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第1話 “木漏れ陽の街”の〈木の塔〉

 ミルンデネスの三大国の1つリヴィアデールの東側を縦に割るシェタ沙漠。その更に東にあるシャナイゼ地方には、短草草原が広がっている。

 見渡す限り草原の、背の低い貧弱な木しか生えていない土地に、1本だけ生えているとてもとても大きな木。囲うのに100人でもなお足りない太さの幹を持つ大樹を囲むように、1つの街が出来上がった。

 巨木の枝葉を天にする“木漏れ陽の街”シャナイゼ。それが僕が今暮らす街。




「はい、そこまでそこまでー」


 野次馬の作った輪の真ん中でナンパ男の背を踏みつけていると、闊達とした声が乱入してくる。聞き覚えのある声に、僕は思わず固まった。


「この場は我々〈木の塔〉が預かりますー……って」


 意気揚々と人だかりを掻き分けて入ってきたその人は、予想した通り僕の知り合いで。


「お前かよ」


 その人は僕の姿を見ると、背骨がこんにゃくになりましたとでも言うように脱力した。

 だらん、と猫背になって両腕を垂らす彼。僕と同じくらいにしか見えない童顔のその人は、実はあれで僕より4つ上だ。名前はグラム・レイス。一応僕の友人。

 なんとなく能天気な顔をしているので油断しそうになるが、彼の腰には剣がある。そして、胸元には6枚の葉と木を模られた、この街にある機関〈木の塔〉の紋章。侮ってはいけない相手だと、その辺りから読み取れる。

 どうやら仕事――街内の巡回中にこの騒ぎを聞き付けたみたいだ。……全く、ツイてない。


「お前、今度はいったいなにしたんだぁ?」


 深い溜め息を吐きつつ姿勢を戻したグラムは、呆れたように腕を組んで僕に半眼を向けた。まるで僕がしょっちゅう騒ぎを起こしているみたいな言い方で、少し傷付く。

 まあ、それはとりあえず置いておいて、僕は足元の男を指差した。


「この人、婦女暴行です」

「してねぇよ! ナンパしてただけだっ――ぶへ」


 騒ぎだしたので、背中の足を頭に移動して地面に押し付けてやった。人が話をしているのに、邪魔すんな。


「おいこらやめろって。ほら、足除けろ」


 頭を抱えながら、こちらに来る。これ以上ごねるともっとうるさくなりそうなので、しぶしぶ足を除けた。ようやく解放された、と男はのろのろと立ち上がるが、グラムがすかさず男の腕を掴んで拘束した。


「おい、なんで俺を掴まえンだよ! 暴行犯はあいつだろ!」


 男は拘束された理由が分からないとばかりに、グラムに怒鳴り散らした。


「あいつは身元がわかってるからいいの。逃げたらどうなるかもよーくわかってるだろうし」


 ええ、よぉくわかっていますとも。もしもが頭の中を駆け巡る。仮にここで逃げ出して、追いかけっこになったときに、逃げられる気がしない。グラムはともかく、彼とも関わりの深い他の友人たちが怖いのだ。


「それに、あいつは手が早いけど……ついでにやりすぎだけど、理由もなく暴力振るう奴でもないんでね。悪いけど、事情を聴かせてもらうよ」


 これにはちょっと感激した。状況をまだ詳しく聞いていなくても、僕のことを信じてくれているっていうのは、なんだか嬉しい。

 なんて気分を良くしていると、グラムは婦女暴行犯を拘束したままこちらを振り向いた。やっぱりうんざりしたような表情を浮かべているので、ちょっと喜びが萎えていく。


「お前も来い」


 嫌と言っても許してくれそうにもないけど……困った。


「僕、お遣いの途中なんですけど」


 女性に杖を返してもらい、見せつける。グラムはじぃっとそれを見ると、諦めたように溜息を吐いた。


「じゃあ、そのお遣いを終えてから来い。……ついでにその人送ってけ。状況によっては後で事情聴くかもしれないから、いちおー場所も覚えておけよ」


 ものわかりが良くて、融通が利いて、本当に助かる。

 そうしてグラムが相棒と婦女暴行犯を伴って人だかりの向こうに消えると、女性のほうに向き直った。


「これ、預かっていただいてありがとうございました」


 布にくるんだままの杖を見せて頭を下げると、女性も慌てて頭を下げた。


「いいえ。こちらこそ助けていただいて」

「あんなの、大したことありません。気にしないでください」


 困っている女性を助けるのは、当然の事だから。

 ふと足下を見ると、花が落ちていた。屈んでそれを拾うと、なんと茎が踏みつけられて汚れている。見たところ彼女は花売りだ。だから、これは商品のはず。


「すみません。……僕が踏んづけちゃったかな」


 大立ち回りをした覚えはないが、足下に気を配っていなかったのは事実だ。花1本の値段なんて大したものじゃないし、責任を取って買い取ろうとすると、彼女がやんわりと押しとどめてきた。


