#05 夜勤ブリーフィングの影
「今夜の救急外来は搬送四件の予定です。黒瀬さんは処置室担当、白石さんはトリアージ補助に」
二十三時、ナースステーションの狭い円卓。師長・御堂司が淡々と配置を読み上げる。
蛍光灯の明るさを落とした半暗が、昼間とは別世界を作っている。
白石あかりはバインダーを抱えたまま小さく頷いた。寝不足で頭がぼんやりする。けれど隣に立つ黒瀬玲奈の横顔は、まるで夜そのもののように静かだ。
「では各自、持ち場へ」
椅子が引かれ、静かな足音が廊下へ散った。
十分後。救急搬入口の自動ドアが開き、二十代男性が担架で滑り込む。バイク事故、複数外傷。玲奈が一歩前に出て、淡々と指示を飛ばした。
「血圧八十台。輸液一リットル準備。トランサミン一アンプル静注」
あかりはトレイを抱えて走る。手元が震え、アンプルがカチリとガラス音を立てた。
その瞬間、玲奈の手があかりの手首を包んだ。
「落ち着いて。私はここにいます」
低い声。紫の瞳が近い。あかりは心臓が跳ね上がるのを感じた。
処置室は戦場のようだったが、三十分後、患者は集中治療室へ移送された。あかりの白衣の袖に、血の飛沫が乾いている。
「着替えてきます……」
ロッカー室へ向かう途中、渡り廊下の窓際に黒い影があった。
霧島悠斗――例のM気質の若手医師だ。夜勤用スクラブのまま頬を赤く染め、スマホを抱きしめている。
「あかりさん……夜も頑張ってるね」
「霧島先生? 今は休憩ですか?」
「いや、その……君の姿を眺めたくて」
ストレートすぎる言葉にあかりは困ったように笑う。
廊下の奥、非常扉の隙間から視線を感じた。薄明かりの向こう、玲奈が無表情のまま立っている。
霧島がポケットから何かを差し出した。ちいさな白い造花。
「応援の印……受け取ってくれる?」
手のひらに乗る花弁の中央には、見覚えのある“×”の花マーク。血のように赤いインクで描かれていた。
「え……これ……」
「気に入らない?」霧島が首を傾げる。
背筋に氷水が流れる。楽しいはずの夜勤が、一瞬にして不穏へ色を変えた。
――カシャン。
遠くで何かが落ちる音。非常扉の向こう、玲奈の姿が消えていた。




