第4話 〈精霊〉
「いやー助かったよ、第11小隊」
大樹の中である〈木の塔〉本塔の一室。ただでさえあまり広くないのに壁沿いに大きな棚がいくつも並べられていて、狭苦しさを感じる部屋だ。真ん中には6人くらいが座れる大きさの円形のテーブルが置いてあって、入り口の近くに僕、近いほうから時計回りにグラム、リグ、リズ、そしてもう1人が座っている。右隣は空席だ。
ここは僕とグラムを除く魔術師たちが研究室として与えられた部屋。リグたちの仕事場だ。僕はグラムに呼ばれてここに来た。
「ほんっと今回苦労してさぁ。数は多いし、おれたちも7、8も新入り抱えて無茶できないし、狩っても狩ってもわらわら出てくるし。いつ終わるかと思ってたんだよなー」
この前の魔物討伐は、グラムたちの小隊も駆り出されていたようで、僕たちはその助っ人という形だったらしい。それでこうしてグラムから感謝されているわけだ。本人の調子はなんか軽いけど、感謝しているのは本当らしい。
そんな元気なグラムの一方で、リグとリズは若干やつれていた。リズなんて机の上に伸びてる。急な魔物討伐が入っても、研究のほうもそれなりにやっていたようで、疲労が蓄積してるらしい。
研究と小隊の二重生活、大変だな。……僕はそれに技師としての生活があるから、三重生活になるのだろうか。しんどそうなので、今後のこと、特に小隊のことは、ちょっと真剣に考えといたほうがいいかもしれない。
さて、この場にいる最後の1人は、ぐでーっとしているリズを見、疲れた様子のリグを見、腕を組んで偉そうにふんぞり返って、眼鏡の真ん中を押し上げた。
ジョシュア・パーキンソン。双子の幼馴染にして、共同研究者である魔術師。見るからに尊大で横柄な印象の持ち主。というか、実際にその通りなんだけど、その彼は幼馴染たちの現状に憤慨していた。
「全く、どうしてこうなったんだ! 戦いに明け暮れて、本来ならお前たちは研究者として僕と……」
「「「その話は聞き飽きた」」」
双子だけでなくグラムにもただちに突っ込まれ、ジョシュアはむすっとして押し黙った。彼はリグとリズが小隊の活動をしているのが気に入らないらしく、かれこれ4年間このやり取りをしているらしい。飽きないもんだ。
因みに、グラムも含め彼らは僕が〈木の塔〉に入るまで勉強や剣を教えてくれた恩人だ。持つべきものはやっぱり友だちだと思う。そうでなきゃ僕は〈木の塔〉に入れなかった。もっと言えば、ルビィの下にもいなかった。人脈って大事。
そんなことをしみじみと感じながら、テーブルの上のお菓子に手を伸ばす。頭脳労働には糖分が必要だからという理由で、この部屋にはいつもなにかしらのお菓子が置いてある。
「お茶は如何ですか?」
「はい、いただきます」
柔らかい声に思わず返事をして、そのあとに驚いた。そこにいるのは白の髪に銀の瞳の人ならざる女性。そこに確かにいるはずなのに、周囲に溶けてしまいそうな存在感。
精霊。森羅万象の化身として、物語の中でよく知られている存在。しかし、彼女はそれであってそれでない。魔術によって作られた紛い物だ。
作ったのはここにいるリグとリズ、そしてジョシュア。彼らは召喚魔術について研究していて、その過程で〈精霊〉を創り上げた。以後、その〈精霊〉を呼び出す(というより作ると言ったほうがいいかもしれない)方法についての研究をしている。
「……なんでサーシャが給仕みたいなことをしているんですか」
リグの使い魔である水の〈精霊〉サーシャはティーポットを持って立っていた。使い魔というからには、主人に服従する存在なんだけど、だからといって、リグたちは自分の〈精霊〉に使用人のようなことはさせてなかったはずなのに。
その疑問に答えるように、リグは口を開く。
「自分がやるって言ってるんだよ。最近、お茶を入れるのに凝っているらしくてさ」
自発的と聞いて納得。感心して彼女をみれば、穏やかな顔にきらきらとした笑みを浮かべている。
「水色ってご存知ですか?」
知らないので、首を振った。
水色とは、紅茶を淹れたときの水の色のことを言うそうだ。葉の種類はもちろんのこと、お湯の温度や抽出時間でも変わっているらしい。紅茶の価値を決めるのにも参考にされるそうだ。
「この色を出すのが面白くて」
水を汚さずに染めるというのがなお良いらしい。
普段大人しい彼女が、子どもみたいにはしゃいでいるのは新鮮だった。
「味は無視なのが玉に瑕なんだけどな」
ただ色を出すことを楽しんでいるので、渋いときもあれば、湯のように薄いときもあるらしい。客が来たときは冷や冷やもんだ、それに茶葉をねだるから出費が増えた、と主であるリグが笑う。苦笑しながらの批判に、サーシャは口を尖らせ、そっぽを向いた。
因みに、リズにも〈精霊〉が居るのだが、その火の〈精霊〉は蝋燭作りに凝っているそうだ。色んな形の蝋燭が増えに増えて、片付けるのに困っているのだという。
「趣味まで持ってしまうんですねぇ、〈精霊〉って」
