四十九話「Welcome To The Black Parade」
「あれ…おかしいな…」
文化祭のステージ終わって、体育館から出た後。
華菜ちゃん忍君、てつの三人と一緒に居た筈なのに、気付いたらはぐれてしまった。
三年の教室の前に妙な人だかりもできてるし、もしもその中心に華菜ちゃんが居たら…。
…変な事に巻き込まれたりしてないか…?そうなってもおかしくないよな…。
そう思いながら、背伸びをして中央を見ようとしていると、後ろからトントンと背中を叩かれた。
「…?」
誰だ、晶か?それともさっき会った杉本君?
そう思いながら振り返ると、そこには…。
「…てつ…?」
「…環さん、今二人で話せますか?」
「それは…まあ、構わないけど…」
てつか…。
杉本君からてつは晶陣営の人間だって教えられたっけ。
にわかには信じがたいし、疑いたくはない。
杉本君が俺を揺さぶるために言った可能性だってある。
でも、てつが、もしも本当に晶陣営なんだとしたら…何故晶側に立つ必要がある?
…。
「…その前に、ひとつ聞かせてくれるか?」
「?」
「…中庭で、華菜ちゃんと忍君と三人で居ただろ?その時、どんな話をしてた?」
俺がそう問いかけると、てつは俺の目をじっと見つめた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「環さんが本当に聞きたいことはそれですか?」
「!」
…てつ、もしかして、本当に…?
この様子を見るに、てつは…適当な事を言って誤魔化したりはしなさそうだな。
「…なら、単刀直入に聞かせて貰うぞ」
「…はい」
「てつ、お前は…晶側の人間なのか?」
俺がそう問いかけると、てつは俺から目を逸らし、震える声でこう答えた。
「…はい、そうです」
…そう、なのか。
「なんで…」
なんでてつが晶側に立つ必要がある?
そもそも晶と居る事で、てつに何かメリットがあるのか?
まず何から聞こうか悩んでいると、てつは俺の方へ一歩踏み出し、俺の胸へ頭を預けた。
「…環さん、お願いがあります」
てつの震えた弱々しい声。
「…何だ」
「京洛のトップになること、諦めてください」
………は…?
「…な、なんで…」
てつは顔を上げてから、階段の踊り場へ向けて歩き始めた。
踊り場に到着すると、てつは俺の方を向き、少し震えた声で言葉を続ける。
「前に、言ったでしょ。俺、環さんの事が心から大好きなんすよ。誰よりも、何よりも…環さんの事が大好きなんです…」
「…だから、晶と協力することで…俺達の情報を渡したり、色んな手助けをしてたってのか?何故だ?」
「…はい。旅行の時身を潜めるべきだと提案したのは…環さんの考えを変えるためでした。その提案をしてから杉本に伝えて…見張りとして、杉本と晶を呼んで、三人でたまに会って情報を交換し合ってました」
「そんなことが可能なのか?」
「えぇ。杉本の能力のお陰で、環さんのき奥には残らなかったんでしょう」
「…なんでそんなことを?」
「ただ、華菜さんと過ごしたら、考えが変わって…環さんが、華菜さんと…ずっと一緒に居たくなるんじゃないかって思ったんです」
「…てつ…」
「だって…このままだとあんた…組のために、身捧げて…死ぬつもりだろ……」
……。
「…お願いです…諦めてください…堅気として…華菜さんと一緒に生きてください……お願いします…環さん…なんだってするから……お願いします…お願いですから……」
…そうか。
ずっと気付かなかった。
いや、気付かないようにしていたと言った方が正しいか。
俺が死んだら、こうして悲しんでくれる人が居るということに。
てつだけじゃなくて、華菜ちゃんや、忍君、遥。
百々君に艮君。レン君。
晶や、宮部さん…それに、もしかしたら杉本君。
それと、組の奴ら。
俺の親父ほどとは言えなくても、こうして…悲しんで、俺の死を惜しんでくれる人が居るのか。
一人で、遺してしまう人が居るのか。
「……すまん。それは、出来ない」
「……」
「お前の気持ちは十分過ぎる程に分かってる。俺だってお前が好きだし、華菜ちゃんとこうして生きていきたい。もし叶うのなら、俺だってそうやって過ごしていたいよ」
俺がそう言うと、てつは顔を上げた。
てつの大きな瞳からは涙が溢れ、鼻や目が真っ赤に染まっている。
「な…なら…」
「…だけど、俺にだってプライドがあるし、やらなきゃいけないことがある」
「…」
「それに、一つ目標があるんだよ」
「目標…?なんです…?」
「俺はな、伝説の女になりたい」
「……」
「俺は扇観月になりたいんだ」
「……」
「誰もが恐れて、誰もが怯えて、それでも皆が覚えている。そんな存在になりたいんだ」
「…」
「…記憶に…残りたいんだ。華菜ちゃんだけじゃなく…てつ、お前の記憶にも」
「何だよそれ…太く短く生きるのが粋だとでも思ってんすか?それが男として一番かっこいい生き方だとでも?」
