罰
「なるほどね、それでついカッとなって殴ってしまったと?」
「はい……」
私は先ほどの出来事をお嬢様に説明し、付き添いで来てくれたカリーナと揃って頭を下げた。
「呆れた。」
「申し訳ございません……」
「まあ、いいわ。主のために怒るのは忠義の証だもの。ただ、罰は受けてもらうけどね。」
そう言うと、お嬢様は私から、背後にいるミリエラへと視線を移す。
殴った箇所は回復魔法で治したが、まだうっすらと赤みが残っていた。
「それで、今の話は本当かしら?」
「う、嘘です!そのメイドたちは嘘をついています!私は何もしていないのに、この女がいきなり殴りかかってきたのです!」
「――と、言っているけれど?」
「いいえ、すべて事実です。」
「それは私も同意します。」
私に続いて、カリーナも同調する。
「だ、そうよ。」
「っ……そんな、下級貴族のメイドの話を信じるのですか?」
「当然信じるわ。だってこの子たちは、私の愛すべきメイドだもの。逆に、どうしてあなたのような、名も知らぬメイドの話を無条件で信じてもらえると思ったのかしら?」
お嬢様が嘲るようにそう言うと、ミリエラは悔しそうに顔を赤くした。
「ということで、あなたはクビね。」
「はあ?あなたにそんな権限が――」
「勿論、ないわ。だから、あなたの主人である兄に直接言いに行くのよ。……まあ、あなたが本当に価値のある人材なら、止められるでしょうから安心しなさい。」
その言葉に、ミリエラの表情が強張る。
「という訳で、このメイドを追い出しなさい。」
「な、ちょっ――待っ――」
お嬢様の指示に従い私とカリーナは、抵抗するミリエラの両腕を掴むとそのまま外へと追い出した。
「さて、では次にあなたの処遇ね。」
「はい、いかなる罰も受け入れます。」
「いい心がけね、じゃあ行きましょうか。」
お嬢様はそう言うと、私を連れて本邸の屋敷へと向かった。
「――ということで、申し訳ないけれど、あなたの専属メイドを私の都合で解雇してしまったわ。」
「……あいつを専属にした覚えはないんだかな。通りで、あいつしか来ないわけだ。」
事情を聞いたキリアン様が、呆れたようにそう告げる。
どうやらミリエラは、自称専属だったらしい。
「とはいえ、この忙しい時に人手が一人減ったのも事実だ。」
「ええ。この件に関しては、こちらに非があるわ。ごめんなさい。」
お嬢様がそう言って謝罪すると、キリアン様が小さく息を呑む気配がした。
「……意外だな、お前が頭を下げるなんて。」
「自分に非があるなら、当然頭くらい下げるわ。」
「という事は、今までは自分に非はなかったと?」
「そういうことね。」
せっかく和らいだかに思えた空気は、そこで再び途切れた。
室内に、微妙な沈黙が落ちる。
「それで、どう責任を取るつもりだ?」
「代わりが見つかるまで、メイドを一人貸すわ。」
「お前のメイドを信用できると思うか?」
「私のことを嫌っている以上、その疑いは当然ね。でも先日も言った通り、私のメイドは私に相応しい能力を持っているわ。実力は保証する。エリー、入りなさい。」
「……エリー?」
呼ばれたタイミングで、私は扉をノックする。
「失礼します」
そして一礼してから、静かに室内へ足を踏み入れた。
「この子が、あなたのメイドに手を上げたエリーよ。」
「エリー・トワイトです。よろしくお願いいたします。」
「君は、確か……」
私の顔を見たキリアン様が、わずかに驚いた表情を見せる。
昔一度だけ会ったけど、覚えていてくれたのだろう。私は何も言わず、ただ静かに頭を下げた。
「あら、知り合いだったの?」
「三年前に、少しな。」
「そう……なら話は早いわね。この子をしばらくあなたの元へ派遣するわ。でも無理にとは言わないわ。その場合は――」
「いや、この子で構わない。」
キリアン様が即答すると、お嬢様が少し驚いた顔を見せる。
「……そう。じゃあ、エリー。しばらくお兄様の下で励みなさい。」
「はい。お嬢様のメイドとして、恥じぬ働きをお見せします。」
私は背筋を伸ばし、力強く返事をする。
しかし――
「そう、ほどほどにしてほしいところだけど。」
「え?」
お嬢様はそれだけ告げると、部屋を後にした。
気がつけば、室内には私とキリアン様だけが残されていた。
そして、キリアン様が改めて私の方を見る。
「メイドが殴ったと聞いた時は驚いたが、まさか君だったとはな。」
「申し訳ございません。お嬢様を侮辱され、つい血が上ってしまい――」
「いや、あいつも公爵令嬢だ。仕える家の人間を侮辱するようなメイドなら、多少痛い目を見るのも当然だろう。」
多少、ね……回復はしたとはいえ、まあまあ本気で殴ったからかなり痛い目にあったと思うけど。
おまけにクビにもなったし。
「それより、覚えていてくださったんですね。」
「ああ。君との出会いは、少し印象的だったからな。」
キリアン様が笑みを浮かべて告げる。
……そうだったっけ?
まあ、確かに轢きかけたメイドに魔法を教えるなんて、普通はないだろうけど、そこまで変なことはしてなかったはず。
「あれからも鍛錬は続けていたのか?」
「はい。キリアン様のお陰で、今では水の回復魔法の他に初歩の補助魔法も使えるようになりました。」
「フッ、そうか、ならば機会があれば見せてもらおう。」
「もちろんです。ええと……」
あれ?そういえば男性の場合、どう呼べばいいのだろう。
坊ちゃん?――いや、年上にそれはおかしい。
ご主人様?――それはどちらかというとお嬢様だし……。
……そうだ!
「では、これからしばらくよろしくお願いしますね、旦那様。」
「⁉」
そう呼んだ瞬間、キリアン様がぴたりと動きを止め、そのまま背を向けた。
……あれ?
「あの、もしかして失礼でしたか?」
「い、いや……構わない。これからよろしく頼む。」
どこかぎこちない声でそう返される。
……やっぱり、少し馴れ馴れしかっただろうか。
こうして私は、罰として、しばらくおじょキリアン様の下でメイドとして働くことになった。




