第7話 絵描き
店のカウンターでスケッチブックを開いていた。自分でデザインした魔具の絵をじっと見つめる。描いたのは、リースの形をしたペンダントだ。蔦で輪を作り、飾りとしてユリの花を入れた。そして輪の中に魔石を埋め込む。魔術式は蔦に刻もうと考えている。
はじめはペンダントじゃなくて指輪にしようかなって考えたんだけど、サイズが小さくなって魔術式を書くのが大変になることがわかったから、ペンダントにした。
因みにユリの花は、前に助けた花屋のお姉さんアーシャさんのところで買ったものをスケッチした。実は、あれからしょっちゅうアーシャさんのところに行って花を買っている。資料にしているのもそうだけど、なにより家の中に華やかさが足りないから花を飾ることにしたのだ。ルビィはそういうところ無頓着だから。
「ほう……、たいしたもんだ」
僕の肩越しから、絵を覗き込んで、ルビィが感嘆の声を上げた。
「私にはそんな華美な物はデザインできないよ」
石に台座をつけて鎖を通しただけのネックレス。石が嵌まり、魔術式が描いてあるだけの指輪。これを喜ぶ女性は少ない。だから、魔具の売り上げは正直伸び悩んでいる。必要な人しか買わないのだ。
だから、ルビィももうちょっと可愛らしい物、派手な物を作ろうとしたことはあるらしい。けれどそれを絵に描いてみても、自分でも他人でも納得させられる物を作ることができなかったんだそうだ。
自分は根っからの技術者で、芸術家にはなれなかった、と前に言っていた。そうやって納得するしかなかったのだ。まあ、魔具はデザイン性よりも利便性が重要で、どうしても機能面を求めてしまうものだから仕方のないことだ。
「こんな感じの物でも、魔具として使えます?」
一応基礎は踏まえているはず……なんだけど、未熟さ故か描いてるとどうにも不安になる。
「工夫次第っていったところだね。使う術にもよる。それと、これはこの図面のようにはいかない」
ルビィの指したのは、ユリの花を模った部分だ。
「さすがに細かすぎる。これの通りに作るのは難し過ぎるし、できたとしても壊れやすい」
そうかぁ。そんな気はしていたんだけど、やっぱりちょっと残念だ。ここは考え直さなければならない。
どうしようか。花を変えようか。そんなことを考えてペンに手を伸ばしたところで、止められた。
「悪いけど、続きはお遣いのあとにしてくれるかい?」
「お遣い?」
「これさ」
渡されたのは、ずっしりとした袋。このお遣いになれた僕には、中身が容易に想像できた。お遣い先も。
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前に、僕にはグラムたち以外の友達が居なかった、みたいなことを言った気がするが、それは〈木の塔〉内に限っての話だったりする。実は、仕事関係で知り合ったのだが、気の合う友人がきちんといたのだ。
名前はミンス・ラフテル。職業は画家。それなりに評価はされているらしいが、若いこともあってかまだまだ貧乏だ。
シャナイゼの建物は、あの大樹がある所為か、景観を保護するために、建物は基本的に屋根は緑、壁は茶と決められていて、ミンスの家もその例に漏れなかったのだけれど、色は褪せていて古かった。この街が森なら、この家は枯れ木だ。屋根の塗装はところどころ剥がれていて壁はなんだか埃っぽく、こんなところに人が住んでるのか疑うほど。
ミンスは、何度か個展も開いたことがあるらしいから絵が売れていないわけでは、収入は充分でないらしい。生きるのにはあまり困っていないようだけど、家を修繕したり絵を描くのに肝心の顔料を充分に手に入れるだけのお金はないらしい。
そこで、たまに僕たち装飾品の技師が石を削ったときに出た滓を分けてもらい、この屑を使って顔料を作っているのだ。
時を遡って2年前、ミンスに会ったのは、ルビィの下で暮らして間もなくだった。弟子の名にふさわしく、彼女にお遣いを頼まれて、僕はミンスの下を訪問した。
木製の、思いっきり殴ったら拳が突き抜けてしまいそうなほど薄いドアをノックして現れたのは、当時17歳のミンス。
「どちらさま?」
寝起きで機嫌が悪いんです、という印象だったミンス(あとから聞いてみたら本当にそうだったらしい)。赤毛はぼさぼさだし、シャツの裾は出したままだし、どうにもずぼらな人間にしか見えなかった。見た目はいいのに、もったいない。
「魔具屋のヴィスです」
「ヴィス?」