「気にしないでください。家に飾ることにしますから」


 彼女は花を受け取ると、籠に刺して微笑んだ。うん、可愛い。素朴で純粋な笑みというのは、本当に心動かされる。彼女を作るならこういう人がいいなー、なんて思ってしまう。

 ……一応僕の名誉のために言っておくと、それが目的で助けたわけじゃない。ナンパ男を撃退してナンパするなんて、元も子もないしね。


「さて、先輩の命令もありましたし、送っていきますよ」


 そう言うと、彼女は戸惑った顔をした。まあ、正常な反応だ。あんなことがあった後に男に送っていく、なんて言われるのもねぇ。


「いえ、助けていただいたのに、そこまでしていただくわけには……。私の家は南区の淵のほうですし……」

「問題ありません。通り道ですよ」


 これは嘘ではない。最初から僕の目的地は南区にある家だ。城壁に近いところにあるはずだと聞いたから、彼女の家に寄ってもそこまで遠回りにはならないはず。


「それでは、お願いします」


 彼女はまたぺこりと頭を下げた。


 気付けばもう灯りが必要なほど暗くなっている。短草草原の真っ只中という開けた場所にある街だが、街の空に掛かる巨木の枝葉の所為で暗くなるのは早いのだ。通りを歩く人もまばらになってきた。


「そう言えば、まだ名乗っていませんでした。僕はレンと言います」

「アーシャです」

「アーシャさんは、花売りをされてるんですね」

「ええ。店はきちんとあるんですけど、訪問販売もしているんです」


 忙しかったり、身体に異常があったりして店に顔を出せない人の為にしているんだそうだ。今日も脚の悪いおばあさんの所へ行って、好きな花を選んでもらったのだと言う。


「レンさんは、やっぱり〈木の塔〉の方なんですか?」


 〈木の塔〉。シャナイゼのシンボルとなる巨木の中を刳り抜いて作った“塔”を拠点とする魔術研究機関だ。その知名度は国内だけでなく、ミルンデネス全域に及ぶ。

 アーシャさんがそう言い出したのは、さっき僕が〈木の塔〉のメンバーであるグラムと親しげに話していたからだろう。そして、彼女が予想した通り、僕はそこの研修生だったりする。


「だからそんなに強いんですね」


 そう答えると、尊敬の目差しが向けられた。〈木の塔〉はシャナイゼの人間なら誰もが一度は憧れる就職先。加えて、街の警備や防衛までやって治安を守っているのだから、こういう目で見られることは珍しくない。

 ……何度だって言うが、〈木の塔〉は“研究”機関。おまけで自警団まがいの事もしているが、本質はそちらである。どうしてこんなことになっているのかというと……まあ、それは追々話そう。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 花売りのアーシャさんを送り、お遣い先に寄って、〈木の塔〉に向かう。届け物はだいぶ遅い時間なってしまったが、杖の持ち主であるお客さまは寛大な心で許してくれた。丁重に謝罪を言って、街の中心へと若干急ぎ足で向かう。


 辺りはすっかり暗くなっていた。道に所々立てられた洒落た街灯が白い光を放っていた。この光は、とても珍しい"電気”をエネルギー源としている。硝子球に微量の水銀を封じ込め、どういう原理か電気を流して光らせているのだそうだ。〈水銀灯〉と言うらしい。

 電気は、この街灯の他には〈木の塔〉と役場にのみ供給されていて、一般家庭には普及されていない。街全体に充分に行き渡るだけの電気量を賄うことが難しいのだそうだ。

 その代わりに普及しているのが、魔術を利用した明かり。光の術の魔法陣を描いた台座の上に魔石――魔力の溜まった石を置き、硝子球で覆ったもので、自分で魔力を流し込んで点灯するのだ。こういうものもシャナイゼにしかないから、〈木の塔〉の魔法技術には驚かされる。


 さて、そんな世にも珍しい光源の下、街の南の区画を二分する大きな木の根を掘ったトンネルの前で、僕は屈強な男たち6人に囲まれていた。全員武器を持っている。傭兵かな。その中の1人に、さっき僕が伸したあの男がいる。

