素顔③
俺は一度息を整え、カーミラへ向き直る。
そして、改めて頭を下げた。
「カーミラ・レイジー、改めて礼を言おう。お前のおかげで助かった」
「どういたしまして」
カーミラは、王子である俺が頭を下げても、一切態度を変えない。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
「ところで、結局あいつらは何者だったんだろうな?」
立ち上がったタイラーが、服についた砂を払いながら呟く。
今日襲ってきた刺客たちは、おそらく昔、俺に呪いをかけた連中と同じだろう。
だが、そこまでして俺を狙う理由が、わからない。
俺とレオンは、同じ両親のもとに生まれている。
エリスとリリスのように、露骨に優劣をつけられているわけでもない。
そして王位はすでに、兄であるレオンハルトに決まっている。
……ならば、仮に王位争いが狙いだとしても、標的はレオンのはずだ。
レオンはあらゆる面で、優れているので、俺を次期国王に推そうとする貴族もいない。
……違いがあるとすれば、髪色くらいか。
俺の髪は、レオンや両親と同じ金ではなく、銀色だ。
だがそれも、過去の血筋に由来するものにすぎず、歴代の王家にも同じ色の者は存在しており、それ自体が問題視されることはない。
……つまり。
俺が狙われる理由はない。
「……わからないな。タイラーは心当たりとかないのか?」
「さあ?俺も所詮はただの騎士ですからね。とりあえず、置いてきた連中から情報が引き出せればいいんですが……」
タイラーは肩をすくめながら首を振る。
襲ってきた連中は、そのまま元の場所に放置してきた。
カーミラの魔法で、しばらくは目を覚まさないはずだ。
仲間が来た時のために罠も仕掛けてあるので逃げられることはないだろう。
……だが、不安は残るので一刻も早く城へ戻り、兵を差し向ける必要があるな。
「あんたらは、どう考える?」
タイラーが不意に、部外者の二人へ話を振る。
「そちらの事情を知らない私たちに聞かないでほしいのだけど……ノゾミ、あなたは?」
「え?」
カーミラに視線を向けられ、ノゾミの肩がわずかに跳ねた。
ほんの一瞬、言葉を探すように視線が揺れる。
……まあ、無理もない。
事情を知らない相手に答えを求める方が、酷というものだ。
「えーと……これは、あくまで私の推測なんですけど……」
ノゾミはそう前置きすると、言葉を選ぶようにぽつりと口を開いた。
「その犯人は、殿下の力が目覚める前に殺したいのではないでしょうか?」
「俺の力だと?」
「はい。例えば……向こうに“予言”の力を持つ者がいて、将来、クオーツ殿下が脅威になると判断された、とか」
「……なるほど」
俺は小さく息を吐く。
「確かに、呪いをかけるような連中だ。予言ができる奴がいても不思議じゃない。それにこの国は、かつて魔王を討った英雄クライムが建てた国で、クオーツ殿下たちは、その血を引いている。どちらかがその才を受け継いでいてもおかしくはない。」
「なら、尚更狙うなら俺じゃなく、レオンじゃないか?」
俺は、あいつに何一つ勝っていない。
剣も、魔法も、学力も、すべてにおいて。
英雄の生まれ変わりだというのなら、どう考えてもレオンの方だ。
「殿下のその髪色は……かつての英雄と同じ銀髪です。もし、どちらかが生まれ変わりだとするなら、同じ特徴を持つクオーツ殿下の方を疑っても、不自然ではないかと」
「なるほど。その可能性はあり得なくもないか……」
ノゾミの考察に、タイラーも頷く
たしかに、それは筋が通っている。
俺が最初に襲われたのは、まだ幼い頃だった。
あの頃なら、兄との優劣もはっきりしていなかった。
……俺の方がそうだと判断されても、不思議ではないのかもしれない。
「あくまで推測ですけどね」
ノゾミが付け足すように言った。
しかし、推測にしては、随分具体的だったな。
まるで、すべてを知っているかのようだ。
「まあ、狙いはともかく……肝心の呪いを解く手掛かりは、また振り出しか。」
「でもまあ、刺客は捕まえられたし。収穫はゼロじゃないでしょ?」
タイラーは気楽にそう言って肩をすくめる。
だが、あの連中が、素直に口を割るとは思えない。
……それに今はまだ、何の異常もないが、この呪いがいつ牙を剥くのかわからない。
俺に呪いをかけた男は、その直後に死んだそうだ。
命を代価にしてまでかけた呪いが、ただの痣で終わるはずがない。
すでに、何かが起きているのか?
