第16話 遺跡探索(後)
「……いいもん持ってんじゃないですか」
レナードをほどほどにぶちのめした後、床に転がった奴をそのまま放置して、背負い袋の中を覗き込んだ。さすがというか、お目が高く、盗んでいた物は金になりそうな良いものばかり。いや本当、持っていかれる前に捕まえて良かった。
それでついあんなこと言ってしまったけど、そこ、チンピラとか言わない。
「これとか、何処から持って来たんです? 明らかにここで見つけられる物じゃないと思うんですけど」
とりあえず訊いてみたけど、ぶちのめされて不機嫌なあいつは応えない。
「……足から順々に氷漬けにすれば、従順になりますかね?」
「ちょ……本気かっ!?」
「さぁどうでしょう」
思わせ振りに応えて、本気でどうしようかとちらっとルーファスに視線だけで伺ったら、首を横に振られた。ちっ、駄目だったか。あ、でも、犯罪者だし拘束しなきゃいけないな。ってなったら、腕くらい氷漬けしても……。
「とりあえず、これ使え」
背後からロープが差し出された。用意がいいな。ちょっとがっかり。代わりに我慢できるくらいには痛くなるよう、きつく縛りつけてやった。
そうして情けない格好になった奴は、僕のことを睨みあげる。
「裏切り者。同業だった癖に」
あんまりに下らない台詞に失笑した。
「今は違うし、仲間じゃないし。まさか本気で助けてくれると思ったんですか?」
前に会ったときから、僕はきちんとこいつに敵意を示していた。それでわかんなかったんだとしたら、相当におめでたいな。
まあ、こいつにしてみれば、ちょっと僕を傷付けたくて言っただけなんだろうけど。でも残念ながら、僕はそんなに繊細じゃない。
「とりあえず、これどうしましょう?」
まさかこのまま放置って訳にもいかないだろう。
ルーファスは腕を組むと、やや躊躇って口を開いた。
「……外に連れてって、全員が帰ってくるまで見張るしかないだろうな」
信じられないことを聞いた。
「ええっ!? せっかく探索に来たのに!」
レナードを睨みつける。畜生、こいつがいなかったら、思いっきりこの遺跡を楽しめたのに。他の人が楽しんでいるのを横目に、こんな奴の相手をしてなきゃいけないっていうのか。
「俺が見張っているから、お前は行って来い……ってわけにもな」
お兄さんが甘やかしてくれようとするのは嬉しいけれど、
「いくわけないじゃないですか。万が一縄抜けされて、対処できます?」
「自信がないから言っている」
「……わかってたけど、使えない」
「聞こえてるぞ」
つーん、とそっぽを向く。ルーファスの実力は知らないけど、きっと事実には違いない。これがリズやウィルドだったら良かったのに。
それからレナードのことをもう1回睨みつける。一瞬殺してやろうかと考えたけど、さすがにそれは行き過ぎだと僕も思うから止めておいてやろう。
無駄な抵抗をするレナードを蹴り飛ばし、僕らは泣く泣く隠し部屋を後にした。
外に出て、入り口に通じる階段に腰かけ、そこで短ーい探索時間で見つけた品と、レナードが盗んだ品を見ることにした。
レナードは、見えるところにちょうどいい石柱があったので、そこにつないでおいた。草原が広がるシャナイゼ地方南西部。雨季も過ぎて暑さ感じるなか、降り注ぐ陽の光に晒されているわけである。哀れ哀れ。
因みに、僕らの居る場所はちょうどよく日陰になっている。持ってきた水筒の中の冷たいお茶も美味しい。
「水くらい寄越せ!」
ポーチから〈魔札〉を1枚取り出して見せた。
「氷柱でもしゃぶってます?」
「この、クソガキ!」
うるさくてムカつくので、頭の上に撃ってやった。
「……苛めすぎだ、お前」
ルーファスが半眼を向けてくる。やっぱりルーファスはルーファスか。
干からびられても困るので、奴の持っていた水筒の中身を無理矢理飲まし、水の術で頭からずぶ濡れにしてやった。しばらくは気化熱で涼しいだろう。
さてさて、取り上げた背負い袋の中から遺跡で盗んだ物と思われる物を取り出して分類していく。金目の物っていうとだいたい宝飾品だ。貴金属や透明な石ばかりが現れる。壺とか絵とかも高いけど、あれは持ち運びには不便だから、普通は盗まない。
「危ない物が混じってますね」
取り出して3つ目といったところで、早速物騒なものが見つかった。
「そうなのか?」
「まあ、なんとなくですけど」
