逆鱗①
――マライヤ視点
「全く!どいつもこいつも使えないわね!」
私は誰もいない自室で、一人苛立ち、周囲の物へ当たり散らしていた。
こうなっているのも、すべてあいつのせいよ。
魔力もほとんどないくせに、忌まわしい容姿を持ちながら公爵家の名を騙る前妻の娘――リリス。
幼い頃は、母親に庇われて泣いているだけの小娘だったというのに。
屋敷に幽閉されている間に気が増長したのか、いつの間にか反抗的になっていた。
私たちに無断で外出したことをはじめ、親である私たちの命令に対して条件を突きつけてきた。
その上、先日の王家との顔合わせをいいことに、ついには堂々と公爵家の娘を名乗るようになった。
それだけでも腹立たしいというのに、その立場を振りかざし、屋敷のメイドをいじめ、あろうことか私の元専属メイドであるクロエにまで手を上げる始末。
だからこそ、もう一度、一から躾をし直さなければならないと考えていた。
しかし、公爵令嬢として王家に紹介してしまった以上、以前のように私が無闇に手を出すわけにはいかない。だからこそ教育の一環として、躾に定評のある家庭教師を呼び寄せた。
だが、リリスの教育のために呼んだ家庭教師たちは、誰一人として役に立たなかったのだ。
ある教師は「教えることがない」と言い、またある教師は「私では手に負えない」と、次々に音を上げて去っていった。
「やはりこうなったら……殺すべきかしら……」
苛立ちにより気が付けば、無意識に爪を噛んでいた。
事故を装うか、それとも賊を雇って攫わせるか。しかし、それを実行するのはリスクも大きい。
……それに何故だが、成功する未来が見えない。
以前、クロエへの仕打ちを叱り、頬を打ったときに見せた、あの不気味な笑顔。
あれを思い出すだけで、身体が震えた。
「この私が怖気付いている……? あんな娘に?」
……そんなはずがない。そう自分に言い聞かせる。
だからこそ、それを証明するためにも、あの娘をどん底に叩き落としてやりたい。
だが、他にできることと言えば、周囲の貴族にリリスの立場を吹聴し、貴族社会から孤立させるくらいしかない。
しかし、それだけでは気が収まらない。
あの忌々しい眼に、絶望を浮かべさせるくらいのことをしなければ。
そう思い、しばし考え込む。
するとふと、いつも連れていたメイドの存在を思い出した。
「……そうよ、あの子が駄目ならば、あの子以外を酷い目に合わせればいいのよ。丁度あの子がお気に入りにしている専属メイドがいたわね。」
先日、リリスの世話をするメイドの三人にクビを言い渡したのだが、よっぽどリリスに気に入られたのか、その後もリリス自身が雇う形で繋ぎ止めており、メイド達もそれを承諾している。
きっと、リリスにとって、あのメイド達は大切な存在に違いない。
そして、その中でも専属として連れているメイドは特別なのだろう。
確か名前はエリー・トワイト。地方の男爵家の出で、リリスと共に幽閉するために適当に選ばれたメイドの一人に過ぎない。
そんな娘なら例えどうなろうとも、大きな問題にもならないだろう。
そう考えると、次に行うことが自然と脳裏に浮かんできた。
「フフフ、覚悟しなさいリリス。この私を怒らせたらどうなるか、思い知らせてあげるわ。」
――
「――ってわけで、今度遠征に行くことになりそうなんだよな。」
「へえ、そうですか。」
私はディルの話に、適当に相槌を打つ。
お嬢様が勉強のために毎日呼ばれるようになって、二週間。
気づけば、なぜか当然のようにディルが私の元へ来るようになっていた
私はお嬢様が授業を受けている間、屋敷の様子を探るついでに歩き回っているだが、外に出ていると、決まってディルが鍛錬を抜けてやって来る。
本人に聞けば、どうやら私の姿を見かけるたびに、周囲から「行ってこい」と背中を押されているらしい。