眠そうな細い目でその人はしばらくボケっとして首を傾げていたが、やがて、ああ、と頷いた。
「女が跡継いだって聞いたけど」
「僕は弟子です」
「だろうな」
ん、と手を出されたので、僕は袋を差し出した。
受け渡して普通はここで帰るんだろうけど、僕はどうしても気になっていることがあった。
「あの、これ、ちゃんと分別できるんですか? かなりいろいろ混ざってますけど」
僕らが扱う石の種類は様々だ。赤いのもあれば青いのもある。それを削る作業はいつも同じ台。掃除をするときにいちいちごみを分別したりしないから、石屑は埃なども含んで混ざってる。これではこのまま顔料には使えないはずだ、と僕は思っていた。
「興味あるのか?」
あれ、意外に親切だ、と思いながら頷いた。
「あまり面白いものじゃないぞ。地味だし、時間も掛かる」
実はこの質問、出掛ける前にルビィにもしていて、そのとき彼女に見せてもらうといい、と言われていた。なので、見せてくれると言うのなら、喜んで飛びついた。
「お邪魔しまーす」
中は広いが、一室しかないらしい。薄暗い部屋の隅に、積み重なったり立てかけられたキャンバスがあり、資料かなにかかと思われる紙の束があり、顔料を作るための道具と見られるものがごった返してあり、とまあ散らかっていた。ただ、自分がただいま描いているキャンバスともう一ヶ所の周囲は比較的綺麗だった。
そのもう一ヶ所は、白く大きな盆が床に置いてあった。浅いすり鉢状で、陶磁器みたいに滑らかな表面で、真ん中に穴がある。結構大きくて、直径からして手で抱えるには無理そうだ。上を見ると、穴のない同じものが天井に貼り付いていた。それなりに重さはありそうだし、落ちてこないのか、と不思議に思っていたものだ。
ミンスはそこに袋の中身をぶちまけた。
「やっていることは至極単純だ。比重を利用している」
「比重……。水に沈めたりとかですか? でも、やっぱり難しい気がしますけど」
「だから魔術を使う」
ミンスが手で盆の端に触れると、盆の上に青色の魔法陣が描かれた。青、ということは水系の術だ。これは装置型の魔具であるらしい。
床の盆と天井の盆を繋ぐように、水柱が立つ。その中は渦巻いていた。海の中から渦潮を見ているみたいだ。渦の流れに巻き込まれて、石屑がかき混ぜられながら浮き上がっていく。渦が石屑で黒くなると、流れは徐々に緩んでいった。ゆっくりと石が沈降をはじめる。
「あとは沈降するのを待つだけだ。地の術で少し重力を弄ってあるがな」
だからほとんど比重が変わらない物でもきっちり分別できるのだという。
「取り出すのは?」
まさか上から掬うのかと考えたものだ。
「方法は分液漏斗と同じだ。これも分けやすくするために、魔術が使われている」
「分液漏斗?」
「化学実験で使わなかったか?」
「僕、学校行ってないんで」
故郷は貧乏で、都市部はともかく、辺境の町村には学校なんてものはなかった。
一方、シャナイゼでは、6歳から15歳まで義務的に学校に行かされて、いろいろなことを教わるらしい。初歩的な化学の実験をやらせてくれることもあるそうだ。うらやましい。僕もそういうところで育ちたかった。
「分液漏斗っていうのは、混ざり合わない液体を抽出分離する器具だ。上部に栓がある漏斗だな。漏斗はさすがにわかるよな?」
これには頷いた。穀物や液体を袋に入れるときに使ってるのを見たことがある。
「漏斗の足のほうにコックがあって、液体が分離したらそのコックを回して比重の重い液体を下から出すんだ。そうやって分離できる。こいつもそれと同じで、ほら、下のほうに弁があるだろ。ここから重いものから順に石屑を取りだす」
言われて下を覗いてみれば確かにあった。下の盆の中央の穴はこれの為だったのだ。
「魔術が使われているのは?」
「違う比重の物を通さないためのフィルターの役割をしている。式がどうなっているかは訊くなよ。〈赤枝〉の奴が描いてくれたんだ。俺は絵描きで魔術師じゃないからな」
ふうん、〈赤枝〉ってこういうことしているんだ。ちょっと面白いかもしれないなぁ。
……なんてこと考えて、分離した石屑を取り出すまでじっと居座っていた覚えがある。その間、ミンスが絵を描くのを覗き見ながら絵画の話をしてたのだ。たまたま僕も絵についてそれなりに知識があったから、結構話が弾んだ。ただ、僕の知識が価値とかそういう現金なことばかりだったので、ちょっと不満そうだったけど。
