第6話 まだ届かぬ槍の先
「よし、素振りは終わりだ。次行くぞ次!」
小隊で定められた戦闘訓練。素振りの最中にいい加減な召集を受けて、僕とヨランは武器を下ろし、ニース隊長の下へ行く。
ここは〈木の塔〉の野外演習場。主に〈黒枝〉の戦士たちや、魔術師が訓練に使うところだ。土を踏み固めた地面に侵入者が容易に入れないように網で囲っただけとあまりに簡素だが、これが一番経済的で手間が掛からないのでこうしたらしい。主に壊れたときに。そりゃあ中には遠慮なく魔術をぶっ放す人もいるんだもの、頻繁に壊れるに決まっている。
それはさておき、呼ばれた先、ニース隊長の隣には、なぜかグラムが居た。どうしてこんなところに、と首を傾げたところで、ニース隊長が口を開く。
「さて、次の訓練に行く前に本日のゲストを紹介しよう。第6小隊が隊長〈破魔の剣士〉グラム・レイスだ」
「よろしくな!」
「……で、さっさと本題お願いします」
「もっと構ってっ!!」
酷い酷い、と泣いてるグラムは無視。ヨランは目を白黒させているけど、ニース隊長はグラムの反応さらりと流した。どうやらグラムとそれなりに付き合いがあるらしい。
「次にやるのは、1対1での戦闘だ。残念ながら、我が隊には白兵戦ができる奴が俺しかいないため、他所の隊のグラムに来てもらった。ヨランは俺と、レンはグラムとやって貰う。質問は?」
「得物はこれだけですか?」
手に持つ得物を掲げる。今持っているのは、愛用の鉾槍ではなく、ほとんど棒と言っても差し支えのない訓練用の槍だ。刃のある武器を振り回してうっかり死んだらヤバいから、普通はこういうものを借りて使う。ハルベルト型がないのが残念。
「そうだ。魔術も禁止。今持ってる武器だけで勝負しろ。あと、そのあともう一戦やるからな、体力使いすぎんなよ」
そう言い残して、ヨランを引き連れて隊長は離れていく。それを見送って、僕はグラムに向き直った。いつもと変わらぬラフな格好のグラム。だけど、手に持つ武器はいつものように剣ではなかった。
「グラム、槍使うんですか?」
彼が持っていたのは、僕が持っているものと同じもの。剣を主として扱うけど、一応だいたいの武器を使うことができるらしい。なんでも、前隊長の教育方針だったとか。そのお陰で同じ隊の魔術師であるはずのリグとリズも近接戦闘ができるという。
ちょっとそんな隊長の下にいたことが羨ましい。
「ああ。お前に合わせてな」
……本人に悪気はないんだろうけど、その受け答えは嫌な感じだ。器用でムカつくな。
「なにが苦手なんですか?」
「魔術以外だと、投擲とか射的はあんま」
グラムが使うのは剣に槍に斧に素手……接近戦の物ばっかりだ。運動能力が高いし、そっちのほうが合っているんだろう。
……あれ? でも、たしか、
「銃持ってますよね?」
あまり使っているところは見ないけど、街の外に行くときに銃を携帯しているのを僕は知っている。本人から見せてもらったこともある。あれが撃てるってことは、苦手ってことにはならないんじゃないだろうか?
「ああ、あれ。あれは威嚇や牽制に使ってるだけ」
銃は隣国の技術で作られた武器で、輸入品。中に込める鉛玉が消耗品であることもあって、なかなか金の掛かる武器だ。基本的には引き金を引くだけなので、素人でも容易に人を殺しかねない(反動が大きくて普通狙った通りにはいかないけど、威力は凄いのでやっぱり危険)ので、〈木の塔〉が管理し、一部資格を持つ人間だけに配給される。
それを、威嚇と牽制のためだけに使っているだって?
