#06 夜勤の小さな異変
真夜中二時二十八分。救命センターのモニタが心電図のラインを淡々と描き続ける隣で、白石あかりはカフェインたっぷりの缶コーヒーに口をつけた。 「あと四時間……」 つぶやいた瞬間、背後の自動ドアが静かに開く。振り向くと、夜勤帯の頼れる先輩・北村がファイルを抱えて立っていた。 「白石ちゃん、CT室に転床になった事故患者、カルテまとめてくれる?」 「はい、すぐに!」 ドジな自分を見せまいと素早く立ち上がったあかり――だったが、膝に乗せていたバインダーが床に落ち、ページが散らばる。 「もう、大丈夫?」 北村の苦笑交じりの声。拾い集めた紙の束のあいだに、白い花のシールが貼られたメモ用紙が挟まっているのに気づき、あかりは息をのんだ。 《CT室には行かないで》 太いペンで一行だけ。署名はない。 「北村さん、これ……」顔を上げると、先輩は既にナースステーションの奥へ歩き去っていた。 そのとき救急搬送が到着したというコールが鳴り、あかりはメモをポケットにねじ込むとストレッチャーへ駆け寄った。血まみれの青年を運んで来た救急隊員の後ろに黒瀬玲奈の姿が見える。彼女はいつもの無表情で、患者の脈を確認しながら的確に指示を飛ばしていた。 搬送が一段落して、あかりが使い終えた器具を片付けていると、玲奈がそっと傍に立つ。 「白石さん、今夜は大丈夫? さっき、足もとふらついてた」 「ありがとう。ちょっと寝不足なだけ……」 「無理は禁物です」 玲奈は優しく微笑んだ――かと思うと、あかりの胸ポケットから何かを抜き取り、軽い仕草で袖の内側へ滑り込ませた。 「あっ、いま……」 「落ちそうでしたので」 返されたのは、さきほどの白い花メモだった。彼女の指が離れる瞬間、あかりはメモの裏に新たな文字が増えているのを見た。 《あなたを守る》 走り書きのインクはまだ乾いていない。
――守る? 誰から? 疑問と共に胸がざわめく。だが呼び出しベルが鳴り、考える暇もなく次の処置へ走り出した。 背後で玲奈が静かに、その視線で誰かを射抜くように廊下を見つめていることを、あかりはまだ知らない。




