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第2話 魔具技師

 僕は〈木の塔〉の研修生だが、本業はなにかと問われればこう答える。

 “魔具技師”だ。

 魔具とは、魔力を流すだけで魔術が発動する道具のこと。シャナイゼに普及している魔術のランプも魔具だし、僕がナンパ男の仲間に囲まれたときに使った札もその一つ。さらに分かりやすく特徴を言えば、魔法陣が描いてある道具のことなのだが、当然描いてあればいいというわけでなくて、魔力を流しやすい(または流しにくい)素材や形を検討したり、魔力を溜める魔石を設置したり、術によって壊れたりしないように工夫したり……とまあ、単純に道具を作るよりもいろいろと面倒な技術が必要だったりする。


 2年前、とある事情でこの街に住むことになった僕だけど、そのときはまだ14歳。法的にもいろいろと保護者が必要な年齢だった。そんなときに僕を引き取ってくれたのが、魔具技師のルビィ・ヴィス。彼女の弟子になる代わりに、面倒を見てもらうことになった。そのときから僕は、魔具技師見習いとして生活している。

 まだ未熟者の僕だけど、いつかルビィの跡を継ぎたいと思っている。そのために僕は、魔術研究機関である〈木の塔〉に所属して、勉強していた。


 そんなわけで、研修生に義務付けられた講義とかがなかったりすると、僕はだいたい自宅にいる。理由はもちろん、店番か魔具作りの修業のため。友達いないとか、そんなんじゃない。


 普通の一般の住宅より半分ほど大きな自宅は、店と工房と居住スペースに分かれている。大きく占めているのは工房。作業スペースももちろんだけど、道具や資材の保管にも随分と場所を取ってしまう。居住スペースは、リビングと台所を一緒にしたスペースのほか、僕とルビィの部屋、そして風呂にトイレといったところ。店の部分は小さめで、入り口からカウンターまで大きく5歩、横の棚と棚の間は10歩といったところか。置いてあるのは、武器と装飾品。置物から大型機械まで様々な種類の魔具がある中で、魔具技師ヴィスはその2つを取り扱っている。



 今日の昼は店番をしていた。まあ、昼間はだいたい店番だ。現在ちょうどお客さまがいる。人数は2人いて、1人は武器を、もう1人は装飾品を眺めている。その2人の顔の、そっくりなこと。ちょうど正反対に立っていて、同じ仕草で品を見ていて、シンメトリーの絵のようだ。もっとも、背の大きさに体格、1人は長い黒髪を束ねているという違いがある。もっと言うなら性別も違う。

 彼らは双子、それも〈木の塔〉でも結構有名な魔術師兄妹だ。兄のほうはリグという。長い黒髪を項で束ね、瞳の色は灰色。顔立ちは中性的。ちょっと苦労性な兄貴分。妹のほうはリズ。こちらは長い髪を下ろしたままにしている。たまに口が悪いけど、意外に面倒見のいいお姉さんだ。


 彼らは店の常連っていうだけでなく、僕の知り合いだ。たまに僕のことを構ってくれる、兄や姉みたいな人たち。


「あんた、また騒ぎ起こしたんだって?」


 台に展示されている腕輪を屈んで眺めながら、妹のほう、リズが唐突に切り出した。


「なんで知ってるんですか」


 僕が騒ぎを起こしたのは昨日の夜のことで、あのあとはグラムたちが後片付けをしてくれたはず。それもやっぱ昨日のうちに終わっているだろう。そして、この街ではああいう他所者との諍いはたまにあることで、特別に話題に上るようなことはないはずだ。


「「昨日グラムに聞いた」」


 返ってきた斉唱。打ち合わせたわけでもないのに、ぴたっと息を合わせてくるのは、畏れ入る。

 で、話を詳しく聞いたところ、昨日僕が帰った後に、グラムは仕事でたまたま居残っていたこの2人のところに僕のことを愚痴りに行ったらしい。2人はグラムが〈木の塔〉に入ったときからの付き合いだし、外に魔物退治とかに行くときもいつも一緒だから、グラムはなにかあると双子のところに行くのだそうだ。

 ……だからって、余計なこと言いやがって。

 舌打ちしそうなのを必死に堪えて言い訳する。


「セクハラ男を撃退しただけですよ」

「人の頭踏みつけて地面に擦りつけたり、足を氷漬けにしたって聴いたが」


 グラムったらきっちり教えてしまったらしい。リグが呆れた目でこっちを見てくる。そこには若干お咎めの色があって、僕の行動はやりすぎだったと言いたいらしい。


「良いじゃないですか。当然の罪ですよ」


 少女と言って差し支えない年齢の女性に、あそこまで下卑て直接的な表現を聞かせれば立派なセクハラだ。こういうこと言ってたんですよ、というレベルでも、リズの前でいうのを躊躇われる内容である。なにもなかったからいいが、彼女は少なからず傷ついたろう。だから、痛い目を見ても仕方ないことだと僕は思っている。