ルーファスの前に指輪を翳してみせる。酸化してだいぶ黒くなっているけど、銀製の指輪だ。細いから女性もの。オニキスのような黒い石が目を引く。
「これとか、呪いの品ですよ。黒魔術とも違う、正真正銘の呪いの指輪」
なんの呪いかはわからないけど。
見た目はただの指輪のはずなのに、とても執念を感じる。上のほうにあったってことはこの城にあったものなんだろうけど、領主と隠された愛人の愛の巣になんだってこんなものがあったのやら。もしかしたら、ただの泥沼話じゃなかったのかもしれないな。
「術式もないのに、よくわかるな」
さすが専門家だ、と感心された。今日はルーファスに誉められてばかりだ。きっと彼の中で少しは僕の評価が上がったに違いない。
「宝探しの経験は伊達じゃないですから」
気配でわかります、なーんてね。宝探しやら魔具技師の修業やらで目を養った結果だ。
次から次へと金品が出てくる中、さらに3つほど危なそうなやつが見つかった。さすが魔術のシャナイゼ、いろんな意味で凄いな。
それにしても、盗品の数が20を超えるとさすがに呆れてくる。小さいものばかりだとはいえ、よくもまあこんなに持ち運んでいたものだ。そのくせ、鞄に放り込んだだけなんだからいただけない。これじゃあ傷つくだろう。
持ち帰るときは大事にしてやらないと、と思いながら背負い袋に手を突っ込む。そろそろ軽くなってきた。
「これは……」
引っ張り出した腕輪は、先程の指輪とは比べ物にならないくらい不吉な予感がした。ルーファスもこれが危ないものだとわかったみたいで、その顔に緊張が現れる。
「200年前の物だな」
魔術とか、合成獣とか、良いことも悪いことも盛りだくさんだった頃の物で、こんなに嫌な予感がするもの。……危険物の可能性が高いな。
慎重に地面に置く。他の装飾品と並べてみると、その腕輪がますます異彩を放っているのがわかった。
「……どうします、これ」
こんな見るからに危ない物、迂闊に扱えない。できることなら遠くに放り投げてしまいたいくらい不気味なのに、レナードはよくこんなものを持ってたな。鈍いのか?
「知ってそうな奴にに任せるのが一番かもな」
てことはジョシュアたちか。あの研究室は少人数とはいえ、精鋭がそろっているからな。使い勝手が良くて助かるというか、なんでも出来過ぎて嫉妬するっていうか。
それは良いとして、どうやって運ぼうか。これは魔具であることは間違いないから、迂闊に魔力に晒されるようなところには保管できない。だから〈魔札〉の入ってるポーチは却下。かといって、鞄も今回の探索のための物がいろいろ入ってるから怖い。
どうしようかと思案していると、城の中から誰かが出てきた。
「2人とも早いね。なにしてるの?」
〈青枝〉の先輩である、ルーファスと同じくらいの歳のその女性は、きょとんとした顔でこちらに近寄ると、床に広げた盗品を覗き込む。
「あれ? これって」
その人は、まさに今扱いに困っていた腕輪を拾い上げた。
あまりに自然に拾い上げるので、止める間もなかった。
「馬鹿!」
「迂闊に触るな!」
僕らが慌てたのは言うまでもない。
危険物だって見たらわかるだろう。いや、見なくても遺跡探索をする身なら可能性くらいは考えておくべきだ。全くなんて心臓に悪い……なんて思っていたら。
腕輪が禍々しい光を放ちだした。
やばい、って思ったときには身体が勝手に動いて、彼女から腕輪を奪って遠くに放り投げていた。光をくるくると回転させながら、弧を描いて落ちていく。
発動してしまった魔術に真っ青になった僕らをさらに煽るように、腕輪は強く光り出す。宝石の嵌った飾り部分から魔法陣が出る時みたいに光の柱が強く出て、それがだんだん別の形を成していった。
輪郭はおおよそ人の形。ただし、大きい。僕の2倍くらいか。逆三角形の体型で筋肉質。顔のパーツの配置はおおよそ人間と同じだけど、大きな口には牙が生えているし、頭髪からは角が覗いている。手に持った棍棒は結構太くて恐ろしい。
「魔物?」
とすればヒューマノイドだけど、こういう形のは初めてだ。ルーファスも知らないようで、首を傾げていた。
「いずれにせよ、どうにかしないとヤバそうだ」
それは同感だ。無害なものが閉じ込められているはずがないのだから。ああ、これが哀れで可憐な妖精であったなら、物語みたいでロマンがあったのに……ん?