人間味溢れる〈精霊〉たちを微笑ましく思って口にすると、ここまでだんまりだったジョシュアが口を開いた。
「そこが問題なんだ」
「えっと……どういうことです?」
これまで僕が見てきたなかでは、彼らは〈精霊〉の意思を重視していたと思ったんだけど。
「その個性が、召喚のうえで最も曲者なんだ」
こうして〈精霊〉がいるわけだし、魔術自体はできているのだが、誰にでも使えるようにするためにはもっと改良する必要があるらしい。
その改良がうまくいかない原因が、〈精霊〉に個性を持たせることなのだとか。
「〈精霊〉には、実体となる身体がない。そこにまた、実体のない個性――精神を植え付けるとなると、どうしても術が複雑化する」
因みに、命令することなく勝手に動く、いわゆる自律式というのは、とっくにあるらしい。ジョシュアたちが目指しているのは、自動で動く人形なのではなく、人間のように思考する存在なのだとか。
「その上、実体のない精神は定義が曖昧だ。これを再現するのは大変だし、そもそも再現できたか確かめる術がない」
「でも、リグたちはできてるわけですよね」
ちら、と〈精霊〉サーシャに目を向ける。時折見かける彼女は、何度喚ばれてもいつも同じ人格……だと思う。それはつまりリグが毎度サーシャをサーシャとして再現できている、ということになるんだろう。
だったら、2人がどういうことをやっているのかを調べれば良いと思うんだけど。
「こいつらがやっていることをそのままやろうとすると、どうしても複雑な魔法陣になる。その上、微妙な調整も必要でな……どうしても技術が必要となるんだ」
技術――術者の鍛練などによって得られる感覚に頼った魔術は、なかなか真似できないから一見格好よく見えるけれども、開発としてはあまり良いものではない。こういうものは、やっぱり誰でも使えるのが良いのだ。できるだけ平易なもののほうが良い。
「そこで、身体も実体がないならば、逆に個性のほうに実体を持たせればどうかと考えたんだ」
ジョシュア曰く、なにもないところに曖昧なものを作ろうとするから面倒なことになるんだと。だったら、〈精霊〉を構成する何か一要素くらいは実際の物を使えば、少しは負担が減るのではないかということらしい。
「要は、〈精霊〉を構成する核みたいなのを用意しようって話よ」
なんとなくわかるような、わからないような。
「で、それに魔石を使おうと思ってな」
……ああ、僕が呼ばれた理由がわかってきた。
「それで、魔具にすることも考えていて、魔具技師である僕の力を借りたい、と?」
装飾品などにすれば持ち運びも楽だから、今まで通りに、いつでもどこでも呼び出すということもできるってわけだ。
「話が早いな」
では早速、とばかりにジョシュアが僕の前に紙を置いた。書いてあるのは魔法陣の中に描かれる魔術式と呼ばれる記号の羅列。ずらりと並べられたそれに、眩暈がした。まだ引き受けるとか言っていないが、それ以前に、
「初心者には全くわかりません!」
2年間素敵な家庭教師に教わってたとはいえ、僕が知ってるのはまだ初歩の初歩。それも、戦闘系ばかりやってきたから知識は偏ってる。物心ついたときから魔術使ってた奴らと一緒にしないでほしい。
「そうだろうな」
でも、さも期待してませんでしたとばかりに言われるのもむかつく。我が儘というなかれ、ジョシュアは人の神経を逆なでするのがうまいのだ。
「どの式を使うかの判断はこちらでやる。お前に頼みたいのは助言と製作だ」
つまりほとんど出番はないと。これを渡したのは飽くまで参考程度なんだそうだ。
「まだ研修生だし、本業のこともあるし、小隊もあるし。そう負担を強いることはしないって。……それでも負担、と言われればそれまでだけど」
リズは逃がす気のないジョシュアの代わりに逃げ道を用意してくれたつもりなんだろうけど、そういう風に退かれるとかえって断りにくい。
「……見返りは?」
友人で恩人でも、そこは妥協しない。世の中持ちつ持たれつ、だ。
現金な僕にジョシュアとグラムは呆れてるみたいだが、リグとリズは互いの顔を見合わせて仕方ないとばかりに笑った。
「俺たちができる範疇であれば、なんでも」
さすが、話がわかる。
うーんと、と考える素振りを見せるが、実はもうおねだりするものは決まっている。
「その〈精霊〉、できたら僕が貰ってもいいですか?」
実はちょっと興味があった。なんで、って訊かれると特に理由はないんだけど。強いて言うなら、憧れかな。召喚や精霊は昔話や娯楽小説の定番だから。
ただの手伝いごときでちょっと図々しいかな、とも思ったけれど、
「むしろ願ったり叶ったりだ。俺たちはサーシャとダガーで手一杯だからな」
お前なら悪用もしないだろ、とリグは笑う。
術式を変えたときに今の〈精霊〉たちの人格が変わる可能性があるし、かといって新しい〈精霊〉を使役する余裕もないから、彼らは自分たちではしないのだそうだ。術者がいないという面でも困っていたというので、僕の申し出は有り難いことらしい。
そういうことなら、心置きなく貰っておこう。




