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教育 ②

 

 ――サチアナ視点


私、サチアナは貴族の家庭教師として、これまで多くの貴族の家で子供たちの指導をしてきた。内容としては主に令嬢たちの社交界での立ち回りについて教えており、現在は、名門エトワール家のご令嬢であるエリスお嬢様の教師を務めている。


 貴族という言っても、全員が同じ指導という訳ではない。

 例えばエトワール家の様な上位貴族の令嬢なら多少の無礼は許されるので、指導は緩くなるし、逆に貴族でも当主が気まぐれで作った平民の血が流れるような卑しい子供には、それに相応しい厳しさで指導している。


 そして今日はもう一人。エリスお嬢様の姉である、()()()をも担当することになっていた。

 リリスは公爵令嬢と言っても、元平民だった前妻との間に生まれた子供だ。

 しかも魔力をほとんど持たずに生まれた、公爵家の出来損ないらしい。

 そのせいで、これまで存在を隠され続けてきた、公爵家の汚点とも言える存在だった。


 そんな子供にまで教育を受けさせるとは、夫人もなんと心の広いことか。


 もっとも、リリスはずっと引きこもっていたらしく、かなり躾がなっていないらしい。

 だから厳しく指導して、自分の立場と価値を教えてやってほしいとのことだ。


 だからこそ、今日から徹底的に指導するつもりだ。

 自分がどれだけ卑しい身分か、価値のない人間かを知らしめ、逆らわないように徹底的に教育……いや、調教する必要があるのだ。

 そのため今日はとっておきの教鞭を持ってやってきた。

 通常の鞭よりも固く、これで軽く叩けば子供の肌など瞬く間に腫れ上がる。

 少しでも間違えれば容赦なく鞭を奮うつもりだ。


 そして当日、屋敷にやってきた私を待っていたのは、金髪に黒い瞳という、なんとも気味の悪い組み合わせをした少女だった。

 私に向かって微笑みかける態度からは、すでに高慢さというものが滲み出ている。

 なるほど、これは調教しがいのありそうな令嬢だ。

 そう思い早速、私は指導を開始した。

 まずは一通りの礼儀を好きにやらせてみる。

 そしてそれを駄目出しして、心を折るところから始めなければならない。


 しかし――


「どうでしょうか?」

「……」


 私は彼女の一連の動作を見て、絶句した。


 歩き方から、頭を下げる角度、そして令嬢の嗜みとも言えるカーテシーまで――

 私がこれまで見てきたどの令嬢よりも完璧だった。


 完璧すぎて、何を教えればよいのか分からないほどだ

 ……だが、それが逆に間違っている


「全然ダメですね。」

「どこがダメなのでしょうか?」

「そんなことも分からないのですか?」

「分かりません。」


 ――ピシッ。


 その瞬間、私の鞭が彼女の手を叩いた。


「まずはその態度です。教師である私に対して、なんですかその態度は?まるで礼儀がなっていませんよ。」

「……すみません。」

「まったく。これでは先が思いやられますね。」


 私はわざとらしくため息を吐く。


「いいですか?まずあなたは、自分の立場というものを弁えなさい。あなたは公爵家の令嬢と言っても、平民の血が流れ、魔力もほとんど持たない出来損ないです。

 それに、その容姿も汚点と言っていいでしょう。そのような卑しい人間がそのような態度を取れば、誰だって不快に思うのです。」


 そう、だからこそ完璧すぎる作法が間違っているのだ。

 このような存在が、本物の令嬢であるエリスお嬢様よりも完璧などとあってはならない。


「では、分かったところで改めて礼儀を――」

「……くだらないわね」


 そう言って今度は、リリスがため息を吐いた。


「それで、結局どこが悪いのか教えてくれないかしら?」


 そして、ついには悪態をつきながらため口で話し始めた。

 私はその態度に迷わず、彼女の顔へ鞭を振るう。

 しかし彼女は、揺れた髪をかき分けるだけで平然としていた。


「ねえ、あなたはこの仕事をして長いのよね?」

「は?ええ、もちろんです。私はこれまでに何人ものご令嬢を見てきました。あなたのような人間もたくさんね。」

「なら、もう一度聞くけど、私の作法はそんなに酷かったかしら?」

「そ、それは……」


 その問いに、思わずたじろいでしまう。

 リリスの雰囲気は先ほどとはまるで違い、その圧に思わず気圧される。


「え、ええ、もちろんです。すべてがまるで駄目でした。」

「そう……少しは教師としてのプライドくらいはあると思っていたけれど、所詮は権力に媚びる典型的な小物という訳ね。」

「だ、黙りなさい!」


 私は先ほどよりも強く、彼女の顔へ向かって鞭を振るった。


 しかし――


 リリスはそれを素手で掴んだ。


「なっ⁉」


 そのまま鞭を引かれ、私の手から奪い取られる。