今なにか閃いた気がした。
けど、今はそれどころじゃない。下に置いていた鉾槍を拾い上げる。魔物がこちらに向けてきた敵意は、人型のそれに匹敵する。ぼやぼやしてたら、全員肉塊だ。
「援護する」
「援護は任せて!」
背中に掛けられた声。一瞬頼もしいと思ったけど……ちょっと待て。
「前衛、僕だけですか!?」
2人とも僕の後ろに立つのだから、後衛に回る気満々だ。
「俺の武器はこれだから」
すっと右手を上げるルーファス。その手にあるのは棒手裏剣。そういえば、リズが投擲を使うようになった切っ掛けってルーファスだって聞いたことがある。
「私は魔術しか使えない~」
この事態を引き起こしたうっかりさんは、杖を胸元に抱えて見せた。
戦う意志があるのは結構だ。でも、
「〈青枝〉は〈黒枝〉に次ぐ精鋭じゃあ……」
てっきり僕は武器を扱える――前衛に回ることができる人もいると思ったんだけど。ああ、でもそういえば、前に立てるような装備をしてる人いなかったな。
「根は魔術師だからな」
……そうか。普通魔術師は武器使わないんだな。あの双子が規格外なのか。今度はそれをしっかり認識して外に出ることにしよう。そうしよう。
改めてハルベルトを握りしめ、前に飛び出す。前衛をやるからには、魔術師2人が魔術を使いやすいように注意を引きつけなきゃいけない。
相手の大きさは2倍。僕の頭の位置に相手の鳩尾がある感じ。そうなると上半身は狙いにくいから、下のほう……まずは足首を狙ってみる。穂先を下に持っていき、振り上げるように薙ぐ。斧頭がふくらはぎ辺りを霞めた。傷は入ったが、浅い。硬い。筋肉の所為か。
僕のほうを見た巨人は、手に持った棍棒を振り下ろす。地面を思いっきり蹴って躱した。そのままさらに2回飛んで間合いを取る。棍棒なんて、刃を持つ僕らにしてみれば原始的な武器だけど、地面を抉ったりするのだから立派に凶器だ。
黒い針が飛ぶ。巨人の肉にかろうじて引っかかったそれは、遅れて魔法陣を描き出した。棒手裏剣の周囲が凍り付く。
「なるほど、リズの劣化版ってわけですか」
棒手裏剣を媒体にして、遠くで魔術を発動させる。ただ、リズに比べると技術は劣るから、その辺はマイナスってところか。そう考えると、立ち回りの仕方が少し見えてくる。
「劣化言うな! これ使いだしたのは俺のほうが先だ!」
結構小声で言ったつもりだけど、地獄耳だな。さすが小舅。
「私も、いっきまーす!」
さっきのうっかりさん――駄目だ、名前を思い出せない――は蔦を数本出して、巨人に絡めてくれた。動きが鈍くなったのはチャンスだ。
跳び上がり、今度は高い位置を狙う。とりあえず、胸の辺りに穂先を突き入れた。入った。けど、やっぱり浅い。
槍にしがみつき、そのまま突き刺さってそうなのを、自分の重みを利用して抜いた。着地した衝撃を、1度地面を転がって逃がす。
蔦が切れた。魔力で維持するものだから、もとより継続的な拘束は期待できない。さっと僕は距離を取る。
うう、大きい相手ってやりにくいな。大きい分リーチも長くなるから懐に入りにくいし、拳とか足とかも大きくなっているので武器を持っていなくてもその分脅威。これで四足歩行なら背中に飛び乗ったりとかもできるけど、2本足でまっすぐ立っている相手にはそんなことはできない。
その後も何度か攻撃してみるけど、どうも決定打に欠けた。他2人もだ。ルーファスは凍らせる範囲が狭いし、氷柱を作っても小さめで致命傷にならない。もう1人の彼女も似たようなもの。火力が決定的に欠けている。
なんだか最近こんなことばかりで、腹立たしい。僕ってそんなに無力だったっけ。
悩んでいる余裕もないけれど、このまま持久戦っていうのもつらいのも確かだ。
どうにかならないか、と辺りを見回してみる。森とかと違って障害物がなにもない草原地帯じゃ、相手を撒くとか不可能。でっかい落とし穴とか考えたけど、地の魔術を操る彼女はそこまで大がかりなことはできないと言う。ていうか、やったことがないから自信ないと拒否りやがった。ダメ元でやれよ……と言いたいが、水の術に次いで地の術が得意な僕もできないので、そんなこと言えるはずもない。
ふと、地面の上でなにかが光った。……腕輪だ。銀色の、模様が入ったシンプルな腕輪。あの魔物が封じられていた魔具。
――それだ!
