教育
王都からエリスたちが帰ってきたのに合わせて、お嬢様は夫人に呼び出された。
しかし今回は前回と違い、呼びに来た者たちの態度も比較的まともだったこともあって、お嬢様はその呼びかけに素直に応じると、再び私を連れて本邸へ向かった。
本邸の屋敷に着くと、すれ違う使用人たちは嫌な顔をしながらも挨拶をしてきた。
それだけでも、以前と比べれば随分な進歩と言えるだろう。
そして食堂へ行くと、そこには公爵の姿はなく、不満そうな顔をしたエリスと、その隣に夫人が並んで座っていた。
「あら、今日は前回と違って随分来るのが早かったわね。」
「今日来た使用人は、前回と比べて手際が良かったからね。」
互いに皮肉を返し合うと、この食堂になんとも言えない空気が流れる。
「……フン、まあいいわ。」
「それで、今日の要件は何かしら?」
「実はあれから私も少し考えてね。陛下にあなたを紹介した以上、私たちもあなたを公爵家の人間として認めることにしたのよ。」
「あら、それは意外な話ね。」
もちろん、そんな言葉をお嬢様が鵜呑みにするはずもないが、隣にいるエリスは、ボソボソと不満そうに何かを呟いている。
そして夫人は、意味ありげに笑うと本題を切り出した。
「そこでだけれど、これからはあなたにも貴族の令嬢として教育を受けてもらうことにしたわ。でも、あなたはエリスと違って、今までまともな教育を受けてこなかったでしょう?だから、その差を埋めるためにも、これから毎日ここへ来て、貴族としての教育を受けてもらうわ。」
そう言って、夫人はゆっくりと口元を歪めた。
「なるほど、それはありがたいわね。一度、本格的に習ってみたかったところだったのよ。何せここには、手本となるような女性はいなかったから。」
その言葉に、夫人はむっとした表情を見せるが、すぐに表情を整えた。
「言っておくけれど、教育係として呼んでいるのは、いくつもの家で指導してきた一流の教師たちよ。間違っても、反抗的な態度は取らないこと。いいわね?」
それだけ伝えられると、用件は終わったらしく、私たちは自分たちの屋敷へ帰ることにした。
「お嬢様……さっき話って……」
「ええ、恐らく彼女の息がかかっている者達が来るのでしょうね。」
恐らく難癖をつけてお嬢様を叱り、精神的に追い込むのが目的なのだろう。
まあ、その程度でお嬢様がどうにかされるとは思えないけど。
「ふふ、どんな者が来るのか、とても楽しみだわ。」
お嬢様は上機嫌そうに呟くと、屋敷の入口の扉に手をかける。
「ちょっと待ちなさいよ!」
すると後ろから高い声で呼び止められた。
振り向けば、腕を組みながらこちらを睨むエリスと、傍に控えるサチアが立っていた
「あなた、お母さまに認められたからって、いい気になってるんじゃないでしょうね?言っとくけど、あんたはどう足掻いたって出来損ないには変わりないんだから、今更指導してもらったところでレオンハルト様に振り向いてもらえるとは思わない事ね。」
エリスの言葉に私は、呆然とする。
まさか先ほどの話を真に受けるとは思ってもみなかった。
でも十一歳くらいなら、普通かな?
「……あなたは、殿下に振り向いてもらいたいのかしら?」
「はあ?当たり前でしょ、私は次期王妃になるんだから。」
得意げに言うエリスを見て、お嬢様は小さく笑った。
「だったら、もう少しその性格を直したほうがいいわね。」
「な――」
「だって、あなた私に似て、可愛いのですもの。」
お嬢様の言葉にエリスが反論しようとするも、続いた言葉に彼女の顔が一瞬固まった。
「あなたは、容姿にも立場にも恵まれているわ。十分、王子との婚約も狙えるでしょう……でもその性格では向こうも簡単には決められないんじゃないかしら?」
「そんなことないわ。だって私は教師にも怒られたことなんてないし、殿下との婚約ももうすぐ決まるって、お父様も言っていたもの。」
「でも、まだ決まってはいない。」
「そ、それは……」
「それにね、今のまま王妃になんてなれば、あなたはきっと大変な目に遭う。玉座に就くということは、そういうことよ。」
お嬢様はそう静かにエリスを諭した。
前世で王として君臨していたリリスお嬢様と、ゲームで悪役令嬢として最後は国外追放されたエリスお嬢様。
そのどちらも知っている私からすれば、お嬢様の言葉には確かな重みがあった。
「で、出来損ないのくせに知ったふうな口を聞かないで!」
「まあ、そう言われればそうね。今の私は、長年幽閉されていた嫌われ令嬢だし、説得力も皆無だわ。でも、あなたは私の妹なんだから。姉として幸せになってもらいたいのよ。」
真剣に語ったお嬢様の言葉が響いたのかは分からないが、エリスは言葉を失っていた。
すると、傍に控えていたサチアが、なぜか怒り出してこちらへ詰め寄ってくる。
「ちょっと、さっきから黙って聞いていれば、あなた偉そうに、エリスお嬢様の姉ですって?図々しいにも程が――」
「……黙りなさい。」
「なんですって⁉ 出来損ないの分際で――」
――パァン
次の瞬間、お嬢様のビンタがサチアの頬を打ち抜いた。
「……え?」
叩かれた頬に触れながら戸惑いを見せるサチアの胸ぐらを、お嬢様は掴むとそのまま顔を近づけた。
「……あなた、何様のつもり?」
「え、あ……」
「メイド長にあなたの再教育をするよう言っておいたのに、どうやら伝わっていなかったみたいね……いいわ。なら、私が直々に教育してあげる。」
そう言うと、お嬢様はサチアの胸ぐらを掴んだまま、屋敷の扉を開け、その体を外へと放り投げた。
突然の出来事にエリスは固まっているが、お嬢様はそんなことなど気にも留めず、倒れ込んだサチアへと歩み寄った。
「まず一つ――」
そして倒れているサチアの腹へ蹴りを叩き込む。
「うぐっ!」
「私はこの家の令嬢であって、あなたより立場は上。私が『黙りなさい』と言ったら黙るのが常識よ。それくらい分かるかしら?」
お嬢様が尋ねるが、聞こえてくるのは咽る声だけだった。
「そして二つ目――」
言葉と同時に、再び足が振り抜かれる。
「相手を怒らせるようなことをしておいて、何もされないなんて思わないこと。怒らせれば、温厚な動物でも襲ってくる。そんなこと、教養のない者でも知っていることよ。」
気が付けば、周囲には使用人や屋敷の騎士たちが何事かと集まってきていた。
しかしお嬢様は、そんな視線を気にも留めず続ける。
「最後に三つ目――」
今度は腹を踏みつけるように足を落とした。
「仮に私が出来損ないだろうが、あなたが私より偉くなることはない。分かった?」
「ハァ……ハァ……」
お嬢様の足先が、サチアの腹を軽く小突いた。
「返事は?」
「は、はい……も、申し訳、ございませんでした……」
サチアがすすり泣くような声で謝ったのを確認すると、お嬢様は興味を失ったようにその場を後にした。
……なかなか衝撃的な光景だったが、王都での話を聞いていると、仕方がないと言えなくもない。
顔だけは決して傷つけないのは、温情ということだろうか。
……私はそっと後ろを振り返る。
そこには、涙目になりながら腰を抜かしているエリスの姿があった。
先ほどの言葉よりも、よほど効いている気がした。




