第5話 星見の少年(前)
少し長くなったので、2話に分けました。
〈木の塔〉の3階フロアは全て図書室となっている。僕はその図書室の階段に近いところにあるカウンター座ってぼうっとしていた。今日、僕は図書の受付を任されている。
〈木の塔〉には、6つの部署がある。それぞれを〈枝〉と称していて、分類の基準は研究内容。赤、青、緑、紫、白、黒とあって、その色ごとに研究分野が分かれている。
〈赤枝〉は魔術の科学的利用を目的とした研究開発。
〈青枝〉は歴史的・倫理的観点から魔術を探る。
〈緑枝〉は地理・地学・自然を観点とした魔術利用について。
〈紫枝〉は魔術そのものの技工や原理についての研究。
〈白枝〉は医療・生物関連の魔術を専門としている。
〈黒枝〉は戦闘を目的とした部署。魔術師でない、戦士と呼ばれる人のほとんどはここに居る。
グラムとニース隊長、アナイスは〈黒枝〉、リグとリズ、ジョシュアは〈紫枝〉、ヒルダは〈白枝〉に所属している。
研修生はまだ仮配属で、1年経って改めて希望を出してから本配属となる。これは、研修期間中にいろんな勉強をして興味が変わったときのための措置。ヨランは〈黒枝〉の希望者。
そして僕は、みんなとても不思議がるが、〈青枝〉の所属を希望している。つまりは、歴史を専門に学んでいるわけだ。
技術者を目指すなら、科学を学ぶ〈赤枝〉を選ぶのが一般的だ。そうでないなら、魔術理論の〈紫枝〉でも、技師になるには良いだろう。
けれど、あえて僕は〈青枝〉を選んだ。理由は、過去の遺物となった魔具に触れたかったから。それから、〈青枝〉は遺跡巡りのためであれば、他の〈枝〉よりは簡単にシャナイゼやリヴィアデールの外に出してもらえるからだ。
僕には突然失踪した友人がいる。姿を消した理由はおおよそ見当がついているのだが、僕や、共通の知り合いであるみんなも納得していない。居場所も知れないし、お互いの生活もあるから、これまで彼を追うことはしなかったのだけれど――機会があれば捜し出してやろうと考えていた。
さて、〈青枝〉に所属している人間は、他の〈枝〉に比べて書物を扱うことが多いからか、必然的に司書の役割を負わされている。貸出の受付は当番制で、2人ずつ3時間交代で1週間カウンターに座らせられる。どれくらいの頻度で廻ってくるかは〈青枝〉に在籍する人数次第。
そして今週は僕の当番。利用者は少なくないが、本の貸し借りをしに来る人はそうは多くないので、今はわりと暇。今日は特に少なくて、暇をもて余している。退屈しのぎに勉強でもしようかと考えてしまうくらいだ。
今日の僕の相棒なんてほら、内職なんてしてるし。
「そういえば、リズたちの研究に協力するそうですね」
その内職――こっそり論文を書いていた相棒が、書き物の手を止めて突然言った。ウィルド・ステイス。黒目黒髪、背の高い男性。僕より一回り近く歳上で、落ち着いた雰囲気があるんだけど、その落ち着きっぷりがかえって近寄りがたい人である。
今の言動で察せられる通り、彼はリズたちと親しい間柄だ。というか、それなりに深い関係にある。そして僕もまあ、名前を呼び捨てにするくらいには仲が良い。
「協力っていうか、手伝いっていうか、助言レベルですけど」
「成功したら、貴方が〈精霊〉を担うと聞きましたが?」
そこまで聴いているんだな、と思いつつ、どうしてそんなに気にしてくるのかな、と考える。基本的に物事は静観して見ている人だ。知り合いだとしても、滅多な理由で人のことに安易に口出しする人じゃない。
となれば、理由は1つ。
「……もしかして、ヤバいですか?」
魔術にはいろんな物があるけれど、そのなかに禁術なんていうものがある。主に〈木の塔〉の創始者が晩年に作り上げた魔術を指して言って、倫理的・人道的に悖るものが多いらしい。そしてそれは世界を歪めてしまう恐れもあるらしく 、手を出した者には神の裁きがあるとまで言われている。ウィルドは訳あって、そんな禁術に詳しい。
リグたちが研究している〈精霊召喚〉も、実は禁術をベースに作り上げられたもので、今できている状態では問題ないが、やりかたを間違えれば禁術になってしまう可能性もあるのだそうだ。
彼はその辺りを気にしているんだろう。下手をすると、僕が禁術に関わってしまうわけだから。まあ、それが僕の身を心配して言ってくれているのか、僕が加わることで面倒事になるのを心配しているのかは微妙なところなんだけど……。
「正直なところ、様子見、としか言いようがありませんね。ヤバそうだったら止めますので、ご心配なく」
ご心配なく、と言われても、そうですかと安心することはできないよなぁ。なにせこの人、前にリズと禁術関連で大分揉めたことがあるらしい。それはもう、とんでもない大喧嘩だったそうだ。それも、剣を持ち出すほどの。
今回もそんなことになったら面倒だな。
とはいえ、ウィルドが様子見するって言うのなら、当面は大丈夫なんだろう。
「すみませーん。これ、返却しまーす」
