表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/49

派遣のお仕事②

 皆への挨拶を終えた私は、早速、執事長のレジンさんから専属メイドとしての仕事について説明を受けていた。

 どうやら専属メイドである私の主な役目は、旦那様である。キリアン様の身の回りの世話らしい。

 主に部屋の掃除や食事の用意を担当し、あとは仕事に合わせて補助を行っていく形になる。

 元々はレジンさんが担当していた仕事で、私はその一部を引き継ぐことになったようだ。


「よし!」


 私は気合を入れると、まずキリアン様が執務室で仕事をしている間に、自室の掃除を始めた。

 ……しかし。


「終わってしまった……」


 開始から、わずか十分ほどで掃除は終わってしまった。


 勿論、手を抜いた訳ではない。

 いつも通り、部屋の隅々まで徹底的に掃除した。

 だが、そもそも部屋自体が綺麗すぎたのだ。


 長く使われていなかったせいで多少埃は積もっていたものの、それ以外に汚れや乱れはほとんど見当たらなかった。


 というのも、旦那様がこの屋敷に来てから数日が経っているにもかかわらず、部屋にはあまり生活感がない。


 やはり、仕事に没頭しているのが原因なのだろう。

 エトワール公爵領は広大で、領内にはいくつもの街や村が存在する。

 領地が大きい分、税収も多い。だが当然、その分だけ問題も発生する。

 にもかかわらず、これまで公爵は領地運営を代官たちへ任せきりにしていたらしい。


 報告書もろくに確認せず、本人は王都での権力争いや派閥強化ばかりに力を入れていたとか。


 その結果、旦那様が領地を任されるようになってから、長年積み重なっていた問題や代官たちの不正が次々と明るみに出た。


 今、旦那様はその対応に追われているらしく、旦那様は、先ほど私を皆に紹介した後も、仕事をするためにすぐ執務室へ戻っていった。

 しばらくは執務室に籠もりきりになりそうだ。


 恐らく、この部屋も眠る時にベッドを使う程度なのだろう。

 こんな状態なら、専属メイドなど必要ないのでは?とも思った。

 だが、レジンさんの話によれば、旦那様は放っておくと延々と働き続けてしまうらしい。

 他の使用人たちは屋敷の受け入れ準備で忙しく、旦那様一人を見張り続けるのは難しい。

 だからこそ、その役目を私が任されたという訳だ。


 ……とはいえ、ずっと傍で監視するのも気が散るだろう。


 とりあえず私は、昼食と夕食、それから休憩を取らせるために十五時頃を目安に、旦那様の様子を見に行くことにした。


 私は部屋の掃除を終わらせたあと、そのまま他のメイド達の元へ行き、屋敷の掃除も行った。

 そして昼頃になると、昼食の準備に取り掛かる。

 私は、紅茶とお手軽に食べられるサンドイッチを用意して、旦那様のいる執務室へと向かった。


 部屋の扉を二度ノックすると、中から返事が聞こえた。


 用件を伝えて許可を得ると、私は静かに扉を開ける。


「失礼します。」


 一礼して部屋へ入ると、室内は窓際に執務机が置かれているだけの、実に簡素な造りになっていた。


 その机には大量の書類が山積みになっており、その奥では旦那様が黙々と仕事を続けている。


「旦那様、昼食をお持ちしました。」

「ああ、そこに置いておいてくれ。」


 旦那様は顔も上げず、書類へ視線を落としたまま答える。


 しかし――


「えーと、どこにですか?」


 机の上は書類で埋め尽くされており、食事を置けそうな場所が見当たらなかった。


「ああ、じゃあ床にでも……置いてくれ。」


 そう言われて床へ視線を向ける。


 ……だが、その床にまで書類が積み上がっていた。


「……床にも置けません。」

「そうか。なら後で食べるから、部屋の前にでも――」

「いいえ、駄目です。」


 私は即座に言い切った。


「私は専属メイドですので、旦那様がきちんと食事を取るところを見届ける義務があります。机が空くまで、私が持っておきます。」


 そう告げると、旦那様はようやくこちらへ視線を向け、観念したように小さくため息を吐いた。


「……わかった。なら、すぐ机を片付けるから少し待ってくれ。」

「あ、もし差し支えなければ、私が整理してもよろしいでしょうか?もし、見られてはいけない資料があるのでしたら、目隠しをして作業しますので。」

「いや、特にみられても問題ない。宜しく頼む。」


 返ってきたその言葉に頷くと、私は早速机の整理を始めた。

 片手が昼食で塞がっていたため、いつもより()()時間は掛かったものの、机を片付け終えると、空いた場所へ昼食を並べていく。


「どうぞ。」

「あ、ああ……。」


 私が笑顔で促すと、旦那様は少し戸惑った様子を見せながらも、食事へ手を伸ばした。


「これは……美味いな。」


 そう呟きながら、旦那様は次々とサンドイッチを口へ運んでいく。