「グラム」
「ん?」
「ぶちのめすから、覚悟してください」
「え、なんで!?」
限られた人にしか配布されないそれを、補助とはいえ持っていられるってことは、それなりの技量があるということで。
だけど、本人は苦手な方だという。
つまりは、この人は戦いにおいては人並外れてるってことだ。
それをひけらかしたりしないのはグラムの良いところではあるんだけど、こうも気にした様子がないと、むしろちょっとムカつくものだ。
結果から言うと、負けた。健闘はしたと思う。結構長いこと戦ってたし。けれど、負けた。
ぶちのめす宣言をしといて負けた。……カッコ悪い。
休憩を取れ、と言われて訓練場の端へ来た。ヨランが頭から水をかぶっているのを待っている間、僕は地面の上に胡坐を掻いて座り込んでいた。水が飲みたいけど、先に水道を使っていたのはヨラン。終わるまで待つしかない。
「畜生、わかってたけど腹立つなー」
腕を組んで何故負けたのか考える。2年も彼の戦いを見てきたんだから、今さら奴の身軽な動きに惑わされるなんてことはない。槍の指導でグラムが教えてくれたこともあったから、槍を使うのが意外過ぎてってこともない。ああ、けどやっぱり剣を持っていることを想定して動いていたかもしれない。リーチを見誤った覚えが何回かある。……でも、それだけか?
腹や左胸が痛い。そこを主に突かれたんだった。訓練用の刃のない槍で、急所には皮の防具を纏っているとはいえ、まったくダメージがないわけではない。――ここが僕の隙。
槍を振り回し過ぎたんだってことに気づいた。本来は刺突の武器、正しい使い方は突き刺すこと。懐に潜り込まれないうちは、そうするのが一番隙が小さい。それを振り上げたとき、あるいは振り下ろしたときに隙が生じたのか。そこを打たれた。
結局、ハルベルトの癖が出たってことか。自分でも気が付かないうちに結構斧頭に頼ってたんだな。
「ほれ水」
水浴びを終えたヨランから、使いまわしのブリキのカップになみなみと水が入ったのを渡される。意外に気が利くな。
「ありがとうございます」
口に含んだ水は冷たい。喉の奥を冷やされて、頭まで冷却されたような気がする。反省も終わったし、水分補給もできたので、次の戦いに向けて頭を切り替える。
「どうでした?」
さっきの隊長との戦いについてヨランに聞いてみる。グラムと戦っているときに気にしてる余裕はなかったから。
「惨敗」
むすっとした調子で返ってくる。そうだと思った。隊長も手練れだ。剣を握ったばっかのヨランが勝つのは無理がある。
「次は2対2か……」
もう一戦、ていうのはそのことらしい。今終わった1回目の模擬戦は個人戦の、次は複数戦の訓練だということだ。この休憩の後、僕はヨランと組んで、隊長とグラムに挑むことになっている。なんて無茶な。
「せめて魔術が使えれば……。あの剣を持っていないなら、グラムを叩く良い機会なのに」
「剣ってなんだよ」
「グラムの二つ名、知ってますか?」
「〈破魔の剣士〉だろ?」
そういえばさっき、隊長が言ってたか。それとも、同じ〈黒枝〉だから知ってるんだろうか。
“破魔”とはその名の通り、魔を破ること――すなわち、魔術を破壊あるいは破ることだ。魔術を使うのに使われる魔法陣、あれは魔力出てきていて、普通物理的な力では壊すことができない。けれど、グラムはそれが可能なのだ。ただ、
「その破魔、グラムの技能ではなく、彼が持っている剣の効果なんですよ」
グラムの剣〈リダクション〉。その名の通り魔力を“還元”させる、剣の形の魔具だ。グラムは魔術を使えないが、魔具は扱うことができる。奴が魔力を流すと、剣は魔力を破る力を発動させて、その力で刃を包み込む。そして剣を振りかざせば、魔法陣がずぱっと切れてしまうというわけだ。
魔術を使わせてもらうこともできない。これは魔術師にとって脅威だ。武器を持って戦うことなどほとんどない魔術師から魔術を取ったら、普通は立っているだけの役立たずに陥ってしまうから。
「だから、剣を持っていない今は、絶好の機会なんです。……たぶん」
そんな特殊技能がなくてももともと強いから、脅威であることには変わりない。でも、可能性があるというのは大きいわけで。それが今日使えないことが口惜しくてならない。
