第3話 魔物と小隊
リズの予言は、残念ながら当たってしまった。街の外の草原に、例年以上の数の魔物が現れ、人が襲われる被害があったのだ。
この知らせを受けて、先日〈木の塔〉は討伐のために小隊をいくつか派遣した。その中に、僕の所属する小隊も入っていた。
小隊というのは、5~6人規模の〈木の塔〉の戦闘チームのこと。魔術師が戦いの力を持つために、〈木の塔〉がシャナイゼの防衛を買っているというのは前回話した通りなんだけど、その活動そのものは各個人の任意で行われていた。その、自発的に集まった人たちの中からグループ分けされたのが、小隊。因みに、グラムとリズとリズは、同じ小隊だ。
ただ、防衛活動は自発的に行われていると言ったけど、〈木の塔〉に入った者は最低でも1年間小隊に所属し、地方民の安全に貢献する義務がある。リグとリズはその義務の期間を越えて小隊に居座っているくち。僕は、義務期間に入っている所為で小隊に仕方なく属しているくちだ。
武器を携えて防壁を通り抜ける。目の前に広がる大草原は草の丈が短く、見通しがいいのだが、反面隠れる場所もないので、魔物に襲われる被害は絶えない。だから時折こうして〈木の塔〉の小隊が討伐に出る必要がある。
この仕事、僕が〈塔〉に入ってから、小隊としては初めての仕事だった。その所為か、隣にいる同期はさっきからずっと浮き足立っている様子。命のやり取りになるのだから、緊張してるんだろう。僕? 昔はミルンデネスを旅していたこともあるから、ちょっとした魔物の相手は慣れたものである。
「お前ってさぁ、魔具技師だったよな?」
行軍の最中声を掛けてきたのは、僕の所属する小隊の隊長のニースさん。気だるげな喋り方と垂れたモスグリーンの瞳が特徴的なの25歳。初対面のとき、女性に貢がせてそうな軽薄な印象を受けたけど、隊長を任されるだけあって、思ったよりも真面目で立派な実力者だ。背中の両手剣が非常に頼もしい。
因みに、隊長は魔術師ではない。自警や魔物討伐
のため、〈木の塔〉はニース隊長みたいな純粋な"戦士”も囲っていた。魔術は発動までに時間が掛かるから、どうしても魔術師だけのチームでは戦場に向かない。だから、そういう盾役も必要になる。
「どうしてそんなもん使ってんだ?」
そのニース隊長が指し示すのは、僕の背中にある得物ハルベルト。ハルバードとも言うらしいが、僕はこの呼び名が馴染んでいる。
「別におかしくはないでしょう?」
魔術を専門にしていても、剣を持っている人は大勢いる。魔物の多いこの地では、魔術だけでは身を守ることが難しいとよく知っているのだ。ただ僕はその中でも、魔具を専門にしているっていうだけに過ぎない。
「おかしくないけどな、珍しいよ。ていうか、想像つかんかった」
まあ、難しい武器だしね。一技師が扱うような武器でないのも確か。
「ちゃんと使えますから、大丈夫ですよ」
「そりゃ頼もしい」
本当にそう思っているのか疑わしいほど軽い調子でそう言って、隊長はもう1人の隊員を見ると、
「ヨランはちょっと肩の力を抜け」
ぽんぽん、と励ますように肩を叩いた。
「う、ウッス」
僕と同じ時期に〈塔〉に入って、同じ隊に入ったヨランの顔は青ざめ、肩はがくがくと震えていた。手を添えた剣まで震えてカタカタ鳴っている。ここで脅かしでもしたら、裸足で逃げ出しそうなくらいに。
隊長の真似をして、肩にポン、と手を置く。
「そんなに心配しなくても、いきなり死ぬ確率高いところには連れていきませんよ、隊長たちも。バカだけはやらなきゃいいんです、バカだけは。そうすりゃ生きて帰れます」
「なんでお前そんなに余裕なんだっ!?」
そんなの、場数踏んでいるからに決まっている。
僕らの会話を苦笑いで見ていた隊長他2名だが、11時の方角に黒い影を見つけると、皆一様に、表情を引き締めた。
「……来たな」
狩人の目つきになって、隊長は低く呟く。
視界の良い草原で生き残るための条件。それは、脚の速さか身体の大きさ。足が速くなければ、獲物を捕らえられないし、捕食者から逃げることができない。それ以外の条件で生き残れるのは、捕食者と戦っても生き残れるほど大きく強い生き物だけ。