 むしろ遭え。


「「少しは反省しろよ」」


 再びハモる双子魔術師。同じ顔から発せられる同じ声で高さの違う突っ込みは、結構迫力あるのでやめてほしい。

 僕だって、一晩経って、痛めつけるにしても踏んづけるのはやりすぎたかな、ってちょっとは反省してるのだ。頭に血が上り過ぎたなぁって。

 ちょっとは。


 2人はやれやれ、と揃って頭を振る。この2人、融通は効くけど真面目だから、お説教とかたまに来る。ただ、今回のことはお説教レベルではなかったようで、それ以上のお咎めはなかった。問題児相手に苦笑いする保護者の目、みたいな視線を向けられているけど。


「で、さっきからなに描いているんだ?」


 展示された武器から離れてカウンターに来て、リグは僕の手元を覗き込む。僕が抱えているのはスケッチブック。お客様が品を眺めている間、絵を描いていたのだ。

 リグにつられて、リズも寄ってくる。


「魔具のデザイン画ですよ。そろそろ自分の物を作ってみないかって、ルビィが」


 これまでしてきたのは、お手伝いばかりだった。パーツを組み立てたり、石を大雑把に削ったり、ちょっとやれば誰でもできるような事ばかり。それでルビィの負担が減るし、やっぱり大事なことなんだけど、物足りなさを感じていたのも事実で。

 だから、ようやく一から自分の作品を作ってみないかと言われて、少し興奮しているのだ。


「派手な物、作りたいんですよねー」


 魔具――とりわけ装飾品の形を取ったものは、これまた凄く地味なのだ。“簡素が一番(シンプルイズザベスト)”にも程があるだろう、というくらいシンプル。術の性能に配慮するとそうなってしまうんだけど、首飾りだと魔法陣の描かれた円形の台座に石を乗せたものに革紐を通しただけだったり、腕輪や指輪だと金属の板を曲げたものに紋様を描いただけだったりと、まあ見た目にはつまらない。

 魔力をちょっと流すだけで誰でも魔術が使えるから、装身具型の魔具って護身用にはもってこいだと思うんだけど、見た目が地味すぎるという理由で金持ちは買わない。一般人が買うにはちょっと高いし、やっぱり身を飾りたいからもう少し派手なほうがいい。そういうわけで、我がヴィスの常連客は戦場に出る人と研究の補佐に使う人だけ。彼らは見た目がどうのとか構っている場合じゃない人たちだから。


 そこで、僕が目指すのは、装飾品として充分な見た目で充分に力を発揮できる魔具を作ること。可愛く(または格好良く)お洒落で便利、というのが理想。ご令嬢が買ってくれるようになれば万々歳、でもやっぱり層を広げてお手頃価格にできればいい。


 ……とまあ、そんなこと考えて、指輪やら首飾りやらの絵を描いてみたりしているわけだけど、これがなかなか難しい。どこに魔法陣を描くか、とか、どのように魔力を流すか、とかを考えなければいけないから。装飾品系の魔具が簡素な形に落ち着いてしまうのも納得。