 サンドイッチの具材には、疲れた頭に効く甘みのある果物や、目の疲れに良いベリー類を使ってあり、紅茶はリラックス効果のあるハーブティーとなっている。


 ……それにしても。

 私は改めて、机の上に積み上がった大量の書類へ視線を向けた。

 なるほど、これは確かにレジンさんが心配するのも無理はない。


 ……よし。


『ワーキング・ワーニング』


 私はこっそり、お嬢様のために編み出したオリジナルの補助魔法――通称『メイド魔法』を発動する。

 これは、本来相手の状態を確認する『スコープ』という魔法を応用したもので、対象の疲労度を数値化できる魔法だ。


 街の人たちから取ったデータを基にした私の基準では、大体四十%を超えると注意が必要だと判断しているのだが――


 ――疲労度、七十%。


 ……これはかなり危険な数値ですね。


 下手をすれば、そのまま倒れてもおかしくない。


「美味しかった。ありがとう。では、また仕事に――」

「駄目です。」


 私は再び、きっぱりと言い切った。


「集中していて気づいていないのかもしれませんが、今の旦那様は疲労が溜まりすぎています。このままでは、いつ倒れてもおかしくありません。もう少し休憩を取ってください。」

「しかし、このままでは仕事が――」

「旦那様、焦ってはいけません。疲れを残したまま仕事をすれば、集中力が落ちて判断も鈍ります。結果的にミスへ繋がりますよ。」

「それは……確かに……」


 旦那様は反論できなかったのか、言葉を詰まらせた。


「それでは旦那様。せっかくですから、私の回復魔法を試してみませんか?」

「回復魔法?」

「はい。旦那様に教えていただいてから、私も簡単な回復魔法を扱えるようになったのですが、それを応用して疲労を軽減するオリジナル魔法を作ったんです。」


 そう説明すると、旦那様は興味を持ったように顔を上げた。


「オリジナル魔法か……面白そうだ。ぜひ頼む。」


 旦那様の意識が仕事から私へ向いたところで、私は早速その背後へ回り込む。

 そして、そっと旦那様の目元へ手を添え、水魔法を発動した。

 これは私が編み出したメイド魔法の一つ。

 目元を程よい温度の水で優しく包み込み、疲労を和らげる魔法である。


 ちなみに、この魔法はお嬢様やアリサたちにもかなり評判が良く、毎日一回は皆へ施している。


「こ、これは……」


 旦那様の声から、少しずつ力が抜けていくのがわかった。

 私はそのまま、瞼の上からゆっくりと目元をほぐしていく。


 そして、気づけば、旦那様は静かな寝息を立てていたので、私はレジンさんを呼んで、旦那様をベットに運んでもらった。

 すやすやと眠っている旦那様を見て、レジンさんは初めは少し驚きを見せていたが、その後すぐにお礼を言われた。

 旦那様は疲れが相当溜まっていたのか、そのまま夜まで目を覚ますことはなかった。


 そして夜が更けた頃。

 目を覚ました旦那様は、昼間までとは違い、どこか晴れやかな表情をしていた。


「どうやら途中で眠ってしまったようで、すまなかった。」

「いいえ。疲れが溜まっていた証拠です。しっかり休めたのなら何よりです。」

「ああ、おかげで仕事が捗りそうだ。」


 ……どうやら、またすぐ仕事へ戻るつもりらしい。


 私はこっそり、再び旦那様の状態を確認する。


 ――疲労度、二十%。


 ……うん、眠った事もあって大分疲れも取れている。これなら問題なさそうだ。


 とはいえ、また無理をされるのも困る。

 そこは専属メイドとして、しっかり管理していかないと。


「仕事に熱心なのは良いことですが、休息もしっかり取ってくださいね。」


 私はそう忠告しながら、目覚めの紅茶を差し出す。


「ああ、わかっている。」

「あと、眠っている間に誠に勝手ながら机の書類を整理させていただきました。私なりに見やすく分けたつもりなのですが、どうでしょうか?」


 旦那様は机へ視線を向けると、整理された書類へ順番に目を通していく。


「……これは。すごく分かりやすくなっている。」


 その言葉に、私は小さく胸を撫で下ろした。


「本当に君は優秀なメイドのようだな。」


 ふふ、当然です。何と言っても、私はお嬢様のメイドなのですから!


 ……という言葉は飲み込み、私は笑顔で一礼する。


「それと……なんだが、また良ければの魔法を頼んでもいいか?」


 旦那様がそっぽを向きながら、どこか恥ずかしそうにに口を開く。


「はい、ぜひ。」


 元々、疲れた人のために作った魔法なので、気に入ってもらえたのなら何よりである。


 その後、旦那様は私の忠告に従い、少しだけ仕事をした後、自室へ戻っていった。

 こうして、私の初めての専属メイドとしての一日が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