「あぁ、そう思ってる」
「!」
「俺の体にはそういう血が流れてるんだ。お前にも分かるだろ」
てつは弱々しく首を横に振った。
「…環さん、ダメです、そんなの…」
「……」
こんなことは、ダメだろうか。
甘えだと、思われるだろうか。
てつなら、俺の甘えを…許してくれるだろうか。
「…だから、盃を交わそう」
「…へ…?」
「俺とお前が、血なんかよりも濃い絆で結ばれるために」
「……!」
「四分六の盃でも、五分の盃でも構わない」
「…」
「丸岡徹」
「…」
「…俺の…家族になってくれないか」
「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん」
「上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に死せん事を願わん」
「皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし」
「…なあ鳥辺野。走馬灯、ってやつか?これが」
「…そうかもな」
「三人で盃交わした日が見えた…それと、刺青も」
「俺もだよ……俺の背には鳳凰、お前の背には霊亀が入ってたな…佐鳥の背には、応龍か…渋澤会長は、黄龍を背負ってた」
「そうだな…俺達、かなり、よく…やってきたよな…?あいつらの脛に…傷を、作ってやれた…」
「…あぁ…岡田、以蔵みたいに…」
「…」
「…岡田以蔵が足を狙ったっていうの、実は創作の中の話で、実際に以蔵が行った暗殺は土佐藩や長州藩、薩摩藩などから選ばれた集団で行われてたって知っていましたか?」
「…!?」
「新撰組も攘夷志士も、数で押しきるという敵でありながら同じ戦法を使っていたなんて皮肉な話ですよね」
「…おい、なんだ、お前…」
「組長を含めたあなた方三人が岡田以蔵なら、我々は田中新兵衛になりましょうか。以蔵と同じく、瑞山先生…否、五代目へ心酔している粗暴な人斬りとして…もしもの時には何も吐かずに自刃しましょう」
「…誰だ…?」
「俺ですよ、鳥辺野の伯父貴。京洛西門一家直系佐鳥組内宮神組初代組長、宮神の武文です」
「宮神…!?お前、生きてたのか!!??」
「えぇ蹴上の伯父貴。マジで死にそうだったんですけどね、企業のアホに頭ぶん殴られたら逆に目が冴えたんです。それで気付きました」
「…何に気付いたんだ?」
「俺は佐鳥組なんだと。左腕を持ってかれた程度で。頭をぶん殴られた程度で死んでたまるものかと」
「…宮神…そうか、良かった…生きててくれたのか…」
「…東の扇会長はもうじき出所されるそうです。あの人と組長には伯父貴二人の生存を知らせておきましたので、今ここでは、どうか、死なないでください」
「宮神の親父…!?どうしてここに!!」
「どうして生きてたのかって顔だな、お前達」
「お、組長…!?」
「何でここに来たか分かるか?お前らがトロ臭いからこの俺が直々に地獄から甦って怒鳴りに来てやったんだよこのドアホ共が!!」
「宮神組長…!!本物だー!!」
「アホ共、俺の復讐は後回しだ。今はここを凌ぐぞ。二代目、それで構わんか」
「勿論です!」
「…伯父貴、後はウチに任せてください」
「…あぁ、頼んだぞ、宮神」
「はい!おい聞いたかボケ共!凌いで成果を上げてあいつらの死体を肴に酒盛りするぞ!!」
「はい!」
「二代目、お二人を佐鳥の隠れ家までお連れしろ。もし傷一つでも付けたら四肢捥いだ後で豚の餌にしてやるからな」
「ありがとうございます!!光栄です!!」
「……延彦の教育ってのは本当…どうなってんだ?一体」
「…考えないようにしよう」
「観月さんの関心は、全てこの私のものだ!!」
菜那さんの叫びは、私達が居る教室に響き渡った。
その言葉を聞いた朱里さんは、教室の窓を開け、そこから飛び出し、菜那さんの胸ぐらを掴んで壁へ押し付けた。
そして、神足さんの方を向き、こう声をかける。
「神足ちゃん、見せてやって」
そう声をかけられた神足さんは、明人さんへ目配せをし、明人さんから鞄を投げ渡して貰った。
その鞄の中からどこかで見たことのある本を取り出し、菜那さんへ見せつけた。
その本は、確か…学食で菜那さんが見せてきたっけ。
明人さんがモデルになったとされている漫画本だ。
「これを私の鞄の中に忍ばせたのはお前だな?」
神足さんの問いかけに、菜那さんは不気味に笑い、堂々と頷いた。
「あぁ、私だ」
「…なら、去年、僕がモデルになったその本についてまた掘り返したのは誰だ?」
「私だよ」
「なら、龍の力の事を周りに言いふらしたのは誰だ?」
「それも私だ」
「この高校にXYZの関係者を潜り込ませたのは誰や」
「それも、私だな」
「…!」
「艮親を唆したのも私だし、リンチの指示をしたのも、人を呼んだのも私だ」
…艮?リンチ?