 それでも、もしできたらと思うと、こういう作業も楽しくなってくる。


「いつかできたら、買ってくださいよ。……そうだ、婚約指輪とかにどうですか?」


 2人とも、付き合っている人がいるのでちょうどいいはずだ。


「誰の婚約だよ」

「リグが渡すのでも、リズが貰うのでも、どちらでも」

「まだ早い」


 と、リグはにべもなく突っぱねる。


「そんなんじゃ、行き遅れますよ」

「どっちが?」

「どっちでしょう?」


 リグのお相手か、それともリズか。どっちにしても、付き合っている人に結婚はまだ早いとか言われるのはあまり愉快じゃないと思うんだけど。


「だいたい、婚約指輪に魔具ってどうよ」


 自分で振っておきながら、話題をすり替えて来やがった。とはいえ、僕も提案しておいてその辺りが気になったので、目の前の女性に目を向ける。


「いいんじゃないの? わたしはそういうの欲しいかも」


 リズにとっては、僕の提案はそう悪いものではなかったらしく、結構乗り気だった。


「そういうときくらい、普通の指輪欲しくないか? 魔術とか忘れて」

「でも、どうせ身に付けるなら、ただ値が張るだけの見た目が良いものよりも、実用的なほうがいいじゃん」


 そしたら仕事でも邪魔にならない、と可愛くないことを言うので、リグと揃って呆れてしまった。


「我が妹ながら、色気ないな」

「またルビィみたいなことを……」


 なんとなく師匠を思い出して軽口を叩いたのが、まずかった。


「アタシがなんだって?」


 乱入したハスキーな女性の声に飛び上がる。


「いいえぇ、なにも!」


 迂闊だった。背後に気を配らないなんて。

 間の悪いタイミングで入ってきたその人こそ、僕の師匠ルビィ・ヴィス。歳は30代半ばのカッコいい女性だ。金色の短髪に、黒い瞳。顔立ちは寡黙な印象だが、目はとても力強い。ちょっとニヒルなところもあって、ハードボイルドという言葉が似合うかもしれない。

 そんな彼女だけど、わりと男社会の職業に身を置いているからか、女性らしいと言われるような趣味嗜好があまりない。色恋沙汰より仕事優先。見た目の華美さよりも実用性。それは仕事にも実によく表れていて……だから、この店は女性客が少ない。

 そのルビィは、僕のことを無表情で見ていて、背中に冷や汗が伝う。怒ってるのか、そうじゃないのか。


「そうかい」


 そのそうかい、は何処か怖いんだが、なんでなのか。だがまあ、視線がそらされたことには安堵した。


「終わったよ」


 そうやって、僕を無視してルビィが双子に差し出したのは、白と黒の二本の魔術用の杖。リグとリズの愛用の杖で、白いほうは〈リュミエール〉、黒いほうは〈オプスキュリテ〉と名が付いている。どちらもルビィの作品だ。実は、今日彼らがここに来たのは、買い物ではなく杖のメンテナンスの為だった。

 魔術師といったらやはり杖。杖など魔術に絶対に必要なものではないが、あればやはり便利なので多くの魔術師が持っている。

 杖を受け取り、リズが金を払う。修理やメンテナンスは他所の作品でもやるが、ヴィスの作ったものならば格安だ。


「特に問題はなかったね。なんだって今持ってきたんだい」


 自分の作品について、定期メンテナンスをやっていたりするのだが、リグたちの杖の定期メンテはもう数か月先。酷使しなければそう簡単に壊れるものでもないので、普通その前に来るなんてことはないのだけれど。


「これから忙しくなりそうでさ、お金のあるうちにと思って」

「ああ確かに今の時季、魔物が騒ぐことが多いね」


 魔術研究機関である〈木の塔〉は、魔物に対しての防衛も担っている。魔術は攻撃であれ、防御であれ、治療であれ、戦場ではなにかと役に立つ。そんな力を研究のためとはいえ扱っているのだから、地域貢献として魔物討伐に役立てましょう、ということらしい。

 なにせ、このシャナイゼ地方は他の地域に比べて魔物が多い場所だ。他の地域で見られない種類の魔物はたくさんいるし、環境の違いの所為か同じ種でもこちらに生息しているもののほうが厄介だったりする。人間や村が襲われることなど、しょっちゅうだ。力を持っているのに、それを見過ごして研究の殻に閉じ籠っているわけにはいかないだろうというわけ。

 で、今はその魔物がちょうど繁殖期を終えて、子供が狩りを覚える時期に差し掛かる。魔物が増えて、行動範囲も広がるから、人間が被害にあうこともあるから、魔物とも戦う〈木の塔〉が忙しくなる時期でもあった。

 だから、その所為だろうとルビィは見当をつけたらしいが。


「ああ、いや、そっちじゃなくて」


 2人は否定した。聞けば、忙しくなるのは研究のほうだったらしい。

 この2人は〈召喚術〉の研究をしている。つまり使い魔とかを呼び出す術のことだ。物語ではわりとよく見られるんだけど、実際に使えるような術ができたのは、つい5年ほど前のこと。それをしたのが、リグとリズとその仲間たち。

 だけど、この〈召喚術〉、まだいろいろと問題があって、きちんと使いこなせるのはこの双子だけ。だから、もっと多くの人が使えるように改良しようと、彼らは日夜研究している。で、これからしばらくは、他の仕事を差し置いてそちらに集中するつもりらしい。


「ああ、でもレンはそっちで忙しくなるかも」

「ええー」

「今年はいつもより数が多いらしいから」

「マジですか」


 僕も〈塔〉に所属している以上、魔物討伐と無関係ではいられない。もしかすると魔物狩りに駆り出されるかも、とリズは言うのだ。


「面倒だな」


 現在の僕は、技師の修行と、研究者見習いとしての勉強と、魔物討伐の戦力という三重生活。優先させたいのは前2つなのに、一番どうでもいい3つ目で時間を取られるのは、勘弁して欲しかった。

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