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そして今日も、薄いドアをノックした。相変わらず、力を入れれば破れてしまいそうなドアだ。ちょっと強い風が吹いたら吹き飛んでしまいそうなので、換えた方がいいと思うのだが、ミンスはお金を理由に面倒臭がってやらない。
「おお、お前か。いつも悪いな」
慣れてくると、さすがにミンスもはじめの頃みたいにつっけんどんな対応をしなくなった。今では親しみをもって迎えてくれる。
「寄ってくか? 茶くらい出すぜ」
こうやってお遣いの流れで家に上がり込むのもいつものことになっていた。ルビィも承知で送り出してくれている。
「相変わらず散らかってるなぁ……」
たくさんの筆が転がった机の上。その下に積み重なっている汚れたパレット。隅に積み上がったキャンバス。床に飛び散った絵の具。綺麗にする気が皆無なのがよくわかる。
「これでもちょいちょい片してるんだぜ」
「見えない」
目に見えるところに埃が積もっていないっていうだけじゃ、とても説得力がない。
ミンスがお茶を入れている間、僕は勝手にテーブルに座る。食事用にと設けられたテーブルはさすがに画材の山に埋もれていなかった。
「今はなにを描いてるんですか?」
安そうな紅茶を入れてきたミンスに尋ねる。
「見るか? これなんだが」
と言って下絵を見せられる。端的に言えば剣を持った女の人の絵だ。強風に煽られた髪の波打つ、剣を掲げ持ち、鬼気迫る表情の勇ましい女戦士。まだ木炭による線画なので、彩色は全くない。
「オルト画廊の企画でな、神話を題材にした絵を描いてるんだ。これはアリシアを描いたんだが……」
この世界に神様は4人いる。創造神エリウス。光神レティア。闇神オルフェ。そして、破壊神アリシア。この世界は、その4人の神が昔あった世界を作り変えられたものだ。
昔々、大規模な戦争があったのだという。世界中が戦争をしているという有り様で、とにかく酷かったらしい。そんな世界を憂いた女神アリシアは、携えた剣を持ってその世界を破壊した。この破壊がどういうものを指しているのかは、よくはわからない。ただ、生物は絶対数を減らしてわずかにしか残らず、文明はほとんど崩壊した。
さて、その壊れた世界をもとにして、今の世界を作り上げたのが創造神エリウスだ。彼は砕け散った世界の破片を集め、新たな秩序の世界を創りあげた、とされている。魔術とかができるようになったのも、この後のことらしい。そして、生き残った人間から2人を選出し、神に据えて世界の秩序を守らせた。それが光神レティアと闇神オルフェ。レティアは英雄を選び人々に希望を与える、希望の神。オルフェは悪しきものを滅ぼし世界に安寧を与える、裁きの神だ。
で、その四神の中でアリシアを描いたというのだが。
「なんか違うなぁ……」
綺麗な絵だと思うが、僕の中のアリシアのイメージと合致しない。
そんな僕の横で、ミンスもまた渋い顔をしていた。
「旧世界を破壊している場面なんだが、いまいち……こう……しっくり来なくてな」
「迫力あると思いますよ?」
黒い線だけの絵だが、今にも剣が振り下ろされて、大地が割れてしまいそうな、そんな緊張感が感じられる。破壊神の絵であると誰も疑わないだろう。
「そうなんだが……。うん、そうだ。レン、お前だったらどんな気持ちで世界を破壊する?」
「憎しみで。全員皆殺しにしてやる、って」
「いっそ潔いなお前」
じゃあ一体なにを思いながら世界を壊せばいいんだよ。
と思いながら、昔に聴いた話を思い出す。
「……でも、アリシアはそれだけじゃなかったと思いますよ。悲しみ、虚無感……そうだな」
2年前、この街に住む前――グラムたちに出逢ったときのことなのだが、四神に関わる事件に巻き込まれたことがある。だから、普通の人が知らないようなこともちょっと知っていた。
「僕が聞いた話だと、アリシアは大切な人を殺されて絶望したそうです。だから破壊神になったんだって」
「絶望……神のほうが?」
意外そうにミンスは目を見開く。普通は絶望するのは被害者側だからね。
アリシアは終わらない戦争を憂いて、世界を破壊することで戦いを終わらせようとしていたと言われているが、実際は、彼女は最も大切なものを喪って世界がどうでもよくなったから、エリウスの口車に乗って世界を破壊したのだと聴いたことがある。
この世界が今の形に存在しているのは、実はすごく身勝手な理由なのだ。
因みに、レティアとオルフェ以外の神ももとは人間だったのだが、これについての認知度は低い。ミンスもよく突っ込まなかった。
