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#19 救出と逃走

《04:30:15 旧薬剤庫 停電直後》


 無影の闇が刹那、鼓膜をも圧した。保安員のLEDライトが同時に点き、白石あかりは瞼の裏の残光で世界を把握する。顔に触れた手は湿り、薬液と血の混ざった匂いが棒のように鼻腔を擦った。


 照明が自家発電へ切り替わり、薄いオレンジ色の非常灯が灯る。床に転がった注射器の針先が鈍く光り、その隣で黒瀬玲奈の影だけが見当たらない。


《04:31 薬剤庫扉前・御堂側》


 御堂師長がマスクを外し、あかりの傍へ膝をつく。「流量ストップ確認、フェンタニル血中濃度はギリ安全域。生理食塩水でフラッシュを!」

 あかりは意識を保ったまま頷いた。「玲奈さんが……非常扉から配電室側へ」

 御堂は保安員に合図。ストレッチャに横たわる霧島拓真が、まだ鎮静痕の残る瞳で扉を見つめる。「彼女は深部配電へ行く……次の四分で全館非常電源を占拠する気だ」


 「霧島先生、動けるのか?」

 鎮静が切れかけた医師は息を荒くするが、頷き、技師のタブレットを奪い取る。「LANもZigBeeも死んだ今、配電のPLCバスだけが生きてる。僕がそこへ侵入して遠隔を奪い返す」


《04:32 深部配電トンネル》


 非常扉のシリンダがわずかに開き、LEDライトが走る。コンクリ壁に埋め込まれたインバータラック。そこへ白衣を翻した玲奈が駆ける。赤ランプの列は“UPS→バッテリ”へ自動遷移。あと四分で再起動サイクルに入る設計だ。


 「ここで止める……“世界を静か”に」

 玲奈はラップトップをシリアルポートへ接続し、バッテリインターバルを 00:00 に書き換えようとする。警告ダイアログ《全館停電・再起動不可》を無視し、“OK”をクリック。


《04:33 旧薬剤庫》


 霧島はストレッチャから降り、猫背で端末を操作。画面のPLCマップが灰色から緑に変わる。「玲奈がインターバルを書き換える前に、UPS自己診断を走らせる」

 御堂がサージブレーカを引き、テスターを渡す。「残り110秒だ」


 あかりは造花ブローチの針金を包帯で固定し、安藤を保護。「玲奈さんを止める。私が行く」

 霧島が止める。「危険だ、薬の影響がまだ――」

 「行かせて。私が最後に“痛い”って感じさせてあげる」


《04:34 配電トンネル・分岐》


 暗闇の中、あかりの足音が水滴の反響で二重になる。前方に紫の瞳――玲奈がラップトップごと壁に凭れる。

 「来たの……痛みの向こうへ来る?」

 「痛みと一緒に生きる。あなたと一緒に」あかりは手を差し出した。掌に包帯の赤い点が滲む。


 玲奈は視線を包帯へ落とす。「痛い?」

 「痛い。でも平気。助けたい気持ちと同じくらい痛い」


 UPSのブザーが再び鳴き、液晶に《自己診断開始》が表示。玲奈の瞳が揺れる。「霧島先生……?」

 霧島の声がトンネルの天井スピーカーから割れた。「玲奈! インターバルを0にするとUPSがシャットダウンして、電源復帰も不可になる。止めてくれ!」


《04:35:30 UPSラック前》


 玲奈の指がEnterキーを浮かせる位置で止まる。

 あかりは背後から包帯の手を重ねた。「あなたは救えなかった事故を、もう二度と繰り返さない。そのために“静かな世界”を作るんじゃなくて、いま生きてる私を救って」


 玲奈の肩が震え、眼が潤む。Enterキーを離し、ノートを閉じる。

 しかしその瞬間、UPSが自動で再起動プロセスに入る。《Auto-rebootCancel?Y/N》が点滅。「……帳尻を合わせろというの?」玲奈が呟き、エンターに再び指を伸ばす。


《04:36 -240secタイマー再始動》


 PLCに侵入していた霧島が非常灯を遠隔ON、ランプが一斉点灯し玲奈の影が白壁に膨れた。「選ばなくていい。停電も自動帳尻も、全部リセットした」

 玲奈の指が震え、キーの上で止まる。目から涙が崩れた。「じゃあ私は……どこへ救いを置けばいいの……」


 あかりは包帯の手を握った。「私たちの手で、いま決めるの。あなたが“いたい”と思える方へ」


《04:37》


 タイマーが**00:00**で静止。UPSは通常ラインへフェイルバックし、院内配電が安定波形に戻る。御堂の無線が報告を告げた。「復電確認、四分トリガ消失!」


 玲奈の全身から力が抜け、あかりの腕の中に倒れ込む。保安員が駆けつけ、柔らかな拘束布で彼女の手を包む。


 「四分は……もう終わったの?」

 「ううん。四分ごとに、これから一緒に“生きる”を選ぶんだよ」


 配電トンネルの非常灯が緑へ変わり、遠くで屋上のヘリが二度ホバリングした音がこだました。朝焼けは天窓の埃を金色に染め、薬剤庫で倒れた安藤の心電に整ったP波が並び始めていた。

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