今回僕らを悩ませているのはどうやら前者のようで、肉食獣を幾つか掛け合わせた、見た目猫科の魔物だ。そのしなやかさはチーターという生き物のようだが、顔にはライオンのような鬣がある。だけど、尾はしなやかさはなくふさふさで、猫のものというより犬のもの。足もまた、猫科のものというよりは狼のようだった。他にもおかしなところが幾つか。魔物はおおよそ不自然な姿をしているので、普通の動物と容易に区別がつく。
――地域貢献なんて嘘っぱち。本当はただの隠蔽と贖罪。……いや、隠蔽しきれなかったから、こうして率先して討伐なんかしなければいけないのだ。
あんなもの作って、野に放したから。
「いいか、練習通りにやればいいんだ。アナイスの射程距離から離れるな。相手の動きをよく見て、深追いはしないこと。仲間の位置を常に把握すること」
「はいっ」
ヨランの返事は、やっぱり引きつっていた。
弓士の女性が矢を番える。隊長は両手剣を、ヨランは片手剣を抜き、魔物の群れを見据えた。魔術師の女性は杖を構えて一歩下がる。
僕は、背の鉾槍を取って、穂先を下に向けて構えた。
伸びた弦が戻る音がして、矢が宙を切って飛んでいく。それを合図に僕ら前衛3人は3方向に飛び出した。
その形を見てもらえばわかるように、ハルベルトは重い。柄の先端には、穂先のほかに斧頭と爪がついている。特に重いのは斧頭で、構えるとどうしても穂先を上に維持することは難しい。もともとは甲冑を付けた兵士が使うものだから、それでも構わなかったのかもしれない。田舎暮らしが長く、兵士に縁のない生活を送ってきた僕には、これがどのように使われてきたかなんてわからない。僕はただ、たまたま拾ったのがこれだったから使っているだけだ。
それでも、ずっと使い続けていればおのずとコツは知れてくる。穂先が重く、重心が一方に偏りやすいなら、それを利用してやればいいのだ。反対側の先端を持ち、円錐を描くようにぐるりと回せば、迫ってきた魔物たちを薙ぎ払う。斧頭は、振り上げたときは力がいるが、振り下ろすとき重力に任せるだけで十分な威力を与えることもできる。爪に引っかかったなら、重さを利用して地面に叩きつけてしまえばいい。もちろん、普通に槍として使うことだってできる。こんなものを振り回すのだから、決して僕は非力じゃない。
だが、重い武器というものは素早い動きの相手とは相性が悪い。攻撃動作がどうしても間に合わないということが出てくる。先輩たちの援護はあるが……頼りきりというわけにもいかない。
こういうときこそ、魔術――魔具の出番だ。
左手の腕輪に魔力を流し込む。手を伸ばしたその先に赤い光の魔法陣が現れる。そこから火の玉が魔物めがけて飛び出していった。
甲高い声を出して、魔物が倒れる。奪った命に特に感想を抱くことなく、次を狙う。だけど今度は決め手にはならなかった。思わず舌打ちするけど、まあいいや。
同じことを繰り返して、やっぱり全部が当たったわけではないけれど、良い具合に敵を倒せた。
素早いのが厄介な相手だったけど、全員怪我もなく片付けることができた。大したことのない相手なのに、手伝いを必要とするっていうことは、相当な数が出てきたんだろうな。野生界でなにかあったのかな、今年は。
「お前……凄ぇな」
いささか呆れた風にヨラン。ここは尊敬か嫉妬をが向けられるべきだと思うんだけど……まあいいや。
「ヨランだって、ビビってたわりにはよく動いてたじゃないですか」
「いや、あれは無我夢中で……」
そんな感じだったけど。でも、動きは落ち着いていたし、対して怪我もしていないし、十分に合格点なんじゃないだろうか。弓と魔術の援護はあったけど、隊長が助けに入るようなことはなかった。
「2人とも合格だ。いや、今年は当たりだったな、俺ら」
嬉しそうに隊長は言う。
なんでもここ2年ほど、入ってくる新人は研究したい人たちばかりだったそうで、皆義務の1年を経過したら小隊を辞めていったらしい。さらに仲間の1人が今年付で村の防衛に回って抜けてしまったため、人手不足に悩んでいたのだそうだ。
僕来年居るかわからないし、そう喜ばれてもなぁ、とも思うけど。でも、こういう討伐任務は、作った魔具の性能を調べるにちょうどいいのかもしれない。実際、さっき使った腕輪の欠点や改良点なんかも見えてきたし。