それともまだ、これからなのか。
「そう、だな……」
「そうですよ。それに呪いが爆発するまで、まだまだ猶予はあると思いますし。焦らず行きましょう」
「「え?」」
「……え?」
ノゾミの一言で空気が、一瞬で凍りついた。
「……あんた、今なんて言った?」
「え?ですから、将来、呪いで殿下の痣が爆発するとしても、まだ猶予はあるので焦らずにと……」
「……」
「……」
「……もしかして、知りませんでした?」
俺が無言で頷いた瞬間、ノゾミの顔色が、みるみる変わった。
「ええぇ⁉だ、だって……焦って呪いを解こうとしていたから、てっきりどこかで知ったのかと……!」
「逆に聞くが、どうしてお前は知っているんだ⁉」
「え?そ、それはゲームで――じゃなくて!あくまで推測で……!」
「どういう推測だ⁉貴様、一体何者だ!」
「わ、私は怪しい者では――」
「どう考えても怪しいだろうが!」
タイラーが一歩踏み込み、さらに詰め寄る。
ノゾミは完全にたじろいでいた。
その様子を見てカーミラが、小さくため息をつく。
「ノゾミは少し変わっているけど、ただの従者よ。刺客とは関係ないわ」
「そんな言葉、簡単に信じられると思うか?」
「……なら殿下の呪い、私が解いてあげましょう」
「え?」
その言葉に空気が、再び凍りついた。
「それなら、文句はないでしょう?」
「いや……むしろ余計に怪しいが……」
「私があいつらの仲間なら、わざわざ助けたり、呪いを解こうとしたりはしないわ」
「う……それは確かに……」
タイラーが言葉に詰まる。
「だが、本当にそんなことが可能なのか?」
俺はカーミラを見据えて問う。
「……恐らくね」
カーミラは小さく頷くと、静かに俺へと歩み寄る。
そして、そのまま呪いの痣に、そっと手を触れた。
……本当に、そんなことが可能なのか?
これまで何人もの医者や魔術師、教会の人間にも見せてきたが、誰一人として、この呪いをどうにかすることはできなかった。
そう思った、次の瞬間。
黒い靄が、にじむように現れる。
それはゆっくりと広がり、俺の痣を包み込んだ。
「――っ!」
体の奥を抉られるような激痛が走り、思わず目を瞑る
――が。
その痛みは、声を上げる間もなく消え去った。
恐る恐る目を開けると、タイラーが俺を見て固まっていた。
「……呪いの痣が……消えてる?」
呆然とした声で、そう呟く。
……いや。
言われるまでもない。
俺自身が、一番よくわかっていた。
明らかに体が軽い。
今までまとわりついていた“何か”が、綺麗に消えている。
……本当に呪いが、消えたのか。
「い、一体、何をしたんだ?」
「簡単なことよ。私の呪いであなたの呪いを上書きして、そのまま解除しただけ。」
呪いの上書き?……いや、そんな事はどうでもいい。
本当に呪いが消えた。
長年、俺を苦しめ続けてきたものが。
恐怖すら感じていたそれが、こんなにもあっさりと。
……実感が、追いつかない。
嬉しいはずなのに、先に来るのは驚きばかりで、どんな顔をすればいいのかすら、わからなかった。
「良かったわね。これで堂々と表を歩けるわ」
「え?」
「だって、ずっと気にしていたんでしょ?その痣」
微笑みながらそう言うカーミラを見て、ふと、とある令嬢の姿が頭に浮かぶ。
そいつの容姿は生まれつきで、俺の様に治ることはない。きっと、あの眼の事を生涯言われ続ける事になる。
だからこそ、居場所を守るために、本当の自分を押し殺して、ああやって、ただ従うしかなかったのかもしれない。
「あら、そんな顔して……嬉しくないの?」
「いや……ある令嬢のことを思い出してな。そいつも俺と同じように、容姿で忌み嫌われているだが、俺と違って、治ることはない。そう考えるとな……」
名は口にしてはいないが、これが自分の事だと彼女も分かるだろう
もし、これから先、彼女に味方がいなかったら、その時は俺が……
しかし、そんな俺の心配をよそにカーミラは小さく笑みを浮かべた。
「ねえ、ノゾミ。もし私が、奴隷の身分で、得体の知れない化け物みたいな容姿だったら、どうする?」
「え?そんなの――」
ノゾミは一瞬きょとんとした後、すぐに真剣な表情になる。
「中身が今のお嬢様なら、何の問題もありません。お嬢様の魅力は、外見や強さではなくて、その堂々とした振る舞いや言動にありますし、あ、もちろん外見もとてもお綺麗で強いところも魅力的で――」
カーミラは早口で自分の魅力を延々と語る、ノゾミを見て愛おしそうに微笑んだ後、こちらへ視線を向けた。
「……ま、こういうことよ。どこの誰が嫌おうとも、私の大切な子たちが受け入れるなら、他人の目なんて、どうでもいいの。」
その言葉は、俺が差し伸べようとしていた手をはっきりと拒んだ気がした。
……だが、不思議と嫌な気はしない。
きっと、これが、レオンが興味を示した理由なのだろう。
……そして今なら、その気持ちもわかる気がする。




