で考え込み始める。
「チッ、しらけちまったな。ま、今度カリーナにでも聞いてみるか。」
二人はそう言うと、先ほどまで口論していたのが嘘のように酒を飲み始めた。
……いや、この人たち、目の前にいるのが公爵家の人間だって分かっているのだろうか。
「あ、あの……あまり気にしないでくださいね。」
「いや、彼らの言うことはもっともだ。今後、同じような状況に直面した時、どう動くのが最善なのか……改めて兵たちとも議論する必要があるな。」
そう言うと、旦那様は先ほどの話を忘れぬうちにと、手帳へ書き留め始めた。
「それにしても、私は冒険者というのは、腕っぷし自慢の荒くれ者が成り上がるための職業だと思っていた。だが、皆これほど真剣に依頼や街のことを考えていたとはな……。先入観に縛られていた自分が情けない。」
そう言って、旦那様は少し悔しそうに視線を落とした。
……まあ、実際は荒っぽい人が多いのも事実なんだけどね。
「エリー、ありがとう。」
「はい?」
「君が街へ誘ってくれなければ、私は彼らをただの荒くれ者だと思い続けていただろう。」
「旦那様の考えが改まったのなら何よりです。私も、旦那様にギルドを気に入っていただきたかったので。」
いずれは、お嬢様への印象も変えてもらえるよう頑張ろう。
その後、ギルドマスターへの挨拶を終えた旦那様は、今後ギルドとの連携を深めていくことを約束し、私たちは屋敷へ戻った。
……あれ?
そういえば、これって本来は主人公のローズがやるイベントじゃなかったっけ?
……まあいいか。
今さら原作通りに進むとも思えないし。




