#04 疑惑漂うカフェテリア
土曜日の昼下がり、外来の混雑が一段落すると、病院のカフェテリアにはやわらかな陽射しが差し込んでいた。白石あかりはカップを両手で包み込み、背伸びをひとつ。三日連続の夜勤で溜まった凝りをほぐそうとした瞬間、対面の席に黒い影が滑り込んだ。
「やっぱり先輩もここにいらしたんですね」
声の主は若手医師の霧島悠斗。彼はおどけた笑みを浮かべながら、トレイを置くと、ぺこりと首をかしげた。
「白石さんが頑張りすぎてるって聞きましたよ。ほら、甘いものでも摂取しないと」
差し出されたマカロンの皿。彩りは可愛いが、あかりは慌てて手を振る。
「き、霧島先生、わたし甘い物で太りやすくて……」
「大丈夫。消費カロリー計算して三個までセーフです」
彼はポケットから小さなメモ帳を取り出し、得意げに示した。数字とカロリーがびっしり。その几帳面さに感心しつつ、あかりは一つだけ摘まんで口に運ぶ。
甘さが広がる刹那、黒瀬玲奈の姿が視界の端に映った。カウンターの向こうで新聞を手にしているが、その紫の視線はまっすぐこちらを射抜いている。
あかりの心臓が跳ねた。霧島がそれに気付かず続ける。
「実は、来週のシフト明けに映画を観に行きませんか?」
「え?」
小さく漏れた声に、霧島は不安げな表情を浮かべた。だが彼が何かを言い添える前に、玲奈が歩み寄り、二人の間にトレイを滑り込ませた。
「霧島先生、ERから呼び出しです」
冷たい声。霧島は彼女の手から渡された伝票を確認し、眉をひそめた。
「……わかった。ごめん、白石さん、また今度」
足早に去る霧島。その背中を見届けると、玲奈はあかりのカップをそっと押し戻した。
「カフェインの取り過ぎは良くありませんよ」
それだけ言うと、再び新聞の席へ戻っていく。立ち去る際、あかりは机上のマカロン皿に目をやった。ピスタチオ色の一つが消えている。
数分後、ERコールの館内放送が流れた。しかし霧島の名は呼ばれず、かわりに『薬剤庫アラーム異常』の警告灯が点った。あかりは胸騒ぎを覚え、カフェテリアの出口で振り返る。玲奈は新聞を折り畳み、今しがた姿を消したはずの霧島が落とした伝票を静かに破り捨てていた——。




