表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

#08 ナースステーションのカフェイン騒動

 夜勤の山場を越え、時計は深夜二時を示していた。救命センターの廊下は消灯モード、非常灯が床を淡く照らすだけだ。白石あかりはカルテを書き終えると、両腕を思いきり伸ばす。

「ふぁぁ……眠気の波が来る。コーヒー淹れてきますね」

 隣の席で点滴記録を入力していた黒瀬玲奈が、ほとんど瞬きしない瞳をあかりに向けた。

「白石さん、カフェインの過剰摂取は不整脈を招きます」

「だ、大丈夫です、ドリップ一杯だけ!」

 そう言い残し、あかりはナースステーション奥のミニキッチンへ向かう。豆を計量しながら鼻歌を漏らしていると、背後からひょっこり顔を出したのは整形外科の若手医師・霧島拓真だった。

「おっ、いい香り。僕も一杯いただける?」

「あ、霧島先生! どうぞどうぞ」

 あかりがカップを差し出すと、霧島は何故か目を潤ませる。

「白石さんが淹れてくれたコーヒー……それだけで当直がご褒美だ」

「先生、大げさですよ」

 カップを受け取った霧島は、くいっと小首を傾け――

「……んっ、熱いのがいい」

 熱い? いや、それは温度の話ではなさそうだ。あかりが苦笑を浮かべた瞬間、ミニキッチンの入り口で気配が止まる。振り向けば、懐中電灯を胸元に当てた玲奈が無表情で立っていた。

「霧島先生、医局で処置オーダーが滞っていると連絡が来ています」

「え? 今?」

「はい。至急、とのことです」

 玲奈の静かな声は、しかし拒絶を許さない冷たさを帯びていた。霧島は嬉しそうな顔のまま「あ、はいっ」と返事し、そそくさと退室していく。

 扉が閉まると、キッチンにはあかりと玲奈だけ。灯りは電球色で、カップから湯気が立ちのぼる。

「……ありがとうございました、黒瀬さん。霧島先生、ああいうところあるから」

 あかりが笑って礼を言うと、玲奈はほんのわずか視線をそらし、白衣の袖口を整えた。

「いえ。白石さんに不要な負担をかけさせたくないだけです」

 その声音は穏やかだが氷の膜が張りついている。あかりは少し戸惑いながらも、スティックシュガーを探して棚を開けた。

「お砂糖……あれ、いつもここに──」

「甘味は眠気を増強します」

「でもブラックだと苦くて眠気が……」

「私が――」

 玲奈が言いかけ、ふと口を閉ざす。かわりに引き出しの奥から、小さな白い封筒を取りだした。

「これを。カフェイン飴です。血糖を急に上げず、覚醒を保てます」

 そう言って差し出された封筒には、あかりがどこかで見覚えのある小さな白い花のシールが貼ってあった。

「花……? かわいいシールですね」

「ええ、白石さんに似合うと思って」

 玲奈は微笑む。紫の瞳がわずかに細まり、電球色の光の中でガラス玉のように光った。

 あかりは胸の奥がわずかにざわめくのを感じながら、それでも礼を述べて封筒を受け取る。まだ知らない。これが、夜の病棟をめぐる新たな“印”であることを──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