話も一段落着いたところで、お客さんがやってくる。10歳くらいの子供だ。この図書室は外部の人でも利用可能だから、街の人もよく借りに来る。
返却手続きを終え、書棚に戻してくると相棒に宣言して席を立つ。
返されたのは天体の本。専門書ではなく、素人も楽しめる図解本だった。そういえば、近々なにかの天体イベントがあるとか。それで一般人にもよく貸し出されているらしい。どうせ一時的なものだろう。流行に流されやすいのが人だから。
そんな話題に反して、天体の書架は今は1人しかいなかった。早くもブームは去ったのかな? いや、まだ午前中だからかもしれない。
背表紙に書かれた番号を見ながら、しまうべき場所を探す。ついでに整理もしておく。抜き出した本を、適当な場所に突っ込んで戻す人が多いのだ。本の配置にはちゃんと規則があるのに。
天体書架の唯一の客人は、高いところにある本を取るための梯子の上で、左の方に身を乗り出していた。目的の本と梯子の位置があっていなかったのだろう。けれど、遠くもないのでこうやって身を乗り出して取ろうとしている。梯子を動かす面倒は分かるが、見ていて危なっかしいったらありゃしない。
体重がかかって、梯子の右足が浮き始めたのを見て、僕の頭から血が一気に引いていった。あのままじゃ倒れる!
「わ、わ」
梯子が傾いたことに気がついて、利用客は慌てて手足をばたつかせる。バランスを取ろうとして、むしろ逆効果。梯子はますます傾いていって――。
梯子の浮いた足に飛びついてももう間に合わない。人か、本か。僕は一瞬考えて、人を選んだ。男か女かよくわからなかったが、万が一女の人だったらまずい。それに小柄だったから、僕でもどうにかつけられるはず。
抱えていた本を捨てて、梯子が倒れる予測地点へと駆け出す。下へ潜り込んで手を出した。うまいこと受け止めることができたが、人1人の体重、それも高いところから落下して力も掛かっていて、とても耐えることができずにそのまましりもちをついてしまった。
「いててて……」
思い切りしりもちをついた上に、人が上にのしかかって、そりゃあもう痛い。でも、骨折も捻挫もしていない僕ってさすがだな、と思ったりもする。が、やっぱり人1人くらいは支えられる男になりたいとも思う。
「あああ、わあああ! すいませんっ」
助けた人物は、僕の上にいることに気が付いて慌てて飛びのいた。それで勢い余ってよろめいて、またこけかける。
なんとか体勢を立て直すと、ぺこりと90度に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「いえいえ、どういたしまして」
僕もようやく立ち上がる。怪我は、と訊きかけて、顔を上げた相手を見て、なんとも言えぬ気持ちになった。
僕と同じくらいの歳。問題は、男か女か。くすんだ金色の巻き毛は、耳と首の後ろを覆うほどの長さ。大きな円形のレンズの眼鏡を掛けていて、その奥の青い色の目は大きく、端が少し垂れている。顔は小さいし、肌は白いし、唇は程よくピンクだし、小柄だし。ぶっちゃけ言って、性別がどっちでも可愛い。
「……なにか?」
僕がじっと見つめていたことに気づいて、小首を傾げる。男だ。ここまで観察してようやく判別できた。根拠は勘としか言えないが、間違いなく男だ。
なんだか負けた気分になる。僕もまた周囲に可愛いと言われ続けた男だから。可愛いよりも格好いいほうが男としてはいいのだが、悔しさを感じるのはどうしてだろうか。
「いいえ。怪我は?」
そんなことを考えてました、なんて言えるはずもなく、質問することで誤魔化した。
「大丈夫です」
ざっと見たけど、本当に大丈夫そうだ。もしかしたら服の下に打撲くらいはあるかもしれないけど、男なんだし、放っておいても平気だろう。
放り投げた本を拾って片づける。振り向くと、その彼が本棚を見上げて立ち尽くしていた。もしかして、取るつもりだった本が取れてなかったのか。
彼はそれから転がった梯子を見て、憂鬱そうにため息を吐いた。怖い思いをしたばかりで、もう一度挑戦する気になれないんだろう。
「リオ!」
どうしたもんかと悩んでいると、静かにすべき図書室で大声が響く。
「なにがあった!!……て、レン?」
慌ててやってきたのはジョシュアだった。人を小馬鹿にしたような顔が、今は焦りに染まっている。
その彼は、僕のことを気にしつつも梯子から落ちた可愛い男の子に駆け寄り、彼の無事を確かめて安堵した。こういう表情は双子に対してにしか見せたことがないから、ちょっと驚き。
「知り合いですか?」
まあ、名前っぽいの呼んでたから知り合いなのはとっくに知ってるけど。当たり前にみえることを聞くのって、会話を始める1つの手段でもあるよね。
「弟だ」
「へえ、そうなん……」
…………。えっ、
「……弟っ!?」
聞き間違い、聞き間違いだよな!? だって、この人からジョシュアに通じる部分なんて全く感じ取れなかったぞ!