まあ、ディルからは屋敷のことだけでなく、国の情勢なんかも聞けるから別に構わない。
ただ、攻略対象ではないとはいえ、若くて有望な騎士なだけあって人気は高いようで、話しているだけでも、他のメイドたちから嫉妬の視線を感じる。
そんなに気になるなら、自分から話しかければいいのにと、そう思ってしまうのは、きっと私の性分なのだろう。
……実際、そんな性格だから、恋愛ゲームとも相性が悪かったし。
「それでなんだけど、エリーって裁縫もできるんだよな?」
「まあ一応、簡単なものくらいなら……」
私が実家にいた頃、花嫁修業の一環として母から教わったことがある。
本来、貴族ならわざわざやる必要はないのだけれど、うちは貧乏貴族だったから。
修業だけでなく、自分で服を直すことも多かったので、腕にはそこそこ覚えがある。
「だったらさ、今度の遠征に持っていくお守りを作ってくれねえか?」
「……お守りですか?」
「ああ。先輩たちの話だと、遠征に行くときは家族や恋人から、無事を祈ったお守りをもらうらしいんだ。そういう相手がいないやつは、友人やメイドに頼むこともあるらしくてさ。」
なるほど。確かにゲームでも、そんなイベントがあった気がする。
冒険者のクエストの一つで、騎士の恋人に渡すお守りを作るため、素材集めを頼まれる。
そんな内容だった。
他にも、ローズ自身が誰かにお守りを渡すようなイベントがあったはずだ。
だから、ディルの言っていること自体は理解できる。
しかし――
「どうして私に?」
それが一番の疑問だった。
私とディルは、最近になって少し話すようになった程度の関係で、お嬢様がここに来るとき以外は顔を合わせることもない。
友人とも呼べるか怪しい関係だ。
それにディルは人気の騎士だ。
「あなたなら、頼めばいくらでも作ってくれるメイドはいるでしょう?」
そう尋ねると、ディルは気まずそうに視線を逸らした。
「いや、確かにそうなんだが……ここにいるメイドたちって、人によって態度を変えたり、陰で何か言ってたりするだろ? 俺、ああいうの苦手でさ。」
……まあ、それに関しては、私としても痛いほど共感できる。
それに、家族や恋人が渡すような意味のあるお守りを作ってほしい、なんて言えば、妙な勘違いをするメイドも出てくるかもしれない。
その点、私はそういう心配がないから打ってつけなのかもしれない。
「頼む!」
ディルが手を合わせて頼み込んでくる。
まあ、作ること自体はそう難しくないし、断る理由もない。
それにディルは、本邸で数少ない、味方と言える存在だ。ここで恩を売っておくのも悪くないしね。
「わかりました。では依頼ということで、あとで費用は請求しますね。」
「ああ、それでいい。ありがとう!」
そんなこんなで、ディルとお守りを作る約束を交わした。
理由はどうあれ、どうせ作るなら完璧なものにしたい。
そうだ、せっかくだし、お嬢様やアリサたちの分も作っておこうかな。
そんなことを考えていると、足音が近づいてくる。
ふと視線を向けると、メイド長が数人のメイドを引き連れてこちらへ歩いてきた。
「あら、お嬢様が勉強に励んでいる間に、騎士と逢引きとは、いいご身分だこと。」
嫌味を投げつけられ、ディルがムッとした様子で前に出ようとする。
だが、それを手で制し、私は素直に頭を下げた。
「申し訳ございません。」
「そんなに暇を持て余しているのなら、ちょうどいいわ。明日来客があるからその準備のための買いだしに行きなさいと、奥様からのご命令よ。」
そう言って、メイド長は私に買い出しのメモを押しつけてきた。
……一応、私はもうこの家のメイドではないのだけれど。
とはいえ、来客があるのは本当らしいし、ここで揉めるのも面倒だ。
私は大人しくその言葉に従い、ディルに軽く頭を下げてから、街へ買い出しに向かった。