あれに封じられていたというのなら、また封じることだってできるはず。
魔物を無視して走り出す。棍棒を躱しながら腕輪の下に行くと、それを拾い上げ、魔力を込めて魔物に向かって投げつけた。
「このなかで、寝てろ――っ!」
ていうか、寝てくれ。
半分やけっぱちに投げつけた腕輪は、こつんと魔物の頭に当たると、宝石部分から魔術の光を放ちだした。出てきたときと同じように光の柱を作ると、魔物を包み込んで宝石部分に吸い込まれていった。
腕輪だけが、地面に落とされる。
それからしばらく僕らは固唾を飲んで腕輪を注視していたけれど、なにも起こらなかった。
うまくいったみたいだ。
ハルベルトを放り出し、その場に尻を着く。普段は死体とかあるから戦闘後にそんなことしないけど、今日は汚い物は何も残ってないからこんなことができる。
空気を吐き出し、空を見上げる。
「なんだか最近、こういうことばっかりな気がする……」
遠征先ではヒューマノイドに遭遇し、〈凍れる森〉に行けば竜に遭遇した。めったに会わない強敵に遭遇しまくっているという、実にレアな状況。
「お前、運が悪いんじゃないのか……?」
腰に手を当て、呆れた様子でルーファスが言う。
「まるで僕が元凶みたいな言いかたしないでください」
ヒューマノイドなんてシャナイゼなら割と遭遇率あるし、〈凍れる森〉に行ったのは僕の意志じゃないし、今回のは明らかにレナードが悪いし。
そうそう、そのレナードだが。魔物が出てきたときにどうしていたのかというと、縛られたまま、ただ震えていた。偶然だが、レナードの傍で僕らが戦ってたものだから、巻き込まれたりするんじゃないかと怯えていたらしい。今は逃がしてくれてもよかったんじゃないか、と僕たちを睨みつけているけど、無視。そんな余裕なかったし、そもそも泥棒を逃がしてしまったら困るんだから、縄を解くはずがない。
「しかし、よく思いついたな。あれでもう1回あいつを封印するなんて」
「魔具は、基本的に繰り返して利用するものですから」
〈魔札〉は除くけど。あれはその代わりに発動の速さと嵩張らないことを追及しているから。
「たぶんあれは、呼び出したり閉じ込めたりを繰り返すための物なんじゃないかなーって」
まあ、賭けだったけど。
「さすがだな」
ふ、とルーファスが笑う。さすが“絶世の”が頭についてもよさそうな美形。男の僕でも目を惹く笑みだった。
……それにしても、今日は本当にルーファスに良く誉められる日だ。いつもは叱られることのほうが多いから、なんだかこそばゆい。
「それで、これどうするの?」
少し離れたところで、うっかりさんがしゃがみ込んでこっちを見た。その手には、件の腕輪がある。せっかく閉じ込めたのをまた呼び出すんじゃないかとひやひやしたので、立ち上がってそれを奪う。
「僕が預かりますよ」
ハンカチで包み、少し悩んで腰袋に入れる。中の〈魔札〉は出して頻繁に使いそうな物だけ上着のポケットに入れた。残りは折らないように鞄の中に入れる。
「どうするんだ?」
「調べてるんです」
魔物を呼び出せて、閉じ込められる魔具。さっきも閃いたんだけど、これって〈精霊〉召喚に役立つんじゃないかって思ってる。一通りこっちで調べて、リグたちにも見せたら、なにかいいヒントになるんじゃないだろうか。
レナードの所為で遺跡探索は台無しだったけど、結果的に良い物拾ったな。帰りくらいは丁寧に扱ってやるか。
嬉しくなって、ついつい笑ってしまうと。
「……悪さするなよ」
胡乱なものを見るような目をルーファスが向けてきた。いつもならちょっと腹立つんだけど、今日は誉められてばかりな所為か、ムカついたどころかかえって安心してしまった。奇妙なことだ。
因みに。
あの腕輪は盗掘品なので、本来は〈木の塔〉に預けなきゃいけないんだけど、無理言って強引に貸してもらった。
申し訳ありませんが、別の作品の執筆のため次の更新が遅くなります。