 たぶん、情けないことに、僕に報復しにきたのだろう。6人がかりで、1人の餓鬼に。時間からいってグラムから聴取を受けたばかりだと思うんだけど、注意とかされなかったのかな? 面倒な目に遭ったばかりでまた面倒事起こそうとするとか、頭悪い。


「よお、また会ったな、赤眼のガキ」


 人数が多いので得意になったのか、デカイ態度で身体を揺らしながら件の男は前に出る。

 そりゃあ向こうから会いに来たんですから、嫌でも再会する羽目になりますとも。まったく面倒臭いなぁ。お腹すいたし、早く家に帰りたいからし、男なんかに囲まれたくないし。

 つーか、赤眼とかムカつくからいちいち言わないでほしい。昔大っ嫌いな奴もそう呼んでいたので、それを思い出す。それに、自分の身体的特徴ならよく知っているからわざわざ指摘してくれなくっていいっつーの。

 ……って言葉をなんとか飲み込んだ。僕は喧嘩は買っても売らない主義。


「さっきのお礼なら結構ですよ」


 動かない、と自分に言い聞かせる。ここでこっちから手を出したら間違いなく怒られる。〈木の塔〉では私闘は禁止されている。お目こぼしされることもあるけど、さっきグラムに注意された手前、見逃されることはないだろう。罰を食らうだけならまだいいけど、〈木の塔〉在籍資格を剥奪されたらたまらない。これでも、〈塔〉に入るために2年近く頑張ったのだ。それを不意にはしたくない。


「まあまあ、そう言わずに受け取れよ!」


 周りの男たちが剣を抜く。喧嘩売る気満々。つか、街中で剣抜くか普通。馬鹿な奴ら。大人しく引き下がっていれば、余計な怪我しないで済んだのに。


「面倒臭いなぁ……」


 思わず本音を吐きながら、腰のポーチからカードを1枚取る。見た目は占いにも良く使われるような、長辺が長めのカード。こんな奴らに使うのはもったいないが、対近接でどうにかできるほどの魔術の腕はないのだから仕方がない。武器で1人1人相手にするのも面倒臭いし。


「さっさと失せろよ、うざったい」


 魔力を流し込むと、札が消え、代わりに足下に青色の光を放つ魔法陣が描かれる。魔法陣の青い光は水の術。水分を凝結させる魔術が発動する。

 この札は〈魔札〉と言う。普通、魔術を使うのには自分で魔法陣を描かなければいけないのだが、この〈魔札〉は予め紙に陣が描いてあって魔力を流すだけですぐに魔術が使えるという優れもの。普通に魔法陣を書くのと違って応用が利かないのが玉に疵だが、こういうとき咄嗟に使う分には充分なわけで。

 男たちの足元が氷漬けにされるのもあっという間だったりする。


「なんだこれ、動けないっ」


 傭兵なんだから魔術を見るのははじめてってわけでもないだろうに、戸惑ってもがく姿は酷く滑稽だ。でも、男がもがく姿を見て楽しむ趣味は僕にない。

 いらいらするし、面倒臭いし。さっさと片付けてしまおう、とそもそもの原因のほうに向かって足を進める。


「待っ……その……俺たちがっ」


 焦って悲愴に暮れるナンパ男の目を冷やかな視線で見下ろしながら、話を最後まで聴かずに鳩尾に拳を叩き込んだ。




「おれさぁ」


 接客室――もとい取調室。部屋の真ん中に置かれた、6人は座れるだろう机の真ん中に座り両肘を付いていたグラムは、うんざりとした様子で気怠げに声を出し、眉間を揉んだ。

 僕らはその向かいに座っている。僕と、襲いかかってきたあのお馬鹿が、隣に並んで一緒に。

 どうして僕こっち側。


「あの後すぐその人を連れて帰って、話聞いて、騒ぎ起こさないようにって注意して、報復とか考えないようにしっっかぁりと言い聞かせて、帰らせたんだよね。それがだいたい30分くらい前の話な、ん、だ、け、ど」


 じと、とこちらに視線が向けられて、僕らの背筋が自然に伸びた。なんとなく怒りのようなものを察して。よく有りがちな例に漏れず、普段能天気にしか見えないこのグラムも怒らせると怖いタイプの人間だったりする


