素顔②
刺客の一人が倒れたことで、他の連中が一斉に距離を取る。
その視線は、仮面をつけた少女へと向けられていた。
「……その格好、冒険者か?邪魔をするなら容赦はせぬぞ」
刺客の一人が剣を構えながら低く、殺意のこもった声で警告する。
しかし――
「邪魔をする?違うわ、私が邪魔をしているんじゃなくて、あなた達が私の邪魔しているのよ。」
明確な殺意を向けられても、少女は怯むことなく挑発をする。
刺客たちの敵意が一斉に、彼女へ向けられる。
「……そうか。ならば――死ね」
刺客たちが少女に殺到する。
だが、次の瞬間、刺客たちは彼女を前に音もなく、地面に沈む。
「なっ――⁉」
「……呆れた。こんな単調な攻撃が通じると、本気で思ったの?それとも子供だからと、油断した?」
そう言った彼女が持つ杖には、血の跡がついていた。
「クッ――撤退だ」
今の一撃で実力を悟ったのか、リーダー格の刺客が指示すると同時に、一斉に後退する。
……だが。
「この私に殺意を向けておいて、簡単に逃げられるとでも思って?」
次の瞬間。
少女の杖から、黒い靄が溢れ出す。
それは地面を這うように広がり、男たちの足へと絡みついた。
「なんだこれは⁉」
刺客たちはもがく間もなく、その場に縫い止められる。
そして少女がそのまま魔法を唱えると、刺客たちは、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
「本当なら全員、生かさないところだけど、まだこの子には刺激が強いから、これで勘弁してあげるわ。」
そう言って、隣へ視線を向ける。
「私のお嬢様、かっこよすぎでは?……いかん、興奮して鼻血が――」
そして何故か鼻を押さえている仲間を見て、ふっと小さく笑うと、すぐに表情を切り替え眠りに落ちた男たちへと、ゆっくり歩み寄る。
「さて……こいつら、ギルドに渡せば報奨金は出るのかしら?」
「いえ。恐らく他国の刺客ですから、リストに載っていないので、報酬は出ないかと」
隣の仲間が鼻を抑えながら、真面目な顔つきで答える。
「あ、そう。じゃあいいわ。放っておきましょう」
すると興味を失ったように、あっさりと言い捨てると少女は踵を返した。
そしてそのまま、二人は俺たちの存在など最初からなかったかのように歩き出す。
……数秒遅れて。
俺たちは、ようやく我に返った。
「――ま、待ってくれ!」
咄嗟に、タイラーが声を張り上げる。
その声に、少女が足を止めこちらを振り返った。
「……なに?」
「あんた達、冒険者だろ? もしよければ、王都まで護衛を頼めないか?」
「別に構わないけど、ギルドを通さない依頼なら、高くつくわよ?」
「ああ、そこは問題ない」
タイラーは即座に頷いた。
「何せこちらの方はこの国の第二王子であるクオーツ殿下だからな。そして俺はその従者のタイラー・ベルヘンだ。」
タイラーが名を告げると仮面の少女が、じっとこちらを見据えた。
心なしか仮面下の黒い瞳と目が合ったような気がした。
「ふーん……そう」
興味なさげに頷くと、少女は名乗る。
「私はカーミラ・レイジー。そしてこっちは仲間のノゾミよ。」
「お、お嬢様がその名前で私を⁉ヤバい、鼻血が出そう……あ、出てた」
こうして俺たちは、仮面で顔を隠した少女と鼻血を出すの女性冒険者二人と共に、王都へ向かうことになった。
その道中、俺は隣を歩く仮面の少女を何度も盗み見る。
顔は見えない、雰囲気も、あの時とは違う。
……だが。
声、髪色、そして仮面の奥から覗く、黒い瞳。
……やはり、リリス・エトワールにしか見えない。
すると、カーミラは小さくため息を吐き、こちらへ顔を向けた。
「……何か言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい。」
そう言われたので、俺は正直に尋ねてみる。
「なあ……お前って、リリスだよな?」
「……私は、カーミラ・レイジーと名乗ったはずよ?」
カーミラは、わずかに眉を顰めて答える。
「でも、その声は――」
「……顔を隠しているのだから、素性を知られたくないと思わなくて?それともあなたは恩人に対して、嫌がらせをする趣味でもあるのかしら?」
「そ、それは……」
「あなたも王族であるなら相手の状態を見て、状況や意図を察するくらいの能力は身に付けなさいな。でないと、外交でも判断でも、いずれ致命的な誤りを犯すわよ」
……何も言い返せない。
「それと――」
ふっと、声音がわずかに緩む。
「女性の横顔を覗き見るなら、もう少しうまくやりなさい。そんなんじゃ、顔立ちが良くてもモテないわよ?」
「な――」
その言葉に思わず顔が熱くなる。
「ハハハ、言われやんの!」
そしてその後ろで、ノゾミに肩を貸してもらいながら歩くタイラーが笑う。
「あと、あなた」
カーミラの視線が、そちらへ向く。
「普通に歩けるなら、自分で歩きなさい。どうせ、もう回復してるんでしょ?」
「え?――おわっ!」
カーミラの一言で、ノゾミが無言で手放すと、支えを失ったタイラーの体勢が崩れ、そのまま、地面に転がった。
「い、いきなり離すのは酷くなぁい?」
「酷くないです。」
打った場所をさすりながら文句を言うタイラーを見て、俺は思わずクスリと笑った。
先ほどまで命の危険に晒されていたせいか、なんだか久しぶりに笑ったように感じた。
そして今ので張り詰めていたものがほどけたのか、胸の奥がどこかふっと軽くなったような気がした。