因みにグラム、〈破魔の剣士〉が一番有名ってだけで、他にも称号があったりする。だから〈リダクション〉がなくなっても知名度が地に落ちることはないんだそうだ。つまり、剣がなければなにもできない役立たずではないってわけ。
「お前、グラムさんとはどういう知り合いなわけ?」
僕らが仲良しなのが気になるのか、ヨランが訊いてくる。結構会ってるんだけど、端から見ると接点ないように見えるのか。
……ああ、でも出逢いかたはちょっと特殊かもしれない。
「昔、泥棒と間違われました」
〈木の塔〉からある1冊の本が盗まれたことがあった。グラムたちはそれを追って、シャナイゼの反対側、リヴィアデールの西国境付近にある街へ行ったのだ。
そのとき、たまたま僕らもその街にいた。不幸なことに、本を盗んだ泥棒は僕の知り合いで……ああ、腹立たしいことに、運悪く遭遇した僕に偽物を押し付けていったのだ。そしてそのあとグラムたちに見つかって、捕まった。
そのあとは、勘違いであることがすぐわかって、解放された。けれど次の日再開して、帰る予定だったグラムたちと行き先が一緒だったので同行した。彼らとはそれからの縁である。
――て、回想している場合じゃなくて。
「できないものは仕方ない。この槍だけで取りに行きます」
「取りに行くって……勝つ気かよ!」
決意して拳を握りこめば、ヨランは冗談だろう、とばかりに声をあげた。
「当たり前です。2人は無理でも、1人くらい仕留めて見せます! たとえ、命を失っても……っ!」
「命をって、訓練だぞ!」
頭湧いているのかとばかりに突っ込むヨランだが、そっちこそなにを言っている。
「訓練だからですよ。なにやっても死なないんです。だから死ぬ覚悟でやっても全然問題ない。どんな無茶無謀もできます」
訓練だから、相手を殺そうとしちゃいけないのは、言われるまでもなく当然。だけど逆を言えば、向こうも殺しに来る訳じゃないんだから、本当の戦場だったら命を落としてしまう行動だってできるんじゃないんだろうか。こういうときに思いっきり無茶やって、実践だったら死んでるなっていうのを確認するのも訓練の1つじゃないかなと思うんだ。
あと、勝てない敵に何度も挑めるのもいいところ。なにも経験値は勝たなきゃ手に入れられないものじゃないんだから。
死なないうちに死んでおけ。誰かが言ってた気がする。
「やりますか、やりませんか」
挑むようにしてヨランを見る。さて、こいつはどう返事するか……それによって、今後の僕のこいつに対する扱いが決まるな。
ヨランは、キッと僕を睨みつけた。
「……やる。負けっぱなしってのは悔しいもんな」
根性あるやつでよかった。じゃなかったら、足手纏いになる前にご退場願ってた。
「おそらく2人とも一筋縄じゃ行きません。ニース隊長はいかにも軽薄男ですが、力もあるうえに頭もいいタイプです。力押しじゃあまず敵わない。グラムは普段の馬鹿さ加減から考えられないんですが、あれでも戦闘では戦術的・戦略的に動くことができるんです。加えて、素早くて身軽で動きの予測が難しい。甘く見てると痛い目にあいます」
「前々から思ってたけど、お前、喋りかたに反して結構失礼……」
「だから僕たちに必要なのは作戦と連携、これに尽きると思うんです!」
頭を使える強い人たちに力技なんて全く通用しない。だからこっちも頭を使う。正直に言えば通用するかどうかはわからないけど、わからないからと試さなければ結局なにもできなくなる。
ものは試し。さて、誰を狙おうか。
ヨランと2人、武器を持って相対する。正面にはグラム、その右には隊長。グラムはさっきと同じく槍を持っていて、隊長はいつも通り大剣だ。
審判にはアナイスを呼んできたらしい。いつの間にか彼女がここにいる。
作戦は、一応立てた。正直に言うと、作戦というより方針といったほうがいいような内容だ。
正直、不安要素ばかりだ。
「はじめ!」
合図と同時に走り出す。僕はグラムに、ヨランは隊長に。詰め寄って槍を突き出す。そしたらグラムも同じことをしてきたので、柄を絡めとるように動かして跳ね上げてやった。同じように上がったこちらの槍は手の中で柄を滑らせて、石突きをグラムの腹目掛けて突き出したが、躱された。穂先を袈裟懸けに振り下ろされたので、柄で受け止め押し返す。
