序話 撃退
自分で言うのもなんだけど、僕はフェミニストだ。
それはおそらく、家族が母に姉1人という女ばかりの生活が長かったことに起因する。今だって女性と2人暮らしだ。同棲とかそんな色っぽい事情ではなく、師弟関係あるいは親子関係によるものだけど。
とにかく、そういう環境で育ってきたから、自然と女性を大切にする習慣が身についた。だから、ああいうのは僕にとっては許し難い行為だ。
「いいじゃねぇかよ、少しくらい付き合ってくれたって。な?」
野卑た男が、か弱い女性の手首をがっちりと掴んで迫っている。因縁を付けている訳ではなく口説いているつもりなんだろうけど――あれはもうナンパの域を超えて、セクハラだろう。言ってることが夜のお誘いとか、まだ日も暮れていないのに。
お遣いの途中だった。南区に住む魔術師に、修理の済んだ杖を届けに行くところだった。もう陽が暮れかけていて、この街の夕方は天にかかる枝葉の所為で更に暗くなるのが早いから、さっさと済ませたいのに、あんな光景に出くわしてしまったのだ。
「は、離してくださいっ!」
被害にあっているのは、茶色の髪を三つ編みにして片側に垂らした女性だ。歳は17、8。僕より少し上くらい。白いワンピースに茶色のベストを着て、赤色のリボンで腰のあたりを飾っている清楚な娘さん。思い切り腕を引っ張った所為か、空いた手に掛けていた様々な種類の花の入っている籠の中から、花が数本落ちていた。
あまりに可哀想なんだけれど、周囲は遠巻きに見るだけで、助けに入ろうという者はいなかった。まあ、無理もないだろう。男はその装備からして傭兵。一般市民が太刀打ちできるような相手じゃない。やつもそれを分かっているのだろうか、周囲を気にする様子がない。
腹立つなあ、ああいうの。
そういうわけで、僕は僕の正義感に乗っ取って行動することにした。
石畳を蹴って、一気に騒動の中心へと近づくと、思いっきり上段蹴りを放った。油断していた奴は、体重は僕より重そうなのに気持ちいいくらいに吹っ飛んで、地面に顔から激突した。
呆気にとられる周囲と女性。彼らの視線を向けられた中で、僕の気分は晴れやかだった。非常にスカッとした。
けど、人助けの目的は忘れていない。
「大丈夫ですか」
安心させるために笑いかけると、彼女は戸惑いながらもこくこくと頷いた。なるほど、確かに声をかけるだけのことはある。例えるならコスモスだ。気高くもなく華やかでもない、されど愛らしい花。手を出したくなる気持ちもわからないでもないけれど、もう少しやりかたがあるだろうに。
「いきなり何すんだ、てめぇ!」
蹴り飛ばした傭兵が、がばっと身を起こして怒鳴る。台詞と一緒に唾が飛んでいるのが見えて、顔をしかめる。女性を口説くならもう少し紳士然としてればいいのに、本当に野卑た男だ。
まだ地面との距離が近いそのごつい顔を見下す。
「それはこっちの台詞です。こんなか弱い女性に、貴方いったいなにしてるんですか」
「別に、ただ話していただけだろっ!」
「あれで? あんなに強く腕まで掴んでおいて? あんなに嫌がってたのに?」
呆れた、という表情をしてみせる。いや、実際に呆れたんだけど。あれで話していたはないだろう。周囲の野次馬も僕と同じ顔をしている。
「黙れ、ガキ。お前なんかに蹴り飛ばされる謂われはねぇ!」
「どっからどう見てもありますけど。自覚ないようだったらもう一度人生やり直してきた方がいいですよ」
うん。そうするべきだ。修理することもできなさそうだから、いっそ作り直してしまったほうがいい。図体ばかりでかくて、見た目も褒めるところは見つからないし。
「この、くそガキがぁ!」
さすが傭兵、地面に伏した状態から立ち上がるのは早かった。しかし残念なのは、僕のような"ガキ”相手に剣まで抜いたことである。ガキガキと餓鬼のように連呼しておいて、そっちのほうが子供じゃないか。
しかし、さすがに武器を向けられたら警戒しないわけにはいかない。手に持った物を構えようとして、それが他人の物であることに気付いた。背中に手を伸ばしてみたら、愛用の鉾槍がない。街の中だから、と家に置いてきたんだった。あるのは念のためにと持ち歩いていた短剣と少々の魔道具だけ。普通に魔術も使えるけど、残念ながら接近戦で援護なしで使えるほどの実力にはまだ達していなかった。
少し不用心だったかな、と後悔しだして、思い直す。どうせ大したことない相手、得物を選ぶ必要はないじゃないか。
「すいませんが、少しだけこれを預かってていただけますか?」
持っていたらうっかり使ってしまうかもしれないから。
女性に布にくるまれた杖を渡すと、男は怒り出した。
「てめぇ、ナメてんのか!!」
そんな奴に、僕はにっこりと笑ってみせた。
「貴方ごときに、必要ないですから」
もちろん、他人の物だということは黙っておく。この手の手合いは怒らしたほうがさらにやりやすい。その証拠に、なめるなー、とか言いながら突っ込んできた。その軌道上から身体を逸らし、足だけを残しておく。
狙った通り、僕の足に引っかかってこけた。勢いがついていただけに、派手な転びかただった。握ってた剣が何処かに飛んでいってちょっと焦ったけど、からからん、と近くの石畳に落ちたのが見えたので、安心する。見物人たちのところまで飛んでいかなくて良かった。
呻いている男の背中、胸の上くらいの位置の背骨に足を乗っけて押さえつける。これだけで、ほら、もう立てなくなった。
ざまあ。