華菜さんの方を見ると、華菜さんも分からないのか、眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
…華菜さんも分からないのか。なら…環さんは分かるかな。なら環さんに聞いてみるしか…。
と考えた時、思い出した。
少し前に神足さんと二人で話した時、彼女が、艮さんについて調べてみると言ってくれたことを。
なら、神足さんに聞くのが一番得策か…。
一段落したら神足さんのところに行って聞いてみるしかないかな…。
と思った時、池崎彩と紹介された女の子が、窓をゆっくり恐る恐る乗り越え、朱里さんの肩を叩いた。
朱里さんはゆっくり振り返り、彩さんの顔を見ると、目を大きく見開いてから、菜那さんから手を離してしまった。
襟を直し、池崎彩さんの顔を見た菜那さんは、朱里さんと同じように目を見開き、何故か舌打ちをした。
「…何だ、あんた…」
…こっちからじゃ彩さんの表情は見えないけど…二人にあんな反応をさせるくらい凄い顔をしてるのかな…。
…そっか、池崎彩と、池崎明人か。
「…姉さん?」
姉さん?
明人さんが彩さんを姉さんって呼んだのなら…姉弟なのか?
二人とも三年生だった筈。なら、彩さんが留年して、同じ学年、とか?
明人さんの横顔を見ながらそう考えていた時、廊下から破裂音が。
視線を廊下にやると、菜那さんの左頬が真っ赤に染まっていた。
「!!彩ちゃん!?」
「姉さん!」
た、叩いたのか…!?彩さんが?
第一印象で決めつけちゃダメだろうけど…彩さんがそういうことをする人とは思えないのに…。
「止めないで。明人を傷付けておいてヘラヘラ笑ってるこいつを許せるわけがないでしょ」
「…」
「これだけで済むと思うなよ馬鹿女」
「…!」
「よくも私の明人を傷付けてくれたな」
…姉様…。
……。
「…彩さん」
気付いたら一歩踏み出していた。
窓から身を乗り出して声をかける私を、神足さんは不思議そうな目で見ていた。
「…ワキノブ君?」
「彩さん…それ以上はダメです。それ以上やっちゃったら、明人さんが貴方を怖がってしまう…それだけはダメです…」
「…え?」
「自分のお姉さんが、自分の為に誰かを殴って、誰かを傷付けたって事を、明人さんが目の当たりにしたらどう思うか考えられないんですか」
「…」
「そりゃ勿論嬉しいですよ。自分はこの人から愛されているんだと自覚出来て気分はさぞ良いことでしょう。でも…」
「…」
「…明人さんは、これから彩さんの言いなりになる。貴方を崇拝して、貴方に心から惚れ込んでしまう」
「…」
「それは良いことなんですか。それは家族らしい健全な関係と言えますか」
「…ワキノブ君…まさか…」
神足さんが私の方を見て、何かを察したように目を見開いた。
「どうか、その一発で堪えてください。それから先は司法か、他の何かが手を下します」
「…」
「…どうか、お願いします」
私がそう言い頭を下げると、彩さんは、菜那さんから手を離し、ゆっくり振り返ってから、明人さんの方を見た。
「……明人…私…」
彩さんの大きな瞳は、涙でじんわりと滲んでいた。
その大きな瞳は、私の側にいた明人さんをしっかり捉えている。
「…帰ろ、姉さん。僕はもう平気だから」
「……うん」
…これで良かったんだ。この二人は…私と姉様みたいにならない方が…。
「ありがとワキノブ…何があったのか、何を考えてるのか、全部聞かせてもらえますか?菜那さん」
華菜さんが私の隣に立ち、私の背を撫でてから菜那さんへそう声をかけると、菜那さんは観念したように息を吐き、そして…。
