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#12 逃走とICUの闇

《00:26 地下搬送エレベータ内》


 手錠の鎖がカシャンと鳴り、黒瀬玲奈は警察官2名に挟まれたまま昇降かごに乗り込んだ。白石あかりは御堂師長と共にひとつ後ろのエレベータで地上へ向かう予定だったが、かごの扉が閉じた瞬間、病院全体の照明が落ちた。

 緊急電源に切り替わるまでの暗闇はわずか二秒。しかし次の瞬間、玲奈を挟んでいた警官の無線が「ギッ」とノイズを上げ、まぶしいフラッシュがかごの内部を真白に染め抜いた。目を焼かれたあかりが反射的に視線を逸らすと、金属音と共に鎖の切れる高い音が耳を裂いた。


 非常灯が赤く点滅する。そこに残っていたのは床に転がる手錠だけだった。


《01:40 地下連絡通路》


 監視カメラが復旧し始めた矢先、セキュリティ室に“白い花”のアイコンが点った。旧手術棟へと続く封鎖通路の暗視映像に、白衣の裾を翻す玲奈らしき後ろ姿。御堂は映像を指さし、「地下最深部に立て籠もる気だ」と呟く。


《02:00 ICU モニター室》


 「霧島先生は?」

 あかりの問いに御堂はタブレットを差し出した。そこには《HCU 応急処置室/警察聴取中》と赤字で表示されている。

 「昏睡状態が続いているが生命に別条はない。保安員が張り付いている」

 ひとまず胸を撫で下ろすあかり。しかしモニターの一角、ベッド3の心電図波形が空白を描いているのを見つけて身体が固まった。アクセスログには〈02:14 ID: rena.k〉。

 「データを丸ごと削ったわね……」


 御堂は ICU 背面壁の地図を指し示した。「旧手術室はここ。非常階段と地下通路の交差点だ。逃走経路は1本道」

 「私も行きます!」

 言うが早いかあかりは造花を握り、非常階段へ駆け出した。


《02:45 地下非常階段》


 コンクリート壁に貼り付く汗がひやりと冷たい。誘導灯の薄緑だけが頼りだ。あかりは無線で御堂と位置を共有しながら、旧手術室前の分岐に足を踏み入れる。床には注射器、丸められたガーゼ、そして針金の茎が折れた白い造花が転がっていた。


 「ここで間違いないわね」背後で御堂が呟く。

 次の瞬間、手術室の厚いドアの向こうから金属トレーの落ちる甲高い音が響いた。


《02:50 地下旧手術室手前》


 御堂が盾を構え、警備員がドアのラッチを切る。薄い隙間から覗く手術灯は既に壊れ、非常灯が紫の影を長く伸ばしている。

 「白石は下がれ、救護班が来るまで——」

 言い終わる前に、かすれた歌声が闇から滲み出た。


 ♪ しろい花びら 散らしておいで ♪


 玲奈の声。鼓動が跳ねる。あかりは無意識に前へ出た。


 「逃げないで——あなたを救うのは私だけ」


 扉の隙間から紫の瞳が覗いたと同時に、室内の非常灯が落ち、闇がドアの外へ溢れ出す。警備員が突入姿勢を取るや否や、奥からシューッと薬剤スプレーの鋭い噴射音——。


 あかりの視界が一瞬白く霞み、鼻腔を刺すアルコール臭にむせた。

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