「ふーん……鞭にしては、随分と頑丈な作りね。きっとこれで叩かれた子たちは、さぞかし痛い思いをしてきたのでしょうね……。」

「か、返しなさい!無礼にも程があるでしょう!」


 リリスは私の言葉を無視したまま、鞭を手に部屋の中を歩き回る。


 そして、傍にあった花瓶へと視線を向けた。


 次の瞬間――


 花瓶は、まるで爆発したかのように木っ端みじんになった。


「……は?」


 何が起きたのか分からなかったが、状況を見るに、おそらくリリスが鞭で花瓶を叩いたのだろう。

 だが、この鞭は丈夫な素材ではあるものの、花瓶を叩いたところで、衝撃で吹き飛ぶ程度だ。こんなふうに粉々になることはない。


 あれは完全に鞭を振るった人間の力によるものだ。


 リリスは呆然とする私に鞭を返すと、ニヤリと笑った。


「さて。では、早く授業の続きを行いましょうか、サチアナ先生?」


 ――


 お嬢様が授業を受けている間、私はそれが終わるまで本邸で待機していた。

 何か仕事でも命じられるかと思っていたが、どうやら私は最初から「いないもの」として扱われているらしい。

 仕方なく静かに待機していると、私のもとへ複数のメイドがやってきた。

 そして現在、私は人気のない場所へ連れて行かれ、メイドたちに囲まれていた。


「サチアが、あんたのお嬢様のせいで昨日から寝込んでるんだけど?」

「はあ……」

「はあ……じゃないわよ! あなたの主人のせいでサチアが寝込んだのよ。責任取りなさいよ!」


 顔ぶれは、以前サチアと一緒に絡んできたメイドたちだ。

 どうやらお嬢様に直接文句を言えないため、矛先をこちらに向けてきたらしい。


 確かに少しは可哀想だと思ったが、あれはどう考えても散々挑発していたサチアが悪い。

 お嬢様は懐の深い方ではあるが、何事にも限度というものがある。


「でも、自業自得でしょう。」

「なんですって!」

「この――」


 その言葉が気に障ったらしく、一人のメイドが私に向かって手を振りあげ、ビンタをしてきたが、日ごろの訓練の成果が出たのか、私の身体は自然と避ける。


「な――」


 そして、体が勝手に動くかのように私は彼女の背後に回り込みそのまま腕を捻り、無力化する。


「え?」

「い、痛い、放しなさいよ!」

「あ、すみません。反射的にやってしまいました。」


 そう言うと、私はすぐに放す。するとメイド達はすぐさま距離をとった。


「こ、こんなことしてタダで済むと思ってるの! 貧乏男爵家の令嬢のくせに!」

「そうよ! あなた程度の家、お父様に言えばいつでも潰せるんだから!」

「それは大変。お嬢様に助けてもらわないと。」

「え……」


 その言葉にメイドたちは一斉に顔色を変えた。


「な、それは卑怯でしょ!」

「そうよ! あなた個人の問題に主人を使うのは卑怯よ!」


 まあ、そうかもしれない。確かに普通なら、お嬢様に迷惑がかかるからと隠すのが常識なのだろう。

 だがリリスお嬢様からは、立場で何か言われたら遠慮なく言いなさい、と言われている。

 だから本当に遠慮するつもりはない。


「わかりました。では、正々堂々、個人で勝負しましょう。」


 そう告げて構える。

 するとメイドたちは怖気づいたのか、捨て台詞を吐きながら去っていった。


 ふむ、我ながら、実にお嬢様のメイドらしい振る舞いだったのではないだろうか。


「ハハハハ、前回とはずいぶん違うな。」


 私が自画自賛していると、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。

 振り向くと、以前同じように絡まれていた時に助けてくれた騎士――ディルが立っていた。


「ディルさん。見ていたのなら助けてくれればいいのに。」

「ハハ、わりぃな。前回みたいにヤバそうだったら助けようと思ったんだが、その必要はなかったみたいだしな。」


どうやら一部始終を見ていたらしく、私は思わず口を尖らせる。


「当たり前です。何せ私はリリスお嬢様のメイドですから。あの程度の人たちに後れを取るつもりはありませんよ。」

「そのお嬢様も、昨日の件で随分話題になってるみたいだな。」

「ええ、素晴らしいでしょう?」


私が得意げに尋ねると、ディルはなぜかきょとんとした顔を見せ、そしてまた笑い出した。


「ハハハ、そこで誇れるお前もすごいと思うぜ。」


……今の会話で、どこに笑える要素があったのだろう。


「これからも、ここに来るのか?」

「ええ。お嬢様が呼ばれるときは、付き添いで来ると思います。」

「そっか。じゃあ、その時またゆっくり話でもしようぜ。」


そう言って颯爽と去っていく彼を見送ると、一人になった私は再び待機していた場所へ戻ることにした。

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