新シーズン
えー、月日が経つのは早いもので、前世の記憶を取り戻してからもう三年。
とうとう私は十八歳になり、前世の年齢を追い越してしまいました。
この世界では十八歳が結婚適齢期らしくて、最近は両親から貴族の次男や三男、有力商人との縁談の手紙がやたら届くのですが……まあ、当然ながらその気はない。
だから私は、ほとんど使っていない給金を仕送りとして送りつけて、黙らせています。
そもそも、私にそんなことを考えている暇なんてないのです!
何故なら、そう!
私が歳を重ねたように、お嬢様もついに十五歳になられたのですから!
十五歳になったお嬢様は、大人の女性へと近づき、それはもう、とんでもなく美しくなられた。
ゲームの立ち絵では、いじめられていた影響で猫背気味で、黒い瞳を隠すように手入れもされていない髪を伸ばしていたから気づかなかったけど……
本来のお嬢様の顔立ちは、めちゃくちゃ整っている。
髪や服装を整え、堂々と立つその姿はもはやゲームの立ち絵とは別人なのです。
それだけでも十分素敵なのに。
さらにカーミラとしての振る舞いが加わって、容姿も性格も実力も完璧。
もはや、目が合ってふっと微笑まれただけで鼻血をだすレベルです。
そして、十五歳といえば、そう!お嬢様は今年から、『ローズエンペラー』の舞台であるホーランド学園に入学することになるのです。
お嬢様はヒロイン、『ローズ』の一つ年上になるので、物語が始まる年ではないけど、もはや『ローズ・エンペラー』の物語などあってないようなものである。
まず、一番大きく変わったのはやはり私達だろう。
かつてお嬢様をいじめていたモブメイド三人は、今では私を含めて忠実な下僕になっている。
まずアリサ。
ゲームではお嬢様を裏切り、闇落ちのきっかけになる重要キャラだったのだが――
今ではメイドとしての腕前はもちろん、剣士としても大きく成長し、個人でSランク冒険者にまでなっている。
容姿も美しく、青い髪を靡かせて歩く姿は、どんな格好でも絵になる。
はっきり言って、ローズよりも綺麗かもしれない。
ただし、よく謎の被害妄想をして血の涙を流しているのが少し残念である。
カリーナは相変わらず憎まれ口を叩きつつも、お嬢様にはしっかり仕える、性悪メイドからツンデレメイドにジョブチェンジしていた。
どんな仕事もそつなくこなし、炎魔法にも長け、普通に魔物討伐までこなせる実力を持つ万能メイドである。
ただ、過去の自分の行動が未だに胸に刺さるらしく、時折思い出しては吐血している。
そして私はメイド業の傍ら鍛錬を積み、お嬢様に連れられて冒険にも出て、さらに魔法の勉強も続けた結果――
回復や補助魔法は一通り扱え、おまけに隠密行動にも長けるようになり、昔目標にしていた漫画のメイドになってきた気がする。
ただ、今のところその実力を発揮する機会はあまりない。
次に、変化があったと言えばお嬢様の妹であり、原作では悪役令嬢だったエリス。
原作ではお嬢様を虐げていたのだけど二年ほど前に王都へ移住してからは、公爵夫妻共々一度も会っていない。
ただ、街で時々耳にする噂によれば、殿下の婚約者候補ではあるらしい。
けれど原作とは違い、まだ婚約までは至っていないようだ。
そして、それと合わせて、お嬢様の良くない噂も聞こえてきている。
まあ、お嬢様は特に気にしていないみたいだけれど。
そして変わったと言えば二人の攻略キャラもそうだ。
『ローズ・エンペラー』の攻略キャラであるレオンハルト王子。
エリスとは婚約せず、あろうことか、お嬢様が公爵家と距離を置いているのをいいことに、定期的にこの屋敷へ足を運んでいる。
王都からここまではそれなりに距離があるはずなのだが……王子というのはそんなに暇なのだろうか。
そう思って側近のクレスさんに尋ねてみたところ、なんとも言えない顔で黙秘された。
ちなみに当のお嬢様はというと、まるで興味がないらしく、彼の誘いには一度も乗ったことがない。
そして第二王子のクオーツ殿下も、呪いが解けたことにより立場が変わっていた。
……まあ、そのきっかけの一端は、うっかり私が余計なことを言ったせいでもあるのだけれど。
本来ならヒロイン登場後に解けるはずの呪いは、すでに消えている。
その結果、今では兄であるレオンハルト王子と並び、社交界で人気を二分する存在になっていた。
他にもまだ出会っていない登場人物はいるけれど――
ここまで変わってしまえば、もはや原作知識なんて、あってないようなものだろう。
それに今年は、新入生歓迎も兼ねた社交デビューのパーティーも控えている。
つまり――お嬢様のドレス姿を拝める可能性があるということだ。
……いかん、想像しただけで興奮してきた。
また鼻血が――
「あら、また鼻血出してるわね。」
鼻を押さえる私を見て、屋敷の扉からお嬢様とアリサが、冒険者の格好で現れた。
「せっかく庭を掃除しているのだから、汚さないでね?」
「しょ、承知しています。ところでお嬢様、その格好……ギルドに向かわれるのですか?」
「ええ。もうすぐこの街を離れることになるんですもの、引き継ぎくらいはしておかないとね。」
そう、私たちはもうすぐ、学園に通うため王都へ移ることになる。
向こうの公爵家の屋敷はエリス達がいて暮らせないので、最近、貴族街に新しく屋敷を用意したらしい。
私は鼻を押さえたまま、お嬢様とアリサを見送る。
すると、門を出る直前で、ふとお嬢様の足が止まった。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど、一週間後に本邸の方に義兄が越してくるらしいわ。」
義兄……ああ、そういえば。
お嬢様の義兄にあたるキリアン様は、今年から跡継ぎとして領地を任される予定だったはずだ。
……このあたりは原作通り、か。
……まあ、もうすぐここを出る私たちには、あまり関係のない話だろう。
……そう、思っていたのだけれど――
私は、忘れていた。そして気づいていなかった。
この世界が、恋愛を主軸とした乙女ゲームだったということを。