「これはいったいどういうこと?」


 怒ってるのは無理ないとは思うんだけど、どうして恨めしや、って感じの目を僕だけに向けてくるのかな。悪いのこいつじゃん。


「ここに向かってるときに襲われました」

「で?」

「身の危険を感じたので、応戦しました」

「それで?」

「そのまま放置してはいけないと思い、そもそもの原因であるこの人だけ連れてきました」

「…………だけ?」

「残りの人たちは、南区のトンネルの前に放置してきました。まだ氷漬けのままだと思います」

「早く言えよっ!」


 グラムはそう叫んで立ち上がる。背後の扉を開け、偶然廊下にいた誰かを呼びとめた。すぐに僕の言った場所に向かうように指示を出す。

 4年いればそうなるのも当たり前だけど、グラムもそれなりの地位にいるんだなぁ。どうも子どもっぽくてマイペースな一面ばかり見てるから、人に指示する姿とか想像つかない。仕事できるんだ。

 扉を閉め、再び椅子にどすんと座ったグラムは、難しい顔をして今度は男のほうを見た。


「で、その……えと……コースターさん?」

「カーストです」


 名前を間違っているくせに、子音がほとんど合っているのはむしろ凄いんじゃないだろうか、と横で変なことを考える。


「カーストさん、おれさ、確かに言ったよね? 報復しようとか考えるなよって。まずあんたじゃこいつに勝てないし、シャナイゼで〈木の塔〉と騒ぎ起こしたら罰金取られる上に仕事もやりにくくなるって。あんた傭兵だろ? 仕事なくなっちゃうよ?」


 仕事がなくなる、ってところでカーストはうろたえた。シャナイゼで〈木の塔〉に喧嘩売ることの意味をわかっていなかったんだな。この街の行政を担っているのは一応国だけど、〈木の塔〉も色々と街の運営に関わっているので、敵に回したら実質街中から見放されるっていうことを知らないんだ。

 まあ、実際に住んでみなければ、たかが一機関が街にこんなに影響力を与えているなんて、信じがたいかもしれないけど。


「すんません。勘弁してください」

「残念だけど、もう無理。おれにもどうにもできないし。はい、そこに書かれてる金額出して、この書類にサインして」


 ばしん、と机に叩きつけるように紙を置き、ペンを差し出す。有無を言わさぬ様子に、この馬鹿はしぶしぶ書類にサインし、お金を置いて部屋を出ていった。丸まった背は哀愁漂い、少し小さくなっていた。いい気味だ。


「お前も他人の事言ってる場合じゃないからな?」


 せせら笑う僕に水を差すようにグラムは言う。


「僕、罰金取られるようなことしてませんよ?」


 襲われた女の人を助けたし、喧嘩吹っ掛けられたので抵抗しただけ。僕の暴力は正当性があるはずだ。

 なのに、重々しい溜め息を吐かれた。グラムに呆れられるとなんかムカつくんだけど、どうしてだろう。


 部屋の扉がノックされる。グラムの返事に応えて開けて入ってきたのは、僕とほとんど歳の変わらない少年。彼はカーストの仲間を救出したと報告して去ってった。

 振り向いたグラムに軽く睨まれる。


「足、凍傷になってたそうだぞ」

「それはお気の毒」


 どうせ治療したんだろ。自業自得なんだからほっときゃいいのに。


「お前なぁ……」


 がっくりと項垂れた。やりすぎなんだよ、と頭を抱えている。

 僕は身を守っただけなのに。


「分からなくもないけどな、ほどほどにしろよ? あんまやり過ぎてなにかあると、〈塔〉の威信に関わるからな」

「……はーい」


 まあ、忠告には耳を貸しておこう。恩人でもあるグラムたちを困らせるのは、僕の望むところではないし、〈木の塔〉の信用問題はシャナイゼの安全の問題だ。僕だって、〈塔〉に所属している以上は市民を不安にさせちゃいけないっていう責任感くらいはあるつもり。


「じゃ、説教終わりっ。帰って良いぞ」


 さっきのあれは演技かと思うほど、あっさりと終わった。それで良いのかと思ったが、まあグラムだし。

 取り合えず、ようやく夕飯にありつけるようだから、良かった。あ、でもただのお遣いに出て帰りがこんなに遅くなったから、ちょっと怒られるかもしれない。

 畜生、奴らの所為だ。早く帰ろう。

 急いで帰り支度をする。


「帰り、喧嘩すんなよ!」


 ……余計な一言にちょっとイラっとした。

シャナイゼ地方のシャナイゼ。

ケベック州のケベックシティのノリです。

ややこしいので、うまいこと呼び分けたいところ。

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