腕輪に触れてみる。薄い金属の板を筒状に曲げて、そこに幾何学模様を刻み、赤い石を嵌めただけのシンプルな腕輪。邪魔にならないように細めにしたけれど、機能を加えるならもう少し太くしたほうがいいだろうか。
「ねえねえ、それってヴィスの魔具でしょ?」
つんつん、と肩をつつくのは、魔術師のヒルダ。治癒や守りを主に担う、サポーターだ。18歳だったと思うんだけど、小柄で三つ編みと白い頭巾が似合う実に可愛らしい女性である。
「いいな~。欲しいな~。やっぱ便利?」
きらきら輝く目で僕の腕輪を見つめる。
「白魔術は無理ですよ」
火や水などの属性系の魔術とは違い、白魔術あるいは黒魔術は〈魔法陣〉よりも〈呪文〉に重きを置く。というか、ほとんど呪文と言っていい。白黒魔術は願掛けのようなものだから、言霊とやらが重要なんだとあの双子の兄妹が言っていた。つまり、魔法陣を必要とする魔具とは相性が悪い。
そうなんだよねぇ、とヒルダは肩を落とす。それでも未練があるようだった。
「魔法の矢みたいなものが欲しいんだけど、あったりする?」
加わってきたのは弓士のアナイス。しっかりとした真面目そうな頼れるお姉さんだ。 うちの副隊長的ポジション。
彼女が言うのは、例えば矢じりに術を仕込んでおいて、当たった瞬間に発動するようなもののことらしい。そういえば、そういった物は作ったことがないな。ルビィが作っているのも見たことない。あるんだろうか。
しばらく考えて、ないと仮定して話を進めてみる。
「やりかた次第でなんとかなるかもしれませんが、保証はできませんよ? 作ることも考えますが、うまくいかなかった場合もある程度お代はいただきますし」
「ケチくさっ」
「黙れ」
横槍を入れてきたヨランを一蹴する。ついでに睨むと怯んだ。
「材料費もバカにならないんですよ」
素材も石もやっぱり高い。開発のために消費していたら生活できなくなるから、スポンサーは必要だ。道楽じゃできない、この商売。
「おーい商談は後にしろ。次行くぞー」
先行く隊長が手を振っている。
隊列を組んで草原を進む。前衛組3人が前、後衛組2人が後ろ。見晴らしのいい草原では、背後からの奇襲についてそんなに心配しなくていい。接近される前にどうしても気づく。特にアナイスは索敵に優れているし。
だから男同士、馬鹿話に興じられるのである。
「モテるな、お前」
馴れ馴れしく肩を組んでくる隊長。にやついた顔が嫌らしい。
「歳上の女性には受けが良いんです」
「羨ましいこって」
その顔でどの口がいいんだか。
「僕は同世代の可愛い女の子がいいです」
僕だって、そろそろ彼女が欲しいお年頃だ。どうせ囲まれるなら、と思ってしまう。
「年増にモテても嬉しくないって?」
慌てて後ろに視線を向けた。幸いにして後ろの女性陣には聞こえていないらしい。……いや、年増と思っているわけじゃないけど、文脈からしてそう取られても仕方がない流れだった。心象悪くなるじゃないか。
おかしそうに笑う隊長を睨みあげる。これ、絶対わざとだ。術中に嵌まらないように、頑張って冷静さを保つ。
「恋愛感情は持てませんね」
お姉さまはお姉さま、だ。敬うべき存在だし尽くしもするが、恋愛したいとは思わない。やっぱり同じくらいかちょっと下くらいの、弟みたいに扱うんじゃなくて頼れる男として僕を見てくれるような、可愛い女の子がいい。
「この、贅沢者め……っ」
傍らでヨランがプルプル震える。
「俺なんて、俺なんて……っ!」
悲痛な叫びに僕らは察した。ヨランって特筆するほど特徴ないから。強いて言うなら、悪ガキの部類だなってくらい?
「あー……どんまい」
あ、隊長とどめ刺した。
項垂れるヨランに、同情を禁じ得なかった。
「こら男衆、どこ見てんの!」
後ろからアナイスの叱責が飛び前を向いてみると、またもや黒い影が迫っている。わかってはいたが、この討伐任務はあの1回の戦闘では終わらないらしい。あと数か所、出てくるだろうポイントを巡回しなきゃいけない。ちょっと面倒。
「ほーれ、お客さんだ」
気合い入れて行くぜぇ、とたるそうに隊長。まずあなたが気合い入れて欲しいと思うのだが、入れてなくても強いからな、この人。