「そのあとは過ちに気付いて、全てを失った虚無感から役目を放棄してるみたいです。後悔してたんですね」
「ふーん、絶望、後悔、ね」
なにか思うところがあるらしく、その2つの言葉をメモしていた。参考になるのだろうか。
「他に四神のことでなにか知ってるか?」
ペンを持ち、興味津々といった感じで聞いてくる。まるで取材を受けているみたいだ。
「えっと、エリウスは糞餓鬼で、オルフェは生真面目だけどヘタレってことぐらいですかね。あとレティアはカリスマ性はあるけど、面白がりだって聴きました」
「お前にとって神とはなんだ」
そこはまあ、誤魔化しておく。
しかし、なんだかんだ言いながらミンスは僕の言葉をメモしているようだ。……本当に参考になるのかな、それ。
「四神の話なら、僕よりずっと詳しい人がいますよ」
〈青枝〉のウィルドは神話にとても明るい。彼に訊けば、裏話まで話してくれることだろう。
紅茶に口をつける。やっぱ安物、味はいまいちだ。でも、この前リグたちの研究室で飲んだものよりかはマシかもしれない。〈精霊〉サーシャが拘って入れた紅茶は、本当に色だけのものだった。はずれだったのだ。
「で、そうだ、これを見てください」
僕はスケッチブックを取り出した。ついでだから芸術家さまにも見てもらおうと持ってきたのだ。
「魔具のデザイン画か?」
「ペンダントの装飾部分です」
ミンスは紙と鼻がくっつくんじゃないかっていうくらいスケッチブックを顔に近づけた。
「すげぇ緻密。お前絵上手いな。本物のユリの花みたいだ。……バイトの助っ人頼みゃよかったな」
そういえば彼は前に劇場の大道具のバイトとかしていたこともあった。あと、雑誌に載せるスケッチとか。そういうところで生活費をコツコツ稼いでいるらしい。
芸術家って大変だ。
「でも、無理あるんじゃないか、これ。装飾品として造形するには細かすぎるだろ」
「ルビィにもそう言われました」
「もっと簡略化してもいいんじゃないか? 例えばそうだな……」
ミンスは新しい紙を持ち出して、ペンを走らせた。
「こんな感じとか」
見せられた紙に描かれたユリの花は、雄しべと雌しべがなくなり、萼もなくなった。
「だいぶ抽象的になりましたね……」
絵はどちらかというと写実的なものが好きな僕は、あまり面白くない。
「いいんだよ、別に。本物とそっくりだったら、本物使えばいいって話になるからな。それに金属製の精巧な花なんて気持ち悪いじゃんか。あとは技術でカバーする。例えば……」
別の位置にもう一度ユリの花を描く。地面を向いたユリの花。本来雌しべがあるところから大きな雫が滴り落ちている瞬間を捉えた絵だ。その雫の部分に“石”と注釈が入る。
「こうすれば、偽物っぽさが気にならないだろ。むしろ作り物めいているのが、かえってプラスとなっている」
まあ確かに、このような図は実際にはそうそう見られない。けれどこれは装飾品としてはありだと思う。こういう工夫もあるんだな。
「不自然さを楽しむ。これが芸術だ」
だから抽象画などがあるのだ、と彼は言う。前にもそんな議論をしたことがあったな。
「これ、使っていいですか? ところどころ変えるかも知れないですけど」
ちょっといろいろと思いついたことがある。家に帰ったら早速描き直して試してみたい。
「おう、好きにして良いぞ」
と答えて、ミンスはふと遠い目をした。何かを考えているらしい。
「……いつか合作っていうのもいいかもな。俺がデザインしてお前が作る」
「いいですね、楽しそうです。いつか売れて、女性の顧客が付いたらお願いしようかな」
「売れたらかよ。しかも女相手」
だって、若くてそれなりの顔の男の芸術家っていうのは、だいたいおねえさまがたのファンが付くものだ。もし売れっ子になって、その人がデザインした指輪やペンダントが出てきたら、おねえさまがたはそれはもう喜んで食いついてくるだろう。ある程度の値段が付いていても売れる。つまり儲かる。そのまたつまり、材料費が賄える。
「そのためにも頑張ってくださいね、ミンス」
そう言うと、途端嫌になったとばかりにミンスは顔を顰めた。
余談になるが、僕のアドバイスによって、ミンスの描いたアリシアの絵は、展覧会でなかなかの評判だったようだ。
それからもう1つ。お遣いに行った日のことに戻るが、帰り際にミンスにせがまれたのでウィルドのことを教えると、後日ウィルドから苦情が来た。
なにをした、ミンス。




