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#20 静脈のルーレット

《04:38 ICU中央モニター室》


 復電からわずか一分。心電図の波形は正常域に戻り、スタッフたちが胸を撫で下ろした――その刹那、ベッド3のアラームが再び鳴り響く。モニターの角に白い花形のオーバーレイが滲み、波形が鋸歯状に揺さぶられた。


 「コードブルー再発!」

 御堂師長が叫ぶより早く、ベッド4、ベッド6にも連鎖的に警報が走る。「黒瀬は配電室を離れたはずだろう!」 技師が慌てて端末を叩く。


 天井スピーカーがノイズ混じりに玲奈の声を流した。

 〈帳尻は終わった。でも静脈のルーレットはまだ回る。あなた方が選ばなかった痛みを、私が代行してあげる〉


《04:39 ICU前廊下》


 白石あかりは霧島拓真のタブレットを抱え、監視ポートを起動する。PLCマップ上に花形アイコンが数千行並び、ベッド単位の電源ラインを書き換えるログが続いていた。

 「これ、止められる?」

 霧島はまだ鎮静の残る身体で端末をスクロールさせる。「彼女は電源ラインを暗号鍵にしている。鍵は――患者のリアルタイムバイタルだ」


 「バイタルで鍵……?」

 「誰かの心拍が変化すると、その波形が暗号化キーになり、次の遮断対象が決まる。患者を安定させれば別の患者が落ちる。静脈のロシアンルーレットさ」


《04:40 ブリーフ》


 御堂は判断した。「ICUをスタンドアロンに落とす。電子カルテとモニタをローカルに。LANケーブルと光リンクを全部抜け!」

 「現場が盲目になります!」若手医師が怯む。

 「ルーレットで殺されるよりマシだ!」


 看護師が切断用のニッパを走らせ、ラックのケーブルが蛇のように床へ落ちる。モニタは一斉にエラーを吐き、オフライン表示へ。

 玲奈の声がスピーカーに苦笑を滲ませた。〈大胆。でもまだ手は残ってる〉


《04:41 薬剤ディスペンサー》


 自動投与ポンプの LCD に花QRが浮かぶ。《Bolus_CODE:999》《AdrenalineMAX》。

 アドレナリン過量投与がリモート予約された。

 霧島が絶叫する。「薬剤ラインもPLCだ、彼女はそっちへ切り替えた!」


 あかりはディスペンサーへ飛び込み、緊急停止レバーを引く。機械がけたたましいビープを上げてインヒビットモードへ入るが、他のベッドでボルス予約音が点々と走る。

 「全ポンプを物理停止!」御堂が命令。看護師たちがカートリッジを次々引き抜き、薬液が床へ散乱した。アルコールの刺す匂いとカラフルな液体が靴底を濡らす。


《04:42 深部配電》


 玲奈はUPSラック前のラップトップでコマンドを入力。《Line_Surge=ALL_ICU》

 過電圧サージが ICU の回路へ流れ、ベッドのコンセントヒューズが弾ける音が続いた。


《04:42:30 闇のICU》


 非常灯が緑色だけの薄光を残し、機器は沈黙した。あかりは携帯していた銀色のペンライトを取り出し、遠藤啓太の瞳孔を照らす。収縮――生きている。

 「玲奈さん、まだ見てるよね?」

 光点がガラス壁に反射し、紫の瞳の影を浮かび上がらせる。玲奈が配電トンネルの窓越しに ICU を見下ろしていた。


 あかりはライトでモールスを打つ。…―……―… “痛みは生”。

 玲奈の影がわずかに揺れ、窓の向こうで肩を震わせた。


《04:43 窓越し対峙》


 霧島がタブレットでUPS制御に残った管理ポートへ侵入。《setLine_Surge=0》《UPS_SafeRestart》を実行。

 非常灯が一瞬白熱灯のように明るくなり、ICU のヒューズリレーが自動修復。心電モニタが順番に再起動し始める。

 玲奈が窓を叩き、声にならない声を呟く。「帳尻もルーレットも……終わり?」


 あかりはペンライトを下ろして言った。「四分ごとに私たちが選ぶ。痛くても、生きるって選ぶ」

 玲奈の目から涙が溢れ、膝をつく。保安員が背後から柔らかい拘束布で腕を包む。彼女は抵抗しなかった。


《04:44 復電完了》


 御堂の無線が報告。「ICUライン完全安定。コードブルー消失!」

 朝焼けが配電トンネルに差し込み、埃を金色に染める。玲奈は光を見上げ、囁いた。「四分ごとに……私にも、生きるを選べる?」


 あかりは頷き、包帯で赤く染まった手をガラス越しに掲げた。

 「これから何度でも、痛みと一緒に選ぼう。私たちは――医療者なんだから」


 遠くで救急ヘリがホバリングし、空の青に白い花のようなプロペラ円が咲いた。ICU のモニタには整ったP波が行儀良く並び、静脈のルーレットはついに止まった。

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