ジョシュアとリオとやらを見比べてみる。片や馬鹿にされている印象を受ける細目にさらさらとした直毛。片や、小動物を思わせる大きな目にふわふわした巻き毛。若干垂れ目なのは同じだし、鼻とか口は似ていると言えなくもない。配色は確かに同じだけど、どっちも珍しい色じゃない。
と、このように共通点は見られるけど、やっぱりこの尊大で傍若無人で横柄な(誉め言葉)ジョシュアとふわふわほわほわした可愛らしい彼は結び付かない。とても信じられない、というか、受け入れられない。
もしかして、と幾つかの可能性に行き当たる。
「因みに、異父でも異母でもないぞ。まして養子とかでもない」
「なんで考えていることがわかったんですか」
「リグとリズがたまに言うからな」
お前ら絶対そう見られるぞ、と。
つまり、幼馴染でもそう思うんだよ。だからジョシュア、呆れた目で僕を見ないで。
「り、リオルタール・パーキンソンです」
その弟は、身体を縮こませ、顔を真っ赤にしながら僕に一礼した。聞けば僕と同期の〈塔〉の研修生らしい。
「リオルタールは天文を勉強している」
「天文、ですか……」
もちろん、ただ星を見るだけのわけがない。ここは魔術研究機関〈木の塔〉である。確か、星の位置が地火風水の魔術に与える影響だとかなんだとか。
「ちょっと齧りましたけど、なかなかハードですよね、あれ」
読んだことのある本を思い出してぼんやり言うと、
「そうでもないですよ。基本は星占いと同じ考え方です。黄道周辺にある星々の位置が、気の増減に関係しているんですよ。ただ、時刻を気にしなければいけませんけど。夜で、晴れてさえいれば、空を見上げて星座の位置を確認すればいいわけですけど、昼間は見えませんからね。そこは星座の周期と季節による位置を計算すれば……」
そこで、僕の顔を見て、しまったという表情を作り、
「あ……すいません、つい」
顔を赤らめて俯き、恥ずかしそうに上目づかいで見るのだった。
「いいえ。ジョシュアの弟であることに確信が持てました」
話し始めたら止まらないところが、そっくりだ。語っているときの目の輝きようは間違いなくジョシュアと同じだった。可愛い顔に嵌まった目に狂気じみた光が宿ってたから。
「興味、なかったですか……?」
ただ、今見せてるこのうるうるとした訴えるような眼はやっぱりジョシュアと結びつかない。同じ環境に居て、どうしてこんなに違ってしまったんだ。
「いいえ。まあ、ちょっと難しかったですけど」
などといった会話をしていると、横でジョシュアがなぜか頷いていた。どうやらリオルタールの高説に対するものではないようで、1人で勝手になにかを考えて結論付けたようである。
……嫌な予感がする。
「相性はそれなりに良いみたいだな、ちょうどいい。同い年で同期だし、仲良くしてやってくれ」
言うだけ言って、返事も聞かずにジョシュアは何処かへ行った。僕とリオルタールだけが残される。弟に怪我がなかったから、もういいんだろうか。
そのリオルタールは、特に兄を追いかけるわけでもなく、再び本棚を見上げた。そういえば、なにか目当ての本があったんだったっけ。
「はあ……」
突然仲良くしろと言われても。まあ、気に掛けとくぐらいでいいんだろうか。
……とりあえず、取るつもりだった本を代わりに取るくらいのことはしてやろう。
続きは来週更新します。