「…悪いね、華菜ちゃん。そうはいかないんだ」
そう言い残し、背後の窓を開け、外へ飛び出した。
「!待て!!」
「逃がすわけねえだろが!!」
朱里さんが大声を上げ、同じように飛び出し、追いかけると、その後ろを智明さんも追いかけて行った。
「…なあ、ワキノブ。私は甘いかな」
「…え?」
「…ここが一階で良かった、って思ってしまうのは…流石に、あの人に甘過ぎるのかな」
「……華菜さん…?」
「ワキノブ君、どうしたの?」
「神足さん!あの、実は一つお伺いしたい事があって…艮さんについてお聞きしたいんですけど」
「…ごめん、実はこの後予定があって」
「…予定、ですか?」
「文化祭のために何個か私物のスピーカーとか機材を貸しててさ…それをこれから借りてる倉庫に運搬しなきゃいけないんだ」
「…急ぎ、みたいですね」
「でも今は準備中だから大丈夫…艮君について、今の段階で分かってる事だね」
「あ、はい…」
「実は艮君の父親について分かったことがあって…お父さん、XYZの事業本部長なんだって」
「XYZの!?あの…人体実験してるって噂の企業ですか?それで、確か…東の極道組織のフロント企業、ってやつ…」
「そこまで知ってるんだ…なら話は早いね。とりあえず歩きながら話そうか」
「はい……その、企業の本部長さんが艮さんの父親…なら、人体実験にも関わってるんですか?」
「そこまでは分からない。でも晶から聞いた感じ…無関係ではなさそうだね」
「…リンチって話してましたよね、朱里さんがリンチされたんですか?」
「うん…それを、晶や私は自分を恨んでる西の極道組織の一人がしたことだと思ってた。でも朱里さん本人が否定したんだって」
「リンチした奴の顔を見たからですか?」
「だと思う。顔を出してリンチした…これから察するに、XYZは晶を脅迫するつもりなのかな…艮君の、過去を利用して」
「…過去」
「デリケートな話だから内容については省くけど…その主犯格に居たのは朱里さんだ…と艮君に嘯いて、唆したのは…菜那さんだったみたい」
「…もしかして、実際いじめてたのも、菜那さんなんですか?」
「…うん」
「…なら…艮さんは、嘘の情報に踊らされて、全くの無関係な人をリンチさせられてたって事になりますよね?」
「そうなったら彼も立派な被害者だ。暴行事件は悪い事だし裁かれるべき…でも、情状酌量の余地はありになる」
「…神足さん、なんか、私…頭痛くなってきました」
「ふふ、私もだよ」
「…運搬手伝ってくれてありがと。あとバターも…晶に渡してくれたんだって?」
「うん、神足の助けになれたなら嬉しいよ」
「ふふ、ありがとね…本当はここに運ぶまでもあの子達に手伝ってもらう予定だったんだけど、あのガキ共スピーカーのコーン潰しやがってさ」
「それは頼めなくなるね…これ運ぶ」
「うん、頼んだ」
「…あのー…ね、ねえ?」
「うん?」
「今、これを持って思い出したんだけどさ…ここに傷のあるスピーカーって、確か…」
「……」
「ヴィンテージもので、買った時にはもう既に…六桁いってたんじゃなかったっけ?」
「……」
「その時は六桁でも破格の値段って言われてたけど、この傷が…今は亡き伝説のバンドマンがつけたものって噂されたせいで…その時の10倍くらいに値段が上がってて……確か、ほぼ8桁いくくらいの……」
「ちがうよ」
「……にしては緩衝材の量えげつなくない?」
「ちがう」
「…もしもこれを、僕が……ガッ!てしちゃったら…どう償えば良い?」
「…肝臓一個とか?」
「……」
「冗談じゃないよ」
「分かってるから手が震えてるんだよ!!」




