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逆鱗②

 奥様からの命令ということで、私は渡されたメモを手に、街へと向かった。

 書かれているのは、お茶の葉や食材といった、特に何の変哲もない内容だ。


 てっきり、無理難題の品や、買い物先や街中で何かしらの嫌がらせでもあるのかと思っていたが、そんなことはなく、私は何事もなく、買い物を終える。

 やっぱり、単純に人手不足だったのだろうか?


 ……そう考え始めた頃、私は認識が甘かったことを思い知らされる。

 屋敷への帰り道、来た時には誰もいなかった場所に、複数の男たちが立っていた。


 それに気づいた瞬間、私は足を止め、すぐに木陰へ身を潜める。

 そして息を殺し、そっと様子を窺う。


 身なりからして、どう見ても賊――あるいはそれに類する連中だ。


 ここは公爵家へと続く道で、普段こんな場所にそんな輩が現れることはない。


 ……となれば、狙いは私。そう考えるのが自然だろう。

 おそらく、お嬢様の弱みとして目をつけられたのだ。


 どうする?


 数は五人。決して少なくはない。

 だが、お嬢様に鍛えられた今の私なら――


 ……私なら?


 お嬢様に鍛えられたからといって、五人の男に勝てるのだろうか?

 相手は腕力のある男たちで、しかも数も多い。

 以前あしらった屋敷のメイドたちとは、訳が違う。


 そもそも私は、訓練こそ受けていたが、実戦の経験はない。


 それにもし負ければ、どうなる?


 人質として監禁されるだけならまだいい。

 だが、売られるかもしれない。穢されるかもしれない。最悪、殺される可能性もある。


 ……そう考えると、戦う気にはなれなかった。

 私は踵を返し、一度町へ戻ろうとする。しかしふと聞こえてきた男達の会話に足を止める。


「おい、全然来ねえが、本当にこの道を通るのか?」

「ああ、話に寄れば、もう町を出たという話だったからもうすぐ来るはずだろう。」


 ……どうやら、町にも既に仲間がいたみたいだ。

 ならば、息を潜めてやり過ごすしかない。

 幸い、偵察の訓練で身につけた潜伏の技術には自信がある。

 上手くいけば、お嬢様が気づいて助けに来てくれるかもしれない。

 そう考え、私はその場に身を潜めたまま、男たちの会話に耳を澄ませた。


「しかし、いい仕事だよな。金ももらえて、女も手に入るなんてな。」

「ああ、しかも公爵家のメイドだ。町娘より、よっぽど高く売れるぜ?」

「へへ……その前に、俺たちで味見だな。」


 ……会話の内容に思わず、息が詰まる。

 まさか夫人がそこまでして来るだなんて考えてもみなかった。

 絶対見つかってはいけない……

 私は震える身体を押さえ込み、必死に気配を殺した。


「それより、屋敷の奴らはいいよな。あっちは二人もメイドがいるんだぜ? しかも、相当な美人らしいしな。」


 ――っ。


 今のは……アリサとカリーナのこと?


 まさか、屋敷にまで手を回しているなんて――。

 まずい。二人にも知らせないと。


 そう思った、その瞬間。


 ――カサッ。


 しまった⁉

 焦りに鈍った指先が、足元の小枝を踏んだ。


 その音に男達が一斉にこちらを振り向く。


「いたぞ、あのメイドだ!」

「なんだ、こっちもなかなか上玉じゃねえか」


 まずい――!


 私は踵を返し、町へ向かって一目散に走り出す。

 だが、視界の先、町の方角からも、別の男たちがこちらへ向かってくるのが見えた。


 挟まれた私に迷う暇はなく、道を外れ、そのまま木々の中へと飛び込んだ。


「ハァ……ハァ……」


 必死に走り続け、気づけば森の奥深くまで入り込んでいた。

 これだけ距離を取れば、すぐに見つかることはないはずだ。


 ……本来なら、このまま夜まで身を潜めていたい。

 だが、屋敷のことを考えると、そうも言っていられない。


 私は一度深く息を吸い、強引に心を落ち着かせる。

 そして、これまで叩き込まれてきた訓練を思い出した。


 ……よし隠れながら、戻ろう。


 私は覚悟を決めると、まずは足音を殺すため、履いていた靴を脱ぐ。

 そして木に登り、周囲の様子を確かめながら、慎重に進み始めた。


 すると、男たちがこちらを捜しているのが見えたので、私は手に持っていた靴を、遠くへと放り投げる。


 ――ガサッ。


 その音に、男たちが一斉にそちらへ向かった。


 今だ。


 私は気配を殺したまま、その背後を素早く駆け抜ける。


 ……よし。


 心の中で小さく息を吐き、私は再び道へと戻った。

 だが――

 そこには、残っていた男たちが立っていた。


「お、なんだ。戻ってきたのか。」


 ニヤついた笑みが、こちらをなめ回す。


 ……囲まれた。


 自分の詰めの甘さに自己嫌悪に陥るも、私は覚悟を決め、静かに構えを取る。


「エリー!」


 するとその瞬間、聞き慣れた声が響いた。

 声の方に目を向けると屋敷の方から、アリサとカリーナが駆けてくる。


「アリサ!カリーナ!」

「あんたたちみたいな汚らわしい奴らが、私のエリーに触るんじゃないわよ!」


 次の瞬間、アリサが腰につけていた剣を一振りすると、男達が一斉に吹き飛んでいく。

 さらに騒ぎを聞きつけたのか、私の捜索に出ていた賊たちが戻ってきた。


「どうした? どういう状況だこれは?」

「なんだ? メイドにやられたのかよ、だらしねえな……って、おい。あそこにいるのは――冒険者のリリィか⁉」


 その一言で、場の空気が一変した。


「リリィって、あの“狂犬リリィ”かよ!」

「ふざけんな! 高ランク冒険者がいるなんて聞いてねえぞ!」


 動揺した男たちは、我先にと街の方へと逃げ出していった。

 二人は追うことなく、剣を鞘に戻すと真っ直ぐこちらへ駆け寄ってきた。


「エリー、大丈夫? 変なことされてない?」

「服が乱れているけど……まさか――」


 余計な想像をしかけたカリーナを慌てて制し、私は手短に事情を説明する。

 そして互いの状況を伝え合った。


 どうやら、屋敷にも賊が押し入っていたらしいが、二人は、それを難なく返り討ちにしたという。

 Bランク冒険者のアリサと、攻撃魔法を得意とするカリーナ。

 そう考えれば、こちらが案じるまでもなかったのだろう。


 そして賊の一人に話を聞いたところ、賊は夫人の命令により私たちを攫って奴隷として売ろうとしていたらしい。


「……そう。とにかく、二人とも無事でよかった。」

「全く、どの口が言ってんのよ。」


 苦笑を浮かべながら、カリーナが腰の抜けた私に手を差し伸べた。


「さて、この後だけど……どうしよう?」

「とりあえず、お嬢様のところに行ってみる?」

「そうだね、なんだか不安もあるし……」


 気づいてないならいいけど、もし気づいているなら、今頃屋敷は騒ぎになっているかもしれない。

 そう結論づけると、私達は急いで本邸の屋敷へと向かった。


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