槍を引っ込めて摺り足で2、3歩後ろに下がった。槍を前に構えてそろりと横に動きながら相手との距離を測る。グラムも同じことをしているので、まるで鏡の中の自分と対峙しているようだ。
右方向にヨランと隊長が戦っているのが見えた。あちらは激しくやりあっているようで、木剣のぶつかり合う乾いた音が絶えず響いている。
「それっ」
グラムの槍が迫る。それを打ち払いながら、徐々に右へと動く。押されているように見せかけながら、徐々に後退していく。
グラムが一歩を大きく踏み出した。大技を仕掛けてくる気だ。
力強く突き出された槍をこれも後ろに大きく飛び退り、距離をとったところでそのままグラムから離れようと駆け出した。逃げるんじゃない。隊長のところへ行くのだ。
僕たちが、例え負けて死んでも仕留めようと決めたのが隊長だった。すばしっこい相手とそうでない相手。厄介なのは前者。厄介なほうをさっさと片付けるのがセオリーだけど、今回はターゲットは1人だけ。だから、それを仕留めるまで奴の攻撃を凌げば良いわけで。
ヨランには、とにかく隊長に張り付け、と言っておいた。無理に攻撃を当てなくていいから、息吐く間も与えるな、と。そうして隊長の目をヨランに釘付けにし、隙を見て僕が止めを刺そう、という作戦。
これにはなんとかグラムを引き離さなければならないという難点があるが、例えばほら、今みたいに大技の後の硬直時間を利用すればなんとか……
「ちっ」
ならないか。
地面に突き刺すように下ろされた槍の穂先をぎりぎり躱した。立て直すのが早いし、詰め寄るのも早い。剣技もさることながら、しかしグラムの一番の脅威は脚力と跳躍力だ。ちょっとの距離ならばすぐに詰められる。
着地した足に力を入れ、一歩踏み出すのと同時に槍を突き出す。脇腹を掠めた。振り上げられる槍を柄で受け、押し返した反動で後ろに下がる。さっきから後退してばっかりだ。槍を振り回して相手の接近を防ぐ。
参ったことに、グラムに隙がない。このまま隊長に攻撃しようとしたら、間違いなくやられる。
……こういうときに魔術が欲しいと思う。
そこからはグラムの槍を捌くのに精一杯だった。隊長を気にする余裕もないし、グラムはこちらの考えを読んだようで、僕が離れる隙をくれなかった。ヨランに言ったことは正解だった……と思う反面、いらいらするし焦る。
そうして精神を乱されたのが悪かったんだろう、槍を掬い上げられて、手から離れていってしまった。次の瞬間には、穂先が眼前に突きつけられる。
なんてことだ。作戦も連携もあったもんじゃない。
降参の印に手を上げたその横で、ヨランが隊長に吹っ飛ばされるのを見た。
「ヨランは考えすぎだな。反射で動くべきところも考えて動いているように見えた。勘だけで動くってのも考えどころだが、少しは本能で動くことに慣れたほうがいいかもなぁ」
「レンはさ、1回目で学んだのはよかったけどさ、今度は突くことばっかり意識しすぎてたよな。その所為で反撃できたとこもしなかっただろ」
酷く落胆した気分で先輩2人のアドバイスを聞いた。全く歯が立たなかった。
言われてぎくりとなったのは、やっぱり思い当たることがあったんだろう。確かに今さら思い返してみると、あそこをああすればよかったな、っていう場面がいくつかある。さっきの反省が裏目に出た。
……畜生、僕もまだまだだな。
今日の訓練終了、との隊長の一言も耳に入らない。作戦ミスか、自分たちの技量が足りなかったのか……そんなのわかりきっている。両方だ。
「おいレン」
突っ立ったまま、僕のほうを見ずに、ヨランは低く唸るように僕を呼んだ。
「時間あるか」
なにするか、すぐに察した。今僕たちの心は1つだと思う。
「夕方までなら」
「付き合え」
「喜んで」
ヨランは剣を持ったまま走り出した。僕もそのあとに続く。なにが悪いにしても、経験が必要だ。奴を相手にいろいろ試してやろう。向こうもその気だし。
「おいおいお前らまだやるの……」
力なく隊長が腕を伸ばしてきたので、僕は振り返って、
「やりますよ。次は絶対ぶちのめしてやるから覚悟しとけよグラム!」
グラムに指を突きつけて、今度こそヨランのあとを追った。
「だから、なんでおれ!?」
グラムの悲鳴は聞こえない。だから答えてやらない。
殺陣は難しい……
自サイトで幕間 グラム編、ニース編を掲載しています。




